深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase31:「遊泳」

 『深遠なる迷宮』第一層・洞窟エリア・6階。

 階段を下り切って足を踏み入れたそこの風景は、今までの階とは一線を画すものだった。

 暗闇の先へ、どこまでも続いて行くかのような広大な空間。けれど、先には進ませないと言わんばかりに前方に広がるのは、静かに凪いだ水面。

 

「……地底湖……」

 

 ぽつりと聞こえた言葉に隣の様子を窺えば、フェイトが眼前に広がる光景に目を奪われたように、静かに眺めていた。

 地底湖の水面は、恐らく水底に魔力溜りがあるのだろう、各所が光り、その光が水で拡散されているのか、全体が淡く輝いて、何とも幻想的な雰囲気を作り出している。

 

「……綺麗だね」

 

 小さく、囁くように言われた言葉に「そうだな」と頷いて、ふと視線を移せば、水面の光に淡く照らされたフェイトの姿。

 何となく目が離せなくて、そのまましばしの間フェイトの横顔を眺めていると、俺の視線に気付いたか、フェイトが顔をこちらにむけて「どうしたの?」と小首を傾げた。

 流石に「フェイトが神秘的で目が離せなかった」なんて気恥ずかしい事は口に出せないので、「何でもないよ」と答えると、彼女は「ん」と小さく頷いてから微笑んで、その表情を引き締めた。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか? とりあえず行けるのは……右か左だね」

 

 フェイトの言う通り、前方を湖で塞がれている俺達が進めるのは、その湖に沿うように伸びる階段前から左右に続く道のみ。

 一瞬、仮に湖の向こうにも道があるのなら、フェイトに抱えてもらって湖の上を飛ぶ……なんて考えが浮かんだりもしたが、それだと彼女に掛ける負担が多すぎるだけなので即時却下である。

 ……俺も飛行魔法覚えた方がいいかなぁ。そもそも俺に覚えられるのかどうかが疑問でもあるけれど。

 戦闘機動を取れなくても、単純な浮遊魔法でも覚えたら、フェイトに掛ける負担が減らせて選択肢が増えるだろうか。

 ……まぁいいや。何にせよ、現状で選択肢に含まないことを考えても仕方がない。

 左右の道へ一度視線を走らすと、それぞれ共に大人3人ぐらいが並んで歩ける程度の道幅があり緩やかな傾斜を描いて上りになっているのが見て取れる。水面と地面の高低差を見ればその辺は一目瞭然なので判り易い。

 「どっちに行く?」とフェイトが問いかけてきて、それに僅かに悩んだ後、結局判断材料が無い以上、どちらを選んでも同じかと思い直した。となると、パッと見の印象で決めてしまうのが一番だろう。今まで通り、最終的にはどちらも進むことには変わらないのだし。

 さて、と呟いてから改めて左、右と見比べて──。

 

「……右に行こう」

「ちなみに、どうして右?」

「フェイトが俺の右に居るから」

 

 左を見たら何も無く、右を見たらフェイトがいたら、右の印象の方が良くなるのは当然の帰結である。

 我ながらどんな理由だとツッコミを入れたいところではあるが、フィーリングなんてのはそんなもんだろう。

 案の定「ええ!?」と困惑した表情を浮かべるフェイトを促して、俺達は右の通路へと足を進めた。

 

 

……

 

 

 しばらく道を歩いていると、左手に広がっていた地底湖は姿を消し、最早見慣れた洞窟の壁面へと変わっていた。

 「面白みの無い風景になったな」なんてことを話しながら進んでいると、前方の通路が大きく左に折れているのが見える。そして近づくにつれ、その先からカシャリカシャリと、骨が奏でる乾いた足音が聞こえてきた。

 フェイトと目配せして足を止め、慎重に角から覗き込むと、遠くからこちらに進んでくる3体のスケルトン。そのうち2体は普通に剣を持っているのだが、残りの1体はその2体の後ろで弓を持って歩いていた。

 

(スケルトンの弓兵……スケルトン・アーチャーって感じかな)

(後方からの遠距離攻撃に要注意、だね。多分、味方誤射なんて気にしないと思うし)

(飛び出したら俺が距離を詰めるから、弓にバインド、頼める?)

