Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
シェーンコップの舌鋒は、敬意と辛辣さが絶妙に混じっている。
「あなたが勝つことだけを目的とする単純な職業軍人か、己の力量を自覚せずに権力を発する凡俗な野心家であれば、わたしとしてもいくらでも煽動のしがいがあるんですがね。ついでに自分自身の正義を信じてうたがわない信念と責任感の人であればいくらでもけしかけられる。ところがあなたは戦っている最中でさえ自分の正義を全面的に信じていない方ですからな。」
シェーンコップは愉快気に空のコーヒーカップを指でつつきながら
「信念なんぞないくせに戦えば必ず勝つ。唯心的な精神主義者からみれば許しがたい存在でしょうな。困った人だ。」
と苦笑しながらヤンを一瞥する。
「わたしは、最悪の民主主義でも最良の専制政治にまさると思っている。だから忌み嫌うべき衆愚政治の権化ヨブ・トリューニヒト氏のために至高の英雄ラインハルト・フォン・ローエングラム公と戦うのさ。これほど立派な信念はないと思うがね。」
ヤンは軽くため息をついてしまう。
「まったくもって中将の言う通りで反論しようもないな。しかし、最悪の専制政治が最良の民主主義を生み出すことがあるのに、最悪の民主政治が破局したときに最善の専制政治が実現したことがあったんだろうか...と考えてしまうな...。」
「わたしは、多少は歴史にも関心はありますが、閣下ほどではないですから、そういう例は寡聞にして知りませんな。」
「民衆が彼らを侮蔑する者に熱狂の拍手を送ることがあるのさ。扇動、情報操作を行ってイメージをつくる。本当はかれらを守ってくれるはずの者を巧妙に悪者にしたてる。はるか数千年前に、経済大国として知られたとある島国が衰退するときにあったそうだよ。」
「豚が痛くないからこの屠殺システムは優れているとひとごとのようにほめるようなものですな。痛くなく死ねるからといって天国に行けるわけでもないのに。」
「同盟がフェザーンに食い荒らされていたようにその国も国際金融資本に食い荒らされていたそうだよ。トリューニヒトが帝国の脅威をさかんに言い立てて国内問題から目をそらさせたようにその国の「トリューニヒト」も外国の脅威を言い立てて国内問題から目をそらさせていたという話さ。その国の農業、種子を守るための法律、飲み水を守るための法律、そして健康保険。国際金融資本が儲けるためにはすべて邪魔だった。だからそういったものを貿易の公正をさまたげる障壁として一見公平そうに見える裁判の形をとって取り払えるようにした。その国の場合と違って、実際に帝国が脅威だったことは間違いないからトリューニヒトがまともに見えてしまうのが皮肉だが。」
わずかな休憩時間が終わって将兵たちに告げられたのは
「総員、第一級臨戦態勢。」
という指示である。ようやく気持ちを引き締めたところで
「敵との距離、84光秒!」
というオペレーターの声が全艦に流れ、兵士たちの全身に緊張が走る。
ヤンは、指揮デスクの上に片膝を立てて座る。正面のスクリーンを見つめていたが、しばらく幕僚たちを見渡してからまた正面スクリーンに視線をもどす。
再びオペレーターの声が流れる。
「敵軍、イエローゾーンを突破しつつあり。」
砲手の指がそろそろと発射ボタンの上にのせられる。息をこらして司令官の発射命令を待つ。
何秒たったであろうか。
「完全に射程距離に入りました。」
そのオペレーターの声が号令となり、ヤンが軽く片手をあげ、次の瞬間には素早くふり降ろされ、
「撃て!」
とその口からは鋭い声が発せられた。
数十万の光の槍が発射される。その槍が相手に届く前に、帝国軍からも同様におびただしい数の光の槍が発射された。
こうして宇宙暦799年、帝国暦490年4月24日14時20分、狭義の意味でのバーミリオン星域会戦が始まる。両軍の艦艇数は、ほぼ同数30,000隻。帝国軍は、ラインハルトの本隊18,000隻に、西住まほ中将及び逸見エリカ准将率いる黒十字槍騎兵12,000隻、同盟軍は、ヤン・ウェンリー、アッテンボロー、フィッシャー率いる16,000隻、西住みほ大将率いる9,000隻、角谷杏中将率いるトータス特務艦隊5,000隻である。
ヤンもラインハルトも相手こそ奇策をかけてこないかと警戒していたため、結局のところ平凡な形で戦闘が開始されることになった。しかし、いったんはじまった戦いは、当事者の意図することにかかわらず暴れ馬のように変化していく。
帝国軍の最前線からいかにうごくべきかラインハルトのもとに指示を請う通信が入る。
ラインハルトの蒼氷色の瞳に雷光がきらめく。
「それぞれの部署において対応せよ。なんのために中級指揮官がいるのか!。」
同盟軍でも同じように細部にわたる指示を請う通信がはいる。ヤンはため息をついて
「そんなことは敵と相談してやってくれ。こちらには何の選択権もないんだから。」
ある艦は、エネルギー中和磁場と装甲を貫かれ、熱と光の乱流がその艦内に席巻し、乗員とともに四散する。ある艦は、幸いにもわずかな距離差に守られ、光の槍が命中せずに雲散霧消する。
帝国軍の砲火が同盟軍旗艦ヒューベリオンの周囲の僚艦を貫き、爆破させ火球を生じさせる。ヒューベリオンの艦長アサドーラ・シャルチアン中佐の浅黒い精悍な顔に危惧の表情がうかぶ。
「司令官閣下、旗艦が前へ出すぎております。集中砲火の的となるおそれがありますので、後退を許可いただきますよう。」
「艦レベルの指揮は艦長に任せてある。中佐のよいように。」
ヤンは鷹揚に返事をしたが、 10分もしないうちに状況が変化する。帝国軍の一部が戦理にそぐわない突出をし始めたようにみえる。ヤンの用兵家としての直感が脳裏に走る。
「なんだってこんなに後退するんだ。指揮がしにくいじゃないか。」
と語気を強めてつぶやいてしまう。
「閣下!」
とたしなめるフレデリカの声で冷静さをとりもどす。
「敵の陣形が乱れている。チャンスなんだ。もっと全体の様子がつかめる位置まで前進してほしい。」
ヤンは、帝国軍の一部が明らかに他部隊との連携を欠いて突出し始めるのを改めて確認し、攻撃の好機を見出す。
帝国軍の部隊で突出していたのは、トゥルナイゼンである。
「あれは、ヒューベリオン、敵旗艦です。」
「突撃だ。魔術師の首をとるのはわが艦隊だ。」
「はっ。」
トゥルナイゼンの第一陣が砲撃をしようとすると
「後背より、第二陣です。」
「....衝突するぞ。」
「回避!回避!」
衝突回避システムを作動し、艦列が乱れる。
「よし、11時の方向の敵が乱れている。撃て!」
ヤン艦隊の砲火がトゥルナイゼンの艦隊に横殴りに降り注いだ。