フェイトを召喚した時に思った、“まるで眠れずに一晩過ごしたような”と言うのは案外当たっていたのかもしれない。
泣き疲れたのだろうか、いつの間にか眠ってしまったフェイトの頭を膝の上に乗せ、ゆっくりと撫でながらそんな事を思う。
避けては通れない道だったのかもしれないけれど、フェイトを泣かせて、苦しませて……本当に、俺は何をやっているんだろうな。
頬に残る涙の跡にそっと触れると、「ん……っ」と小さく身じろぎしたフェイトが、薄っすらと瞼を開いた。
どこかぼんやりとした様子の彼女と目が合ったので、「おはよう」と声を掛けると、変わらずぼんやりとした様子で「……おはよう……」と返して来たフェイト。
「……え? え、あれ?」
しばらく見つめ合ったところで現状が把握できたのか、困惑し、慌てた様子でがばりと起き上がった。……別にあのままでも良かったんだけど。
「あの、ごめん、私」
「いいよ。精神的にきつかったんだろうし……元はといえば俺のせいだしな」
「ううん、そんなこと」
俺の言葉にそれでも言い募ろうとするフェイトを「いいから」と制すと、若干不満そうにしながらもうん、と頷いて引き下がった。
「フェイトの寝顔も見られたしな」と言ってみると、「ううっ」と恥ずかしそうに顔を俯かせてから、上目がちに若干恨めしげな視線を送ってくる。
「あの……葉月、私、どれぐらい寝ちゃってた?」
「えっと……30分ぐらいかな」
時間を確認してから答えた俺に「そっか」と頷いたフェイトは、しばし思案したあと「疑ってるわけじゃないからね?」と前置きし、顔を上げて、改めて俺の顔を見つめてくる。
「さっき葉月が言ったことって、その、本当のこと……なんだよね?」
「うん。証拠を出せって言われたらどうしようも無いんだけど」
俺の今の立場的に、明確な物証などは出すことは出来ない。出来ることといえば、フェイト個人や限られた人しか知らないような情報を提示することだろうけど……魔法の他にも
余りにアッサリとしたその様子に、逆に俺の方が言葉に詰まってしまった。決して嘘や適当な事を言っているわけではないけれど……普通に考えれば、にわかには信じられない……信じたくないことだろうに。
そんな考えが表情に出ていたのだろうか、俺の顔を見てふっと微笑むフェイト。
「最初に言ったけど、私は、葉月の言うことなら信じられるよ」
まるで何でもないことのように、あっさりと、けれど確りと断言されたそのフェイトの言葉は、染み入るように胸に落ちた。
ああ本当に──彼女には敵わない。
「フェイト……さっきも言ったように、俺の世界ではフェイトの世界のことが創作物になってる」
「……うん」
「俺にはどちらが先に在ったのかなんてのは解らないし、結局は『卵が先か、鶏が先か』に行き着くんだと思う。……けどさ乱暴な言い方になっちゃうけど、正直言えば、俺としてはどっちだっていいと思ってるんだ。……違うな。例えどちらであったとしても、少なくとも俺にとっては何も変わらない、だな」
俺の言葉に、フェイトは「どう言うこと?」と疑問を浮かべて俺の顔を見つめてくる。
こうして間近に彼女の顔を見ていると、これまでフェイトと接してきたことが、フェイトと話してきた言葉が、フェイトと交わしてきた想いが、溢れるように思い出されて……自然と笑みが浮かんできた。
「だってさ、俺の前にはもう、フェイトが居るから。フェイトが、確りとした自分の意志を持って、一人の個としてここに居てくれるから。だから俺にとってはもう、自分の世界でのフェイトの世界の位置づけとか、そう言ったものはどうでもいいんだ」
思ったことを、整理する間もなく口にしているようなものだから、きっと色々と支離滅裂な事になってるかもしれない。けど、少しでもフェイトの心を軽くしたくて、口が動くままに言葉を発していた。
「……それに前にフェイトに『PT事件』の事を聴いたとき、俺が知っている内容とは違う部分も有ったんだ。何よりも、今こうして『俺』って存在が、フェイトに逢っている。それって少なくとも、フェイトが住んで、生きている世界は俺の世界にある創作物
そこで僅かに言葉に詰まってしまった俺に対して、フェイトは「うん、解ってる」と言葉を返してきた。
「私なら大丈夫。……何もかもをすぐに受け入れるのは難しいかもしれないけど、葉月が言ってくれた言葉が……伝えてくれた想いがあるから……だから、大丈夫だよ」
そう言って綺麗な……本当に、見惚れそうなほどに綺麗な微笑を浮かべたフェイトは、「でも、クロノには流石に言えないかな」とクスリと笑う。
「クロノには『葉月は“平行世界”の地球出身』って事だけ言っておくね。それを判断できた理由を言えないから、納得してくれるかどうかは解らないんだけど……」
「……うん。ごめんな、フェイト」
きっとフェイトには、“向こう”でも色々と迷惑をかけてしまう……いや、もう既に迷惑をかけているんだろう。それが本当に心苦しい。
だから、もし……フェイトが嫌になったのなら、いつでも言って欲しいと思う。そうしたら、俺はもう二度と──
そんな言葉が口を衝いて出ようとした時、それを遮るように、フェイトがそっと俺の手を取って小さく
「ねえ、葉月。前に言ったことなんだけど……私は絶対に、葉月を見限ったりしない。葉月のことは、私達が必ず帰して見せる。……この想いは、今も、これからも、変わったりなんかしない」
