「遠坂…セイバー…」
衛宮君の漏らしたその呟きを、私は聞き逃さなかった。
セイバー、英霊の役職を偶然言うことがあるだろうか?いや、そんなものはありえない、何処の世界に金髪の美少女を見てセイバーと口に出す男が居るだろうか?
こんなに早く分かるとは思わなかったけれど、確定だ。
「あら、マスターの衛宮君、少しお時間よろしいかしら?」
彼の苦虫を潰した様な顔、それと同時に、彼の顔には明確な
明確な、敵意が。
――――第二十五話 嗚呼
「さて、衛宮君がマスターであることは分かったけれど、そうなると貴方の英霊は誰なのかしら?」
我が家の居間、そこに今遠坂とセイバーの姿がある。
確実に先程の俺の失言が原因だ。
「凛…恐らくですが」
そこでさらにセイバーの耳打ち、俺から感じる英霊の気配を遠坂に教えているのだろう。
はぁ、面倒なことになった。
明日はランサー組との戦いがあるっていうのにここで無駄に体力を消耗するわけにはいかない。
魔力は無限にあれども、体力は有限だ。
さらに言えば、この二人は最大の山場、俺にとって最も相性が悪い二人とも言える。
遠距離、近距離どちらもこなせる遠坂に、近距離において最強を誇るセイバー、さらに宝具の
鋳造可能なレベルが上がっているから真に迫る物を複製することは出来ても、それは
だが、神造兵器を複製出来ないからといって超えられないワケでは無い。
今の俺だから可能な方法で超える事は出来る。
「はぁ…衛宮君、貴方一体何をしたの?セイバーの言うことが本当なら貴方は…」
やはり、そういう話だったか。
「あぁ、セイバーの言うとおり俺自身が英霊だ、俺の身体を霊器として英霊を召喚した」
全ては勝利の為に。
聖杯戦争で勝ち抜くことこそが、砕けていった俺の無念だから。
――――守る。 ――――衛宮切嗣。
―――――正義の味方。 ――――誰が為に。
…何だ?何か、思考を過ったような。
いや、気のせいだろう。
「そんなこと、普通だったら意識が崩壊してもおかしくないのよ?」
「まぁ…だろうな」
実際、俺という意識はあっても言葉使いなどが時折おかしくなることがある。
その時は紅い外套を纏った男の背中がチラつくのだが、何故だろうか悪い気はしない。
「だろうなって、何だか達観してるのね、それにステータスもセイバーほどじゃないけれどかなり強い…意味が分からないわね」
意味が分からないか…まぁ、分かってもらえる程の意味も持たないしな。
あの男の背中は未だに遠い、ステータスで勝っていてもなお、アイツに勝てるとは何故か思えない。
「それで…私達を家に上げてくれたっていうのはどういうつもりなのかしら?」
俺が淹れたお茶を一口の飲んで鋭い眼光を向けてくる遠坂、さて、困った。
特に理由があるわけでは無いから困った。
「来客…だろう?だから上げたんだけど、違うのか?」
「…そう、ね、私も今のところは貴方とやり合うつもりは無いわ」
その言葉に少し安心、そして悔しさを覚える。
今すぐ倒してしまえれば後顧の憂いを断つことが出来るが、
「それならお互いに情報交換といかないか?多分だけど、俺はそっちよりも情報を握っているぞ」
「あら…いいわよ、それなら私も最新のホットな情報があるからね」
座り方を変えて腰を落ち着けてお茶で一服。
「ふぅ…まぁ、マスターから挙げていくと葛木先生、俺、遠坂、イリヤスフィール、バゼットさん、それと桜って所だが」
「ちょ、ちょ、ちょちょ、ちょっと待って、ちょっと待って」
制止を掛けられて言葉を止める。
「い、今、葛木って言ったかしら?それに桜も」
「あぁ、桜は間桐にいるんだからおかしくもないだろ?葛木先生は詳しいことは知らないけどさ」
「確かにそうだけど…はぁ、まぁいいわ」
「それで、この内桜は俺が昨日ライダーを倒したからもう英霊を持っていない」
「ぶー―――ッ!?」
おぉ、古典的だが実際に見るとインパクトがあるお茶吹きだ。
セイバーの顔がびしょびしょになってしまったぞ。
「たっ、倒したですって!?英霊を?衛宮君が!?」
「あぁ勿論」
何だか少しだけ誇らしい。
「なによそれ…警戒しなくてもいいかと思ってたのに一躍要警戒よ…」
「警戒はしなくちゃいけないぞ遠坂、俺は今でも倒そうと思えば遠坂もセイバーも倒せるんだから」
そう言いながら空中に短剣を一本複製する。
あまり速度を出さずにセイバーに向けて射出、同時にテーブルの上にあった白磁器のお皿を人差し指でピンと弾く。
乗っていた夕飯用のミートボールが宙に躍り、短剣の先端に刺さってセイバーの元へと向かって行った。
「今はセイバーがいるからいいかもしれないが…セイバー、一応口の中を怪我していないか後で見ておけよ」
手で受け止めるかと思ったら口で、しかもミートボールのついた先端を口の中、それより持ち手側の部分を歯で噛み止めるとは思わなかった。
「遠坂だってマスターだ、いついかなる時に誰から狙われているのか分かったものじゃないだろう?」
「はぁ…せっかくアインツベルンと同盟を結んだって言うのに、衛宮君までいるなんて最悪だわ」
「最悪は無いだろ…それよりもそちらからのホットな情報って言うのはまさか…」
「えぇ、私とアインツベルンは同盟を結んでいるの、互いに十二日間は干渉しないっていうね」
十二日間?
良く分からないが、なんにしてもイリヤとは最後に戦おうと言っているんだ、その十二日間で他の英霊を全て始末するつもりだろうか?
だとしたら十二日目には遠坂とセイバーも倒すつもりだろう。
「…一週間後、そうだな、一週間後にどうだ遠坂?」
「は?何よ急に」
「一週間後、冬木大橋の土手沿いで戦わないか?」
「…宣戦布告、っていうよりも果たし状ってワケ?」
はてさてどう受け取るかはそちら次第だが…。
「俺は勝ちたい、この聖杯戦争で何をしてでも勝ち抜きたい、だからもしもこの申し出が受け入れられないようなら…」
場所を変えて今からでも戦う覚悟だ。
「ふーん、まぁそっちが真正面から来てくれるって言うなら嬉しいけど…いいわよ、一週間後、夜中、冬木大橋近くの土手沿いで待ってるわ」
「あぁ、楽しみにしているよ」
「それじゃあ今日はそろそろお暇するわ、話したいことはあるけど時間も時間だし、行きましょセイバー…セイバー?」
セイバーを見てみると、そこにはテーブルの上に乗ったミートボールを恐ろしい眼光を走らせて凝視するセイバーの姿があった。
「…セイバー、持って帰るか?」
「よ、よろしいのですか!?」
「…あぁ」
苦労してるんだろうなぁ、遠坂。
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「戦いの約束とは…成程時間を調整して体力の回復を図っているわけか…」
男は一人、誰に確認するでもなく顎に手を当てて呟いていた。
「では…その約束は果たされないものとしようか」
その神父は、懐から取り出した黒鍵を握り締めて夜の闇に溶けた。
自体は動き始めている。
ゆっくりと、まるで時計の針の様に、着々と悲劇へのカウントダウンを刻んで行っている。
それにまだ、誰も気が付いていない。
それをまだ、望んでいる者はいない。
それがまだ、何をもたらすのか、誰にもわからない。