Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
「閣下、閣下?何をお考えでしたか。」
チームあんこうの面々はヤンの執務室をとっくに退出していた。副官であるフレデリカ・グリーンヒルの声が耳に入ってきて、彼女が上司に指示を仰ぐために執務室に来ていたのに気が付く。
「ああ、大尉か。」
「有能な指揮官がいれば昼寝出来るかと思ったがそうもいかないなぁと思ってね。」
フレデリカはいくぶんあせっていた。
「そうですか。閣下は、エル・ファシルで一人の女の子の心に絶対的な信頼を植えつけました。あの...。」
そして、それとなく自分の気持ちを伝えるべきだという気持ちが発言に出てしまうことになった。しかしヤンは気が付かずに問い返す。
「何だい、大尉。」
「ミス・グリーンヒルって呼んでください。」
「ああ、すまない。ミス・グリーンヒル。」
「ミス・ニシズミを守ろうと思っていらっしゃるのでしょう?」
「ああ、このままだと彼女は...。」
しかし、一方ではみほがあまり長くこの世界にはとどまらないだろうという予感も感じていたために、次にフレデリカの口をついて出た発言はアンビバレンツなものだった。
「なぜかわたしは安心しているんです。」
「何を?」
「こんなことを申し上げると閣下に嫌われてしまいそうですが...。」
「そんなことはないよ。いつも感謝している。」
「ミス・ニシズミは近い将来にいなくなってしまう気がするんです。」
「大尉もそう思うかい。」
「ええ。」
「ミス・ニシズミ自身もそう考えているし、そう望んでいる。だから気にすることなんてない。」
「ええ。」
「だからせめて「この世界」にいる間は、できる限りいい思い出をつくってほしいんだ。たといそれが記憶に残らなくてもね。」
フレデリカは同意した。それについては彼女の考えていることも全く同じだったからだった。
「さてと、大尉。これからネプティスへ行かなければならない。たいしたものではないが、ここにおおまかな日程と作戦計画がある。出撃準備を。」
「はい。」
金褐色の髪とヘイゼルの瞳を持つ美しい副官は敬礼すると、黒髪の学者風提督の執務室を退出した。
翌日、ビュコックは、ヤンに対して、ネプティス制圧、みほに対し、カッファー、パルメレンド制圧を命じた。根元を切り取られた三惑星の救国会議の部隊は内部分裂を起こして崩壊したり、直ちに降伏したり、まさに鎧袖一触であった。ヤンは10日、みほは、三週間ほどでハイネセンに帰還した。
みほが二惑星の鎮圧に成功の報を受けて、政府特使が帰還していたヤンのもとにやってきた。あんのじょう同盟憲章による秩序の回復、軍国主義勢力に対する民主主義の勝利を記念する式典でトリューニヒトと握手するように求めてきた。
ヤンは非常に不愉快そうな顔をした。
「こういったことは軍部の代表である統合作戦本部長ドーソン大将が受けるべきもので、わたしはイゼルローンを守備する一大将にすぎません。どうか、ドーソン大将に出席いただきますよう。」
「もちろん出席いただくが、実質上救国会議軍を鎮圧したのは、ヤン提督あなただ。かえって疑念を招くだろう。こちらから説得しておくからぜひ受けていただきたい。」
数回押し問答が続いたが、説得する、という特使に押し切られるような形で、ヤンはしぶしぶ承諾した。
特使はなぜこのような名誉あることに不愉快な顔をするのか理解出来ない様子だったが、承諾は得たので安堵した表情で帰っていった。
後にわかったことだが、出席と握手したがっていたドーソンに対しては、階級をあげないので、鎮圧の功績をトリューニヒトが讃える意味があること、ヤンも喜んで同意したことを伝えたのみであった。この無能な男に軍を把握してもらい、反乱を起こさないようおだてて軍を監視を強化するよう言い含めたのだった。
一方、ヤンとしては断わりたかったが、政府と軍部の協調を示すこと、軍部は政府に、市民にしたがうべきという大義にたいして実践する姿勢を示さねばならないからこそ、同意した。文民統制をマスコミに知らしめることこそ民主主義であると考えたからこそ、救国会議軍の鎮圧と式典への出席を承諾するしかなかったのである。
またトリューニヒトはみほを表彰したいとの意向を軍部に求めてきた。あんまり強硬に主張すると独裁者である救国会議と同じになるとの病床のクブルスリーからの手紙と、ビュコックが説得して、ようやくあきらめた。
バーラトの太陽が放つ初秋の陽光はおだやかで、紅葉は美しかったがヤンの心は快晴からほど遠い。
トリューニヒトの演説は、あいかわらずの空疎な雄弁であった。戦死者をたたえて、国家のために犠牲をささげ、銀河帝国打倒のために個人の自由や権利を捨て、公の秩序に従えという相変わらずの主張を巧みなトーンで言い換えて絶叫している。
言っていることは救国会議よりも個人の自由や権利の存在を認めているだけまし、そして彼自身と閣僚が、救国会議の場合は、フォークことライトバンクとウィンザー夫人、ギーライイプロム以外は軍部であったから、全て選挙でえらばれているだけまし、しかしヤンにとっては自分がまもろうとしたのはこんなものだったのかと心で泣いていた。
「ヤン提督...。」
端正な顔に、一見人好きのする微笑がたたえられている。みほをはじめとするチームあんこうやヤンらイゼルローン組には吐き気をもよおす微笑であったが、何も知らない選挙民にとっては魅了されるかもしれない微笑であった。
「ヤン提督、言いたいことがおありなのかもしれないが、今日は祖国が軍国主義から解放されたことを記念する喜ばしい日だ。文民統制は民主主義のよって立つところであり、政府と軍部の間に意見の違いがあることを示すのは、共通の敵に隙を見せることになる。だから今日のところはおたがい笑顔を絶やさず、主権者たる市民に対して礼を欠くことのないよう努めようでないかね。」
正論であった。しかし、こいつはそういった正論を本気で信じているのだろうか。
式典の司会者エイロン・ドュメックの声が聞こえてくる。
「では、ここで、民主主義のため、国家の体制秩序のため、市民の自由のために戦う二人の闘士、文民代表のヨブ・トリューニヒト氏と軍部制服組代表のヤン・ウェンリー氏に握手していただきましょう。市民諸君、盛大な拍手を。」
盛大な拍手が二人に送られた。
ヤンの耳には空しく響いた。