Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第123話 ゆさぶられているイゼルローンです。

さて、単座式戦闘艇(スパルタニアン)の格納庫で、撃墜王として知られるオレンジ髪の青年が怒りを抑えきれない様子であった。

「我々は、流浪の少年皇帝を助けて悪の権化である簒奪者と戦う正義の騎士というわけか。立体テレビドラマの主役がはれるぜ。」

笑おうとして失敗し、苦々しい怒りに任せて軍用ベレーを床にたたきつける。僚友のイワン・コーネフはあわれなベレーを静かに拾い上げて本来の持ち主に差し出す。

「だいたいなんだってわれわれがゴールデンバウム家を守るために血を流さねばならないんだ。ひいじいさんの代からいままで100年以上も戦い続けたのは、ゴールデンバウム家を打倒して、全銀河系に自由と民主主義をもたらすためだったんだろうが。」

「しかし、これで平和が到来するなら政策の変更もやむをえない。」

「平和?たしかにゴールデンバウム家と間に平和が来るかもしれないが、ローエングラム公との間はどうなるんだ?やっこさんにしてみれば面白い道理がない。怒り狂って攻めてくること疑いないぜ。」

「だからといって皇帝を追い返すわけにいくまい。ほんの七歳の子供だ。人道上助けないわけにはいくまい。」

「人道だと?ゴールデンバウム家の連中に人道など唱える資格があるとでもいうのか。初代のルドルフ以来連中がなにをしてきたか歴史の教科書を読み返してみるんだな。」

「先祖の罪だ。あの子供の罪ではない。」

「お前さんも正論家だな。いちいち言うことがもっともだ。」

「それほどではないが....。」

「謙遜するな。俺は皮肉をいっているんだ。」

撃墜王として知られる青年ポプラン少佐は、僚友からベレーをひったくると、怒りにまかせて乱暴に足を踏み鳴らして歩き去った。彼に並ぶ撃墜王である僚友は肩をすくめて苦笑してその姿を見送っていた。

 

さて、イゼルローンの司令部は、この事態をうけて、今後どう対処するか話し合うために招集された。

「たった七歳の子どもが自由意思で亡命などするわけがない。救出などといっているが大方誘拐されたとみるべきだろう。忠臣を自称する連中によって。」

キャゼルヌがそう発言すると賛同の声が複数の口から発せられる。

「それにしてもローエングラム公の出方が思いやられますな。皇帝を返せと言ってくるかそれとも...。」

ムライ少将が眉をひそめると、パトリチェフ准将が広い肩を不器用にすくめた。

「議長の名演説をお聞きになったでしょう。あれだけ大きなことを言ったら内心で返したくても返せるわけがない。」

シェーンコップが洗練された手つきでコーヒーカップを受け皿にもどして両手の指を組んだ。

「仲良くするんだったらいくらでも機会はあったはずで、相手が実質的な権力を失って逃げ出してから仲良くするなんて間の抜けた話じゃないですか。」

「結論からいえば、昨年のリップシュタット戦役で貴族連合とローエングラム公が抗争していた時に介入していれば、いくらでもこちらに有利な状況をつくりだせたのだが、ローエングラム公はそれに気付いたからこそ同盟軍内の不平分子をあおって救国会議政権を作らせたのさ。」

「そうですな。」

「分裂した敵の一方と手を結ぶには、時期も実力も必要です。だけど、いまはそのどちらもないんです。」

みほがそう発言したのを受けるように、ヤンがうなづいて話し始める。

「考えてみれば、ローエングラム公は、今回の皇帝の逃亡によって何も失わないのさ。まず、同盟国内の国論の分裂、逃げ出した皇帝に対しての民衆の敵意を増幅させることで国内の団結を図る、それから皇帝の身の安全を配慮する必要がなくなり、虐待者の汚名から自由になる。あと...。」

ヤンはみほをみて回答を促す。

「あの、皇帝陛下を取り戻す、助け出すと主張して、艦隊を同盟領に進めることができます。」

ヤンはうなづいた。司令部は慄然とし、重い空気におおわれた。

シェーンコップが彼には珍しく恐る恐る訊ねる。

「もしかしてローエングラム公がわざと皇帝を逃がした、あるいは、逃げやすい状況を放置したというわけですか。」

「おそらくそこは抜かりないから後者の形をとったんだろうけどね。」

重々しくヤンは返事をし、ユリアンの非難がましい視線を無視してブランデーを空になったカップに注ぐ。テーブルに置かれたブランデーの瓶をキャゼルヌがつかみ、中身を自分のカップに注いだ。それから酒瓶は、シェーンコップ、ムライと「旅」を続ける。

ヤンは、気づかわしげな視線で、移動していく酒瓶を眺めていると、背後に亜麻色の髪の被保護者の心配と非難の混じった視線を感じ取る。

例の亡命者たちと皇帝はフェザーンの正式な旅券をもって亡命したという。それを見逃したということは、ローエングラム公とフェザーンが秘かに手を結んだと考えるのに対して時間を要しなかった。ヤンは頭の芯に軽い痛みを覚えたが、その時、キャゼルヌとシェーンコップの会話が耳に飛び込んできた。

「首都では騎士道症候群がまんえんしているらしい。扇動政治家トリューニヒトの面目躍如といったところだ。暴虐かつ悪辣な簒奪者から幼い皇帝を守って正義のために闘おうっていうわけさ。」

「ゴールデンバウム家の専制権力を復活させるのが正義ですか...ビュコック提督に習って言えば、新しい辞書が必要ですな。反対する者はいないのですか。」

「慎重論もないではないが、口を開いただけで非人道派よばわりされてしまう。七歳の子供というだけで大方は思考停止してしまうからな。」

「17,8歳ほどの美少女だったら熱狂の度はもっとあがったでしょうな。民主国家とは言っても、民衆は王子様や王女様が大好きですからな。」

「昔から童話では、王子や王女が正義で、大臣が悪って相場が決まっているからな。しかし、童話と同じレベルで政治を判断されたら困る。」

 

「ところで、メルカッツ提督はどうなさるのですか?」

さして大きくもないその声がヤンの意識を会議室に呼び戻した。ヤンは幕僚たちに対して視線を一巡させ、発言の主がムライ参謀長であるのを知った。幕僚たちは、皆困惑していて、それを正面から質そうとしなかった。ひとつはヤンの手前もあったが、ヤン個人を頼ってきた亡命の客将自身がどのようにあつかわれるか、それからそれが同盟軍にとってプラスになるのかということだった。

「レムシャイド伯でしたか、亡命政府の首班の方は、メルカッツ提督の就任を拒否なさるとは思っていないでしょう。期待に背くわけにはいかないとおもいますが...。」

ムライの声は、皮肉や糾弾めいた響きはないものの、逃避や韜晦を許すような寛容さもなかった。亡命の客将は、一見眠たげに見える視線を質問者に向けた。


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