だから、変な事は考えないで──そう続けられた、まるで俺が言おうとしたことなんて全部解っていると言うような、真っ直ぐなフェイトの言葉に胸がつまる。
「……ありがとう。これからもよろしく頼むよ、フェイト、バルディッシュ」
「うん、任せて」
《Yes Sir.》
◇◆◇
「クロノ、今いい? 葉月のことなんだけど」
フェイトに声を掛けられたクロノは「もしかしてもう訊いてきたのか?」と思いつつ振り返る。昨日彼女に確認してくるように言ったことは、フェイトにとって非常に訊き辛いことであろうことは、クロノとて解っていたからだ。
クロノがフェイトに「もしかして昨日のことか?」と問いかけると、「うん」と頷くフェイト。
そんなフェイトに対し、クロノはふむ、とこの後の予定を思い返すと「解った」と返した。
「それに関しては艦長も話を聴きたがっていたから、一緒に行こうか」
そうフェイトを促して歩き出したクロノは、歩きながらリンディに連絡を取る。
空間モニター越しにリンディと話すクロノの後ろを歩くフェイトは、彼らに何と説明すべきか考え込んでいた。“向こう”の記憶を受け取って、クロノの姿を見たときに咄嗟に声をかけてしまったが、一応の方針は決めてあるとは言え、それではきっと納得してはくれないだろうと思ったからだ。
とは言え、出来る事なら嘘はつきたくない。だが、そうなると言えることがほとんど無くなってしまう。
フェイトがそんな葛藤に
「失礼します」とブリーフィングルームに入るクロノに続いたフェイトを、先に来ていたらしいリンディが出迎える。
クロノに続いて席に着いたフェイトに、リンディが「それじゃあフェイトさん、話してもらえる?」と促すと、フェイトは「はい」と頷いた。
「結論から言うと、葉月は『平行世界』の『地球』出身……って言う事になるみたいです」
だから『こちらの世界』の『地球』に、彼の痕跡が無かったのだと、フェイトは言い切った。
その余りに予想外の言葉に、部屋の空気が一瞬固まり、僅かの間を置いて、クロノが「ふむ……」と搾り出すように声を上げた。
「『平行世界』と言うと……多世界解釈的な並列世界……いや、僕等にとって存在しない人間が存在すると言う事を考えると、可能性から分岐した異相世界、と言った方がいいのか……けど、そんなことが?」
「そうねえ…………けど、『召喚』されたフェイトさんが、こちらから複写された同位存在で、フェイトさん自身には記憶のフィードバックしか影響が無いことを考えると、フェイトさんが『召喚』されている世界は恐らく私たちの住む次元世界そのものと繋がりの無い、もしくは限りなく繋がりの薄い世界であることは確かなのだし……そんな世界があることを考えると、『平行世界』のようなものが有ったとしても可笑しくは無い……のかも知れないわね」
クロノが考察と共に疑惑を呈し、それに対してリンディが、フェイトの現状を鑑みての肯定的意見を出す。
フェイトはその様子に、二人がまず「そんなことはありえない」と言う否定からではなく、フェイトの言葉をしっかりと受け止めて考えてくれていることを嬉しく感じていた。
そんなフェイトへクロノは視線を向けると、「一つ確認したいんだが」と声を掛ける。
「君がそこまで言い切ると言うことは、『彼』からそれを信じるに足る話を聞いた……そう言うことで構わないのか?」
クロノの問いに、フェイトは一瞬表情を歪め──直ぐにコクリと頷いた。
「うん。けど、ごめん。どんな話だったのかは言えない」
「それは……口止めされている、と言うこと?」
クロノに返したフェイトの言葉に、リンディがそう問いかける。
それに対してフェイトは首を横に振ると、「私がそう判断したんです」と返した。
「……少なくとも“向こう”と直接関わるのでなければ、知る必要の無い……ううん、知らない方が良いことだから」
「フェイトさんはそれで良いの?」
「はい。私も全部をいきなり受け止められているわけじゃないですけど……これからも葉月の力に成りたいですから」
『知らない方が良い』と彼女自身が言っていることを聞いてなお、彼女は『彼』の力に成りたいと言う。
そんなフェイトの言葉に、リンディはクロノと視線を交わしてから小さく溜め息を吐いた。
「解りました。これに関してはフェイトさんを信じましょう。……けど、昨日クロノが貴女に言ったと思うけど、『彼』に対して私たちが推定した可能性も無くなったわけじゃないことは理解してね? 少なくとも私達にとっては、確たる証拠を得られない以上は、頭に留めておいて然るべきことだから」
言い含めるように言うリンディに対して、フェイトはこくりと首肯する。
フェイトとて、確りとした証拠を提示できない以上、曲がりなりにも自分の言う事を信じてくれているだけでも僥倖であることは解っている。である以上、リンディやクロノが葉月に対する疑惑を拭えないとしても、不満を言える訳が無い。
「ありがとうございます」と頭を下げるフェイトに対して、クロノが「念のために訊いておくが」と声を掛けた。
「『彼』に無理強いさせられている、と言うわけではないんだな?」
クロノの言葉に、フェイトは思わずガタリと立ち上がりながら「そんなことない!」と声を上げ──「ごめん」と恥ずかしげに座りなおす。
そんなフェイトの様子に苦笑を浮かべながら、クロノは「気にするな」と首を振った。
