Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
「ん、ううん。」
「!!」
(俺は、何を....。)
タンクベッドの中でのそのそと中年の男が起き上がってくるのが監視モニターに映し出されていた。
「スパイさんが起きたみたいだな。」
「今更後の祭りさ。ただ暴発しないように見張る必要はあるな。」
「シェーンコップ准将を呼ぶか。」
「そうだな。それがいいだろう。」
中年の細面のスパイ、バグダッシュは、なにやら殴られてから眠らされたらしいとおぼろげながら記憶をたどり、唖然とする。
(仕方あるまい。さて魔術師さんのところへ行ってくるか....。)
「ああ、あの男が起きたか。」
「はい。」
「わかった。連れていく。」
(あまり美味くないな。)
ヤンは食後の野菜ジュースを飲んでいた。
予鈴が鳴る。
「どうぞ。」
「バグダッシュ中佐が司令官にお話しがあるそうです。」
「すっかり見破られましたな。」
「まあ、そういうことだ。それで私を殺すつもりだったのか。」
「おっしゃるとおり、攪乱がうまくいかなければあなたを暗殺するつもりでした。とはいっても私がクーデターに参加したのも勝算ありと考えたからです。しかし、あなたの知略がわれわれの想像を超えていた。しかもあの女の子の部隊もとんでもない部隊だ。そうなっては仕方ない。」
ヤンは空になった紙コップの底をながめていた。
「あなたとあの小娘がいなければ全てうまくいったのです。余計なことをして下さった。」
「ん...それで貴官がわたしに面会を求めてきたのは不平を言うためか?」
「違います。」
「では何のただ?」
「転向します。あなたの下で使っていただきたい。」
ヤンは空の紙コップをまわしたり、もてあそびながらバグダッシュに尋ね返した。
「そう簡単に主義主張を変えられるものなのかな。」
「主義主張なんてものは生きるための方便です。生きるために邪魔なら捨て去るだけのことです。」
「わかった。」
ヤンはフレデリカを呼ぶ
「なんでしょうか。」
「バグダッシュ中佐のために船室はあるか?」
「わかりました。」
数日後、
「あの男が、食事に魚が付いていないと言い出しました。」
「魚をつけてやってくれ。」
また数日後、
「ワインがついていないと。それから給仕をとびきりの美人にしてほしいと。たとえば副官殿でもよいと。スパイとして入ってきたくせに、図々しいにもほどがあります。」
「いいさ、美人や婦人兵は無理だがワインはつけてやってかまわない。」
そしてその二、三日後バグダッシュは、ヤンの私室に現れた。会戦の事後処理、今後の作戦、部隊の再編などのデスクワークに忙殺されているところだった。
「中佐。まだなにかあるのかね。古代の中国に一芸をもって仕える臣下を抱えている王子が3人いたそうだ。そのうちひとりに仕えたある人物は、数日後、食事に魚がついていない、そのつぎの数日後には外出用の車がないってね。車はあげげられないぞ。」
「正直になところ、わたしも無為徒食にあきたんで仕事をしたくなったのです。なにか任務を与えてくださいませんか。」
「あわてることもないだろう。そのうち役に立ってもらうさ。」
ヤンはデスクの引き出しから銃を取り出す。
「わたしの銃だ。貴官にあづけておこう。わたしが持っていても役に立たないんでね。」
「これはどうも...。」
バグダッシュは、エネルギーカプセルが銃に装填されているのをたしかめると、ふっと笑みをうかべ
「ヤン提督!」
ヤンに銃を向ける。ヤンは自分に向けられた銃口をちらりと見たが何事もなかったように書類に目を落とす。
「貴官に銃を貸したのは内密だ。ムライ少将などは口うるさいからな。それだけこころえてくれたらいい。いずれ身分が確定したら正式に銃を貸与する。」
バグダッシュは短く笑うと銃を内ポケットにしまい、ヤンに敬礼をして向き直った瞬間、殺気を感じ、一瞬表情を硬化させた。
