深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase3:「教受」

 とりあえず、俺に敬語はいらないよ、と告げると、一瞬の間を置いてから「うん、わかった」と頷いたフェイト。

 さて、彼女も協力してくれるって言ってくれたし、それじゃあ早速と外に出てみようかと出入り口に向かおうとしたところで、そのフェイトに「ちょっと待って」と止められた。

 どうした? 聞くと、彼女は「肝心なこと、確認してなかったから」と前置きし、

 

「葉月は戦えるの?」

 

 その口から出たのはそんな疑問。……うん、当然の疑問だよな。

 俺も男だ。任せておけといいたいところだけども、見栄を張っても意味は無いので正直に「戦ったことはない」と答える。

 

「……剣の使い方は?」

「……こういったものを使った記憶はありません」

「あはは……もう」

 

 俺の言葉に苦笑を漏らしたフェイトは、「仕方ないなぁ」と言ったような表情を浮かべる。

 

「私でよかったら、戦い方教えようか?」

 

 その有り難い申し出に、一も二も無く頷いたのは言うまでもない。

 それから二時間と少し。

 始める前にふと、一度戻った方がいいんじゃないか? と思ったのだが、彼女自身に「最初が肝心だから、やると決めたからには今やるよ」と言われて、フェイトを召喚していられるギリギリまでレクチャーを受けた。とは言え教えられているのは戦闘ド素人の俺である。そのため基礎の基礎を教えてもらった時点で終わったのだが。

 つまりは、戦闘の心得や基本的な武器の振り方とかである。それでも俺にとっては初めて尽くしで大変だったんだけれども。

 ややもして、不意にフェイトを包み込むように、召喚した時と同じような球状の魔法陣が出現する。

 一瞬目の錯覚かと思う程に透明だったそれは、徐々にその色合いを濃くしていく。

 

「ん……時間みたいだね」

 

 自身を包み込む半透明の魔法陣を見て、フェイトが言う。

 俺は手を止めて彼女に向き直ると、フェイトは「基礎は大事だから、これからもサボっちゃ駄目だよ?」と念を押すように一言。

 それに「解ってる。大丈夫」と答えると、彼女はうん、と満足げに頷き、次いで何かを思い出したか、ふふっと小さく笑った。

 

「どうした?」

「ううん……私もリニスによく言われたなって思って。……あ、リニスって言うのは、私の魔法の先生でね」

 

 もう居なくなっちゃったんだけど、とフェイトが少し寂しそうに言ったところで、その表情を隠すかのように、魔法陣はその色を濃くし、

 

「それじゃ、また3時間後にね」

 

 最後にそんな言葉を残して、大気に溶けるように、フェイトを中に納めた魔法陣は掻き消えた。

 

 

……

 

 

 フェイトを見送った後、ふと空腹を覚えて外していた腕時計を見てみれば、短針は12に近い位置。俺の体内時計が狂っていなければ今は昼のはず……そういや昨日から何も食べて無かったな。

 そんな事実に思い至ると余計に腹が減ってきた。……昼飯にするか。

 端末から『ショップ』を開き、『食料品』から適当に購入。適当、とは言え無論必要量だけだが。

 ……普段料理なんてしないから、これからが大変だな……なんて思いつつ簡単に済ませる。……母さんの飯が食いたい……と思ってしまって落ち込みそうになった気分を何とか奮い起こす。

 食材と一緒に買った食器をシンクに放り込み……先に洗っとくか……。

 思い立ったが吉日、と言う訳ではないけれど、さっさと済ませてしまおう。放っておいたら俺は絶対にやらない自信があるから。

 まぁ、使った数は少なくて良かったと思いつつ皿を洗う。

 その最中ふと、「そういやスキルを再使用できるようになるまでの時間って解るんだろうか?」と言う疑問に思い立った。

 今はまだいい。安全な部屋の中にいるからな。

 けど、これが迷宮の中だったら? この先迷宮の攻略が順調に行った場合、恐らく迷宮の中で夜を明かす事態もあると思われる。そうなれば、必ず召喚不能時間と重なることになるだろう。そんなときに、スキルを使えない時間がどれだけあるのか解らないってのは正直言って非常に怖い。

