Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
小規模な実験が重ねられ、要塞がワープ・インおよびワープ・アウトする予定宙域には多くの調査船が配置された。
いよいよワープ実験の準備がととのったところで、ケンプ大将は、オーディンに帰還し、金髪の若き帝国最高司令官に経過報告を行った。
壮年の花崗岩の風格を持つ大将に対し、上司である金髪の若き元帥が、ひとこと
「成功しそうか?」
と問うと、「必ず成功させて御覧に入れます。」
と武人らしい力強い答えが返ってきた。
金髪の若き元帥は、蒼氷色の瞳で、偉丈夫という文字が実体化しているような壮年の大将にを見据えてうなずくと、表情をやわらげ、一日休暇をあたえるから家族と過ごすようにすすめた。
この出兵に反対なのは、ヒルダのほかに帝国の双璧と称されるミッターマイヤーとロイエンタールも意見を同じくしていた。今回の出兵が不要不急なものと考えていたし、シャフトからの提案だと知ると、俗物が名誉欲から出したことかと鼻白んであきれざるをえなかった。二人は高級士官クラブにコーヒーポットをもちこんでポーカーをやりながらシャフトをこきおろした。
おさまりの悪い蜂蜜色の髪を持つ俊敏な印象の青年提督は、友人に
「戦術上の新理論をためそうと出兵を提案するなど、本末転倒もはなはだしい。いたずらに兵を動かし、武力に奢り、主君に無名の師をすすめるなど、臣下として恥ずべきだし、国家として健全なありようじゃない。」
と語ると、金銀妖瞳の友人はそれにうなずき、
「もっともだ。科学技術部の俗物めが。古臭い大艦巨砲主義を厚化粧を施してさも斬新で優れたものであるかのように吹聴しているが、巨象を一匹倒すのと一万匹のねずみを駆除するのとどちらが大変か自明ではないか。戦いは一見地味でも後者のやり方が守るにも攻めるにも優れている。集団戦の意義を悟れぬ輩には何ら語る言葉をもてぬな。」
「だが、今回は成功するかもしれん。将来的には卿の言う通りになるにしても...。」
「それに、シャフトの俗物はともかくとしてローエングラム公のほうが俺には気がかりなのだ。キルヒアイス亡き後、どうも少しお人が変わったような気がしてな...。どこがどうとはいえんが...。キルヒアイスが存命であれば、公をおいさめしたであろうに。」
「人は失わべからざるものを失ったとき、変わらざるをねないのだろうよ。ところで、ミッターマイヤー、もし仮に卿がこの任務を命ぜられたらどうする。」
「卿が考えているように戦いは人間がやるものだ。かのジークフリード・キルヒアイスは、死角なき防衛システムであるアルテミスの首飾りを指向性ゼッフル粒子を用いて実質二日で片付けた。ヤン・ウェンリーは、亜光速で氷塊をぶつけたそうだ。必ずしも取り返さないでいいというならあの要塞を無力化する方法はいくらでもある。」
「俺も同意見だ。ハードウェアに頼った思い付きの出兵なんぞ犬に食わせておしまいにしたいものだ。」
しかし、いったんケンプとミュラーが派遣軍司令官および副司令官に拝命されると、二人は口をつぐんだ。批判する段階ではないこと、純粋に出兵の意義について疑問を感じていたのに、ケンプが武勲をたてるのを妬んでいると誤解されかねないのは心外だったからである。
「シャフト技術大将。」
「はい...閣下。」
「卿は、ガイエスブルグ要塞に乗り込むように。」
「閣下?なぜです?小官は、技術士官として、実験の様子を全体的に把握し、客観的にみる必要があります。前線の実行部隊と役割が違います。」
「わたしは、総司令官として自らの作戦指揮にあたっては、常に前線に立ってきたが?前線に立てば兵の士気を上げられる。全体を総覧しようと思えばできる。卿は自らの身をガイエスブルグの司令室において自分の実験の成果を身体で感じるべきではないか?」
「しかし...。」
「卿は言ったな。成功すると。ならばガイエスブルグの司令室こそふさわしい場所ではないか?歴史上、作戦の失敗を自らの命にかけて償うとした軍師がいたが?万が一失敗した場合、この場で卿は自らの失敗を命でつぐなう覚悟をもってすべきであろう。」
こうしてガイエスブルグ要塞のワープ実験が行われる当日、技術部門を中心にシャフト、ケンプ、ミュラーを含む一万二千四百名の将兵が乗り込むことになった。
ラインハルトは中央指令室に坐して、諸提督や幕僚たちとともにヴァルハラ星系外縁部のワープアウトの予定宙域を映した巨大スクリーンをみつめていた。
「三(ドライ)、二(ツヴァイ)、一(アイン)...。」
秒読みの声がとぎれ、画面が一瞬乱れた。その次の瞬間には、輝く無数の粒子がちりばめられた漆黒の空に二十四個のエンジンのついた暗い銀灰色の球体が忽然と浮かびがあっている。
「成功だ!」「成功したぞ!」
興奮のささやきが司令室をはじめ随所で起こる。
ラインハルトは諸将を元府に集めた。
「諸君も承知の通り、ガイエスブルグ要塞のワープ実験は成功した。ケンプ司令官とミュラー副司令官には当初の計画のとおり、イゼルローン攻略の征旅の途についていただくことになる。解散。」
こうしてワープ実験の成功した帝国歴489年3月17日、ガイエスブルグ要塞は、二百万の将兵と一万六千隻の艦隊を収容して、イゼルローン回廊へ向けて出撃することとなった。