深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

36 / 113
Phase36:「漸進」

 午前中にフェイトに洗いざらい打ち明けた、その午後。

 心機一転と言うほどではないけれど、何となく新鮮な……と言うか新たな気持ちで迷宮へと向かう。

 隣にはいつものようにバリアジャケット姿のフェイト。

 と、どうやら俺の視線に気付いたか、こちらを見上げて「どうしたの?」と小首を傾げる。

 

「何でもないよ。ただ、何となく、改めて頑張ろうって思っただけ」

「そうだね。頑張ろう」

 

 短く、簡潔な返事。だけど温かく柔らかな声音に、フェイトも同じように思っていることが感じられて笑みが浮かぶ。

 扉を抜けた先の転移陣に乗り、5階へ。

 一瞬の浮遊感の後に景色が移ろい、目に映る光景が洞窟のそれへと変わる。

 

「行こうか」

「うん」

 

 フェイトと声を掛け合い、すぐ近くにある階段を下りて6階へ向かう。

 階段を下りる最中、フェイトに「今日から7階だよね?」と問われて、頷いて返した。

 「昨日で6階も終わったし」と思ったところで、ふと思い出したことがあって思わず「あ」と声を漏らした俺に、フェイトが訝しげな視線を向けてくる。

 

「どうしたの? 何かあった?」

「ああ、いや、別に大した事じゃないんだけど……昨日のクェールベイグ戦で入手したアイテムの確認、フェイトと一緒にしようと思ってそのままになってたな……って思って」

 

 昨日の戦闘後は流石に疲労困憊だったために、確認や整理は翌日でいいかと判断して休息に充てた。で、今日の午前中は言わずもがな。

 そんな俺の言葉に、フェイトも「そう言えばそうだね」と苦笑を浮かべる。……まあ、そう急いで確認しないといけないって物も無いだろう。多分。

 フェイトに「明日、午前中の訓練が終わった後にしようか」と提案し、彼女から「解った」と返ってきたところで6階に到着。

 主を倒した今も相変わらず静かに広がる地底湖。

 「それじゃあ」と言いつつ俺の後ろに回ろうとしたフェイトを「ちょっと待って」と止める。

 

「何?」

「えっと、折角だから飛ぶ練習がしたい」

 

 フェイトに抱えられるのは別に嫌ではないけれど、どうせなら自分で飛んでみたい。

 そう告げる俺に、彼女は「もちろん良いよ」と微笑んで、先導するように先にふわりと浮かび上がる。

 俺もフェイトを手本にしながら、昨日と同じように──状況はまるで違うけれど──指向性を持たせた魔力で自身を包み込む。それにより、重力の枷を解き放つように浮かび上がる俺の身体。

 

「うん、その調子。頑張って」

 

 フェイトの声援を受けつつ、慎重に魔力を操作し──5メートル程の高さになったところで、制御を崩して一瞬ぐらりと揺らいだ。

 慌てて立て直そうとしたところで不意にフェイトに身体を支えられて、「落ち着いて」と声を掛けられたので、「ありがとう」と礼を言ってから、もう一度しっかりと魔力を制御し直した。

 ……うん、大丈夫。

 

「私が付いてるから、安心して」

 

 そう言ってくれるフェイトにもう一度「ありがと」と返して、ある程度の高さに上がったところで「行こう」と声を掛け、湖の方へと進路を向けた。

 それからしばし。

 飛行速度はフェイトに抱えられている時の半分ぐらいだろうか。

 内心、他のモンスターみたいに、クェールベイグがまた生まれていたらどうしようか、なんて思ったりもしてしまったが、どうやら流石にそれは無いようである。……まあ、同じネームドモンスターであるエルヘイトが復活していないから、心配しすぎと言われてしまったら反論のしようもないのだけど。

 そうしているうちに、昨日の激戦の地である、祭壇のあった島に到着。一息つくために、中央付近にある丘の上に降りる。昨日の戦闘開始時に、クェールベイグに押し潰された祭壇の成れの果てが痛々しい。

 地面に足を着け、ふぅ、と息を吐いた俺に、フェイトは苦笑を浮かべて「疲れた?」と声を掛けて来た。

 

