Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
4月11日、ムライ中将をとおして半日間の休暇が伝えられる。
ヤン艦隊の駐留している小惑星ルドミラはたんなる軍事基地なだけで娯楽施設などはない。しかし、フレデリカは、この休暇をどうすごすかに思案にくれる必要はなかった。ヤンに私室へ来るように言われていたからである。彼女にとって「魔法がかかった夜十二時までの自由」のように思われた。彼女は、ごくわずかな化粧をなおして、ヤンの部屋に入る。
部屋の主は、表情の選択に困ったというようすで、しかめつらしく椅子をすすめた。
その第一声は、
「大尉」だった。
「はい。」とフレデリカは返事をする。聡明で普段冷静な彼女をして緊張のあまり階級が間違っているという反論すら浮かばずに反射的に返事をしている。ヤンはあわてたように「少佐」といいかえた。
「はい。」
10秒ののちふたたびヤンは美しい副官で想い人に声をかける。
「ミス・グリーンヒル」
「はい。」
10倍の敵に囲まれたときと同じくらいか、それ以上の勇気をふるっただろうか。黒髪の青年提督は、ふたたび美しい副官に声をかける。
「フレデリカ」
今度は、フレデリカも即答しなかった。返事をするまでに時計の秒針が6分の1周を刻む時間が必要だった。やがてヘイゼルの瞳をおおきくみはって、「はい。」と答え、
「11年間の時間をようやく取り戻せたようなきがします。元帥がわたしのファーストネームを呼んで下さったのは、エル・ファシル星系で命を救ってくださって以来です。憶えていらっしゃいますか?」
とたずねる。しかし当の黒髪の青年元帥、ヤン・ウェンリー、帝国軍がその智謀を恐れる名将は、このとき安物のからくり人形のように首を振る恥ずかしがり屋の一青年でしかなかった。
実は、フレデリカがヤンの副官になったときに同じような質問をしている。ヤンは11年前のエル・ファシルで、昼食を運んできた少女にお礼をいい、その少女はフレデリカと呼ぶよう、若い中尉に告げた。パンをのどに詰まらせたこの若い中尉に少女はコーヒーを飲ませ、紅茶のほうがよかったと言われているのだ。
やわらかくほほえむへイゼルの瞳の美人にヤンは頭をかるくかきつつ話しかける。
「フレデリカ、この戦いが終わったら...わたしは君より七歳も年上だし、なんというか、その、生活人としては欠けたところがあるし、そのほかにも欠点だらけだし、いろいろ顧みてこんなことを言う資格があるか疑問だし、いかにも地位利用しているみたいだし、目の前に戦闘を控えてこんな場合にこんなことを申し込むのは不謹慎だろうし...。」
フレデリカは呼吸を整えた。彼女はヤンの心情を把握した。想いが通じた喜びはあったがヤンといる時間が長いため、思いのほか落ち着いてはいたが、鼓動が早くなるのを自覚した。
「だけど言わなくて後悔するよりは言って後悔するほうがいい...ああ、こまったものだな、さっきから自分のつごうばかり言っている...要するに...要するに...結婚してほしいんだ。」
肺が空になるのではないかと感じるほどヤンは大きく息を吐く。フレデリカは、心に翼が生えて勢いよく飛んでいくような心地よさを感じた。この申し込みに対する答えをずっと考えてきたはずだったが、口をついて出たのは
「二人の年金を合わせたら老後も食べる者に困らないと思いますわ...それに...わたしの両親は八歳違いでした。そのことをもっと早く申し上げておくべきでしたわ。そうしたら...。」
フレデリカは笑顔をつくった。自然と喜びがにじみ出ている笑顔になった。しかし、相手-ヤン-が落ち着かない感じであるのに気がついた。
「あの...どうかなさいましたか...それに、本当によろしいのですか?ミス・ニシズミのことは?」
ヤンは首を振る。
「...たしかに彼女は、性格的にも魅力的な女の子だし、優れた指揮官であると思う。しかし、彼女の幸せのためには元の世界にもどってもらうのが一番だと思う。それに...。」
「それに?」
「それに...彼女は、どうしても戦友というか自分の分身というか妹という感じなんだ。なんというかユリアンの一つ上の姉のような...。それはともかく」
ヤンは、いかにもこれから教官から口述試問を受ける士官学校生徒のような深刻な表情に戻った。そしてベレーを脱ぐとそれに話しかけるように
「...返事をまだしてもらっていないんだが...どうなんだろう?」
「え?」
フレデリカはへイゼルの瞳をみはり、ようやく自分のうかつさに気が付いてほおを赤らめた。イエスかノーかについては、あまりにも明白だったので、思わず老後どうするかなどと口走ってしまうくらいまったく意識すらしなかったのである。
ようやくはやる心をなんとかおさえつけて答えることができた。
「はい...イエスですわ。イエスです。閣下。ええ、喜んで。」
ヤンはぎこちなく頷いた。
「ありがとう。なんというか...なんと言うべきか...。」
「みぽりん、どうしたの。」
みほは力ない笑顔を沙織、麻子、華、優花里、エリコに向ける。
「もしかして...ヤン提督のこと?」
みほはぎこちなくうなづく。
「わかってはいたの。」
「うん...そうだね。」
「でも、フレデリカさんとヤン提督の想いがかなってよかったとも思っているの。」
「そうだね...。お二人ともすごくよくしてくれたし。」
「みほさん。」
「華さん?」
「この体験は決して無駄にならないとおもいます。みほさんの気持ちにも気が付いていたと思います。」
「そうかなあ。」
沙織がませっかえす。
「今、花を咲かせられなくてもまた次の機会で花を咲かせられます。」
「西住殿。」
「優花里さん?」
「このたとえが正しいのかわかりませんが...。もう少しで見ることができなかった戦車にまた後日見る機会が与えられるよう願っているとそれがかなったことが何度もありました。きっと西住殿の願いがかなう日が来るとおもいます。」
「隊長」「みほさん?」
「麻子さん?エリちゃん?」
「島田愛里寿がこの世界に来ていたらしい。帝国軍で、キルヒアイス提督の艦隊にいたようだけどキルヒアイス提督が亡くなった直後から行方不明になったらしい。」
「どうやら元の世界に戻ったと推察される?元の世界に戻る方法がある?」
「その前にこれからの戦いで勝つか、生き残るかしなければならない。」
「わたし...。」
「みぽりん?」
「わたしの気持ちはかなわなかった。でもヤン提督の守りたかったものを守ってから元の世界にもどりたい。」
「そうだね。それしかないじゃん。」
沙織がほほえんで話をまとめる。
「わたしたちの歩んだ道が戦車道になるように、今いる場所で最善を尽くすことが元の世界に戻ることにつながっているとわたしは思う!」
「うん。」
みほは再び笑顔になった。
おなじころ、こちらはフレデリカにあこがれていた少年がキャゼルヌ邸に「重力に異常を感じさせる歩調」で入ってきて、その主に慰められていた。
「基本的にはめでたいことだ。ヤンに嫁のなり手があったんだからな。」
「どうして基本的なんて留保をつけるんです?」
「それは、お前さんが乾杯の前に一杯空けてしまった理由さ。あこがれていたんだろう?ミス・グリーンヒルのこと?」
「ぼくは、心からお二人を祝福しているんです。これはほんとうです。」
「それはわかっている。もう一杯いくか?」
「はい、薄く...。」
3/2,23:00p.m.(JTC)