Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第165話 紙の束と赤ワインです。

そこには黒森峰の赤い縁取りに黒に近い緑がかった濃灰色のパンツァージャケットを着た西住まほと逸見エリカがいた。襟には帝国の階級章がついている。

提督たちは、その場にいなかった二人がはいってきて、やはりという気持ちを持たざるを得ない。普段は帝国軍の軍服に黒森峰の赤いプリーツスカートをはいている彼女らの決意がみなぎっているのを提督たちはひしひしと感じていた。

「ふたりにわたしの指揮下で黒十字槍騎兵艦隊を率いてもらう。」

「おそらくヤン・ウェンリーは、イゼルローンに駐留した全艦隊、そしてトータス特務艦隊とやらをつかってくるだろう。総数三万隻の兵力だ。その指揮官は、ヤン・ウェンリー、ゴールデンバウム朝の宿将メルカッツ、栗色の髪の小娘ミホ・ニシズミ、同盟の最高の指揮官たちだ。そういえば分かるだろう。これは、私だけの戦いではなく、彼女たちの戦いでもあるのだ。だから、栗色の髪の小娘と因縁のある西住中将と逸見准将にきてもらうのが筋だろうと考えた。小娘を倒すのにこれ以上ふさわしい人選はあるまい。」

提督たちはうなずかざるを得ない。しかしラインハルトの指揮があるとはいえエリカの敗戦と降格を知っている提督たちには本音で言えば不安がぬぐえない。

絶句したミュラーに代わってミッターマイヤーが進み出る。

「名将とはいえヤン・ウェンリーは、一介の艦隊司令官にすぎません。閣下御自ら互角の立場で勝負なさるにはおよびますまい。僭越ながら申し上げますが、どうかご自重なさり、戦局全体を見渡して壮麗なる戦略によって、われらの戦いを後方から督戦なさってくださいますよう申し上げます。」

「なるほど卿の意見は傾聴に値するが、このほどヤン・ウェンリーは元帥に昇進したそうだ。わたしも帝国元帥であるからには、彼と同格と言っても大過あるまい。」

「閣下と同格の者など宇宙のどこにもおりません。」

そう叫んだのはイザーク・フォン・トゥルナイゼン中将である。しかし具体的な提案はしなかったので、ラインハルトはそっけなくうなづいただけだった。ヒルダは、

(閣下の輝かしさに目を奪われている...。その輝かしさに目を奪われたこそ貴族連合に加わらず生き残れたのだけれど...)

と思う。

おさまりの悪い蜂蜜色の髪を持つ俊敏そうな青年が咳払いをする。疾風ウォルフの二つ名で呼ばれるウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将である。

「わかりました。閣下がお決めになったからには小官らに口をはさむ余地はないということでしょう。ただご深慮の一端をお聞かせ願えれば小官らも安心できるのですが...。」

「その点は考えている。一つ卿らの不安をはらってやるとしようか。」

「エミール、例のものをもってきてくれ。」

エミールは、赤ワインの瓶とグラスを運んできて、グラスにワインを満たし、うやうやしく主君である金髪の青年に差し出す。

グラスから赤紫色の液体が紙の束の山にふりそそぐ。

「さて...。」

ラインハルトは、しなやかな手つきで紙の束の山から一枚紙を取り除く。そしてさらに一枚、そしてまた一枚...そうやって取り除いていくうちに紙の束を見つめていた提督たちの顔に理解の色が加わり始めた。何十何枚紙を取り除いただろうか、ついにワインのしみとおらない紙があらわれて金髪の青年元帥は部下たちを見渡す。

「見るがいい、このように薄い紙でも何十枚も重ねればワインをすべて吸い取ってしまう。わたしは、ヤン・ウェンリーの鋭鋒に対処するにこの戦法をもってするつもりだ。彼の兵力はわたしの防御陣のすべてを突破することはかなわぬ。」

「そして彼の進撃が止まった時、卿らは反転して彼を包囲しその兵力を殲滅し、わたしの前に彼を連れてくるのだ。生死は問わぬ。彼の姿を自由惑星同盟の為政者どもに示し、彼らに城下の盟を誓わせるのだ。」

誰が音頭をとったわけではなかった。無言のうちに提督たちは一斉に敬礼した。

 

ヒルダことヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢がラインハルトに改めて面会を求めてきたのは夕食のあとであった。くどい、と言われるのを覚悟の上でヤンとの正面決戦を避けるよう進言しに来たのである。

「ヤン艦隊などに目をくれず、敵の首都星ハイネセンを陥として、同盟政府を降伏させるのです。そして彼らをしてヤン・ウェンリーに無益な抗戦をやめるよう命令させれば、戦わずして征服の実を達することができます。しかもこの方法は相手がヤンだからこそ有効です。」

「しかしわたしは純軍事的にはヤン・ウェンリーに対し敗者の位置にたつことになるな...。」

「....。」

「フロイライン、わたしは誰に対しても負けるわけにはいかない。わたしに対する人望も信仰もわたしが不敗であることに由来する。わたしは聖者の徳によって兵士や民衆の支持を受けているのではないのだから。」

「では、お望みのままに。わたしも旗艦にのっておともいたしますから。」

「いや、それはだめだ、フロイライン。あなたは戦場の勇者ではないし、そうでないからといって、あなたはいささかも不名誉にはならない。ガンダルヴァに残って吉報を待ってもらおう。今度の戦いは先日の比ではない。あなたに万一のことがあっては、御父君のマリーンドルフ伯に申し訳のしようがない。」

ヒルダは一礼して引き下がった。

 

ラインハルトの寝室で、ベッドを整えにきた少年が話しかける。

「ヤン・ウェンリーは逃げ回ってばかりで堂々と戦わない、卑怯だと思います。」

ラインハルトは、少年に対し、微笑をうかべつつ首を横に振った。

「エミール、それは違う。名将というのは、引くべき時機と逃げるべきときには逃げる方法をわきまえた者にのみ与えられる呼称だ。進むことと戦うことしか知らぬ猛獣は、猟師のひきたて役にしかなれぬ。」

 

「でも公爵閣下は一度もお逃げになったことがないではありませんか。」

「必要があれば逃げる。特に彼のような小兵力であった場合は必要に迫られることが多くなるだろう。幸いにもその必要がなかっただけだ。」

静かに諭すような口調で話す。

「エミール、わたしに習おうとおもうな。わたしのまねは...ふつうはできぬ。たった一人を除いて。それは、わたしの親友だった者のみが可能だった。しかしもはや、そのような者はおらぬ。かえって有害になる。だが、ヤン・ウェンリーのような男にまなべば、すくなくとも愚将にならずにすむだろう。いや...お前は医者になるのだったな。らちもないことを言ってしまった。」

ラインハルトは、遠くを見るように話していたが、少年に向き直る。

「もう寝なさい。子どもには夢を見る時間が必要だ。」

それは、かって幼い日に彼自身が姉に言われた言葉だった。

 


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