「気を張ってたから、ちょっとね」

「そっか。あ、でも、ちゃんと飛べてたよ。速さとか戦闘機動は、飛ぶのに慣れてから身に付けていけばいいんだし」

「いつも通り、ゆっくり確実に、だね」

 

 俺の返事に「うん」と微笑んで頷くフェイト。

 そこで不意に会話が途切れて、沈黙が落ちた。……とは言え、それが特段気まずいものではない辺り、フェイトが居る事が半ば当たり前になっているんだな、何てことを改めて思う。

 そのまま5分程休憩した後、「そろそろ行こうか」と声を掛け、再び空へ飛び上がる。

 それから、階段まで残り半分を島まで来るのと同じペースで飛び続け、10分程度で無事7階への階段前に辿り着いた。

 フェイトと並んで階段の前に降り、一度視線を交わして、並んで足を踏み入れた。

 

 

……

 

 

 5階・6階はそれぞれエルヘイト、クェールベイグとネームドモンスターとの戦いになったわけで、もしかしたらこの7階も……なんて嫌な考えが過ぎる中、とりあえず30分ほど歩き回ってみた。

 その間出てきたモンスターは、すっかりお馴染みになった──とは言えやはり見ていて気持ちの良いものではないけれど──ゾンビとスケルトン、そして上の階でも出た、スケルトン・アーチャー。そして新たに、武器に槍を持ったスケルトンであるスケルトン・スピア。そして──

 

 フェイトと並んで通路を歩いていると、前方からタタタッという軽めの足音が聞こえてきた。

 最初の方の階でよく聞いた雰囲気の足音。だけどそれよりも大きく重い感じだな、何て思っていると、「もしかしてケイブラット(ネズミ)かな?」と言うフェイトからの念話が。それに返すよりも早く「けど、少し違う感じもする」と続けられ、それに「そうだな」と返してからフェイトを見ると、表情を引き締めてコクリと頷く。

 

(とりあえず、油断はしないように気をつけよう)

 

 そう言ってバルディッシュを構えるフェイトに「了解」と返して、俺もクリムゾン・エッジを抜き放つ。

 それとタイミングを同じくして、俺達の前に足音の主が現れた。

 背丈はフェイトと同じか、少し低いぐらいだろうか。大きく丸い耳はピクピクと忙しなく動き、飛び出た前歯がカチカチと打ち鳴らされ、細く長い尾がバランスを取るようにユラユラと揺れる。……それは、二足歩行するネズミだった。いや、むしろネズミを無理矢理人の形に当て嵌めたような、と言った方がしっくりくるだろうか。

 そいつは俺達の姿を認めると、「ギギッ」と鳴いて前傾姿勢に身構えると、今にも飛び掛ってきそうな雰囲気を醸し出し──一瞬そのネズミの前後左右、取り囲むように、金色の魔法陣が浮かんで消えて、次の瞬間、身体を動かしたネズミの四肢を、雷鳴を伴って金色のキューブが拘束する。

 それを受け、俺は『アナライズ』を使用して情報を取得。現れたウィンドウに目を走らせて、念話を通じてフェイトに情報を伝える。

 無論、その間も敵を警戒することは怠らない。フェイトのライトニングバインドで動きを封じられているとは言え、何がしかの攻撃手段を持っていないとは言えないからだ。

 

 

名前:ウェアラット

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/魔獣

属性:地

耐性:地

弱点:火

「ケイブラットやジャイアントラットのような、ネズミ型モンスターが人型に進化したもの。人型をしているが知能は低く野生に近い。雑食にして貪欲であり、他者を見れば獲物として襲い掛かって来るほどに好戦的。ともすれば同族や下位種族であるネズミ型モンスターをも捕食するほどである」

 

 

 ……どうやら上に出てきたケイブラットの上位種と言ったところか。バインドから逃れようともがくウェアラットに手早く接近し、クリムゾン・エッジを一閃。

 金色の魔力を立ち上らせて還っていくウェアラットを見送り、姿を現してからバインドまでの流れを見るに、油断さえしなければ大丈夫と見てもいいかな。そう判断してふぅと息を吐いた。

