「『
言葉と共に発生する球状魔法陣。
砕けて消えたそこから現れた今日のフェイトは、黒のシャツに白いショートパンツ。髪を結ぶ白色のリボンは──なのはと交換したやつだろうか。
彼女は目の前に立つ俺の姿を認めると、にこりと笑って「おはよう、葉月」と声を掛けて来た。
そのフェイトの様子に昨日までと違った雰囲気を感じたような気がしたんだが……特に悪い感じはしなかったから大丈夫か。
……いやまぁ、俺にそんな“雰囲気”だの“感じ”だので察するようなカンの鋭さがある訳でもないんだけど。
とは言え、例え何か悪い事があったとしても、フェイトの場合抱え込んで表に出さないように努めそうだからなぁ……それとなく注意を払っておこうと思いつつ、「おはよう」と返した。
フェイトは少しの間俺の顔をじっと見つめて来て──「どうした?」と問うと、小さく首を振って「なんでもない」とだけ返してくる。
……やっぱり、昨日の事があったから……だよなぁ。
「フェイト」
「なに?」
「……俺なら平気だよ」
恐らくそれで俺の言いたい事は伝わったのだろう、彼女は小さくくすりと──仕方ないなぁと言う雰囲気で微苦笑を浮かべると、「うん」と頷く。
そして「ふぅ」と、気を取り直すように一度息を吐いた彼女は、
「それじゃ、早速だけど今日もしようか?」
そう言って、部屋の隅に立てかけてあった木剣に視線を送った。
俺はそれに「よろしくお願いします」と返事をして、互いに一本ずつ木剣を持ち、外に出る。
いかに【称号】の恩恵があろうと、こればかりは一朝一夕で上達するようなことは有り得ないため、続ける事が大事。
「今日も、昨日と同じで、私が打ち込んでいくから頑張って避けるようにね」
と言うことは必然的に今日の内容も昨日と同じものになるわけで。
それはすなわち、それから2時間打たれ続けたのも昨日と同じと言うわけだ。……絶妙に手加減してくれているとは言えやはりきつい。
俺が避けられるかどうかの、本当にギリギリのラインを見極めて打ち込んでくるフェイトは、素人目に見てもやはり凄い。
まぁ彼女にそう言ったら「私なんてまだまだだよ」と言われてしまったが。
その後は五分程の休憩を挟み、部屋の中へと場所を移して、念話とバリアジャケットの習得に入る。
どちらも使えるようになって損は無い……と言うか、良いことしかないのでしっかり身に着けねば。
「えっと……葉月、身体は大丈夫?」
ソファに向かい合って座り、始める前にまず俺の体調を訊いてくるフェイトに、心配性だなと苦笑しつつも嬉しく思い、「大丈夫」と首肯する。
「それじゃ、早速……と言いたいところだけど、まずは『リンカーコア』と魔力の認識からにしようか?」
事これ──魔法──に関しては、何も知識の無い俺が口出しするよりもフェイトに任せた方がいいのは間違いないだろう。そう判断して、フェイトの問いに頷いて「よろしくお願いします」と返事をすると、彼女は小さく微笑んでから、「うん、よろしく」と返してきた。
「それじゃあ、葉月、目を瞑って。……そのまま意識を自分の中に──胸の奥に向けてみて」
フェイトの言葉に従って目を瞑り、意識を自分の中へと埋没させていく。
すると不意に、とくん、と、温かな“何か”を感じた。
その感覚を逃がさないように、更に意識を集中させる、と、それと同時に「そこに温かいものがあるのが解る?」とフェイトが問いかけてきた。
頷いて返した俺に対して、フェイトは「それがリンカーコアだよ」と教えてくれる。
「そのまま『リンカーコア』に集中して、『リンカーコア』で周囲の力を集めてみて。……自分の呼吸に合わせて、『リンカーコア』で呼吸するような感覚……とでも言えばいいかな」
フェイトの言うように集中していくと、『リンカーコア』がとくんともう一度躍動したような気がして、次いでそこに“外”から“何か”が、ゆっくりと集められていくのが感じられた。
「うん、認識できたみたいだね。……それが魔力。魔法を使うために必要な力。一度認識できてしまえば大丈夫……かな?」
そんなフェイトの言葉で、集中を止めて目を開ける。
一度大きく息を吐いて、気付かないうちに若干力の入っていた身体から力を抜いたところで、「じゃあ、次は念話かな?」と声を掛けられた。
「昨日も少し説明したけど、イメージとしては、胸の奥にある『リンカーコア』を介して意識を繋げるような感じかな? 最初は今の『リンカーコア』の感覚を掴んだみたいに、目を瞑って集中してやってみようか」
フェイトの言葉を頭の中で繰り返しながら、再度目を瞑り、まず自分の胸の奥を意識する。
少しして──先ほどよりは短い時間だったかな──そこに感じる暖かなモノを認識し、そこを通して、そこから溢れる力に乗せるような感覚で、目の前のフェイトに呼びかけてみる。
(フェイト……フェイト、聞こえる?)
(うん、聞こえるよ。葉月は呑み込みが早いね)
(いや、フェイトの教え方が良いからだよ)
無事に送信できた事にほっとしつつそう返すと、「ありがとう」と言うフェイトの声。
それに瞑っていた目を開けてフェイトを見ると、はにかんで笑う彼女の姿。
……初めて会った時から思っていたけど、フェイトは本当に、見ていると安心するというか、柔らかで優しい笑みを浮かべる。
それはきっと、彼女の性格や、心が自然と出ているからだろうな。
多分、何度も彼女という存在に支えられているからとか、その笑顔に何度も助けられているからとかって理由もあると思うけど……どうやら俺は、フェイトのこの表情が好きらしい。
もう既に俺には、フェイトに返しきれないほどの恩があって、現状で、俺がフェイトの役に立てることは何も無いんだけど……いつか、必ず。必ず、この恩は返したい。
もしもこの先、フェイトに困難が降りかかるなら俺はその助けになりたい。彼女が心悩む事があるのなら、俺は彼女の支えになりたい。そう……フェイトが俺を助けてくれたように。支えてくれたように。
だから……そのためにも、何度でも誓うよ、強くなるって。俺の好きな、彼女の笑顔を曇らせないためにも。
「あ、あの……は、葉月……?」
耳朶を叩く戸惑い気味のフェイトの声。
それによって、いつの間にか深く考え込んでしまっていた意識をフェイトに向ける……と、目が合った途端に「あの、えっと……」と、恥ずかしそうと言うか、照れたように顔を赤くし、目を逸らすフェイト。何があった。
その様子がなんとも微笑ましく、可愛らしい……とは言え、彼女がそんな態度をとる理由が解らないため「どうした?」と訊くと、少し迷った様子を見せてから、言い辛そうに口を開くフェイト。
「えっと……ね? 念話って、慣れるまでは、送るつもりがなくても考えてる事が漏れちゃうことがあるから……えっと、あの、気をつけてね?」
「え?」
もしかしなくても、今考えていたことが駄々漏れだったんだろうか。
何だか聞くに聞けなく、苦笑いを浮かべるしか出来ない。
……とは言え、今考えていた事は彼女自身に伝える必要の無いものだったのは確かだけど、俺にとってフェイトに対する感謝の想いは、幾ら伝えても伝え足りないのも確かなわけで。
……うん、そう言うことにしておいてくれ。流石に恥ずかしい……けど、
「……葉月……あの、ね。えっと……ありがとう……」
フェイトのそんな言葉と、照れたような、思わず見惚れてしまいそうになる笑顔が見られたから、まあいいか。