洞窟内に足音が木霊する。
先程までと違うのは、その足音が“二人分”であると言うことだろうか。
チラッと隣を見れば、バリアジャケット姿のフェイト。その時ふと視線を上げ、こちらを見た彼女と目が合った。
「どうしたの?」
「いや……やっぱり、フェイトが隣に居ると落ち着くなって思って」
そんな俺の言葉にフェイトはふふっと笑みをもらし、うん、と小さく一度頷いて……もう一度、二人同時に小さく笑い、視線を前に向けて歩を進める。
それから5分程進んだ頃だろうか。前方から聞こえてきた複数の小さな足音に、ほぼ二人同時に足を止めた。
「葉月」
「ん」
警戒を促すようにフェイトに小声で名を呼ばれ、頷いて剣を構え……その時点で、フェイトが「あれ?」と小首をかしげた。
「葉月、武器変えたんだ?」
「ん? ……ああ。シルバーソード……銀製でアンデッドとかに効果が高いんだってさ」
これからの敵を考えるとね、と続けると、フェイトはその敵──スケルトンやゾンビ──を思い浮かべたか、「そっか」と頷く。
そうしているうちに俺達の前に現れた足音の主達。
俺達の姿を認めたか、「キィッ」と鳴いて突進してくる5匹の
その俺の視線の先、ネズミ達のうち、向かって左から2匹の前方に一瞬魔法陣が浮かんだのが見えた。そしてその2匹が魔法陣が現れた場所を通過した瞬間、バチッという電撃が発する音を立て、ネズミの胴体を覆うように黄色の立方体が現れ、その動きを固定する。
2匹がフェイトのライトニングバインドに捕らわれるのを視界の端に収めながら、すでに近くにまで迫っていた残りの3匹のうち、跳びかかって来た2匹のうちの1匹を剣で迎え撃ち、残りの1匹を左手の
その間に地面を滑るように駆け寄ってきた最後の1匹。
流石に3匹同時に捌くのはまだ無理だったかな、と思った直後、俺の背後から打ち込まれた
(ごめん、ありがと)
(うん、無理しないで)
フェイトに礼を言いつつ意識をネズミに戻す。
フォトンランサーを撃ち込まれた1匹は離れたところでぐったりと倒れ、殴りつけた1匹は5メートル程離れたところでこちらを威嚇し、剣で防いだ1匹は直ぐ近くに落ちるように着地してから俺に向かって牙を剥く。
その近くの1匹は再び踊りかかろうと言うのか、「ギッ」と鳴いてその四肢に力を篭めるのが見え──その口を閉じて抑えるように、リングバインドで拘束。
ジタバタともがくネズミは放っておき、離れた1匹へ向かう。
1歩踏み込んだところで、それに反応したのか、ネズミもまたこちらに向かって跳びかかって来る。
もう1歩踏み込みつつ、身体を前方に沈みこませるようにその噛み付きを避けつつ剣を一閃。そのまま勢いを緩めず、悲鳴を上げて地面を転がるネズミへ追いすがり、剣を突き立てる。
そのネズミが魔力へと変わるのを確認した後、残った4匹──フォトンランサーで吹っ飛んだ1匹と、バインドで動けない3匹──を順番に倒して、ほっと息を吐いた。
「葉月、怪我はない?」
「うん、大丈夫」
フェイトのお蔭でねと彼女の問いに頷くと、フェイトは「よかった」と一言。
そんな彼女に「ありがとう」と返して、俺達は再び先へ向けて足を進めた。
…
……
…
フェイトが側に居てくれることの安心感を再認識した後、幾度かの戦闘を経て4階へ下りる。
「今日も左だよね?」と問いかけてくるフェイトに頷き、軽く頬を叩いて気合を入れて、足を踏み出した。
それから歩く事しばし。別段何に遭うでもなく歩を進める俺達の前に、昨日ゾンビと遭遇した左に折れる別れ道が姿を現す。
「どうする?」
「行ってみよう」
フェイトと短くやり取りを交わし、左へと折れる。
それから更に5分ほど進んだところで、10メートル四方ぐらいだろうか、小ホールになっている場所に出た。そこから伸びる通路は無く、どうやら行き止まりのようだ。
手分けして一通りホールの中を見て回り、何も無いねとフェイトと確認しあってから、元の通路に戻ろうとした、その時だった。
ホールの中央付近に立った俺とフェイトを囲うように、地面に幾つものどす黒い光を放つ魔法陣が現れる。
「葉月、気をつけて!」
「ああ!」
咄嗟に武器を構える俺とフェイト。
その直後──。
ズルリ、と、魔法陣から這い出すようにゾンビが現れ、その数を2体、3体と続々と増やしていく。