(うん、任せて)

 

 顔を引っ込めて念話を交わし、作戦を立てる。折角向こうがこちらに気付いていないのだし、有利なうちにさっさと片付けてしまうに限る。

 念話で話している間に戦闘準備を整え、一度フェイトと顔を見合わせて頷き合うと、2人同時に角から飛び出し、作戦通りに俺は2体の前衛へ向けて走る。

 その時点で流石に向こうもこちらに気付いたか、前衛の2体は剣を構えようとし、弓のスケルトンは駆け寄る俺から離れようと後ろに下がろうとし──バチッと言う雷撃音と共に、その右手と左足を金色のキューブ状の魔力によって拘束された。

 その光景を視界の端に収めつつ、俺は前衛のうち右側の敵に、少し剣速を落として斬りかかる。

 案の定、スケルトンはその手に持った剣で俺の攻撃を受け、その間に左からもう一体が剣を振り下ろしてきた。

 その攻撃を軽く下がって躱し、剣を振り抜いた直後のスケルトンにバインドを掛け、右手を拘束。その間に再び右側のスケルトンへと剣を振るう。

 袈裟懸けに振り下ろした剣は、水平に上げられた剣によって防がれるが、そのまま返す刃で左薙ぎに胴を払う。

 振りぬいたクリムゾン・エッジは、赤い魔力の残光を引いてスケルトンの腰骨を両断。崩れ落ちてくる上半身を蹴り飛ばして無力化した後、バインドで動きを封じていたスケルトンの頭蓋骨へ剣を突き立てて魔力に返す。

 それから上半身だけになったスケルトンに止めを刺したところで、フェイトが駆け寄って来た。

 そのままフェイトがバインドを掛けた弓のスケルトンを警戒してもらい、俺はそれに『アナライズ』を掛けた。

 

 

名前:スケルトン・アーチャー

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/アンデッド

属性:闇

耐性:闇

弱点:光・火/頭部

「生前に弓を得手としていた者がアンデッド化したスケルトンの派生種。接近されると距離を離そうとする傾向がある。頭蓋骨の中にその身体を動かしている核があるため、頭蓋骨を破壊することが出来れば、簡単に倒すことができる」

 

 

 どうやら本当に『スケルトン・アーチャー』って名前だったらしい。捻りも何も無い。

 とりあえず表示された情報をフェイトに読んで聞かせ、動けないスケルトン・アーチャーに止めを刺して魔力に返した。

 そんな俺の様子を見ていたらしいフェイトに気がつき、「何かあった?」と声を掛けると「ううん」と首を振るフェイト。

 

「ただ、葉月も随分強くなったなって思ったの」

 

 そう言ってから、今しがたの戦闘を思い出したのか、周囲を軽くぐるっと見回してから「今の戦いも危なげなかったし」と続けたフェイト。

 

「それもこれも、フェイトのお蔭だよ」

「ううん、葉月が頑張ったからだよ。私がどんなに教えたって、葉月のやる気がないと成長なんてしないんだから」

 

 ……何と言うか、そう改めてフェイトに言われるとすごく嬉しい。……フェイトのお蔭って言うのは譲れないんだけど。

 とは言え、もう一度俺がそう言っても、フェイトもきっと譲らないんだろうなぁなんて思った俺は、フェイトに「ありがとう」とだけ返しておく。

 その後地面に落ちた魔結石を拾ってから、「行こうか」と彼女を促して探索を続けた。

 

 

……

 

 

 それから約40分程。道中いくつかの脇道を通り過ぎ、何度かの戦闘を終えたところで、再び通路が大きく左に曲がっているところに行き着いた。

 ちなみにこの階に出現するモンスターは、先に出たスケルトンとスケルトン・アーチャーの他に、4階と5階に出たゾンビ、2階と3階に出たテイルバット(こうもり)を確認している。

 曲がり角を左に曲がったところで、俺達の目に入ってきたのは、左手に広がる地底湖。『フィールド・アナライズ』を使用してみれば、どうやら5階から下りてきた階段前に広がっていた地底湖の対岸のようである。そしてちょうどその5階に続く階段の、湖を挟んで真正面のあたりにあったのは、7階へ下りる階段。

そして通路は、階段を過ぎてさらに先にも続いている。

 

「……ここを真っ直ぐ言って道なりに行ったら、ぐるっと回って元の場所に戻るのかな?」

 

 そう言った俺に対して、フェイトは少し考えた後、視線を湖の方へと向けて指をさす。

 

「じゃあ、ここを真っ直ぐ飛んで行ったら、かなりのショートカットになるね」

 

