戦い始めてからどれぐらいの時間が経っただろうか。体感では1時間も2時間も経っている気がするけれど、きっと実際にはそうでもないんだろう。
襲い掛かって来る脚を斬り払い、迫り来る身体の動きを封じ込め、掴み掛かって来る腕を防ぐ。剣と、バインド、そしてラウンドシールド。今の自分に出来ることをフル稼働させて、敵の集団を捌き続ける。
ゾンビの攻撃は基本的に、掴み、噛み付き、引っ掻きぐらいのようで──考える頭が無いと、行動も動物じみたものになるんだな、なんて思ったが──動きも遅いためになんとか凌げているって感じだろうか。
掴まれ、動きを止められるのだけは特に注意しつつ、捌き切れずに攻撃を喰らってしまっても、バリアジャケットのお蔭で眼に見えての怪我はしていないのは幸いか。
何よりも本当に危ない時には、しっかりとフェイトがフォローしてくれているのだけど。……本当に、彼女には助けられてばかりだ。
頭の片隅でそんな事を考えながら、一心不乱に剣を振り続ける。
そして、眼前のゾンビの頭へと剣を突き立て、小さな断末魔を残して消え行くゾンビを見送ったところで、周囲の敵が居なくなったことに気付いた。……どうやら今のが最後の一体だったようだ。
「葉月、ケガはない?」
ふぅ、と一息ついたところで、フェイトが駆け寄ってきて声を掛けてくる。
「ん、大丈夫。フェイトは?」
「私も平気。大丈夫だよ」
互いの無事を確認しあって、よかったと互いに笑みを浮かべた。……まぁ、フェイトなら俺に心配されるまでもなく、大丈夫なのは解りきったことなんだけど。
「それと……フェイト、ありがとう」
俺がそう言うと、彼女は「どうしたの?」と小首を傾げる。
それに対して、「さっきの戦闘中、ずっと気に掛けてくれてただろ?」と言うと、フェイトは一瞬きょとんとした後、クスリと微笑んだ。
「……ねぇ葉月、初めて迷宮に出る時に私が言ったこと、覚えてる?」
フェイトに問われ、あの時のことを思い浮かべると、鮮明に思い出される彼女の言葉。
……もちろん覚えている。彼女の一言があったからこそ、俺は一歩を踏み出すことができたんだから。
うん、と頷いた俺に対して、フェイトはあの時と同じように、そっと俺の手を取って、
「あの時言ったことは、別にあの時のその場しのぎなんかじゃない。約束するよ。……これからも、この先も、葉月が危なくなったら、絶対に私が助けるから」
そう言うフェイトが浮かべる笑みは、とても強くて、優しくて──。
「……ありがとう。俺も、守られてるばかりじゃなくて、もっと強くならないとな」
「うん。……慌てないで、ゆっくり強くなっていこう」
そう言ってくれるフェイトに、俺はもう一度「ありがとう」と告げると、彼女もまたもう一度「うん」と頷いてから、俺の手をそっと離した。
それから改めてぐるりと部屋の状態を見回してみると、目に付くのは盛大に散乱した
「それじゃ、また罠が作動しないうちに、回収するものしちゃおうか」
拾い集めるのも大変だなと苦笑しつつ、悪いけど手伝ってくれと続けると、フェイトは「もちろん」と頷いてくれる。
それからしばし、黙々と拾い集めていると、魔結石の中に混ざって、直径で3センチ程度の大きさの、透明なガラス……と言うより水晶かな、水晶球のようなものがあることに気付く。
それを手にとってみたところで、マントの前を受け皿にして、そこにアイテムを拾い集めたフェイトが駆け寄ってきた。
はい、と差し出されるそれを、ポーチの口を開いてザラッと流し込んだところで、フェイトが「あのね、葉月」と切り出してくる。
「どうした?」
「魔結石に混じって、こういうのがあったんだけど」
そういって差し出す彼女の手には、今しがた俺が拾い上げたものと同じものが4つほど。
「なんだろうね?」と言う彼女に「調べてみるか」と返して、自分の手に持っているそれに意識を集中して、『アナライズ』を唱える。
「そっか、それってモンスターだけじゃないんだっけ」
「そういうこと……っと、出たよ」
フェイトの言葉に返事をしている間に、俺の目の前に半透明のウィンドウが現れる。
名前:
カテゴリ:道具/魔法道具・素材
「特定魔造生物、魔法道具の核となるアイテムの素。各属性の魔力を篭めることにより、その属性に対応した核の水晶へと変化する」
そこに表示された文字列を読み上げたところで、フェイトがその表情に疑問を浮かべたのが見て取れたので「何か気になることでもあった?」と訊いてみる。
「あ……えっと、そんな大したことじゃないんだけど……その『魔力を篭める』っていうの、私でも出来るのかなって」
フェイトの言葉に、ふむ、と少し考え込む。
予想ではあるが、本来魔力を篭める場合は『アイテムボックス』の機能にある『合成』を使うんじゃないだろうか。そしてそのために使うのは、恐らくは『魔結石』。すなわち、各属性の魔結石と核の水晶を合成することによって、その合成に使った魔結石の属性に合った核の水晶が出来上がる……んだと思う。
そう予想する一番の理由としては、以前に見たこの世界の魔法に関する記述。そこに有った、この世界に生きる大半の人は体内に保有する魔力が然程多くない、と言う記述からだ。
すなわち、自分の力だけで核の水晶に魔力を篭めようとすると、相当に時間がかかるかそもそも魔力が足りないか……になるんじゃないだろうか。
けど、フェイトや俺だったら?
