『マイルーム』へ戻って少し経ち、時間の来たフェイトを見送った俺は「さてどうするか」と独り言ちる。
何をどうするかと言うと、まぁ端的に言えば武器である。
今現在俺が使っているのは、刃渡り30センチ程度の鉄の剣──アイアンショートソード。
フェイトと【称号】のお蔭で、剣の扱いにも大分慣れた……と思う。少なくとも接近戦をするに当たっては、ちょっとは形になっている……と思いたい。どうにも自信が持てないのは……やはりここに来るまで、こういった荒事に関してはほとんど無縁だったからだろうか。
何が言いたいかと言うと、そろそろショートソードから普通の長剣に買い換えようかな、と言うことだ。
幸いにしてと言うか、朝のフェイトとの訓練において使っている木剣は長剣サイズであるため、恐らく買い換えても慣れるまで然程時間は掛からないだろうし。
……そうだな、うん。新調しよう。
そう決めた俺は出入り口横の端末へと向かう。
起動した画面の中から
『
次は実際に買えるかどうか、アイテムを確認……と。うん、思ったより魔結石が貯まっているので大丈夫そうだ。
そう判断し、魔力へ分解していく。
『地の魔結石・低級(小)』、『水の魔結石・低級(小)』をそれぞれ40個、『風の魔結石・低級(小)』を20個。合わせて100個を分解し──それだけの敵を倒してるんだな、なんて我ながら関心してしまった──合計で10067ポイントの魔力に。
ついで『ショップ』へ移り、先程アタリをつけた武器を購入。
シルバーソード:銀の長剣。魔術処理を施す事によって、聖性を損なうことなく剛性を高めている。対アンデッド、悪魔、闇属性に効果が高い。7,000ポイント。
今の俺にとっては高い買い物だが、変にケチるよりも思い切って効果の高いものを買った方が良いだろう。それに合わせて、残った魔力の中から2,000ポイントで以前に使った結界石も買う。
……とりあえずの準備としてはこんなものか。ちなみに、今まで使っていたショートソードはそのまま予備武器として持っているつもりだ。
後は明日、フェイトを召喚してから話をしないと。今日はもう召喚しないほうがいいだろうし。
『召喚師の極意』による召喚時間の延長に伴って、2度目の召喚を終えたのが20時15分頃。そうなるとディレイが終わるのが午前0時頃になってしまうのだ。そんな時間にフェイトを
……フェイトを召喚したら彼女の寝顔が見れるかな、なんて思ってしまった辺り、俺も疲れてるのかもしれない。喚ばないよ。惜しいけど。……変な気起こす前に、今日はさっさと寝てしまおう。
…
……
…
明けて翌日。午前のフェイトとの訓練を少し早めに切り上げて、「相談したいことがあるんだけど、良いかな?」と言うと、「もちろん」と答えてくれるフェイト。
そしてソファに向かい合うように座ったところで、「それで、どうしたの?」と問い掛けてきた。
「うん、午後の探索のことなんだけど──」
それに対して俺がフェイトに切り出した話は、探索に掛かる時間のこと。以前にも少しフェイトに提案した事があることなんだけど、3階までは俺が一人で行って、3階への階段に着いたところでフェイトを召喚しようか、と言うことだ。
昨日『マイルーム』に戻るに当たって、4階への階段から2階への階段までどれぐらい時間が掛かるか計ってみたところ、40分だった。これは『フィールド・アナライズ』による地図を見て、最短ルートを進んでの時間なので、これ以上は短縮できない時間だ。……まぁ、歩行速度や戦闘の有無によっては多少は変わるが。
それを踏まえて考えると、『マイルーム』から4階まで掛かる時間は1時間15分。帰りの時間を考えると、4階の探索に当てられる時間は1時間程度しかないことになるわけで。
「どうかな?」と問いかければ、フェイトは眉根を寄せて考え込む。
「……うん……バリアジャケットも創れるようになったし、バインドも覚えて、1、2階なら葉月一人の戦闘でも問題は無いのは解るんだけど……」
そうぽつりと言った後、しばしの間黙り込むフェイト。言葉にしないまでも「心配だ」と思っているのがありありと解る表情の彼女と視線が絡む。
しばらくそうしてフェイトの言葉を待っていると、やがて彼女は小さく「うん」と頷いた。
「解った……けど、約束して。
俺としても先にフェイトが言ったように、身につけた魔法やスキル、最近の戦闘の状況なんかを鑑みて提案したつもりだ。別に無理や無茶をしたいわけではないから、フェイトの言葉には素直に頷いておく。
俯き気味に、心配と不安がない交ぜになったような表情で言うフェイトの様子に居住まいを正して向き直り、「約束する」と返事をする。
何よりも──彼女にこんな表情をさせたい訳では、決して無いのだから。
それからしばし後、フェイトの召喚時間が終わりに近づき、彼女の身体を球状魔法陣が淡く包んだ。
そんな中、フェイトはやはり不安そうな表情を浮かべて、心配そうに口を開く。
「葉月……絶対に無理しちゃだめだよ……?」
「うん。約束したからな」
「心配してくれて、ありがとう」。そう続けると、彼女は小さく「ううん」と頭を振る。やがて魔法陣がその色合いを濃くする中で、「待ってるから」と言う一言を残して、フェイトは戻って行った。
