Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第168話 さぐりあいです。

さて、ヤン艦隊は小惑星ルドミラを出発し、一路決戦場と目されるバーミリオン星系へ向かう。そこで止めないとあとがないのだ。

 

恒星バーミリオンは、赤色矮星のなかでやや大きめな星である。ときおり激しいフレア活動を示す閃光星で、大きさは太陽の半分弱で明るさは180分の1である。といっても明るさは月の5560倍弱はあり、フレア活動を起こすときは、光度は、通常の100倍から200倍に達する。すなわち太陽よりも明るく輝く場合があるのだ。

またそのときは、はげしく変化する電波やX線を発し、磁気嵐を伴う。同盟軍には5分~10分単位での観測結果の累積があり、それを戦闘に生かせれば有利に働くことが期待された。しかし、ふだんの見かけは、数々の旅行記に書かれているように「早春の小さな果実にも似た弱弱しい印象の恒星」であった。

 

アッテンボローにとって、神経がはりつめて緊張しているときに、のんびり薄暗く光を放つように思えるこの恒星が、不快さをさそったのかもしれない。思わず「頼りない太陽だな」とつぶやいてしまう。

「ここでローエングラム公を阻止しないとあとがない、」

ヤンがつぶやき、幕僚たちは、自分たちの魔術師と称される黒髪の司令官が黒地に銀の装飾をあしらった軍服を着ている元銀河帝国の初老銀髪、老練の宿将と話しているのをみるとき、安堵を覚えるのだった。

「索敵網はこんなところでしょうか。」

「そうですな。偵察隊はただ曲線的に逃げるのではなく、ワープトレースを消しつつ、パルスワープを繰り返せば時間が稼げるでしょう。」

「わたしもそう思います。まあ、数十分程度でしょうが。」

「そんなところでしょう。でも索敵後にそのわずかな時間でも優位にたてれば作戦をより綿密につめることができますからな。相手が相手だけに...。」

イゼルローンの同盟軍将兵は、メルカッツの人格、そしてヤンの留守中にイゼルローンを守った実績、そしてあの敵将ローエングラム公も評価する歴戦の宿将で、自分たちの司令官が賓客として遇するこの老将を自然に受け入れ、彼の姿を見て時計の針をあわせるようになっていた。

目の前に帝国と同盟を代表する名将がいるではないか!将兵たちは心の奥底で我々には勝利以外のなにものもないと希望と確信に満ちた安心感を強めることができるのだった。

 

「バーミリオン星系を一万の宙域に細分する。二千組の先行偵察隊で敵情をさぐるように。」

ムライ参謀長の指示により水も漏らさぬ索敵網が構築される。

30時間後、チェイス大尉率いるFO2偵察隊の一下士官が無数の光点の群れをとらえる。

「大尉、これをご覧ください。」

「!!」

大尉はうなづき、

「司令部に報せる。」

と答えた。

「FO2偵察隊、チェイス大尉より報告です。」

「よしつなげ。」

「MこちらFO2偵察隊。MASAB量子暗号送ります。」

MASAB量子暗号とは、量子コンピューターでようやく解析できる暗号がマヤ文字と古代南アラビア文字、線文字Bに変換され、それが意味をもっていたり乱数になっていたりして容易に解読できなくなっている。

「解析しろ。」

「敵主力を発見せり。位相は、00846宙域より、1227宙域方向をのぞんだ宙点で、わが隊よりの距離は4.6光分。至近です。」

 

一方の帝国軍も同盟軍の偵察隊をとらえる。

「敵のねずみを発見しました。」

「こちらの位置をおそらく知られたと思います。ブラウヒッチ閣下、敵のねずみを撃滅しますか。」

「いや、敵のねずみ数匹撃滅して、小功をほこらずともよい。それよりも敵を泳がせて敵主力の位置を割り出すのだ。」

 

同じころチェイス大尉も部下に命じる。

「おそらく敵に発見されただろう。直線的に帰るのは愚の骨頂だ、こちらの本隊の位置を知らせることになる。進路を計算し、パルスワープをワープトレースを消しつつ繰り返すのだ。」

「了解。」

 

「敵、ワープしました。」

ブラウヒッチは舌打ちしたが

「ワープトレースをかく乱しても、通常空間では、完全には消せない。いくつかの候補が絞り込めるはずだ。」

帝国軍は執拗にパルスワープのワープトレースを解析した結果を司令部に報告する。

「敵とは、バーミリオン星系で接触することになりましょうな。」

ラインハルトはうなづいてつぶやく。

「やはり...ここか...。」

「シュトライト少将を呼んでくれ。」

「御意。」

 

「シュトライト少将。」

「はっ。」

「おおよそだが敵の位置が知れた。250光秒ほど先だ。これで奇襲の可能性はなくなった。すぐには戦闘は開始されない。いまは緊張をほぐしておいたほうがいいだろう。

短いが三時間ほどの休暇を与える。飲酒も許可する。」

「御意。」

シュトライトが退出するとラインハルトは指揮官席に座ったまま目を閉じた。

 

同盟軍も同様だった。ただし、最高幹部は会議室に集合し、コーヒーをすすっている。ヤンのみが紅茶である。

「ローエングラム公は比類ない天才だ。正面から同兵力で戦ったらまず勝算は少ない。」

「かもしれませんな。しかしあなたもそう悪くない。直接手を下したのではないにしろ帝国軍の名だたる用兵巧者を立て続けに三人も手玉にとったではありませんか。」

「まあ、あれは運がよかったのさ。それに直接指揮を執ったミス・ニシズミとアッテンボローの功績さ。」

「はい。わたしも運が良かったとおもっています。」

ヤンもみほも幸運だったというのは本心だった。とくにヤンは幸運を使い果たしたのではないかという思いが一瞬脳裏によぎるのだった。

メルカッツは穏やかな目で息子のような年齢の青年司令官をみつめていた。これが民主国家の軍隊のあり方か、こういうやり方もあるのだなと感心していたのかもしれないし、単にヤンの指揮能力に感心していたのか、肯定的な視線ではあったが表立っては何も言わなかった。

会議は、実質的な意味よりも幕僚たちの精神的な安定のためといってもよかったが、それがすむとそれぞれ退室していったが、シェーンコップとヤンのみが会議室に残った。

ヤンは、シェーンコップをみてからその視線を一瞬外したが、また再び向き直って「勝てると思うかい、中将?」と口にした。

「あなたに勝つ気があればね。」

「わたしは、心の底から勝ちたいと思っているんだがね。」

「いけませんな。ご自分で信じてもいらっしゃらないことを他人に信じさせようとなさっては。」

ヤンは沈黙した。


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