 

 それから約3時間ほど探索を行い、マップを8割ほど埋めたところで、6階と繋がる階段に戻ってきた。今の探索の間に、8階へ下りる階段は見つけているので、明日にはこの階の探索を終わらせて8階の探索に入れるだろう。

 『フィールド・アナライズ』のマップを見ながらフェイトとそんな事を話して「今日はそろそろ戻ろうか」と言ったところで、フェイトがふふっと笑みを浮かべた。

 「どうした?」と問う俺に対して「何でもないよ」と首を振るフェイト。

 

「そっか」

「うん。……明日も頑張ろうね」

 

 そう言って笑うフェイトに「ああ」と頷き、帰路に着いた。

 

 

……

 

 

 明けて翌日。当初からフェイトに習うと予定していた『バインド』『ラウンドシールド』『フォトンランサー』の3つに加えて飛翔魔法を習得できたので──もちろん習熟はまだまだだけど──今日からは『フィジカルヒール』を習う。これは是が非でも、しっかりと身につけたい。

 今後の事を考えると、回復魔法は有った方が良い……と言うのは確かにあるが、何よりも、フェイトが俺のために覚えてきてくれたものだから──ってのが一番の理由なのは、少々不謹慎だろうか。

 

「この魔法は“魔力で傷を修復する”って言うよりも“魔力で傷を負った箇所の治癒能力を高める”って言うタイプの魔法かな」

 

 俺の正面に座り、『フィジカルヒール』を実践してもらうために剣で小さな切り傷を付けた俺の右手を──もちろん傷を付けたのは俺自身だ──そっと包み込むように握りながらフェイトが言う。フェイトの手の温かさと、彼女の魔力が染み込んでくる感覚が何とも気持ちよい。

 今日の彼女の髪型はツーサイドアップに白色のリボン。それに少し丈が短めの、アイボリーホワイトって言うんだったか……淡い乳白色のケーブル編みのニットワンピースである。

 召喚した直後、目の前に現れたフェイトの姿に思わず「可愛い」なんて口走ってしまうぐらいに似合っていて可愛い。

 そんなことを考えていたら、フェイトに「もう、ちゃんと集中して」と怒られた。ごめんなさい。

 

「そんなわけだから、大きすぎるケガとかは回復出来ないし、病気とかにも効果はないから、過信はしないようにね?」

 

 「過信が禁物って言うのは、他のものにも言えることだけどね」と、苦笑交じりに続けたフェイトに「解ってる」と返したところで、俺の手を握っていたフェイトの両手が離れる。

 思わず「あ」と漏らしてしまった俺に、フェイトは「どうしたの?」と視線を向けてくる。

 俺としても自分が今声を上げた理由が……いや、解らないなんてことはないんだけど、流石に恥ずかしい。

 表情に出さないようにしながら「何でもないよ」と返すと、フェイトは変わらず顔に疑問符を浮かべながらも「うん」と頷く。

 

「えっと……葉月、何かあるなら、遠慮なく言ってね?」

 

 気を使われてしまった。

 ダメだなと思いつつも嬉しく感じてしまい、「ありがとう」と返事をしてから、気を取り直して改めて自分の右手を見る。

 当然と言うか、そこには既に先程自分で付けた傷は無い。

 その結果に「おお」と感嘆の声を漏らした俺に、フェイトはクスリと笑みを浮かべ、「じゃあ、実際にやってみようか?」と促してくる。

 俺はそれに首肯すると、今度は左手に自分で傷を付け──

 

「あっ……」

「ん?」

 

 掌を浅く切り付け、痛みに一瞬顔をしかめた際に聞こえたフェイトの声に視線を向ければ、フェイトがどことなく不満気な雰囲気を漂わせていた。

 

「葉月がやってみるんだから、私でよかったのに……」

 

 そう言うフェイトを宥めつつ、今しがた受けたばかりの彼女の魔法と説明を思い出しながら、左手の傷に右手をかざして魔法を行使する。

 右の掌に生み出された魔力は、先ほどのフェイトの時と同じように左手の傷へと染み込み、傷を癒……さない。

 

