Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

84 / 181
第83話 フェザーンの若き補佐官です(後編)

「まことに補佐官殿のおっしゃるとおりで。しかし、無謀なクーデターの企ても失敗し、我が国は再び自由と民主主義の体制を取り戻しました。」

「それについては、ヤンウェンリー提督の功績がまことに大ですな。」

「さようで、なかなかの名将というべきでしょう。」

「ヤン提督の才能、名声、実力は、同盟軍内部に比肩するものがない、その彼がいつまでも現政権の頤使に甘んじ続けられるのか、弁務官殿にはお考えになったことはありませんかな?」

「ま、まさか、補佐官殿がおっしゃりたいのは...。」

「弁務官閣下は、正確な洞察力をおもちでいらっしゃいますな。」

「し、しかし、ヤン提督は、昨年のクーデターに際して現政権に味方し、軍国主義者どもの蜂起を鎮圧したのですぞ。その彼が政府にそむくなど....。」

「考えてもごらんなさい。ヤン提督だからこそ、短期間にクーデターを鎮圧できたのです。ひとたびヤン提督が野心を抱いて挙兵した場合、何者が彼を抑えることができますか?イゼルローンも「アルテミスの首飾り」も彼の前ではまったく無力だったではありませんか・」

「しかし...。」

ヘンスローは抗弁しようとするが、言葉が続かず、ハンカチで額と顔の汗をぬぐうしかなかった。ヤンに野心がないことはなんとなく肌で感じてはいるものの、弁務官にはデイベートで有効な言葉に変換する能力に欠けていた。この一件だけでも無能さを証明するものであったが、ルパートにとってはそのほうが都合がよい。

「こんな誹謗めいたことを申し上げるのもそれなりの根拠のあることでして...。」

「とおっしゃいますのは?」

頬をこわばらせ、上半身を乗り出す。いまや弁務官はルパートの吹く笛に合わせて踊る人形のようなものだった。

「例の「アルテミスの首飾り」です。あれは十二個の戦闘衛星を衛星軌道上にならべたものでしたが、十二個全部を壊す必要があったとお思いですか。」

軍事知識と人命保護、短期間に軍事クーデターの鎮圧を目的とするならば、ごく当然の手段であったが、万事に安穏と過ごしてきた弁務官はそこまで思い至らない。

「そういわれれば...。」

「あれは後日ヤン提督がハイネセンを攻略する際に障害になるものを早めに排除したのではないでしょうか。ひとえに同盟政府へのご好意で申し上げるのですが、違うなら違うでヤン提督から弁明をお聞きになったほうがよろしいかと存じます。」

ヘンスローはルパートの提案を呑むしかなかった。

自治領主にことの次第を報告する若き補佐官はいささか憮然とした様子だった。

「どうした。なにやら不満そうだが。」

「説得に成功したのはよいのですが、ああも簡単に踊ってもらうといささか物足りません。どうせなら火花が散るほどの交渉をしてみたいものです。」

「贅沢な話だ。いずれもっと楽な相手と交渉したいと思うようになる。それに水を差すようだが、今回の交渉が楽だったとしても君の外交能力が優秀だったからではないぞ。」

「わかっております。弁務官殿の立場が、たいそう弱かったからで...それも公私にわたって...。」

ルパートは、ヘンスローに金銭と美女をあてがって弱みをにぎり、いいなりにさせたのだった。

しかし、ボリス・コーネフについては思うようにいかない。なだめたりすかしたり、脅したりしているが、独立商人であることに誇りをもっているこの男にとって、黒狐の下でスパイじみたことなどやってられるか、という感覚である。脅しもどの程度のものかある程度かぎつけられてしまって、思うようにいかず、結果として、控えめながら同盟弁務官事務所から苦情がきている。

「それにしてもチェスの駒は動く方向がきまっていますが、人間はそうではありません。思うがままに動かし、役に立てるのはなかなか困難なことです。」

「うむ。確かに人間の心理や行動はチェスの駒よりはるかに複雑だが、それを自分の思い通りにするにはより単純化させる、つまり、相手をある状況に追い込み、行動の自由を奪い、選択肢を少なくさせればよい。」

「といいますと...。」

「たとえばヤン・ウェンリーだがいまやつは細い糸の上に立っているようなものだ。片方は同盟にもう片方が帝国にかかっているが、これを細く削っていけば追いつめることができる。あと2~3年もすれば、自国の政治家たちに粛清されるか、それとも政治家たちを打倒して自分が権力を握るか、帝国に亡命させるかといった選択肢を選ばざるを得なくなる。」

「ローエングラム侯に敗れて敗死するというケースもあり得ますが...。」

「そこまでローエングラム侯にいい思いはさせられんな。」

「逆にヤンが戦場でローエングラム侯を打倒するかもしれません。」

「補佐官...。」

自治領主の声色が変わった。

「どうやら私はしゃべりすぎたし、君は聞きすぎたようだ。例の子どもを担ぎ出す計画の実行部隊の人選をすすめてもらおうか。」

「...失礼しました。近日中にすすめて報告にあがります。」

フェザーンの自治領主は、たくましいあごに食肉獣を思わせるような笑みをうかべる。自由惑星同盟は、ゴールデンバウム朝銀河帝国の皇族と貴族たちが富を独占し、民衆を搾取し、民衆に兵役を課して、自分たちは暖衣飽食し、軍では無能であっても士官となって、後方の安全な場所で命令し、不都合があれば逃げ帰れるような立場に対してアンチテーゼを唱えてできた政体である。ローエングラム体制下では、そのそうな不公正は、貴族連合の掃討により大幅に是正され、領地財産は取り上げられ、マリーンドルフ家、ヴェストパーレ家、ブラッケ家、リヒター家などローエングラム体制を支持し公正な施政を行う一部領主の所領以外はすべて直轄領になり、しかも残った領主も直轄領に比べてその統治レベルを落とすことが許されず、公正を保つために民衆の自治にゆだねることすら推奨されている。

つまり自由惑星同盟とローエングラム体制は、民主的で公正な統治をおこなうための権力機構が分散されているか、集中されているかの違いだけで、共通の価値観である反ゴールデンバウムという点で共存が可能なのである。しかし、フェザーンとしてはそれに気づかせてはならない。両勢力には対立しあい、傷つけあって、フェザーンに権益をもたらしてもらわなければならない。共存するにしろ、アムリッツアの敗戦後弱体化している同盟がローエングラム体制の帝国に併呑されるにしろ、その裏面でいつのまにかすべての有人惑星の地表とそれを結ぶ航路を経済的に支配するのはフェザーンでなくてはならない。フェザーンの意思なくば何事も進まない状態にしたてあげなければならないのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。