探索を終えて『マイルーム』へと戻ってきた。
その時点でフェイトの召喚時間が切れ、彼女が戻るのを見送って一息ついたところで、その足を出入り口の横──端末へと向ける。
前に立つと自動で起動する端末。さて、まず見るべきは『ショップ』だろうか。
今最も必要とすべきなのは、迷宮内を歩くに当たって便利そうなものである。それから、もし余裕があるのならば武器、かな。
防具に関しては、これは教えてくれているのがフェイトだからだろうか、俺の戦闘スタイルが気がつけば回避型になっていることと、直にバリアジャケットを習得できるであろうことを考えると、今は考えない。
そんなことを考えながら、『ショップ』、『アイテム』と、ポンポンと端末を操作し、画面を切り替えていく。
ウィンドウ内に出てきた一覧。
まだ第1層を突破してもいないからか、そこに表示されている点数は少ないながらも、2つほど使えそうなものを見つけることが出来た。
結界石:約1時間の間、モンスターの侵入を防ぐ結界を張る事ができる石。4つで一組になっており、4つの石で囲った範囲が結界に括られる範囲である。結界が張られた状態で石を動かすと解除されるので注意。その場合も石に篭められている魔力が残っているならば、再度張りなおす事は可能である。2,000ポイント。
俗に言うマジックアイテムってやつだな。
出来る事なら帰還の巻物が欲しいところだけれど……現在の部屋の貯蔵魔力は851しかなかったりする。
ちなみに、何もしなくても部屋の機能の維持に一日50の魔力を消費するようなので、その辺も考慮しておかないといけない。
当然のごとく現在の貯蔵魔力量ではどれも購入することは出来ないので、まずはそれを増やすことから始めなければいけない。……さて、部屋の貯蔵魔力を増やすのはアイテムを『分解』するしかないんだったか。
そう思いながら、とりあえずウィンドウを『ショップ』から『アイテムボックス』へと切り替え。
俺が持つアイテム一覧の中で、魔力へと分解してもいいものは……っと悩むほども入っていない中から選び出したのは、先の探索で出た錆びた剣と各種魔結石。
アイテムボックスに入っている一覧を見て解ったのだが、どうやら魔結石には、等級と大きさがあるらしい。例えば地の魔結石であれば、『地の魔結石・低級(小)』と表示されている。
この『低級(小)』の場合、分解すると100ポイント前後になるようで……前後ってのは、小さいながらも一律の大きさではないから、ものによっては95であったり、103であったりと一律ではないようだ。
そうして見ていると、スケルトンから出た闇の魔結石だけは、一つにつき200ポイント前後と、ネズミやカエル、蝙蝠から出た地、水、風の魔結石よりも高いことに気がつく。
これはあれか、よくあるゲーム的に考えると、光と闇だけは高いのかね。……まぁ、その辺は後々、光と火の魔結石が手に入れば解るか。
そんな訳で、使い道の無さそうな錆びたロングソードと、魔結石を計19個、分解してみると、合わせて2,272ポイントとなった。
ちなみに錆びたロングソードが350ポイントで、魔結石が合計で1,922ポイントである。
これによって出来た魔力2,000ポイントを使用し、『ショップ』から『結界石』を購入。
あとは明日探索に出た際に、3階に降りた直後、もしくは3階から四階の途中、1時間ほど経過した辺りで一度フェイトを帰し、結界で安全を確保して1時間後に再召喚しようと言う算段である。
もし出来るのなら、そろそろ武器も買い換えたいなぁ、なんて思っていたけど……流石に魔力が持たなさそうであり、今回は断念。防具に関してはバリアジャケットを習得できれば問題は無いであろうから、もとより考えてはいなかったけども。
…
……
…
明けて翌日。
召喚したフェイトに昨夜見つけたマジックアイテムのことを話し、実際に購入した結界石を見せたところで、「転移……そっか、やってみる価値はあるかな」とぽつりと呟くフェイト。
どうした? と訊くと、この部屋に『次元転移魔法』で転移できないか試してみる、とのこと。
「危険は無いのか?」
「うん。試すって言っても実際に転移するんじゃなく、ここの次元座標を認識できるかどうかを試すだけだから」
そう言ってバルディッシュを手に部屋の中心辺りに立つフェイト。
静かに目を閉じてバルディッシュを眼前に掲げるように両手で持った彼女の足元に、部屋の床一面に広がりそうな程に大きな円形の魔法陣が展開される。
「バルディッシュ、現在座標サーチ」
