深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase17:「意地」

 フェイトを還してから3時間半後、時刻は午後4時。再び召喚したフェイトと共に、俺は迷宮に足を踏み入れる。

 何度も言うようだが、今回の目的は未踏破区域の探索である。……とは言え、実際のところ1階に関しては余り行くべきところは無いんだよな。

 と言うのも、1階は特に広いと言うわけでもなく、初回と2回目の探索、そしてその後の通路として使っている日々の間に、少なくとも『マイルーム』と階段の間に関しては粗方探索し尽くしているのだ。

 

「1階は……行くのは階段の先だよね?」

「だな」

 

 無論、迷宮に潜る時は常にフェイトと一緒だったので、彼女もそれを解っているために、問い、と言うよりは確認と言った感じに訊いてきたそれに、頷いて返す。

 2階への階段は通路の途中にあり、階段を見つけた時点で2階の探索に移っているので、通路の先に関しては行っていない。

 その為フェイトの言う通り、今回赴くのはそこである。

 そんなわけで、とりあえず階段まではいつものように進んでいく。

 

「ところで葉月、バリアジャケットを着て初めての探索だけど、感想は?」

「何か違和感がある」

「ふふっ、そのうち慣れるよ」

 

 道中フェイトにそんな事を聞かれ、肩をすくめながら答えた俺に、彼女はくすりと笑みを漏らす。

 まぁ違和感と言っても、今まで着ていたものからガラッと変わったために感じるものだからな。フェイトの言う通りじきに慣れるんだろう。

 その後、2度ほどネズミと戦闘したところで、出発前、召喚のディレイが終わるのを待っている間に、ふと気になった事があったのを思い出した。

 ……一度思い出してしまうとやはり気になってしまうもので、とりあえず訊いてみるかと思い、「フェイト、ちょっと訊いていいか?」と声をかけると、「何?」と小首を傾げて答える。

 

「フェイトって、『回復魔法』って使える?」

 

 いや、原作でも使ってなかったような気がするけど、と思いつつ問いかけた次の瞬間、ピシリと擬音が聞こえてきそうな感じに固まるフェイト。

 そしてすぐに、もの凄くショボンとした雰囲気になって、「ごめん、使えない……」とぽつりと一言。

 

「い、いや、別にそんな、使えなくたって責めるわけじゃないから」

 

 余りの落ち込みっぷりに慌ててそう言った俺だったが、それでもやっぱり沈んだ様子のフェイト。

 しばしの間、俺達の間に少し気まずい沈黙が流れ、まいったな、と思ったところで、フェイトがゆらりと顔を上げた。

 彼女は俺の正面に立つと、何かを決意したかのような、強い意思の光を秘めた瞳で俺を見る。

 

「葉月っ、私、頑張るから!」

 

 唐突に発せられたその宣言に、何を? と思わなくも無いが、何だか水を差すのも憚られたので、「お、おう、頑張れ」と返しておくに留める。

 それに対してフェイトは、気合を入れるように、むんっと両手を握って「うんっ」と頷いた。

 

 その後、2階へ降りる階段に辿りつき、いつもなら降りるそれを素通りし、先に伸びる通路へと足を向ける。

 相変わらず散発的に出現するネズミやカエルを倒しながら探索を続けるも、通路の先のエリアは思ったよりも広かったようだ。探索を終えた時点で1時間半ほど経ってしまっていた。

 一方で、案の定と言うか特に何かがあるという訳でも無かったんだけど。

 粗方探索を終えて階段に戻った頃には、残りの召喚時間は1時間半弱になっており、2階の未探索区域に向かうには少々中途半端な時間である。何といっても、2階に関してはほぼ全域が探索していない状況だからだ。

 

「思ったより時間掛かったね。これから降りる?」

「……いや、今から降りても余り集中できなさそうだし、今日は止めとこうか」

 

 そんなやり取りを経て、フェイトと相談した結果、残りの時間は念のため階段から『マイルーム』の間をもう一度、見落としが無いか探索し直すことにした。

 実際のところ特に何かが有ると言うわけではないだろうが、“しっかりと腰を据えて”と思い直しての探索の初日だ。こんな展開もありだろうさ。

 そう思いながら、フェイトと2人、『マイルーム』の方向へと踵を返した。

 

 ……それからしばし。

 結局のところ1階の探索で、新たな発見等は特に見つからなかった。

 とは言えこれはもとより予想していたことだし、『1階には何も無い』と言うのが確定したから良しとしようか、とフェイトと話して、『マイルーム』に帰り着く。

 その直後、部屋に入るのと時を同じくして、フェイトの身体を薄く魔法陣が包み込み、召喚時間の終わりを告げた。

 

「ん……今日もお疲れさま」

「お疲れ様。今日も1日有難うな」

 