そして3時間と45分後。ディレイの終わりを合図にし、俺は迷宮へと一人足を踏み入れる。
◇◆◇
次元空間航行艦船『アースラ』にて。
“向こう”にて葉月の提案を承諾した記憶が流れ込んできたフェイトは、ディレイの終わりの時間が近づくに連れ、そわそわと落ち着きがなくなってきていた。
彼女はしばしの間、『アースラ』に居る間の自室として宛がわれている部屋に居たのだが、どうにも落ち着かない気がして、一息入れて落ち着こうと食堂へと出てきた。
チラリと時計を見る。時刻は午後4時35分。ディレイ後直ぐに召喚されているのであれば、喚ばれてから既に5分ほど経っているはずの時間だ。とは言え今回は、葉月が3階への階段に着くまで呼ばれることはないので、恐らくあと30分はいつもの『召喚された感覚』が訪れる事は無いだろう。そう考えて少し気分が沈みがちになったフェイトは、こんなんじゃダメだと、ぶんぶんと頭を振る。
召喚される気配が無い。それはすなわち葉月が順調に歩を進めている証拠なのだ。今の自分に出来るのは信じてただ待つことだけ。そう思い、気持ちを落ち着けるために小さく深呼吸し……それでもやはり心配だと思いつつ、お茶を一口飲んで小さくふぅと溜め息を吐くフェイト。
チラリと時計を見る。時刻は午後4時37分。もう10分は経った気がするのにまだ2分しか経っていなかった現実に、フェイトははぁと、もう一度小さく溜め息を吐いた。
「えっと……フェイトさん? どうしたの、大丈夫?」
そんな折、不意に声を掛けられ、ハッとそちらを向けば心配そうな表情でフェイトを見るリンディが居た。その彼女の後ろの方には、苦笑を浮かべるクロノやエイミィ、リンディと同じく心配そうなアルフの姿もある。
その時点でフェイトは、ここが食堂であり、周囲にはリンディ達以外にも休憩に入っている他のアースラスタッフが居ることを思い出すと同時に、当然の如くと言えばいいだろうか、今現在自分が周囲の視線を集めていることに気付き──。
「……あ……その……はい」
恥ずかしげに頬を染めて俯くのだった。
◇◆◇
カツン、カツンと洞窟内に足音が木霊する。いつもと違うのは、それが俺一人分のものだけだ、と言うことだろうか。
『マイルーム』を出て迷宮内を一人歩くこと5分。迷宮内はいつもと変わらないと言うのに、心音はやけに大きく響いている。
いつも隣に居てくれる人が、そこに居ない。ただそれだけで、こんなにも感じる雰囲気が違うとは。
何よりも、自分自身が覚える緊張感が段違いで……いつもどれほどフェイトに頼っているかが解ろうと言うものだ。
更に数分歩みを進めた頃だろうか。前方からタタッと小さな足音が聞こえてきた。
武器を構え、警戒する俺の前に現れたのは
その姿を認めた瞬間、ドクリと心臓が跳ね、緊張感が膨れ上がる。
……落ち着け。もう何度も戦い、倒している相手だ。
そう思いつつ、小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
次の瞬間、キッと小さく鳴いて、飛び掛ってくるネズミ。
俺はそれを少し大きく斜め前方に踏み込んで躱しつつ、卸したてのシルバーソードを振るって、カウンター気味にネズミへ斬りかかる。
振るった剣はネズミを浅く斬りつけ、バランスを崩して地面を転がるネズミ。……自分の感覚では今の一撃でやったつもりだったんだが、やはり一人、と言う心理が身体の動きの邪魔をしているのか、イメージ通りに身体が動いていない。
ネズミは飛び起きると、斬りつけられた事に腹を立てたかのように、先程よりも勢いよく飛び掛って来て──タイミングを合わせて掬い上げるように振るった俺の剣に切り払われ、魔力の粒子へと還った。
ふぅ、と息を吐いて、緊張を少し解く。……うん、いつものように、落ち着いて対処すれば大丈夫。
今の一戦で少しは身体の硬さも取れた。早くフェイトに逢えるように、少しペースを上げるか。そう思い、更に先へと歩を進めようとしたところで、フェイトに去り際にかけられた言葉が、脳裏を過ぎる。
「……絶対に無理しちゃだめ、か」
何となく口を突いて出た言葉と共に、フェイトの心配そうな表情が思い出される。
……うん、ちゃんと警戒して、しっかり進んでいこう。焦る必要はない。確かに俺は今一人だけど、独りではないのだから。
…
……
…
「『
言葉と共に、翳した手の先に球状魔法陣が現れる。
迷宮に出てから約45分後──いつもより警戒しつつ進んだために少し時間が掛かってしまったが、無事に3階の階段前へと辿り着いた俺は、早速フェイトを召喚する。
魔法陣が砕け散ると共に俺の前に現れたフェイトは、俺の姿を認めると、半ば飛び込むように駆け寄ってきた。
「葉月、大丈夫だった?」
「ん、大丈夫」
いつもより凄く疲れたけど、と苦笑交じりに続けた俺に、フェイトはほっと安堵の息を吐く。
「……よかった」
その短い一言の中に、多くの想いが篭っているのが感じられて、思わず頬が緩む。そんな俺の様子に気付いたか、フェイトは「もうっ」と、俯き気味に小さく呟いた。
「……心配だったんだよ?」
そう続けられた言葉が、申し訳なくもありがたく、そしてやっぱり嬉しくて──。
「ごめん。それと……ありがとう」
やはり思わず頬が緩むのは、仕方がないことだと思う。