そんな中、フェイトが不意に天井付近まで飛び上がると、すぐに着地して小さく
「出口のところ、魔力の膜みたいなのが張られてるね。……葉月を抱えて飛んで行けないかって思ったけど……」
「ここから出たければ、こいつらを倒せってことかな」
そう言って頷き合い、この間にも数を増やし、最早数えられない程に俺達の周囲を取り巻くゾンビ達に対するように、自然とフェイトと背中合わせに武器を構えた。
「フェイトなら大丈夫だと思うけど……気をつけて」
「うん、葉月もね。……行くよ、バルディッシュ」
《Yes sir.》
そんなやり取りに続いて、足元に広がる魔法陣。
それは周囲のゾンビを生み出したような禍々しいものとはまるで違う、金色の光を放つフェイトのもの。
背中越しに様子を
「サンダースマッシャー!!」
《Thunder Smasher》
その魔法陣を打ち抜くように突き出されたバルディッシュの先から溢れ出す、轟雷の奔流。
背後から轟く爆音を戦いの烽火に、俺は眼前に群れを成す敵へと斬りかかった。
「はあああ!!」
意識せず、自身の口から気合の声が漏れる。
俺は右手に持った銀の剣を横薙ぎに振るい、掴みかかろうとしてきたゾンビの腕を斬り飛ばす。対アンデッド効果を持っているだけあってか、振りぬいた剣には然したる抵抗感を感じず、その傷口から立ち上る魔力は明らかに量が多い。
その効果の高さになるほどね、と“対アンデッド効果”に納得しつつ、倒れ込むように覆いかぶさってきたゾンビをバックステップで躱す。
そのまま倒れたゾンビに剣を突き立て──それを囮にしたかのように左から襲い掛かってきた1体をバインドで動きを止め、同時に右から掴みかかってきた1体を剣で防いだ。
右のゾンビは、やはりアンデッド故に痛覚もないのか、刃で傷つく事も構わず刀身を握るように掴んで俺の動きを阻害する。
その間に正面から別の1体が、噛み付こうとでも言うのか黄ばんだ歯を剥き出しにして襲い掛かってきて──。
「くっ! ……シールドッ……!」
咄嗟に張ったラウンドシールドに激突した。
……バインドといい、どうやら俺は切羽詰ると上手く行くようだ……とは言え積極的に利用したい方法ではないけれど。
そんな事を思った最中、今の咄嗟のラウンドシールドで余力が消えたか、左手の方からパキンッと乾いた音。
チラッと視線を向けると、バインドが解けて動きを抑えていたゾンビがこちらに向かって来ようとしており、思わず小さく舌打ちし、剣を掴んでいたゾンビの手を斬り飛ばすように力を篭めて引きながら蹴り飛ばした。
右のゾンビが、その更に後ろから迫っていた連中を巻き込んで転倒するのを横目に、ラウンドシールドにぶつかった1体の頭に剣を突き立て、完全に魔力に還る前に、右のゾンビと同じように蹴り飛ばして、その後ろから迫るゾンビの妨害に使う。
そして左の、先ほどまでバインドで止められていたゾンビは、剣を横薙ぎに振るって掴みかかって来た右腕を肩口から斬り落とし、次いで袈裟懸けに一閃。その更に後ろから迫る1体をバインドで止めてから、一度その場から数歩下がって距離を取った。
とは言え元々然程広くもない部屋の中、ひしめく多数のゾンビと思うように距離を取れるはずも無く、僅かに体勢を整える時間を作れた程度なんだけど。
こりゃ参ったね、と独り言ち、再度斬り込もうとした、その時だった。
「葉月、下がって! アークセイバー!!」
背中越しに聞こえたフェイトの声に続き、俺の後方から弧を描くように飛来した、回転する魔力刃が眼に入った。
《Saber explode.》
そして俺がフェイトの声に従って後ろに下がると同時に聞こえたバルディッシュのキーワードに反応して魔力刃が爆発し、突き刺さっていたゾンビとその周辺に密集していた数体を纏めて吹き飛ばした。
次いで左側の、バインドで動きを止めたゾンビの後ろから迫ってきていたゾンビに突き刺さる
(ありがと、フェイト)
(ん、もうちょっと頑張って)
フェイトの援護と念話に勇気付けられ、自身に気合を入れるように一度小さく「ふっ」と息を吐く。
俺の後ろにはフェイトがいる。だから、大丈夫。
「うおおお!!」
今度は意識して気合の声を上げ、再び剣を構えてゾンビの群れへと突っ込んでいった。