《Yes sir.》
フェイトの言葉にバルディッシュが答え、足元の魔法陣が光を発する。
今日の彼女は、黒地のフレアースリーブのワンピースで、髪型はツーサイドアップ。そんな彼女が魔法陣の光に照らされる姿は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していて、思わず見惚れてしまいそうになる。
フェイトとバルディッシュがそのまま時が止まったかのように集中し続け、どれほどの時間が経っただろうか。
長くも短くも感じる静止した時間の後に、フェイトの足元に展開されていた魔法陣が収束し、消滅すると、目を開けたフェイトはその顔に残念そうな表情を浮かべ、同時にバルディッシュから結果を知らせる声が掛かった。
《Error.》
「ん……ご苦労様、バルディッシュ。葉月ごめん、駄目だった」
上手くいってたら、探索にもっと時間を割けるようになったんだけど。
そう言ってしゅんとするフェイトに対し、「ありがとう」と言いながらその頭を撫でる。
さらりとした手触りが心地よい。
確かに上手く行くに越した事はないのだけど、俺としては何よりも、現状を何とかしようとしてくれるその気持ちが嬉しかったから。
それを伝えると、彼女は少しだけはにかんで、小さく笑みを浮かべた。
その後はいつも通りフェイトに訓練をつけてもらい、バリアジャケットの習得と、最初に教わった基礎を浚って午前の召喚を締める。
バリアジャケットはもう九割方形になった感じだろうか。一度しっかりと纏ってみて、フェイトのお墨付きをもらえればある程度の単独行動も出来そうな感じである。
…
……
…
それから約4時間後、俺は現在、迷宮の只中に独りで座り込んでいる。
午前中に召喚したディレイが明けた3時間後、迷宮に踏み出した俺とフェイトは、大分慣れた感のある1階、2階を駆け抜け、3階に降りる。
その3階の、昨日の探索で把握した四階への最短距離を抜ける途中、フェイトの召喚時間が約1時間になろうかと言うところで、昨夜購入した結界石を使ってみることにしたのだ。
結界石を4つ、四角形になるように置いて起動のキーワードを唱えた瞬間、それぞれの石を頂点とする結界が形成される。
そしてそれを確認したのち、フェイトの召喚を解除して彼女を送還し、現在に至るというわけだ。
そんな訳で現在、初めて使うものであるが故に、過信はせずに念のため警戒はしつつ、結界の内部にて大人しく座って時間が経過するのを待っているんだが……普段二人で行動する迷宮内で一人きり、と言う状況は、中々に不安を煽るものではあるのだけど、こうしてじっとしている分には正直に言うと暇だったりする。
経過した時間は現在20分ほど。途中一度、ネズミが3匹連れで結界の外、少し離れたところに見えたのだが、近寄ってくる様子も無く姿を消したのを確認した。どうやら結界は正常に機能している、と見て良さそうではある。……いや、機能してくれないと困るんだけどな。
何かに集中していると時間は早く過ぎ去るのに、こうして何もせずにじっとしている時って、時間の経過がやけに遅く感じるんだよな。……去り際に最後まで心配そうな表情を浮かべていたフェイトを安心させるためにも、早く時間が過ぎて欲しいものだ。
そんな事を考えながら過ごす事約40分。召喚のディレイが終わった直後、フェイトを再召喚。既に見慣れた球状の魔法陣が砕けると共に、バリアジャケットを纏ったフェイトが姿を現す。
それと時をほぼ同じくして、結界石によって創られていた結界が消失する。どうやら効果時間が過ぎたようだ。
役目を終えた結界石は、その場でざらりと魔力へと変わって大気に消えた。
「葉月、大丈夫だった?」
召喚されたフェイトは目の前に居た俺の姿を認めると、真っ先にそんな事を訊いてくる。
……やっぱり心配かけちゃったな、と思いつつもやはり有り難く、「大丈夫だよ。ありがとう」と言うと、ほっとした表情を浮かべるフェイト。
何にせよ、これで今使った結界石が、ある程度ではあるが、召喚時間の対策の一つにはなりそうであることが解った。……まぁ、使い捨てで入手するのに魔力を2,000も使うので、その辺の都合も考える必要があるだろうけど。
「それじゃ、時間ももったいないし行こうか」
それから15分程で4階への階段にたどり着く。
帰りの時間も考慮すると、4階に滞在していられる時間は1時間半といったところか。
フェイトにもそれを伝えて頷き合うと、俺達は4階へ続く階段へ足を踏み出した。