翌日 夜 冬木埠頭
いくつものコンテナが積み重ねられ、無人の船が停泊している冬木の埠頭、そこには獣の様な鋭い眼光を走らせ周囲を警戒する男性と、手を覆うグローブをしきりに何度も嵌め直して来るべき時を待つ女性がいた。
そして、そこから離れること二キロ、既にそこは埠頭では無く埠頭へと向かう道路上、白と黒のジャージの上着、青い無地のズボンというシンプルな姿でそこに立つ衛宮士郎がいた。
その双眸が睨む先は埠頭、そこにいる、衛宮士郎を待つ敵が―――。
――――第二十八話 埠頭の決闘
敵のいる位置から五百メートルの場所、そこまでやってきた衛宮士郎は脚力を働かせて一足に物資運搬用のクレーンに飛び乗った。
ランサーとバゼットさんがこちらに気が付いた様子は無い。
無いのならば、今この時を逃すのは愚策、魔術の使用を悟られるまいと思い既にその手には黒い弓と捻じれ曲がった剣が握られている。
「
存在と頑強性を強化し、宝具のランクの中には収まらない程の神秘性を放つ。
戦いの前に言われた事だ、奇襲をしてきても良いと、我等
奇襲の一手。
「
あまりにも膨大な魔力が込められたその贋作は本来の使用用途とは違えども真に迫る、いや、真の宝具すらも超えているのではと思える魔力の輝きを放っていた。
その一矢が残り二秒で二人の下へと辿り着く。
到達と同時に
そこまでの
ただ一つ誤算があったとすれば…
――――「いい奇襲だ、坊主」
まるで空を駆け辿り着いたかのように
自然に落下したとは思えない速度で地上に着地を果たしたランサーはそのままバネの様に跳び上がり眼前まで迫ってきた。
「オラ、今度は容赦しねぇぞ」
身体が反応した、俺に見えたのは一瞬の煌き。
反射的に振り上げた腕、そして反射的に投影した夫婦剣が防いでいたのは槍による突きだった。
「いつまで高みにいやがる!男なら地べた這いずり回って戦えやぁ!!」
防ぐために交差させた双剣の中心から少し下、そこに引っ掛ける様にして振りまわされた俺は宙を舞いそのまま地面へと着地した。
上から降り注いでくる殺気に目を向ければ流星の如く降りてくる紅の槍があった。
大きく右に跳ねることで避けるが、槍の着弾と同時に衝撃で地面が陥没した。
予定調和、そこに次いで降りてくるのは蒼き狼。
槍を引き抜き、穂先を俺の足元に、石突を天に向けた形で斜に構えた。
「乱暴だなランサー」
「そうかい?悪いが女性にしか優しく出来ねぇ
煌き四つ全てを弾き、返すは胴への切りつけ、槍を立てて柄で防がれ、ランサーはそのまま衝撃を殺すかの様に身体を回して同時に接近してきた。
至近距離から放たれた回し蹴りを避けて繰り出す剣の振り下ろし、片足で立っている今、ランサーがどう避けるのかと見ていれば槍を少しだけ傾けることで石突に近い部分で防がれた。
防いだ後にランサーは槍から手を放し、槍は防いだ際の衝撃で回転、一歩後退した結果、槍は俺とランサーの中間で緩やかに回転をしながら地面への自然落下を始めた。
手を放したのを隙と見て切り掛かった俺に対して、槍の回転を助長する為にランサーは自身の槍に対して蹴りを放った。
結果としてまるで接近を拒む盾の様に円状の回転をした槍に俺は攻めの手を切り替えた。
干将莫邪の二刀を地面ギリギリで投げ、ランサーの背後に回すと同時に再度その二刀を投影、返ってくる干将莫邪は間違いなくランサーの足へと切り傷を残すだろうと踏み、俺自身もその攻撃から繋げる為に槍ごと潰す勢いで一刀を振り下ろす。
対するランサー、回転する槍の柄に指を絡ませて未だに回転する槍を手に取ったかと思えばその回転を残したまま自身も一回転、結果として背後から迫っていた干将莫邪を防ぎ、弾いた後に槍を斜に構えて振り下ろしの一刀を防がれた。
今、ランサーの頭部近くにある夫婦剣の一振りに向けて、最初に投げ、ランサーによって弾かれた干将莫邪が戻ってくる。
「ッオイオイマジかよ!?」
足に向け投げられ弾かれた結果、頭部にある一刀に向けて返ってくる際は上昇する形でランサーの胴へ向かう。
「ッラァ!!」
吼えたランサーの膂力により手に持った一刀が弾かれるが、既にランサーの胴へ向かう干将莫邪は避けられない距離まで届いている、そう思ったが裏切られる。
地面に突き立てられた槍、握るその手に力を込めてランサーは自分の身体を持ち上げた。
空しく空を切る干将莫邪、その二刀は俺の手元に戻ってきた。
その二刀を消して手に残るは先程投影した二つ目の干将莫邪。
ここまでの攻防、十秒足らず。
睨みあう俺とランサーの下へ、駆け付ける足音。
「ハァッ!!」
背後から打たれた拳に対して、俺は僅かに自分から後退することで相手の接触予想位置をずらし威力を軽減、さらに自分から接触後に前へ飛ぶことで接触後に内側へと響いてくる威力を殺す。
そして振り向くのでは無く、力無く俺の背に置かれた腕を取り背負い投げの形で俺の前方、ランサーに向けて襲撃者を投げる。
「くっ」
スーツ姿のバゼットさんを軽く受け止めたランサーはバゼットさんを立たせて彼女の前に立った。
「どうした!?来いよ弓兵!」
「行くぞランサー、お前の槍の腕、超えて見せる!」
行かせてもらう!
