Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第91話 査問会です(その2)

ヤンにはこけおどしの茶番にしか見えない会場でふと考える。

(一戦交えるにしても時機を選ぶべきだろうな...辞表を書いてやろう。やってられるか...)

「では、査問を開始する。」

査問会の最初の二時間はヤンの過去の事績の確認だった。当然士官学校の成績表も映し出される。戦史98、戦略論概説94、戦術分析演習92に対し、機関工学、戦闘艇操縦実技、射撃実技などは、これ以下だと落第という55点すれすれの成績だった。一科目でも落第だと中退処分を受ける。

ヤンは考え込んだ。もし落第していたらどうなったろう...自由惑星同盟の運命は変わっていただろう。イゼルローンは陥落しない代わりに、アムリッツアで2千万近い戦死者を出さずに済んだはずだ...救国会議のクーデターは成功し、内乱状態は続いていただろう。

「...そして現在、君は同盟軍最年少の大将であり、前線の最高指揮官というわけだ。人もうらやむ幸運とはこのことだな。」

不快感を刺激するものだったので耳にはいってきてしまう。

(人もうらやむ幸運?前線で敵を殺して、味方が殺される。自分も死ぬかもしれないのに。歴史家になりたかったのに、ボタンの掛け違いでそんな場所にいる。前線からはるか4000光年の安全な場所でぬくぬくとしていた連中にそんなこと言われる筋合いはない。)

そんなセリフが口をついて出ないのがヤンには不思議であったが、少なくともそれを言って得にならないのは明らかだったからだまっていた。

「だが、だれであれ、わが民主共和制国家においては、規範を超えて恣意的に行動することは許されない。」

(あれ?同盟憲章、同盟軍基本法を無視して、恣意的に査問会を招集したのはあんたじゃないの?)と思いがよぎる。

「その点に関する疑問を一掃するため、今回の査問会となったのだ。そこで第一の質問だが、君は、昨年救国会議のクーデターを鎮圧する際に、巨額の国費を投じて首都防衛のために設置された「アルテミスの首飾り」を十二個すべて破壊したな。」

「はい。」

「これは、戦術上やむを得ない手段だったと君は主張するだろうが、しかし、いかにも短気で粗野な選択であったと考えざるを得ない。多額の国費を投じた国家の貴重な財産を全面破壊する以外の代案があったはずだ。」

「お答えします。ないと思ったからあの手段をとったのです。その判断が誤っていたというのであれば、こちらこそ代案をご教示いただきたいものです。」

「何を言うか。君は軍人ではないか。それを考えるのが君たちの仕事だ。ニ、三個破壊して大気圏降下することがなぜできなかったのか。」

「死角のない防御手段であるのがアルテミスの首飾りです。二、三個破壊したところで、ほかの衛星が反応し、どれだけ巧妙に大気圏降下を行おうとわが軍の将兵の少なくとも半数が犠牲になったと試算が出ています。」

「....。」

ネグロポンティは一瞬歯ぎしりした。兵士の命?そんなものはどうでもよいとのど元まで出ていたが、まわりの連中もいつ手のひらを返して、そのようなことを言ったと選挙などで吹聴しかねねない。なので言い方を考えるためにその言葉を飲み込んだ。

「将兵の命よりも無人の衛星が惜しいとおっしゃるのなら、わたしの判断は誤っていたことになりますが...。」

「国家のために命を投げ出すのは当たり前だ。まあいい。どうせ救国会議の連中は、ハイネセンに閉じ込められた状態にあった。あえて短兵急な方法をとらなくても、時間をかけて彼らの抗戦の意思をそぐべきだったはずだ。」

ヤンはあきれた。ほんとうにこいつらは前線の将兵のことなど知ったことでないのだ。安全な場所でぬくぬくとしていることについては帝国の門閥貴族どもとその意識はいい勝負である。

「その方法は、わたしも考えましたが二つの点から破棄せざるをえませんでした。」

「ほう?」

「第一に、心理的に追い詰められた救国会議が局面を打開するため、首都にいる政府の要人たちを人質にする危険性があったということです。彼らがあなたがたの頭に銃をつきつけて交渉を迫ってきたら、我々としては選択の途がありません。」

さすがに査問官たちは黙り込んだ。そこまで言われてようやく人ごとでなくなったのである。

ホワン・ルイだけが査問官たちを横目でちらりとみながら軽くため息をつき、愉快そうにしている。ヤンは、ははあ、この人だけはわかってるなと感じて気持ちが少し軽くなった。

「第二に、さらに大きな危険です。当時帝国内の内乱は終息に向かっていました。ハイネセンを包囲してのんびり救国会議派の自壊を待っていたら、あの比類ない戦争の天才、ラインハルト・フォン・ローエングラムが勝利の余勢を駆って大兵力を持って侵攻してきたかもしれません。イゼルローンにはわずかな警備兵と管制要員がいただけだったのです。」

ヤンは一息ついた。会場は誰の声も響かず、一瞬だけ静かになった。

ヤンは、話していて口の中に渇きを覚えたが、軽くつばをのんで続ける。

「以上の二点により、わたしは救国会議派に心理的敗北感を与えて、短期間にハイネセンの解放を成し遂げるためにあのような手段を取らざるを得ませんでした。それが非難に値するというのであれば甘んじてお受けしますが、それにはより完成度の高い代案を示していただかないことには、わたしはともなく、命がけで戦った部下たちは納得しないでしょう。ロックウェル大将、いかがでしょうか。」

ロックウェルは歯ぎしりした。代案など思い浮かばなかったからである。ヤンはこれ見よがしに小型のペンを置いた。録音機器である。

「ヤン提督、それはなにかね。」

「あ、失礼しました。」

「君はやはり査問を受ける身だということが自覚できていないようだな。」

ばたばたと警備兵が現れ、そのペン型録音機を取り上げて床に投げつけて踏みつけた。

鈍い音がしてそれは壊れる。

ヤンはにやりと笑みを浮かべた。靴の足の甲の部分と階級章の裏側にも録音用マイクロチップはつけてある。マスコミを使ってはめられたなどと言わせないためにわざと録音機器を見せて壊させたのだった。

査問官たちは、顔を見合わせた。ネグロポンティは、せきばらいをして

「では、その件はいちおうおいて、次の件に移る。君は、ドーリア星域で敵と戦うに先立ち、全軍の将兵に向かって言ったそうだな。国家の興廃など、個人の自由と権利比べればとるに足らぬものだと。それを聞いた複数の人間の証言があるが間違いないかね。」

「一字一句その通りだと言い切れませんが、それに類することは確かに言いました。」

「不見識な発言とは思わないかね。」

「はあ?なにがです?」

ヤンは、これみよがしにとぼけた口調で答えた。


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