「むしろ葉月は私が『嫌だ』って言ったら、もう二度と召喚なんてしないで、一人だけで何とかしようとしちゃうと思う」
だから、そんなことをさせたくはないし、させるつもりもない。そう続けたフェイトに、クロノは「そうか」と頷いて、
「とは言え、無理はしないように。例えば“向こう”で君に何かがあった場合、こちらでどんな影響が出るかは解らないんだからな」
「うん。……心配してくれてありがとう、クロノ」
そんな二人の様子をリンディは楽しそうに笑いながら見ていたのだが、クロノに「コホン」と咳払いをされて、「あら、ごめんなさい」と返した。
そんな親子の姿に、フェイトもクスリと思わず笑みを零し、クロノはハァ、と溜め息を吐くと、話を変えるように「それにしても」と発した。
「そうなると、幾らこちらに『彼』を帰そうとしても意味が無い、と言うことになるな」
「それなんだけど……出来れば葉月をこっちに呼ぶ方法も探しておきたいかな」
フェイトの言葉に、クロノが「どう言う事だ?」と問うと、フェイトは「余り考えたくはないんだけど」と前置きして、
「もしも……葉月が元の世界に戻れない、何てことになったときに、せめて私たちの所に来てくれれば、まだ良いかなって思って」
そう言ったフェイトに対し、クロノは「じゃあ、引き続き探してみるか」と返し、リンディもそれに同意する。
自分を立ててくれる二人に、フェイトはもう一度「ありがとうございます」と頭を下げた。
自分のことを信じてくれた二人のためにも、必ず葉月を助けてみせると、もう一度心に誓いながら。
※※【スキル】情報が更新されました!※※
『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、
【延長時間】フェイト・テスタロッサ:1時間45分
【減少時間】フェイト・テスタロッサ:50分
【プレイヤー名】
長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]
【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された『深遠なる迷宮』第三次攻略者。出身世界は『地球』。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『魔導師』:特定異世界の魔法を使用する者。Unknown。スキル『リンカーコア』を前提条件に持つ魔法の使用・習得にボーナス。前提条件:スキル『リンカーコア』。
『魔法剣士・Lv3』:剣と魔法を駆使して戦う者。『ソード』の扱いにボーナス。魔法使用全般にボーナス。
『討伐者・血染めの赤骨』:ネームドモンスター『
『討伐者・狂おしき水禍』:ネームドモンスター『
【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
:術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間の
召喚可能キャラクター
『フェイト・テスタロッサ』
【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv2』:パッシブ。格上の敵と戦い、勝利した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。各種精神系バッドステータスにかかる確率が減少する。
『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。特定異世界の魔法を使用することができる。保持魔力量にボーナス。魔法使用全般にボーナス。Unknown。
『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、
【延長時間】フェイト・テスタロッサ:1時間45分
【減少時間】フェイト・テスタロッサ:50分
『ミッドチルダ魔法』:アクティブ。特定異世界に属する魔法の一系統。前提条件:スキル『リンカーコア』。
[念話] [バリアジャケット] [リングバインド] [ラウンドシールド] [飛翔魔法] [フォトンランサー] [スプラッシュエッジ]
『アナライズ』:アクティブ。解析魔法。アイテムやモンスター等の情報を取得する事ができる魔法。術者の能力と、対象の性能や能力によっては、情報を取得できない場合がある。
『フィールド・アナライズ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。術者が居る階層の地図を表示する。但し、術者が移動したことのあるエリアに限る。前提条件:スキル『アナライズ』
『アーカイブ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。『アナライズ』を使用した時に自動取得される。『アナライズ』によって得た情報を閲覧する事が出来る。前提条件:スキル『アナライズ』。
『直感』:パッシブ。所謂第六感。気配の察知等に鋭敏になる。前提条件:スキル『戦場の心得・Lv3』。
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