Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第170話 横列陣のあとにまた横列陣です。

帝国軍の艦艇は、次々に火球に変わった。壮大な花火のように輝いた一瞬後には、金属の破片をまき散らしていた。乗員は悲鳴をあげる間もなく気化した者、悲鳴を上げて焼失した者は幸せだったかもしれない。身体が引きちぎられたり、宇宙空間に放り出されたりした者も多かった。

帝国軍の艦列に穴が開く。その様子は、総旗艦ブリュンヒルトからも見えて、金髪の若き元帥の蒼氷色の瞳に怒気の雷光がよぎる。

「トゥルナイゼンは何をしているのか。」

「申し訳ありません。いま連絡をとっております。」

通信士官たちは、妨害電波や電磁波の干渉と戦いながらダイヤルを回し、コンソールと格闘する。

「トゥルナイゼン提督の艦隊が突出し、密度が大きいため衝突回避システムで艦列が乱れている模様。」

「声は遠くに届くのに目は近くのものしか見えないようですな。」

銀髪義眼の参謀長がつぶやく。

「卿の言う通りだが、さしあたって生き残るにはやつの戦力が必要なのだ。シャトルは狙われるから信管を抜いた誘導機雷でやつに通信カプセルを送れ。」

「誘導機雷射出!」

 

「敵艦隊、攻撃されている部隊の救援に向かっています。」

「よし。フィッシャー提督、冷泉麻子少佐に連絡。陣形をYMN-1回路のように変形せよと。」

 

帝国軍の艦列が同盟軍の砲列の前にストローに吸い出されるように躍り出る格好になった。そのタイミングの巧緻さは、歴戦のメルカッツをして感嘆させるもので、老練の名将は、口をわずかに動かして「みごと。」と思わずつぶやかざるをえない。

「撃て!」

それは密度と正確さおいて比類ないもので、帝国軍は光と熱の壁にみごとにつっこむことになった。帝国軍数千隻の艦艇がトゥールハンマーのような巨砲ではなく、通常艦艇の集中砲火によって爆発四散をえんえんと繰り返したのである。

高熱のために瞬時に気化する者、

「ぎゃああああああ」

悲鳴を上げた次の瞬間には、死ぬか、気化するか、艦内から砲指されるか、生きながら焼かれるかだった。即死を免れても「熱い、熱い!」「母さん、母さん」と叫びながらのたうちわまる地獄絵図が現出されていた。

それは応射をくらった同盟軍の艦艇の内部でも同じだった。かろうじて爆発を免れた艦艇の内部でも手足のない死体や頭のない死体、ちぎれた手足が散乱していた。そして血の海が湯気をたてている。

 

帝国軍はいくらでも増援が見込めるのに対し、同盟軍は増援は見込めなかった。ランテマリオの残存兵力は首都防衛のために残されてはいるものの、ひとたびヤンやメルカッツ、みほが倒れたらラインハルトを止められる者はいない。しかもミッターマイヤーとロイエンタール、帝国軍の双璧が無傷ままおそいかかってくるのである。普通であればその責任の重大さに発狂してもおかしくなかったが、ヤンは、人間の能力と可能性には限界があることを承知しており、

「やってもダメなものはダメ~」「なるようにしかならないよ~」などと鼻歌を歌って、ひらきなおっていたからそのような陥穽にはまらずに済んだのである。

しかし、リアルに兵士たちの死にざまを見ずにすんでいることも大きかっただろう。ただヤンは自分が大量殺戮者であることを自覚していたので、フレデリカの想いに応えて家庭的幸福を求める資格があるのだろうかという気持ちが心にとげのようにひっかかっていたのも事実だった。ラインハルトという比類ない強敵との直接対決という命がけの事態が控えていたからこそ自分に正直になれたというところだろう。

 

バーミリオン星域会戦は、後世、用兵家として神話的な名声をえることになるふたりの若い元帥がほぼ同数で直接対決した戦史上特筆すべきものになるのだが、その緒戦は、平凡で偶発的な混乱と暴走の様相を示し、双方にとって不本意な消耗戦となっていた。それを戦いつつ立て直して、たがいに陣形の再編を行った手腕にも非凡さが認められると評されている。

 

4月27日、戦況は最初の変化を見せる。

「全艦隊、YW-2回路に従い、円錐陣形に再編。突撃する。」

 

みほの旗艦ロフイフォルメでは優花里がみほに話しかける。

「めずらしいですね。」

「うん...。」

ふだんは敵の動きに対して対応して動き、正面から戦うのを避けて、奇襲、奇策で敵をはめるのがヤンの戦い方であり、ラインハルトの用兵を剛の先制攻撃とするとヤンのそれは柔軟防御と評されているが、バーミリオンではそれが逆になったのである。

 

「同盟軍、突進してきます!」

「迎撃せよ。正確にだ。」

ラインハルトは口元をわずかにゆがめて命じる。

 

攻撃は最大の防御と言わんばかりの計算しつくされた円錐陣形で猛烈な砲撃を行いながらヤン艦隊は突進していく。対する帝国軍の応射も苛烈なものであったが、ヤンのお家芸の一点集中砲火は、草を刈るように帝国軍艦艇をなぎたおしてその艦列には漆黒の空間の穴があいていく。

「敵艦隊を突破しました。突破です。」

オペレーターが声をうわずらせ、ヒューベリオンをはじめ、同盟軍艦艇の艦橋を歓声がみたす。しかし、ヤンの心と脳裏に警鐘が鳴る。

「薄すぎる...。」

思わずぼそりとつぶやく。見方によれば、値段の割にあたかもステーキが見かけ倒しで薄すぎたことに不平を鳴らす客のようにも見えたかもしれないが、ヤンの心には、帝国軍がこんなに簡単に突破を許すはずがない、という根本的な疑惑がある。

「すぐに次の敵が来る。戦闘態勢そのまま。」

「12時方向に新たな敵。」

帝国軍は横列陣で砲撃を加えてくる。

「撃て!」

ヤン艦隊は一点集中砲火の移動で帝国軍の横列陣に穴をうがつと、のたうつへびのように砲火を移動させてなぎ倒していく。その先陣をきるのは、元ビューべリオンの艦長でもあったマリノ准将の部隊であった。

「敵艦隊突破しました。」

「!!」

オペレーターは至近に横列陣の光点の群れを認める。

「2光秒先に敵艦隊!」

「また出てきやがったか...いったい何重の防御網をしいているんだ。大昔のペチコートか、たまねぎか...。」

マリノ准将は不機嫌そうに幕僚たちを見渡すが、だれも返答せず、不安のもやが漂うだけだった。ヤンから再びもたらされた新たな命令は単純なものであった。

「撃て!」

と命じて三番目の防御陣を突破し、二陣目を突破した時よりも小さくなっていく歓声がやまぬうちに四番目の防御陣の光点が横長に広がっているのを認めることになった。


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