 そんなやり取りの後に、俺の言葉に「気にしないで」と首を振ったフェイトは、一瞬何かを言いかけてから口を閉ざす。

 その様子が気になって「どうした?」と声を掛けると、少し迷った様子を見せてから「えっと……」と口を開くフェイト。

 

「あの、ね、葉月。今日は……その、この後は……?」

 

 おずおずと行った風に紡がれたフェイトの言葉。

 それの意味する事に気がついて──思わず口元が綻ぶのを感じた。

 いや、だってさ。フェイトもそういう風に(・・・・・・)思ってくれてるのかな、何て思ったら──やっぱり嬉しくて。

 そうしている間に彼女を覆う魔法陣は徐々に色合いを濃くしていく。

 ……っと、危ない危ない。

 彼女の姿が消える前に、視線を合わせ──

 

「フェイト、また後で」

 

 そう告げると、嬉しそうに笑って頷いてくれた姿を最後に、彼女の姿は魔法陣に覆われ──それと共に還っていった。

 ……うん、今日もいい夢が見られそうだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「クロノ、相談があるんだけど……」

 

 フェイトがクロノへそう切り出したのは、いつものようにリンディ、クロノ、エイミィ、そしてアルフと一緒に夕食を取り終えてから少し経った時のことだった。

 腰を上げかけていたクロノは、「相談?」とオウム返しに問いかけながら、再びイスに腰を降ろす。

 また、リンディやエイミィ、アルフも、フェイトの『相談』の内容が気になるのか、2人の会話に耳を傾けていた。

 ……と言うのも、夕食の最中、恐らく“向こう”の記憶が入ってきたのだろう、一瞬ピタリと動きを止めたフェイトは、直ぐに難しい顔をして考え込んだあと、何かを決意するかのようにうんっと頷いてから食事を再開──しようとして、皆の視線が自分に集まっている事に気付き、恥ずかしそうに顔を赤くする……という一幕があったからだ。

 ちなみに、その時食堂に居合わせ、たまたまそのフェイトの様子を見ることが出来た一部のアースラスタッフ達の心中では、フェイトの好感度がそれまで以上に急上昇したとか何とか。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 姿勢を正すように、改めてクロノに向き直り、「うん」と頷いたフェイトは、その『相談』の内容を口にする。

 

「私に、『フィジカルヒール』を教えて欲しいんだ」

「む?」

「は?」

「え?」

「へ?」

 

 クロノを含めリンディ達は、食事中に見せたフェイトの様子から、彼女の『相談』の内容は、きっと“向こう”に関することなのだろうと予想していたのだが、フェイトの口から出た言葉はその予想を一見裏切るものであったために、揃って間の抜けた声を上げてしまった。よもや新しい魔法、それも回復魔法を覚えたいと来るとは思わなかったからだ。

 フェイトは魔法の説明の際に葉月に「防御が苦手」と言ったように、どちらかと言うと攻撃に傾倒する傾向がある。それはこの場に居る者達──特にたまにフェイトに訓練をつける立場であるクロノからすれば、周知の事実である。それ故に余計に驚いてしまったのだ。

 一方でフェイトは、そんな皆の様子に、何か変な事言ったかな? と、きょとんとした表情を浮かべながらも、「確かクロノは使えたよね?」と続け、それにクロノは戸惑いながらも「ああ」と頷く。

 

「確かに使えるが……理由を訊いても?」

 

 クロノの問いに対しフェイトは一瞬口ごもってから、こくりと頷いて、

 

「えっと、その……葉月に教えてあげたくて……」

 

 照れながらそう答えた。

 その後、もう少し詳しく、と言われたフェイトは、葉月とのやり取りを掻い摘んで説明する。

 すなわち──葉月に次に覚える魔法のお勧めを訊かれて、その場で出せたのは、やはり自分が使えるものだけだったこと。その後彼に『回復魔法』は使えるかと訊かれたときに、期待に応えられなくて悔しかったことなどだ。

 

「だから『フィジカルヒール』を使えるようになったら、驚いてくれるかなって」

 

 もちろん、探索にも役立つだろうし。

 そう続けたフェイトに、クロノは「やれやれ」と言った雰囲気を出しながらも「わかった、引き受けるよ」と頷き、これで何とか、葉月の魔法の先生としての面目は保てそうだと、フェイトはほっと息を吐く。

 言葉には出さないが、やはり彼女としても、幼い頃から魔法に携わってきた先輩としての意地があるのだ。

 その間の一連のフェイトの様子を、恐らく『葉月』に対して妬いているところもあるのだろう、アルフはどこかやきもきとした雰囲気で。エイミィは何とも楽しそうな雰囲気で眺めており──それに気付いたフェイトが恥ずかしそうに頬を染めつつ、アルフへのフォローに追われる光景を、リンディは微笑ましげに見守っていた。


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