Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第92話 査問会です(その3)

ネグロポンティは半ば得意そうに語る。

「国家があって、国民がある。個人、すなわち人は国家を構成する部品であって、従って、国家の権威の許容する範囲内において個人の自由と権利が保障されているにすぎないのだ。ましてや君は国家を守るべき責務を負った軍人で、若くして提督の称号を帯び、大都市の人口に匹敵する大軍を指揮する身ではないか。その君が、国家を軽んじ、ひいては自らの責務をさげすむがごとき発言をすることは、将兵の士気を下げる結果につながる。それは君の立場からして不見識だというのだ。その程度のことが理解できないかね」

「お言葉ですが委員長閣下。あれは私には珍しく見識のある発言だったと考えています。国家が細胞分裂して個人になるのではなく、主体的な意思を持った個人が集まって国家を構成するものである以上、どちらが主で、どちらが従であるか民主社会においては自明の理かと思いますが。」

「自明の理かね。私の見解は大きく異なるがね。君は自分勝手と個人の自由とをはきちがえていないかね。人間にとって国家は不可欠な価値を持つ、というより先ほどから国家あっての個人、個人という言葉がよくないな、国家あっての人なのだ。われわれ政治家が人によって構成される国家を正しく導き、個人の自由には責任が伴うことを自覚してもらい、そのために人にすぎない国民は前線に行って国家のために命がけで戦わなけれなならない。自明の理とはそういうことだ。」

「そうでしょうか。それでは、国家がない時代もあったはずですが、そのときも人間は生活していたはずです。人間なくして国家は成り立ちえないのではないでしょうか。」

「国家がない時代に人間が生きていた?こいつは驚いた。君はかなり過激な無政府主義者らしいな。冗談はやすみやすみにいいたまえ。」

「ちがいます。私は菜食主義者です。もっともおいしそうな肉料理を見るとすぐ戒律を破ってしまいますが。」

「ヤン提督!さきほどの無政府主義発言と言い、今の発言といい、当査問会を侮辱する気かね。」

「とんでもない。そんな意思は毛頭ありません。」

ヤンは彼にしてはめずらしくあからさまな大ウソをついた。法的根拠もない私的制裁が形を変えた裁判ごっこに、正直に侮辱するつもりですという必要もないし、抗弁も陳謝もする気もない。ネグロポンティは顔をしかめ、少々歯ぎしりもさせてヤンをにらみつけた。

「どうかね。ここで一つ休憩しては。」

それは、自己紹介したきり、一言も発しなかったホワン・ルイの声だった。

「ヤン提督もお疲れだろうし、わたしも退屈...というかくたびれた。一休みさせていただけるとありがたいな。」

査問官たちも、肩に力を入れて、目の前にいるたった一人の「小賢しい」青年を論破しようと思考をめぐらすものの、皮肉なことに権力に媚びることにしか知恵のはたらかない彼らにとっては無理な相談であり、実際にはその緊張感から疲れていた。そのこともあって、ホワン・ルイの発言は複数の人間を救うことになり、誰もその提案を非難せず、査問会は水入りとなった。

九十分の休憩ののち、査問会は再開される。ネグロポンティが新たな攻撃をはじめた。

「君は、フレデリカ・グリーンヒル大尉を副官として任用しているな。」

「はい。それがどうかしましたか。」

「彼女は昨年、民主共和制に対する反逆行為を行った救国会議の構成員であったグリーンヒル大将の娘ではないか。たしかにグリーンヒル大将はクーデターの途中で誤りに気づき謀殺されたとはいえ、当初は計画に参加していたことがわかっている。君もそれは知っているだろう。」

「そうですか。わが自由の国では、帝国や古代の専制国家のように親の罪が子に及ぶというわけですか。」

「わからないかね。私が言っているのは、無用な誤解を避けるため、人事に配慮すべきだということだ。」

「無用な誤解とはどういうものか具体的に教えていただけませんか。」

「親族だから内通される可能性もあったはずだ。どうやってそれを未然に防ぐつもりだったのかね。」

「グリーンヒル大将はクーデター計画について詳細に知らされていなかったことが明らかになっています。ましてや救国会議派はわたしに味方になるよう工作することが有利になることは知ってたはずで、そのためには親族である大尉をつかって工作を試みるはずですが、それを行わず、クーデターは実行されました。しかも救国会議派がグリーンヒル大将を秘密裏に殺害し、外部に情報がもれないようにしたため、大尉は一貫して自分の父親がどこにいるのかさえ把握できていなかったのです。それなのにどうやって内通できるのでしょうか。」

「さて続きがあるのですが、回答を続けてよろしいでしょうか。」

査問官たちが軽く首肯したのでヤンは続けた。

「何か根拠があっての深刻な疑惑ならともかく、無用の誤解などという正体不明なものに対して備える必要を小官は感じません。副官人事に関しては、軍司令官の任用権が法によって保障されておりますし、最も有能で信用できる副官を解任せよというのであれば、軍の機能を十全に生かすことに対し、それを阻害し、軍に損失を与えようとの意図があってのことにしか思えませんが、そう解釈してよろしいのでしょうか。」

ネグロポンティは口をに三回ぱくつかせたが、反論できず、右隣にいる長たらしい名前の自治大学長に救いを求めるように見やった。

 

オリベイラは、学者というより官僚的な雰囲気の人物で、人生のあらゆる場面で秀才とほめそやされてきたのだろう、指先にまで自信と優越感をみなぎらせている。

「ヤン提督。我々と君は敵同士ではない。先刻からの君の言動を見ていると、どうも君は、この査問会に対してある種の先入観をもっているように感じられるが。それは誤解だ。もっと良識と理性を持って互いの理解を深めようではないか。」

「はあ...。」

「我々は君を指弾するために呼び寄せたのではない。むしろ誤解を解いて、君の立場をよくするためにこの査問会を開いたといってよい。そのためには君の協力が必要だし、我々も君への協力を惜しまないつもりだ。」

「では、ひとつおねがいがあるのですが。」

「なんだね。」

「模範解答の表があったら見せていただけませんか。あなたがたがどういう答えを期待しておいでか知っておきたいんです。」

「被査問者に警告する。当査問会を侮辱し、その権威と品性とを嘲弄するがごとき言動は厳に慎まれたい!」(ふざけるな!若造!貴様はただ権威に従っていさえすればいいのだ!)

ネグロポンティの大声は、抽象の言辞を帯びて、解読不能の喚き声の寸前で、かろうじてとどまっていた。

 


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