Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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イゼルローンの要塞内は、驚きのあまり一瞬言葉につまったが、その後は怒りの混じったざわめきにつつまれた。

「み、みぽりん、あれって...。」
沙織が蒼い顔になってみほに話しかける。
「うん...。」
みほは元気なく答えた。



第48話 やだもーなんでよりによってあいつなのよ。

「首席最高執政官プログレスリー・ライトバンク氏である。」

それは細面で血色の悪い顔、目じりはややつり上がり、口元は人を小ばかにするように歪んでいる。同盟軍人なら知らない者は少ないだろう。

「フ、フォーク...?」

要塞内はざわめいた。

「プリンケプスか...。」

ヤンは唇を噛んだ。そういえばフォークも首席らしく多少は歴史を知っている。自分を初代ローマ皇帝になぞらえているのだろう。尊大なフォークらしい児戯きわまりない称号だ。

「次席執政官兼国防委員長は、コーネリア・ウィンザー夫人。首席補佐官は、ギーライ・イプロム氏...。」

イゼルローンの全員は一瞬あっけにとられざるをえなかった。

 

少し時間をさかのぼる。

4月12日に行われた自由惑星同盟評議会議員総選挙は、即日開票された。

総人口130億で有権者は100億を超える。そのため、投票はすべて電子投票である。しかし、不正と権力の集中を防ぐために裁判所、最高評議会、選挙管理委員会の三権分立になっている。1600年前の21世紀と異なり、数千光年の遠距離の星系から集まって本会議を行うことが困難であることから、各委員会はモニター画面を用いて行われる。立法と行政の機能が一体化されている。その反面選挙管理委員会の権限が独立機関として著しく強化されていた。選挙管理委員会が投票から集計まで、数度にわたって監視、チェックを行うが、量子コンピューターで1時間程度ですべて集計できるようになっていた。評議会議員は、それぞれ人的資源委員会、財務委員会、交通情報委員会、国防委員会など各委員会に属し、国民の代表としてひとつの委員会のみに属さず、また多くの委員会を兼任せずで必ず2つの委員会に属することになっている。それぞれの委員会では、それぞれの委員会の意見と委員長の意見を最高評議会で述べることになっている。全ての議席は小選挙区比例代表併用制で、5%以下の政党は議席を得られない。現在で言えば選挙制度はドイツのそれに酷似していた。権力の過度の集中と電子投票の操作を極力無意味にするために与党と野党は存在せず多数党と少数党が存在し、最高評議会に出席する委員長、つまり閣僚は、各政党の議席によって比例配分される。だからトリューニヒトやウィンザー夫人のような意見を持つ者と、ジョアン・レベロやホワン・ルイのような正反対の意見を持つ者が最高評議会の閣僚になる。また、自由な意見交換ができるようにと、いつしか最高評議会組織法から傍聴規定や中継規定が削除され、秘密会の規定が加えられた。シトレが「密室の中で決定される。」と皮肉ったゆえんである。

 

さて、今回の選挙結果は、保守系の国民平和会議が勝利し、議席の2/3を占め、最高評議会の閣僚数の配分で、同盟憲章の改正を発議できることになった。反戦市民連合の議席は1/4。環境党の議席は8%ほどだった。国民平和会議は、同盟憲章緊急事態条項及び最高評議会全権委任法の制定をかねてから主張していたが、選挙においては雇用、景気対策、自由貿易の推進、行政改革を唱えて争点化を避けた。

しかし、救国会議は、国民平和会議が積極的に狙ってはいても、選挙中にはとりたてて主張せず、最終的な結果がどうなろうと議会に付託するべきと考えていた同盟憲章緊急事態条項及び最高評議会全権委任法をいきなり実施したのである。

 

国民平和会議の雇用政策とは、成果主義にして残業をなくしてゆとりある時間をすごせるようにするという主張であったが、実際には、残業代をなくせるように成果主義にするというものであり、財界の意向に沿ったものだった。また自由貿易の推進によって経済や競争力を活性化するとの主張は、実のところ関税を段階的に下げ、フェザーンの投資家や商人たちが損害を受けた場合は、同盟国内法に優先させて解釈し、損害を賠償するという協定を結ぶというものだった。そのため、辺境のエル・ファシル、農業が基幹産業であるアル―シャ、シロンなどいくつかの惑星では、反戦市民連合と環境党のリベラル連合が勝利する選挙区も散見されたが、基本的に反戦市民連合は、いくら同盟憲章緊急事態条項及び最高評議会全権委任法の危険性を説明しても、「またオオカミ少年か」「戦争反対の理想を唱えているだけ」という印象しか有権者に与えられなかった。

戦争をやめて講和し、地域経済を活性化させる具体策を唱えた候補者がいるにはいたが、マスコミに取り上げられず、政見放送は、比例配分で保守系候補の放送が大部分であった。空疎な理想を唱えているだけとしか思われない反戦市民連合と財界と兵器産業の代弁者に過ぎない国民平和会議の候補者が映ったところで、有権者には新味がなく、しらけるしかない。従って、投票率は、電子投票にもかかわらず55%ほどにとどまった。

国民平和会議代表のトリューニヒトが勝利宣言をしている「画像」が中継された。

 

当日、首都星ハイネセンでは宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、査閲部長グリーンヒル大将から訓練通知を受け取っていた。曰く

「明日、首都において大規模な地上戦闘部隊の演習を行う。年頭に予定を組んだものであるから、各部署においては、平常通り業務にあたられたい。」

この通知は軍首脳部全員に届けられ、市民にも放送で知らされた。

 

したがって、翌13日に、完全武装の兵士たちが集団で行動しているのを見ても疑う者は少なかった。

不審に思った者がいて、MPに通報した者がいた。

「演習ですので、お騒がせしますがご承知ください。」

「半年前から通知していますし、一週間前にも放送しています。」

「国防委員会のHPをご覧くだされば...。」

との返答であった。

査閲部長という最高幹部の名で通達されたものであったことから、マスコミはもちろん、さらに政府に批判的な軍事評論家でさえ問題にしなかった。査閲部長がグリーンヒル大将であることで、かえって彼らは安心し、ネット上で、SNSの書き込みがあっても自信をもって「安心してください。」と説得したくらいだった。

ビュコックも臨戦態勢にある宇宙艦隊の監督業務が多忙をきわめ、深く考えなかった。しかも宇宙艦隊の主力が首都にある。まさかクーデターを起こすまい、と考えてしまっていた。

しかし、軍靴の足音が響き、執務室のドアがひらかれて、ようやく事態の深刻さに気づかざるを得なかった。




司令長官室に乱入者が現れた。

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