Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
第174話 5月2日、エリューセラ星域です。
さて、同じ5月2日、エリューセラ星域である。ミッターマイヤーは、同盟軍の補給・通信基地を制圧した。
「ヤン・ウェンリーとローエングラム公が交戦する戦場はバーミリオンと考えられる。これから本艦隊はバーミリオンに向かう。」
「司令官。」
「何だ?」
「未確認航行体を確認。船籍不明。」
「敵か、フェザーンの可能性もあるな、よし、例の如く通信しろ。」
「御意。『停戦せよ、しからざれば攻撃す。』」
「吾は味方なり。司令官との面会を請うものなり。」
「船籍確認。わが軍の高速巡航艦1隻です。」
やがてヒルダの顔がスクリーンに映し出される。
「こちら帝国宰相首席秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフです。ミッターマイヤー閣下と面会を申し込みたく。接舷の許可願います。」
ミッターマイヤーは、旗艦ベイオウルフに、くすんだ短い金髪、一見男性の青年貴族のような恰好をした美貌の少年めいた伯爵令嬢を迎える。
「フロイライン・マリーンドルフ...どうしてここに...?」
ヒルダは、肉体的精神的な疲れの混じった苦笑のような微笑みを浮かべて改めてあいさつする。
ミッターマイヤーは、ソファをヒルダにすすめ、幼年学校の生徒にコーヒーを持ってこさせた。
「実は、ここに来る途中、ローエングラム公とヤン・ウェンリーとの戦況を見る機会がありました。」
「どのような状況でしたでしょうか。」
「同盟軍は、囮部隊、小惑星、戦闘衛星を用いた攻撃で、その攻勢は尋常なものではありませんでした。このまま戦況が推移するとローエングラム公は生涯で最初で最後のご経験をなさることになりましょう。」
「ローエングラム公が敗れるとお思いですか。」
「はい。ここから一個艦隊を率いての移動となりますと、一隻の移動と異なり、衝突を回避するよう計算して小ワープを繰り返さなければなりませんが、通常の艦隊より一日早い5月6日になります。4日もかかるようだと、敵将ヤン・ウェンリーが勝利を手中にしている可能性が濃厚です。それを攻撃しても無意味です。」
「つまり、今からバーミリオン星域へ向かっても無意味ということですか?」
「はい。疾風ウォルフの快速をもってしても、ローエングラム公をお救いするのに間に合わないでしょう。」
「では、どうしろとおっしゃるのですか?フロイラインには代替案がおありとお見受けしましたが?」
「ここからバーラト星系首都星ハイネセンまでは、2日の行程です。バーミリオンへ行くよりも2日早く到着することができます。ゆえに急転してハイネセンを突き、同盟政府を降伏させ、彼らからヤンに対して戦闘中止を命令させれば、ローエングラム公をお救いすることができます。」
ミッターマイヤーはしばし無言だった。ヒルダは続ける。
「この提案を実はすでにローエングラム公にいたしています。しかし、それでは純軍事的、戦術レベルで敗者の位置にたつことになる、戦って勝つことにこそ意味がある、誰にも負けるわけにはいかない、とのお考えでした。それは正しい価値観だとは思いますが負けた上に、最悪敗死するようなことになるとすべてが無に帰してしまいます。」
「よくわかりました。フロイライン。ですがいまひとつ問題があります。」
「それは...どのような?」
「ヤン・ウェンリーが政府からの停戦命令に従うかどうかです。彼にしてみれば目の前に勝利の果実が実っているのに、なぜその実を捨てて停戦しなくてはならないのか。それを無視したほうが、彼の得るものは、はるかに大きいではありませんか。」
「それはわたしも考えないではありませんでした。ですけど、やはり、ヤン・ウェンリーへの停戦命令は有効であろうとの結論に達しました。というのは、これまでの彼の行動から考えて、武力と彼ほどの軍事的才能があれば、いくらでも権力を握る機会がありました。代表的な例は、救国会議を降伏させたときです。そのほかにも機会はあったのに、それをすべて見逃し、辺境の一軍人に甘んじてきたのです。」
「...。」
「おそらくヤン・ウェンリーは、権力より貴重なものがあることを理念だけでなく皮膚感覚で感じている人物なのだろうと思います。それは賞賛すべき資質とは思いますけど、卑劣を承知でこの際は利用するしかありません。」
「ですが、あるいは彼が急に権力に対する欲望に目覚めて政府の命令を無視しない可能性はないといえないのでは?今度の機会は過去に例がないほど大きくて魅力的なものです。なにしろ全宇宙を手中に収めることすら可能になりかねない話ですから。」
「少しわたしの言葉が足りなかったようです。つまり彼にとっては、民主主義の理念、文民統制の理念は至高のものです。それは、これまでの彼の行動が裏付けています。言い換えればそんな彼だからこそ停戦命令は有効ではないかと思うのです。」
「わかりました。フロイライン。あなたの策に従いましょう。どうもほかに策がなさそうだ。」
「ありがとうございます。ご決断に心から感謝いたします。」
「ですがわたしひとりだけというわけにはまいりません。ほかにだれか、僚友の同行を求めたいのです。フロイライン、あなたであればその理由はご理解いただけるものと存じます。」
ヒルダはうなづいた。政治的野心から主君を見殺しにした、などと言われるのはミッターマイヤーにとっては心外であり、そういう人物だからこそ、ヒルダはミッターマイヤーを説得の対象に選んだのであったが、それが報われたようだった。
「で、どなたを同行者として功績をわかちあうおつもりですの?」
「隣の星系にいて、連絡も取りやすく、力量もある信頼できる男、オスカー・フォン・ロイエンタールです。フロイラインは異存がおありですか。」
「いいえ、当然の人選かと存じます。」
ヒルダの言葉に嘘はなかったが、くすんだ金髪の美しい秘書官は、自分がなぜロイエンタールではなく、ミッターマイヤーを選んだのか、一種の勘が働いたのは間違いなかったが、どうしてそう感じたのかこの時点の彼女自身にも万人を納得させうる理由をもっていなかった。