Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第166話 金髪さんの仕掛ける「壮大な網」です。

エミールが最敬礼をして出ていくとラインハルトの心は急速に現実の好敵手に向かって収斂していく。金髪の若者が硬質の窓辺にたたずんで夜空を見はるかしつつ独語する姿は、メックリンガーなどがみれば、やはりこの青年、主君は、まさしく芸術品だと改めて首肯したところだろう。

「お前が望んだことだ。望み通りにしてやったからには、わたしの前に出てくるだろうな、奇跡のヤン。」

一瞬彼は幸福だった。彼が最大の至高の味方を失ってから一年半が過ぎようとしていた。そして彼は今、最大、最強の敵であり、宇宙一の用兵巧者の座を競う至高の好敵手を迎えようとしているのだ。

さて、4月4日、ウォルフガング・ミッターマイヤーが艦隊を率いてエリューセラ星域へ向かう。翌5日、エリューセラに隣接するリオヴェルデ星域にロイエンタールの艦隊が進発する。

金銀妖瞳の細面の青年提督は、旗艦トリスタンの艦橋にたたずみ、遠ざかっていく惑星ウルヴァシーをみつめながら独語する。

「全軍が反転してヤン・ウェンリーを殲滅する、か...みごとな戦略ではある、だが、反転してこなかったときはどうなるのだ?」

その独語は、口元のゆがみ程度のものにしか見えず、聞いたのはつぶやいた当人のみであった。

 

さて惑星ハイネセンでは、白狐とまで呼ばれ、帝国の弁務官までつとめたやや白みがかった金髪の伯爵のもとへ、「老練」の語を実体化したような歴戦の落ち着いた銀髪の老提督が訪れたのは三月末から四月初旬のことだった。かっての交渉巧者のはずだった元弁務官の貴族、銀河提督正統政府主席閣僚にして国務尚書は、あたかも蛍光塗料を塗りたくったような怒りと蒼白さとが混じった表情で、自分を見捨てるとしか思えないかっての銀河帝国軍随一の名将として知られた老提督をなじった。

しかし、かっての銀河帝国軍随一の名将、そして元ヤン艦隊において客員提督として遇された老提督は優秀な指揮官がもつ冷静さをもってこんこんと語るのだった。

「わたしがここにいてもなんのお役にもたてないでしょう。伯爵閣下のおんためにも、皇帝陛下のおんためにも。むしろヤン提督に協力してローエングラム公を打倒することに最後の活路をみいだしたいのです。閣下にはそのための行動の許可をいただきたいと思っているのですが...。」

レムシャイド伯は沈黙せざるを得なかった。幼い皇帝のことに一言も言及できなかった自己を恥じる心情に気が付いたようだった。老提督、ウイリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツが、銀河帝国正統政府宰相府を出ると若き彼の有能な副官ベルンハルト・フォン・シュナイダーが敬礼をもって帝国軍の軍服を着た5人の男たちとともに上官を迎えた。メルカッツは彼らを翻意しようかと一瞬考えたものの、その目の光に頡色の色を見て諦めた。こうして7人の軍隊がヤン艦隊に加わったのは、ヤン艦隊が進発した4月6日から4日後の10日のことであった。老提督は、再び顧問として迎えられ、自由惑星同盟における本来の居場所にもどったのである。

 

フレデリカが持ってきた資料を私室で読み進むうち、ヤンは、心の地平線に太陽が沈まされたかのような錯覚を覚えたくらい、ラインハルトの凄味を実感していた。資料には帝国軍の提督たちが進発したのにあわせてラインハルト自身の本隊も進発したことが示されていた。ウルヴァシーの強襲が先日行われたが失敗に終わってかえってそれが導火線になって壮大極まりない罠を完成しようとしている。

「おそろしい男だな。」

とつぶやかざるをえない。冷たい恐怖のしたたりが全身の細胞に浸透するかのようである。

帝国軍の諸提督たちが反転攻勢の限界点に達するには、およそ10日ほどかかるだろう。その時にラインハルトの本隊をたたくつもりだったが、それを待っていたらハイネセンが陥落してしまう。そうなってしまう前にラインハルトの本隊をたたかねばならない。その場合、諸提督が短期間、2日から5日ほどでもどってくるから一個艦隊同士の五分五分のはずが、包囲殲滅させられるというわけである。

つまり一個艦隊同士となる短時間のうちに比類ない名将であるラインハルトを倒さねばならない。しかもラインハルトは諸提督がもどってくるまで戦線を維持していればいいわけである。

「だれかかわってくれないものかな...。」

と独語せざるをえない。そのとき扉に遠慮がちなノックの音がしたので、リモコンを押してドアを開ける。そうすると栗色の髪の少女が緊張した面持ちで立っていた。

「あの、いいですか...?」

「ミス・ニシズミ...。」

ヤンは、入室を承諾した旨、身振りで同盟軍大将にまでのぼりつめた優れた指揮官である少女に伝える。

用件を問われると少女は身を乗り出して

「ラインハルトさんが全軍を分散させました。あの...どう、お考えですか?」

と問う。

「どう考えると言われてもな...。」

「あの...これは、ラインハルトさんが本隊を攻撃されたときにほかの提督さんたちが一気に反転して包囲してわたしたちを全滅させようという、そういう罠です。」

ヤンは五稜星のあるベレーを脱いで、一瞬天井をむく。

「ミス・ニシズミ、そのとおりだ。しかし、わたしは勝算のない戦いをしないことを

モットーにしてきたのは、ミス・ニシズミにはわかるだろう。」

「はい。」

「ラインハルトさんは、ヤン提督の狙いを正確によみとってさそいをかけてきていると思います。」

ヤンは少女の聡明さに舌を巻かざるを得ない。彼女は、少数のさほど優秀でない戦車、しかも相手よりも少ない戦車で無名の大洗女子を決勝にまで導いたのである。そのためには作戦で相手をうわまらなければならない。しかもその戦術センスが帝国軍との連戦でますます磨かれている。

「そのとおりだ。純粋に打算で考えれば、わたしの挑発に乗らずに一気に首都星ハイネセンに攻撃をすればいいのだ。おそらくその方が効率的だろう。なのに彼はあえてそうせず、私の、いわば非礼な挑戦に応じてくれたわけだ。」

「あの...。」

「なんだい?」

「帝国にすんでいる普通のみなさんのことを気遣っているってお聞きしています、でもヤン提督にとって、いちばん大切なものを大切にしてほしいです。」

「ありがとう。わたしが今考えているのはローエングラム公のロマンチシズムやプライドを利用していかに彼に勝つか、ただそれだけさ。ほんとうはもっと楽をして彼に勝ちたいんだがこれが最大限楽な道なのだから仕方ない。」

みほはこくりと一礼して退出した。

 


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