深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase14:「焦燥」

 4階の本格的な探索を始めてから既に30分。2度程スケルトンとの戦闘を終えたところで、俺はある感覚に捕らわれていた。

 それは、既視感。

 前回少しだけ様子見をしたからかとも思うけれど、それとは別にもう一つ、もしかしてと思うことはある……のだが、流石に少々確信が持てなくて、ちらりと隣を歩くフェイトの顔を見ると、その視線に気付いたか彼女が顔をこちらに向けて「どうしたの?」と小首を傾げた。

 

「なぁフェイト、俺の気のせいかもしれないんだけど……この階の造りって3階(うえ)と同じじゃないか?」

 

 そんな俺の言葉に、フェイトは「葉月もそう思う?」と同意の声を上げる。

 やっぱりかと思いつつ、何となくつい1時間程前に通ったような気がする道筋を辿り、そこから進むこと20分程。俺達の考えを裏付けるように、5階へと降りるための階段が姿を見せていた。

 それを前にして、俺の足はその場に縫い付けられたかのように、ピタリと止まった。

 行ってみようという思考と、下りてもいいのだろうかと言う思考。

 順調だと言う想いと、順調すぎると言う想い。

 相反する想いが頭と心の中でグルグルと渦を巻く。

 

「……葉月?」

 

 不意に動きを止めた俺を訝しんだ、フェイトの声が耳朶を叩く。

 ……そうだ、何を迷う必要がある。

 俺は何のためにこの迷宮に挑んでいる? 帰るためだろう。ならば何を悩む必要があると言うのか。そのためにも、こんな迷宮はさっさとクリアして、この馬鹿げた状況をさっさと終わらすんだ。そう、それが、きっと──。

 

「……行ってみよう」

 

 溢れるように巻き起こる思考に後押しされるように、フェイトに声を掛け、階段へ向けて足を踏み出し──おもむろに腕を引かれて動きを止められた。

 顔を向けると、フェイトが俺の右腕を抱き締めるように抱えていて。

 視線が合った彼女は、小さく首を横に振って眉をひそめる。

 

「葉月、だめだよ」

「フェイト……?」

 

 「ダメって、何が?」と問いかける俺に対し、フェイトは心配そうな表情を浮かべて、もう一度首を横に振った。

 ……どうして、そんな顔するんだ。

 彼女にこんな表情をさせてしまったことに、ズキリと胸が痛む。

 

「葉月……何を焦ってるの?」

 

 何って……こんなふざけた状況に追い込まれて既に6日。もう随分と家族に心配を掛けているに違いなくて。フェイトにももうずっと、迷惑を掛けっぱなしで──。

 フェイトに問われ、それに触発されるように止め処なく溢れる感情。

 次々と湧いては消えるその考えを、想いを、湧き上がるままに受け止め、思い返して──そして気付く。

 それは全て、彼女が言うように焦燥に駆られたものばかりで──そうか、俺は焦っていたのか。そう思ったところで、不意に俺の正面に回ったフェイトが抱きつくように、俺を抱き締めてきた。

 とんっと胸に当たる、彼女の額。

 

「葉月」

 

 どんな状況だ……っていうか、いきなり何してるんだと、一瞬にして混乱に陥った俺の思考を宥めるように、俺の名を呼ぶフェイトの声がスルリと耳に入ってきた。

 

「葉月が帰りたいって思ってるのは知ってるし、その為に頑張っているのも知ってる。それに、私に迷惑をかけたくないって思ってくれてることも」

「だったら……」

 

 フェイトに言葉を返しかけた俺を遮るように、彼女が俺の胸に押し付けたままの頭を小さく横に振ると、ふわりと揺れた金糸のような綺麗な髪が腕をくすぐった。

 

「違うよ。私は、迷惑だなんて思ってない。……こんな状況でも、それでも前に進もうとしている葉月だからこそ、私は手伝おうって思った。“私に”助けを求めてくれた葉月の力になりたいって、そう思った。けど、無茶をして、無理を押してまで、進んで欲しいなんて思ったりなんてしないよ……?」