 そんな疑問はすぐに解消されたのだが。

 ……と言うのも、実際にスキルへと意識を向けてみたところ、脳裏にカウントが浮かんだからだ。今頭に浮かんだのは、「153.24」。後ろの数字が一秒ごとに減っていったことから考えるに、恐らく残り153分24秒ってことだろう。

 さて、無事に疑問も解消されたことだし、折角教わった事を忘れないようにしないと。そのためには反復あるのみ。

 武器の持ち方。振り方。剣や盾による受け流し。戦闘時の心得。注意事項。心構え。その他もろもろ。

 「剣や盾の扱いは、私も専門じゃないんだけど……」と言いつつも、『戦闘』そのものの経験が豊富な彼女の説明は、素人の俺にも解りやすかった。

 それを思い出しながら、幾度と無く繰り返し続けた。

 不思議と、何度も何度も繰り返すうちに、自分の動きが良くなっていくのが解る。

 先程指導を受けている間も、フェイトにも「思ったより筋が良いね」なんて言われて一瞬浮かれかけたんだが……ふと、幾らなんでも自分のこれは異常だろうと思い至り、薄ら寒いものを感じながらも「ステータスオープン」と言葉を発した。

 眼前に現れるウィンドウ。

 そこに浮かぶ文字を見て、そういうことか、と独り言ちる。

 

 

 

※※新たな【称号】を獲得しました!※※

 

『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。

『剣士・Lv0』:剣を使用して戦う者。見習い。『ソード』の扱いに若干のボーナス。

 

 

 

 つまり、俺がこうして今自分の上達を感じる程に剣を扱えている理由は、この『剣士・Lv0』効果が有ってってことか。

 じゃあ、何もしなくても俺はそのうち剣を自在に扱えるようになるのか? そんな考えが脳裏を過ぎったところで、頭を振って思い直す。

 ……自分の知らないうちに、いつの間にか影響を受けているのが恐ろしくもあるけれど──今の俺に取捨選択する余裕なんてない。使えるものは使わないといけない以上、これは確実にプラスになる『システム』だ。

 それに、だ。

 恐らくまだ戦いに出ても居ないのにこうして【称号】を得た事を鑑みるに、この『剣士・Lv0』とやらを得たのは、俺が剣を持ってフェイトの指導を受けたからだろう。

 ってことは、こうして訓練することは決して無駄じゃない。確実に俺の力になるはずだ。

 そう思いながら、俺は再び剣を振り始める。

 ……時間ってのは、何かに集中してるとすぐに過ぎるもので。

 気がつけば既に3時間が経過し、スキルが使用可能になっていたので、再びの召喚を試みる。

 

「『召喚(サモン):フェイト・テスタロッサ』」

 

 前回と同じように、かざした俺の手の先に現れる球状の魔法陣。そしてそれがガラスのように砕けて消え、その中から現れるフェイト。

 彼女の姿は先ほどまでとは違い、黒いボディスーツに黒いマント。彼女のバリアジャケットだな。その手には長柄斧の形状の武器……彼女の専用デバイス、『バルディッシュ』が握られている。

 彼女は現れてすぐに俺の姿を認めると、ニコリと微笑んだ。

 

「3時間ぶり、だね」

 

 今の一言で、俺が召喚していない間も、彼女は彼女の世界で時間を過ごしている事が窺い知れた。もしかしたらそういう記憶が植えつけられている、なんて可能性もあるけれど、それを言っていたら切が無いしな。

 そこでふと思った。召喚している間はどうなんだろう、と。

 

「なあ、フェイト?」

「ん、なに?」

「さっき戻ったとき、騒ぎになってなかった? 急に居なくなった! ってさ」

 

 フェイトが元居た場所じゃ3時間ほど行方不明になってた訳だし、と続けると、彼女からは思いもよらない言葉が返ってきた。

 