ユリアンが鋭い視線を向け、少年のもつ銃の照準はバグダッシュの心臓に向けられている。
バグダッシュは、おほん、とせきばらいをすると、両手を振って見せる。
「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれ。見ていたらわかるだろう。冗談だよ。俺がヤン提督を撃つわけがない。恩人をな。」
「一瞬でも本気にならなかったと言えますか?」
「なんだと?」
「ヤン提督を殺せば歴史に名が残る....たとえ悪名であっても...その誘惑にかられなかったと言えますか。」
(このガキ言わせておけば...いい気になるなよ)
バグダッシュは一瞬ほくそえみ、その目がギラリと光り、ブラスターがとんで少年のプラスターを弾いて、手から落ちたかと思うと、次の瞬間、少年の背後からその頭にブラスターがつきつけられ、中年の男はにやつきながら「ぼうや、なめるなよ」とつぶやく予定だった。しかし、「...るな...」と言った瞬間に、亜麻色の頭はバグダッシュの腕の中から消えていた。その次の瞬間、少年と中年の男は、お互いがお互いを撃とうとしている。
それをみて拍手が聞こえる。
「おみごと。」
「シェーンコップ准将...。」
「ぼうや、じゃない、ユリアンだいぶ上達したな。」
「いえ...。」
ユリアンはヤンに向き直り、
「提督。ぼくはこの男を信用していません。いまは忠誠を誓っていても将来どうなるかわかったもんではありませんよ。」
ヤンは書類を放り出し、両脚をデスクの上に投げ出し、珍しく少年を軽くにらんだ。
「将来の危険など、いま殺す理由にならないぞ、ユリアン。」
「わかっています。ちゃんと理由はあります。」
「どんな?」
「捕虜の身で、ヤン提督の銃を奪い、それで提督を暗殺しようとしました。死に値します。」
「坊や。やはり、それは理由にならないな。あとでヤン提督やグリーンヒル大尉からなぜ理由にならないか詳しく聞いてみたほうがいい。」
シェーンコップが言う。
「そうなんですか。」
「そういうことだ。ユリアン。そのくらいで許してやれ。バグダッシュも充分肝が冷えただろう。気の毒に。この悪びれない男が汗をかいているじゃないか。」
ヤンは見破っていた。バグダッシュがユリアンににらまれたから汗をかいているのではなく、自分の立場が追い詰められたからだということを。
「でも提督...。」
「いいんだ。ユリアン。それじゃ、中佐もさがってよろしい。」
ユリアンは銃をおろしたが、バグダッシュを見る視線は厳しく鋭い。
「やれやれ、顔に似ず怖い坊やだな。あれをすり抜けたのは見事だったよ。君の目がいつも俺の背中に光っているのを忘れないようにするよ。ただ次があるとは思うなよ。」
そう言い捨てて、バグダッシュは背を向け手を振ってでていった。
「准将、ユリアンをよくあそこまで鍛えたな。頼もしい限りだ。」
「わたしも教師冥利につきましたよ。バグダッシュは百戦錬磨の諜報員です。スパイが簡単につかまったり殺されたりするわけにいかないですからな。ただ、スパイ同士でかわせるものであっても、白兵戦技はわたしのほうが上ですから押さえてたっぷりおねんねしてもらったわけですが、今回ぼうや...」
「ユリアン・ミンツです。」
「には、その上達ぶりをみせていただきうれしかったですよ。」
シェーンコップは言い直さない。
ユリアンは、もう...といういささか不満そうに保護者のほうに向きなおった。
「提督、ご命令いただいたらあの男を出ていかせはしませんでしたのに...。」
「あれでいいんだよ。バグダッシュはきちんとした計算のできる男だ。少なくともわたしが勝ち続けている間は裏切ったりしないさ。さしあたっては、それで十分だ。それに...。」デスクに挙げていた脚をおろして
「なるべく、お前に人殺しをさせたくないのさ。」
「そういうことだ。」
シェーンコップはユリアンの肩をたたいて出ていった。
ちょっと長いですが切りようがないのでそのまま投稿しました。