 

 静かに、諭すように想いを吐露するフェイトの姿に、もう一度、けれど先ほどよりも強く、ズキリと胸が痛んだ。

 ……ああ、そっか。

 それでようやく、自分の心に気がついた。

 確かに俺は、自分で自覚しないうちに、焦ってたんだろう。

 早く帰りたい。これ以上迷惑を掛けたくない。それも確かに理由の一つだけど、それ以上に──。

 

「……ごめん、フェイト」

 

 不意に謝った俺に、フェイトは「え?」と顔を上げた。

 彼女と俺の視線が絡み、どこか不安そうな表情を浮かべる彼女の頭にそっと手をあて、労わるように、感謝の想いと、謝罪の念を篭めて、少しだけ撫でる。

 

「やっと解ったよ。俺……怖かったんだと思う。……帰れるかどうか解らないことも、フェイトに迷惑を掛けてる状況にも……何よりも、いつまでも遅々として先に進めなかったら、いつかフェイトに見限られるんじゃないか、なんて」

 

 その結果、心の拠り所を失って、“独り”になるのが怖かったんだな。

 何てくだらなくて、情けない理由。しかもそれを、フェイトに言われて、フェイトにこんな行動をされてようやく気付くなんて。

 それで彼女にこんな行動を、表情をさせてしまっては意味がないというのに。

 俺の言葉に、フェイトはもう一度、俺の胸に額を押し付けるように、少しだけ力を篭めて抱き締めてきて。

 

「葉月。大丈夫だよ」

 

 囁くように言われた言葉。

 

「葉月が前に進もうと頑張って、そして少しずつでも前に進んでること、解ってるから。私は、葉月を見限ったりなんてしない。最後まで葉月の力になる。……必ず、私()が葉月を帰してみせるから」

 

 ──だから、焦らないで。

 そんなフェイトの声が、言葉が、染み入るように心に落ちる。

 

「……ありがとう、フェイト」

 

 ……本当に、フェイトには敵わない。

 今すぐに気持ちを切り替えるのは難しいかもしれない。けど、きっともう大丈夫。そんな考えに、あっと言う間にされてしまうのだから。

 本当に──ありがとう。

 

 

……

 

 

 それから少しの間──離れるに離れられなく、と言うか、離れるタイミングを逃したと言うか。そのままの体勢で居た俺達だったが、フェイトがふと何かに気付いたか、くすりと小さく声を漏らした。

 

「ん……葉月、心臓、すごくドキドキしてる」

 

 彼女のその言葉で余計に現状を意識してしまい、顔が熱くなるのが自分で解った。

 その際に一瞬ビクリと身体が動いたからか、胸に当てられていたフェイトの頭が離れた感覚。

 それに後押しされるようにチラリと視線を向けると、見上げるようにこちらを見ているフェイトと目が合う。

 

「葉月、顔、真っ赤だね」

「……フェイトこそ」

 

 そんなやり取りに、2人同時に小さく吹き出して。

 

「とりあえず、一旦戻ろうか」

「うん」

 

 俺の言葉に返事を返したフェイトが、そこでようやく俺から離れて──腕の中から無くなった温もりに名残惜しさを感じながら、帰路についた。

 

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『召喚師の極意・Lv1』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長される。──心を重ね、想いを繋げ。それはやがて、遥か高みへ届く刃とならん──。

  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:30分




【プレイヤー名】
 長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]

【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された『深遠なる迷宮』第三次攻略者。出身世界は『地球』。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『剣士・Lv0』:剣を使用すして戦う者。見習い。『ソード』の扱いに若干のボーナス。

【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
 :術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間のスキル使用不能時間(ディレイ)が発生する。
  召喚可能キャラクター
  『フェイト・テスタロッサ』

【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv1』:パッシブ。戦闘時の錯乱/混乱状態より回復・生還した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。
『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。Unknown。
『召喚師の極意・Lv1』:パッシブ。最大召喚時間が30分延長される。──心を重ね、想いを繋げ。それはやがて、遥か高みへ届く刃とならん──。

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