俺達には、『リンカーコア』がある。
今の戦いの最中でも、何度もリングバインドやラウンドシールドを使ったけれど、俺の中から──多少なりとも減ったと言う感覚はあれど──魔力が枯渇するような様子は全然無い。それは多分、俺よりも多くの魔法を使ってるフェイトだってそうだろう。
……何にせよ、物は試し、か。
「……試してみる?」
「いいの?」
「もちろん。……って言っても、その『魔力を篭める』って言うのがどうやるのかとかはサッパリ解らないけど」
そう言う俺に対しフェイトは「それに関してはちょっと考えがあるんだ」と言うので任せてみることにする。
「……っと、その前に残りも拾って、この部屋から出てからにしようか?」
「あ、そうだね」
互いに顔を見合わせて微苦笑を浮かべ、拾い集める作業に戻る。
それから約5分後、散らばっていたアイテムを拾い終えた俺達は通路に出て一息ついた。
結局、大量のゾンビから出たのは闇の魔結石以外には核の水晶のみ。その数は7。
俺はフェイトに核の水晶を1つ渡すと、彼女はそれを広げた掌の上に乗せる。
「バルディッシュ、いける?」
《Yes sir...Divide Energy》
そんなやり取りに続いて、バルディッシュの先端、斧頭の付け根部分にあるコアから、金色の魔力が帯になってフェイトの掌の上にある核の水晶へと伸び、核の水晶へと触れたフェイトの魔力は、そのまま溶けるように水晶の中へと消えていく。
それからしばしの間魔力が流れたところで終わり、次の瞬間、核の水晶の色が濃い金色へと変わり、それとともに淡く金色の光を発しだした。
「……上手くいったのかな?」
「調べてみようか。……ところでフェイト、今使ったのは?」
「『ディバイドエナジー』。対象に自分の魔力を分ける魔法だよ」
「本来は魔力の減った人に使うんだけどね」と、何かを思い出したかのように、くすりと微笑みながら言うフェイト。
それを訊く前に、フェイトに「ほら、葉月」と促され、頷いて『アナライズ』を使用する。
眼前に現れるウィンドウ。そこに表示されていたのは──。
名前:
カテゴリ:道具/魔法道具・素材
「特定魔造生物、魔法道具の核となるアイテム。風系亜種上級」
「……上級?」
ウィンドウに表示された文章を読み終えたところで上がる、フェイトの疑問の声。
「そんなにたくさん魔力を送ったつもりは無いんだけど……」と言う彼女に、「あくまで予想なんだけど」と前置きして、ふと思いついたことを述べてみる。
「たぶん、“この世界”の基準からしたら、それでも多い方だったんじゃないのかな。前に読んだ魔法の説明にもあったけど、“この世界”の人達の魔力量って多くないみたいだし」
「そう……なのかな?」
「あとは……フェイトの魔力の質が良かったのかも」
そう言うと、フェイトは「どういうこと?」と小首を傾げた。
そんな彼女へ、先程思ったこと──普通に魔力を篭める場合は、『合成』を使うんじゃないかと言うこと──を説明する。
「つまり、通常であれば、『合成』を使用して『魔結石』から魔力を移さないといけないところを、魔力を直接注入したことによって、外部から受けた干渉が少ない、質の良い魔力が入ったんじゃないかな?」
もしかしたら、『リンカーコア』から魔力ってところで既に、“この世界の魔力”とは違う結果になったのかもしれない。そう続けた俺に対し、フェイトは「それは……うん、確かにあるかも」と頷く。
「何にせよ、質の良いものが手に入るのは俺にとってはプラスになれど、マイナスにはならないから、結果オーライってことで」
「ふふっ……うん、わかった。じゃあ、残りもやっちゃう?」
フェイトの提案に少し考え、「いや」と首を振る。
「今言った『合成』でやるって言うのも飽くまで予想だから、実際にそれで出来るのか確認はしておきたいから、少し残すよ。そうだな……あと3つ、お願いしてもいい?」
「うん。任せて」
頷いてくれたフェイトに『核の水晶』を3つ渡し、残りの3つをポーチへと放り込む。
それを見届けて、フェイトはその視線を掌の上へと向けた。
「それじゃ、バルディッシュ」
《Yes sir.》
バルディッシュの返事と共に、先程と同じように、魔力の帯がフェイトの掌の上の『核の水晶』へと流れていく。
少しの時間の後、魔力の流れが止まったそこには、金色に輝く水晶球。
「はい」と差し出されるそれを受け取って、改めて眺めてみる。……フェイトの魔力光、髪の毛の色と同じ、金色。
「どうしたの?」
「いや……フェイトの色だなって思って。綺麗だな」
「えっと……ありがとう……」
恥ずかしげに頬を染めるフェイトの様子に和みつつ、受け取った核の水晶をポーチにしまって、「さて」と一息ついて時間を確認する。
残り約2時間。
……戦闘とその後のあれこれで、どうやら1時間ぐらいは使ってしまったらしい。
2階まで戻る時間を考えるなら──2階からは行きと同じく、俺一人でもいいだろう──あと1時間と少しってところか。
フェイトにそれを次げて、再び探索に戻った。
…
……
…
それから約1時間4階の探索を行うも、新たな発見もトラブルも無く時間が過ぎる。
とは言え今回で階段から左側のエリアは大体探索し終えたので、明日は正面の通路を進むことにして、今日は『マイルーム』へと戻る。
その道中、1階階段から『マイルーム』へと戻る途中でフェイトの召喚時間が終わりを迎えた。
「それじゃあ葉月、残りあと少しだけど、気をつけて戻ってね」
「うん。フェイト、今日もありがとう」
色合いを濃くしていく魔法陣の中、「気にしないで」と
「じゃあ、また明日ね」
そしてその言葉を残して、魔法陣と共に消えていく。
俺はそれを見送り、『マイルーム』へと足を向けた。