 確かにそうだろう。とは言えこの階に下りた時にも思ったが、俺が飛行魔法を使えない以上、フェイトの負担が増えるだけなので流石にそれは却下じゃないかな。

 フェイトの言葉を聞いてそんな事を考えていると、俺の後ろに回ったフェイトが、「ちょっとごめんね」とおもむろに抱き付くように脇の辺りから手を回し、フワッと浮かび上がる。

 当然、それと共に俺の足が地面から離れ──

 

「……おお!? ってフェイト、重くない?」

「魔力で身体能力強化してるから、葉月一人ぐらい大丈夫だよ」

 

 地面から2、3メートルほど浮かび上がったところで「試してみる?」と問いかけてくるフェイト。俺はそれに惹かれるものを感じつつ、前方に広がる光景に視線を向ける。

 

「……行ってみようか」

 

 気付けばそう声に出していた。

 本当だったら俺も飛行魔法を覚えるか、もしくはフェイトに単独で行ってみてもらってから……って言うのが、もしもの時のことを考えても無難なのかもしれない。けど、常に安全策をとることが大事なんだろうけど、そうも行かないことがあるのは解っていたことなわけで。

 つまり何が言いたいかと言うと、俺としてはどうせ行くのなら、一緒に行きたいってことだ。

 俺の返答に、フェイトは「うんっ」と頷くと、そのまま高度を上げて天井付近まで上昇する。

 

「念のためこの高さで飛んでいくからね」

 

 その言葉を合図に前進を始めるフェイト。速度自体はそんなに出しているわけではないが、恐らく10分ぐらいで対岸に着くだろう。

 そう思いながら流れていく風景を──光源が少ないので然程良く見えるわけじゃないけれど──眺めていると、

 

「葉月、どう?」

 

 と耳元で聞こえるフェイトの声。

 飛んでみた感想はってことだろう。その問いに答えようと、後ろの方へと首を少し回し──俺を抱えるために後ろから抱き付くようにしているから、当然と言えば当然なんだけど、本当に触れそうな程に、直ぐ側にフェイトの顔が有った。

 ルビーの様な真紅の瞳と視線が絡み、離せなくなる。

 しばらくそうしていたところで、フェイトが「葉月?」と小首を傾げたのを切欠に我に返り、慌てて前を向いた。

 いや、別にフェイトの顔が見たくないとかそう言うんじゃなく、不意打ち気味に余りにも近くに有り過ぎたせいで、急に恥ずかしくなったと言うか何と言うか。

 

「えー……っと、あの、うん、フェイトの眼って綺麗だよな」

「……えっと、ありがとう?」

 

 とりあえず何か返事をしないと、と慌てた挙句俺の口から出たのは、そんな場違いの感想で。

 そんな俺に対してフェイトは「変な葉月」とくすくすと笑っていた。はぁ。

 

 

 それからしばらくして、無事に対岸……上に続く階段の前へと戻ってくることが出来た。掛かった時間は予想通り10分程度。歩くよりも遥かなショートカットである。

 途中、丁度湖の真ん中辺りだろうか、小さな祭壇のようなもののある小島が有ったのだが、フェイトと相談した結果、今回は寄らずにスルーすることにした。

 この後はどうする? と問うフェイトに、今度は左周りに行ってみることを提案。

 右の通路を、脇道に寄らずに真っ直ぐ進んだ結果、対岸まで約1時間だった。左回りも同じぐらいとするなら、残りの探索時間にもまだ余裕は有る。

 結果としては予想通りだった。何度かの戦闘を経てから1時間程度で再び対岸の、下に続く階段の前に着くことが出来た。

 そして再度フェイトに抱えられて5階への階段前に戻ったところで、残り時間は約2時間。それを階段付近の脇道等を探索して終えた。恐らくこの分なら、明日の探索で6階は終わるだろう。

 

「……とりあえず、次に覚える魔法は飛翔魔法にする」

「……私に抱えられるのは嫌だった?」

 

 『マイルーム』に戻って、フェイトが還るまでの間にボソリと漏らした俺の言葉に、フェイトが少し寂しそうに眉根を落とす。

 ……少々気恥ずかしいが仕方ない。彼女にそんな表情をさせたい訳じゃないのだ。

 俺はフェイトに「そんなことないよ」と前置きし、

 

「ただ、単純に自分の力で、フェイトと並んで飛んでみたくなっただけだよ」

「……うん。私も、葉月と飛んでみたい。……頑張ろうね」

「おう」

 

 本当に……叶うならば、どこまでも続く大空の下を、彼女と2人で。


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