俺だから出来るやり方で、敵の動揺を誘う!
同時に干将莫邪に対しても存在の強化をしてオーバーエッジへ。
爆発音と聞き間違える程の勢いで迫ってくるランサーに対して
「避けろォ!」
叫ぶランサーは後ろは見ずに俺だけを見据えている。
信頼関係の成せる連携だ。
鋭い突きに対して足元から射出した無銘の剣を穂先に当て回避、干将の一振りでランサーの胴を狙い、避けられるがそのまま振り抜いて一回転し追撃をと踏み込むがそこでランサーの槍による突きが繰り出される。それを干将の腹で防ぎ、それによって刃が砕け干将は中国に見る山の様な刃だけが残った。
ランサーの背後、バゼットさんは襲い来る
この状態で二人を相手取るのは難しい、だが、ランサーに一撃を―――!
砕け散って宙へ舞った破片が地面へと落下し細かな音が立つ。
そのすべてに俺の魔力が込められている為、目印としてこれ以上の物は無い。
砕けた刃をマーカーに、その真下に射出口を作りだす。
地面から生える形にしたかったが物質を上書きする形での投影は俺には出来ない、なので射出口を地面に作り撃ち上げる形で投影する。
投影する武器は選ばない、無銘の刀でいい。
「お次だッ!」
深くこちらに一歩を踏みこみ、そこから繰り出されるノビのあるランサーの槍による一突き、いや、煌きが幾つも―――!
防御と回避を!無理だ、全ては防げない!
「ぐぅ…!!」
右の腹部を掠った槍が鋭い痛みを俺に与える。
それでも思考は鈍らせない、ここで喰らわせられば勝敗に大きく左右する!
「
ランサーの足元から射出された幾つもの刀、大小様々なソレ等の内一本がランサーの足を貫いた。
「ぐぉ…!?」
「ランサー!!」
足を大きく振って刺さっていた刀を遠くへ飛ばすと大きく後退したランサーへとバゼットさんがすかさず駆け寄り、治療を開始しようと手に魔力を集めるが…させるわけないだろ!
二人の間に砕けて柄だけが残った干将を投げて阻止をする。
両者が共に距離を取る形で分断に成功し、双方から同時に睨みを受ける。
「いいのかランサー?」
「あん?」
「俺は、俺の戦いをさせてもらう」
「あぁ、勿論だ、そうしやがれ」
「そうか…それなら」
新しく干将のオーバーエッジを投影し、同時に一本の
位置は、あそこか、バゼットさんとランサーから二十メートルってところか。
ランサーはともかくバゼットさんなら、これで…。
それを先程バゼットさんに避けられた
「
着弾後、刃が砕け散り
「ぐおおおおお!?」
「うあっ!」
美しき魔力の爆連鎖、その衝撃に半径二十メートル以内にいたバゼットさんは吹き飛ばされ、背中からコンテナに衝突して気を失ってしまった。ランサーが手を伸ばして掴もうとしたが、それは無駄に終わったわけだ。
バゼットさんがぶつかったコンテナ、その上から爆風に煽られてバランスを崩した幾つものコンテナが落下し、あわやバゼットさんは下敷きになるかという瞬間―――。
「アァアアッ!!!」
未だ吹きすさぶ爆風の中、咆哮を上げた獣がバゼットさんを抱えて瞬時に移動、爆風が止み、砂埃が止んだその時、戦いの場から大分離れた埠頭の縁にランサーが立っていた。
傍には気絶しているバゼットさんがいる。
「ハァ…ハァ…焦ったぜ、流石に…」
「汚いとは言ってくれるなよ」
「言うわけねぇだろ、むしろ反省と感心を覚えたくらいだってぇのによ、ありゃあ完全に油断していた俺達が原因だ」
これで、一対一。
あぁ、存分に振るいたい、勝利への力を。
心の何処かで待ち望んでいた、過去の俺はただ逃げることしか出来ていなかったこのクー・フーリンに、自分の力が何処まで通用するのか試す機会を。
今こそ、その時だ。
「さぁ、来いよランサー、ここからは
「衛宮士郎として、クー・フーリン、あんたに勝つ」
「ハッ!上等だ、来いよ坊主、未成年のテメ―にゃ勝利の美酒はまだ早ぇ!!」