ソファに座った俺の正面、テーブルを挟んだそこには、レミリアが座ってカップを傾けている。
ちなみに咲夜はレミリアの後ろに立って、フェイトとなのはは俺の左右に座っている。
「……この世界のも中々ね」
そう言って微笑む彼女が飲んでいるのは、先程購入したこの世界のミルクティーだ。
なおこれより前に、既に彼女へ自分の現状は説明し終えている。
咲夜に聞いて既に知っているだろうとは言え、それはそれ。自分の口から説明するのが大事だろう。
「さて」
レミリアはカップを置き、改めて俺に視線を向けてくる。
「貴方の事情は咲夜から聞いて知っていたし、今し方貴方自身から聞いて再認識もした。その上で……力を貸して上げても良いわ」
レミリアの言葉に「そんなにアッサリ?」と言う疑問が一瞬浮かぶも、有り難いことには変わりない。
と、口を開き掛けた俺に手を突き出して止めた彼女は「ただし、条件があるわ」と言葉を続ける。
「今ここで、私の前に
さあ、どうする?
挑発するようにニンマリと言う擬音が似合う笑みを浮かべた彼女が問いかけてくる。
緊張する空気。左右に座るフェイト達と、姿は見えずともアルトリアの気配が、固くなったのが感じられた。
だから、大丈夫と思いを籠めて、二人の手を軽く握る。
「残念だけど、それは受けられないよ」
「あら……貴方のプライドを取って、私と咲夜という戦力を逃すのかしら?」
レミリアの言葉に苦笑が漏れる。
状況を見れば、彼女の提案を受けるべきなのだろう。俺一人のくだらないプライドを投げ捨てれば良いのなら、それが一番なのだろう。だけど──
「君の言う通り、本来ならどんなことをしても──それこそ形振り構わずに、協力を願うべきなんだろうね」
「それじゃあ、何故?」
「……きっとそれは、俺だけの話じゃないから。これがこの世界に連れてこられた直後で、俺が最初に喚んだ人が君だったのなら、そうしてでも俺は協力を求めたと思う。だけど、今はもう違う。今まで俺には、色々な人が力を貸してくれて、今も、貸してくれている。色々な人の想いを受けて、俺はここまで来た。俺は……そんな皆に、誇れる俺で在りたい」
そう言い切って言葉を止めた俺の顔を、レミリアはまじまじと見つめて──口元を手で押さえ、クツクツと堪えるように笑ったあと、
「ええ、良いわ。ええ、本当に……フフッ、アハハハ! ……合格。合格よ。力を貸して上げる」
そう言って、見た目相応の、無邪気とも見える笑顔を向けてきた。
「あー……つまり、試されたってことで?」
「ええそうね。けど仕方無いでしょう? この私が、そんなプライドの欠片も無いような相手に力を貸す方が有り得ないもの」
「だからそこの二人も、そんなに警戒しなくて良いわよ」と、フェイトとなのはに向けて言うレミリア。
そして
「改めて自己紹介をしましょうか。……我が名はレミリア・スカーレット。ツェペシュの末裔にして紅魔館の主たる吸血鬼である」
ドヤァと胸を張るレミリア。
おー、と感嘆の声を上げ、パチパチと手を叩くフェイトとなのは。
(吸血鬼と聞いて警戒していましたが……取り敢えずは大丈夫そうですね)
終いにはアルトリアからそんな念話が来て、「何か反応が可笑しくないかしら?」と不満げに口をとがらせるレミリア。
「……お嬢様、一ついいですか?」
「なあに、咲夜?」
「そんな悪ぶらずに、素直に「力を貸してあげる」と言えば宜しいかと」
「ちょっと咲夜ー!?」
……何と言うか、これでこそ……って感じだなぁ。
思わずほっこりした気分で二人のやり取りを見ていると、こちらの視線に気付いたのか、レミリアがコホンッと一つ咳払い。
「一つ言っておくけれど……我ながら自覚していることだけど、今の私は、貴方と貴方に繋がりのある者に対して、相当甘くなっている。間違いなく、貴方の『能力』の影響だろうけど……他のニンゲンにまで、同じように接するとは思わないように」
「それは……うん、解った。けど、何かごめん」
「あら、その謝罪は何に対して? もしかして、『貴方の能力の影響』っていうところ?」
ズバリである。
もしかしたら、彼女の意志を曲げてしまっているのではないか……なんて思ったのだけど、それを言うと、レミリアは「考えすぎね」と一刀両断した。
「貴方に好感を抱く……と言うか、悪く思わない程度の意識の誘導はあるけれど、まぁ『能力』なんてそんなものでしょ。別に意識を操られている訳でもないし。実際やろうと思えば貴方に危害を加えることも出来る。やらないのは単純に、葉月……貴方が己に誇りを持って、私に対して誠実に対応し、不快な思いをさせなかったから。……要は、貴方は貴方の行動を持って、私の信用を勝ち取った。貴方の能力の影響は、それのハードルを少し下げた程度のものよ。……って言うか、この私にそこまでの影響を及ぼす能力であることを誇りなさい」
そうやってしっかりと言葉にしてくれたのは、事実でもあるけれど彼女の気遣いでもあるのだろう。
だから、言われたことを確りと受け止めて、「ありがとう」と返すと、
「どういたしまして」
そう言ってレミリアは、気品と威厳がない交ぜになったような、見惚れる程の微笑みを浮かべた。
……なお、この後アルトリアとはやてを喚んで、顔合わせもしてもらっている。
◇◆◇
翌日、俺達の姿は『廃都ルディエント』に在った。
サブパートナーは、アルトリアを軸にして全員喚んだ。どうせなら皆にもしっかりと把握しておいて貰おうと思ったからだ。
場所に関しては昨日の夜にガーネットからメッセージで指定が来た。
『第二街区・南西エリア』の大通り沿いにある、大きな屋敷。
ガーネットが外で待っているとのことで、大通りを歩いていれば解ると書いてあった……っと、そう言っているうちに見えた。
確かに大きな屋敷の前で手を振っていたので、こちらも手を挙げて返し、ガーネットの元へと向かう。
「思ったより大人数で来たわね。まー全然大丈夫だけど」
笑ってそう言うと、「付いてきて」と目の前の屋敷に入っていくガーネット。
彼女の後を追って中に入り、先導されるままに一つの部屋へと入る。
そこは、中央に大きな円卓が置かれ、その周囲に椅子が配された大きな部屋だった。
席にはワイズマンさん達の他に、稲葉さん達も着いていた。
「あの場に居たのも何かの縁……てゆーか、おにーさんとも親交が深そうだったからね」
ガーネットの言葉になるほどと頷き、取り敢えずワイズマンさん達に挨拶と、はやてとレミリアを紹介。
ちなみにレミリアを見た佐々木少年は目を見開いて驚愕し──けれど今回は特に騒がず口を噤んだ。……流石に相手を見たか。俺としてもその方が助かる。
……さて、人数分以上に席は有るようなので、俺達も椅子に座ったところで、それで準備が整ったのか、ガーネットがぐるりと皆を見回して、口を開いた。
「さてさて。積もる話も色々訊きたいことも有るとは思うけど、まずはアタシの話を聞いてちょーだいね。大前提として聞いておいて欲しーのよ」
ちょっと長くなるけどね。
そう言って、彼女は語る。全ての始まりを。
彼女は告げる。全ての元凶と、俺達の行く末に待つ者を。
「──“この世界”はね」