Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第69話 空疎な式典です(後編)。

式典の司会者エイロン・ドュメックの進行で、トリューニヒトが手を差し出してくる。ヤンはグロテスクな両生類にさわるような悪寒を感じ、その場から逃げ出したいような衝動に駆られた。

二人の手が握り合わされた時に群衆の歓声が高まって、拍手の音がひびきわたたった。

ヤンの耳と心にその拍手の音は空しく響く。

 

エイロン・ドュメックは,トリューニヒトに批判的な言論機関、マスコミを黙らせたり、政敵を陥れるために、電話、Faxによる抗議や、ネット上で中傷する書き込みをおこなったり、裁判するぞとおどして編集者や記者をくびにしたり、ありとあらゆる工作を行うことに存在意義をみいだる種類の男だった。

 

ヤンはトリューニヒトの政治的生命力に畏怖を抱かざるを得なかった。

今回のクーデターの際、情報をいち早くつかんで地球教の信者にかくまわれて逃げかくれた。反対運動を起こしたジェシカは惨殺された。また、マスコミ工作もフェザーンの資本家たちが中央銀行と独自貨幣に反発したからであって、トリューニヒト本人がいうような彼自身の手柄ではない。アムリッツアの敗戦も確実に読み取って反対した処世術...

トリューニヒトが声をかけてきた。完璧に「養殖された」誠実さのかけらもない微笑をたたえている。

「ヤン提督、群衆が君を呼んでいる。応えてやってくれたまえ。」

ヤンは機械的に手を振って見せた。

 

式典が終わって、官舎に戻った。ヤンは洗面所に駆け込み、消毒液で何度も手を洗った。

「提督、西住中将から電話です。」

「ああ、わかった。」

「ヤン提督....。」

「なんだい。ミス・ニシズミ。」

ヤンは笑顔を作って見せる。

「中継みました。ごめんなさい。」

画面上のみほは、すまなそうな表情でこくりと頭を下げる。

「ミス・ニシズミがあやまることはない。君にこんな想いをさせたくないからね。わたしの意地だよ。」

ヤンは今度こそ本当の笑顔になった。そうだ、自分は彼女をヤツの手から守ったのだ。これが勝利でなくて何だろう。

「ありがとうございます。」

ヤンの笑顔に陰りがないのを認めて、みほの顔にも笑顔が戻る。

「安心して帰ってくるように。帰還して報告が終わったら、わたしといっしょにイゼルローンに赴任してもらうことになっているから。」

「はい。お元気で。」

みほは笑顔で返事を返し、画面は再び漆黒に戻った。

玄関ではユリアンが来客に対応している。

ヤンに自伝を書くようにすすめてきたデレチャプリマの営業の男だった。

「初版は500万部を予定しています。」

「ヤン提督は、官舎で勧誘や営業などのお客にはお会いになりません。おひきとりください。」

男は少年の毅然とした態度になのか、それとも腰にさげた銃になのか、銃をちらちらみながら、しぶしぶと引き下がった。

ユリアンは、ダイニングに戻って紅茶を淹れた。ヤンは手の甲に息を吹きかけている。あまりの嫌悪感についつい皮膚をこすりすぎて、ひりひり痛むからだった。

ヤンは、ブランデー、ユリアンはミルクを入れて紅茶を飲む。二人ともしばらく無口になって,静かな部屋に、カチコチカチコチと秒針を刻む古時計の音のみが響いていた。

「今日は危なかった。」

「なにか危険なことがあったんですか?」

少年は心配そうに黒髪の保護者に返事をする。

「そうじゃないんだ。トリューニヒトに会ったとき、嫌悪感が増すばかりだったが、ふと思ったんだ。こんな男に正当な権力を与える民主主義とは何なのか、こんな男を支持し続ける民衆とは何なのかってね。」

「われに返ってぞっとした。昔のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムやこの前あえてフォークをかついでまでクーデターを起こした連中は、そう思い続けて挙句の果てにこれを救うには自分たちしかいないと確信したに違いない。しかし、救国会議の連中には資金がたりなかったのでフォーク家の属するピエドラフェール一族の資金を必要とした。まったく逆説的だが、ひとりよがりとはいえ、ルドルフを悪逆な専制者にしたのは、全人類に対する責任感と使命感だ。」

「トリューニヒト議長にはそんな責任感や使命感はあるんでしょうか。」

「ないね。不思議なことに、救国会議もトリューニヒトも、現実的にはどうするだの、代替案を示せだの、責任ある態度だの、取り戻すだの主張するけど、前者は比較的自主自立の傾向があり、後者はフェザーン資本をたよる傾向があるくらいだね。ただ議会制や民主主義の精神を建前だけでも維持しようというのが後者が前者と違う点だろう。」

しかし....ヤンは考える。

(トリューニヒトとは何者なのか。社会にとってのガン細胞、あだ花なのかもしれない。健全な細胞を食い尽くして増殖、肥大化しついには宿主の肉体そのものを死に至らしめる。あるときは主戦論者をあおり、あるときは民主主義を主張し、その責任を取ることは決してない。自己の権力と影響力を増大させ、そしてそれによって社会を衰弱させ、食いつぶす。それにやつについて過激な国粋主義や亡命者差別といった主張を繰り返す地球教徒や憂国騎士団。正常な社会を蝕む害虫のような連中...。)

「提督?どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。」

そのときヴィジホンが鳴った。ユリアンが取り次ぎに部屋をでていった。

 


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