「……あれ?」

 

 ……このまま続けても恐らく無駄だろう。

 一度魔法の行使を中断した俺は、何が悪かったかと考え──って、切り傷がズキズキと疼いて今一考えに集中できない。……うん、丁度良いからもう一度手本を見せてもらおう。

 

「……えっと、フェイト、ごめん。もう一回やってみてもらっていいかな?」

 

 左手を差し出しながら言った俺に対して、フェイトはしょうがないなぁと言うような表情を浮かべて、「うん、いいよ」と頷きつつ、差し出した俺の手を取った。

 再び包み込まれるように握られる手。

 そして再び染み込んでくるように傷を癒していくフェイトの魔力に心地良さを感じてしまっている辺りも、ダメな原因の一つなのかもしれないなんて思いつつ。

 

 ……結局のところ、今の時間内では『フィジカルヒール』を上手く発動させる事はできなくて、送還間際に「ディレイの間に練習するなとは言わないけど、十分に気をつけてね」と念を押されてしまった。

 とは言え心配してくれるのは有り難く、「うん、ありがとう」と返してフェイトを見送った。

 ……さて、何とも先は長そうだけど、一休みしてからもう一度頑張りますか。

 

 

 

 

※※【スキル】情報が更新されました!※※

 

『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、スキル使用不能時間(ディレイ)が減少する。──重ねた心は力となり、繋いだ想いは強さとなる。それはやがて、未来を繋ぐ翼とならん──。

  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:2時間05分

  【減少時間】フェイト・テスタロッサ:1時間00分




【プレイヤー名】
 長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]

【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された『深遠なる迷宮』第三次攻略者。出身世界は『地球』。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『魔導師』:特定異世界の魔法を使用する者。Unknown。スキル『リンカーコア』を前提条件に持つ魔法の使用・習得にボーナス。前提条件:スキル『リンカーコア』。
『魔法剣士・Lv3』:剣と魔法を駆使して戦う者。『ソード』の扱いにボーナス。魔法使用全般にボーナス。
『討伐者・血染めの赤骨』:ネームドモンスター『血染めの赤骨(スカーレット・ボーン)』エルヘイトを討伐した。
『討伐者・狂おしき水禍』:ネームドモンスター『狂おしき水禍(メイルシュトロム)』クェールベイグを討伐した。

【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
 :術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間のスキル使用不能時間(ディレイ)が発生する。
  召喚可能キャラクター
  『フェイト・テスタロッサ』

【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv2』:パッシブ。格上の敵と戦い、勝利した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。各種精神系バッドステータスにかかる確率が減少する。
『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。特定異世界の魔法を使用することができる。保持魔力量にボーナス。魔法使用全般にボーナス。Unknown。
『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、スキル使用不能時間(ディレイ)が減少する。──重ねた心は力となり、繋いだ想いは強さとなる。それはやがて、未来を繋ぐ翼とならん──。
  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:2時間05分
  【減少時間】フェイト・テスタロッサ:1時間00分
『ミッドチルダ魔法』:アクティブ。特定異世界に属する魔法の一系統。前提条件:スキル『リンカーコア』。
  [念話] [バリアジャケット] [リングバインド] [ラウンドシールド] [飛翔魔法] [フォトンランサー] [スプラッシュエッジ]
『アナライズ』:アクティブ。解析魔法。アイテムやモンスター等の情報を取得する事ができる魔法。術者の能力と、対象の性能や能力によっては、情報を取得できない場合がある。
『フィールド・アナライズ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。術者が居る階層の地図を表示する。但し、術者が移動したことのあるエリアに限る。前提条件:スキル『アナライズ』
『アーカイブ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。『アナライズ』を使用した時に自動取得される。『アナライズ』によって得た情報を閲覧する事が出来る。前提条件:スキル『アナライズ』。
『直感』:パッシブ。所謂第六感。気配の察知等に鋭敏になる。前提条件:スキル『戦場の心得・Lv3』。
願い(ウィッシュ)』:Unknown。──希望は、願いの先に──。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。