「ん、大丈夫だったよ。……どうも、今の『私』は『私』自身、そのものを呼び出してるわけじゃないみたい。……同位体、とでも言えばいいのかな? 多分、葉月によって『私』のコピーがこの世界に召喚されてるんだと思う」

 

 そう言ったあと「確信は無いけれど、十中八九は間違っていないと思う」と続けたフェイトは、そう思った一番大きな理由を教えてくれた。

 先の召喚時間が切れて自分の世界に戻ったフェイトだけれど、実際は「俺と会ったという記憶」が流れ込んできたそうだ。

 つまり、フェイトには俺と会っていた3時間の記憶と、自分の世界で過ごしていた3時間の記憶があるのだという。

 そこから結論付けたのが、先程の、俺が呼び出しているのはフェイトの同位体……コピーであり、それがこの世界から送還された時に、経験した記憶等が元の世界に居る本体にフィードバックされる、と言うものだそうだ。

 とは言え、やはり今の自分が『本人』ではない、と言うところに複雑な表情を浮かべるフェイト。

 

「えっと……フェイト?」

「ん、なに?」

「その、ごめん」

 

 意図せずとは言え、彼女に嫌な思いをさせてるだろうと思うと、謝らずには居られなかった。

 対してフェイトは、一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、すぐに俺が謝った理由に思い至ったのだろう、くすりと小さく微笑む。

 

「謝らなくていいよ。……ありがと、葉月」

「……ん、俺の方こそ。……けど、それってフェイトの身体は大丈夫なのか? 何か不調が出たりしてない?」

 

 と言う俺に対して、彼女はこくりと一度頷いて、

 

「大丈夫。少なくとも今のところ何も不調はないよ」

 

 そう言って、「心配してくれてありがとう」と続けた彼女は、俺が何かを言う前にその表情を引き締める。

 

「それじゃ、葉月。今回は実際に『迷宮』に出てみようか」

「ああ、それでさっきとは服装が違うんだな」

 

 時間を見越して準備を整えてきたのか。

 俺の言葉に彼女は「うん」と頷いて、「何があるか解らないから」と続ける。

 そうだな、とフェイトの言葉に頷き、出入り口の扉の前に立つ。

 ここから出ればそこは『迷宮』。……流石に緊張するな。ゴクリと、自分の喉が鳴る音が嫌に大きく聞こえた。

 この先は未知の空間。下手をすれば死ぬかもしれない、そんな場所。

 ──死ぬ。その考えに至ったとき、扉に手を掛けたまま俺は動けなくなってしまった。

 怖い。

 そんな想いが頭を過ぎり──カタリと、自分の手が震えているのが解った。

 ……情けない、と思う。けど、止められない。止まらない。

 そんな折、不意に手を包み込まれるように握られて、一瞬ビクリと驚いて隣を見れば、見惚れる程に柔らかな微笑みを浮かべたフェイトが。

 

「大丈夫。危なくなったら、私が守るから」

 

 ……参った。そんな事言われてしまったら、これ以上格好悪いところ、見せられないじゃないか。

 眼を瞑って、一度大きく深呼吸。

 見栄でも、虚勢でも良い、強気で行こう。俺なら大丈夫。たった3時間の付け焼刃とは言え、フェイトに教えを受けたんだ。だから大丈夫。

 パンッと軽く頬を叩いて気合を入れる。……よしっ!

 

「……ありがとう。もう大丈夫……行こう」

「……ふふっ。うん」

 

 一度しっかりと視線を合わせ、コクリと頷きあって、俺達は『迷宮』へと足を踏み出した。

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『戦場の心得・Lv0』:パッシブ。戦闘経験者から指導を受けた。戦闘時に平常心を保つことができる。




【プレイヤー名】
 長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]

【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された「深遠の迷宮」第三次攻略者。出身世界は「地球」。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『剣士・Lv0』:剣を使用して戦う者。見習い。「ソード」の扱いに若干のボーナス。

【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
 :術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間のスキル使用不能時間(ディレイ)が発生する。
  召喚可能キャラクター
  『フェイト・テスタロッサ』

【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv0』:パッシブ。戦闘経験者から指導を受けた。戦闘時に平常心を保つことができる。

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