Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第13章 嵐の前ぶれです。
第122話 残念な演説です。


さて、8月19日、イゼルローン要塞の士官のラウンジである。

「ミス・ニシズミ」

「ヤン提督。」

「皇帝がさらわれて、行方不明だそうだ。」

「それってどういうことですか。」

華、沙織、優花里がヤンに問い返す。

「もしかして...。」

みほがこぶしを握ってなにかを思い付いたようにあごにあてるしぐさをして、ヤンを見つめた。ヤンと麻子がみほの発言しようとした内容を察して頷く。

「どうしたのみぽりん?麻子?」

と沙織が問い返した時、中年の士官が声をかけた。

「やあやあ皆さん。」

「バグダッシュ中佐。」

自他ともに認める諜報の専門家は、にやつきながらちょびひげをいじってみせる。

「ヤン提督。この情報はとっておきでしたかな。」

「そうだね。同盟領内に侵入か、亡命したという話はないかい。」

「極秘処理されていますが、フェザーン貨物船ロシナンテを通して複数名の帝国貴族の亡命者を最近受け入れたという話がありますな。」

「なにかありそうですね。」

華、優花里がつぶやく。

「いよいよということでしょうか。ヤン提督?」

みほがヤンに話しかける。

「ああ、近いうちに政府が何らかの動きをするだろう。」

そのときフレデリカが息をせききってとびこんできた。

「閣下こちらにいらっしゃいましたか。」

「大尉、どうしたんだい。」

「首都から緊急通信です。明日の午後、トリューニヒト議長が全同盟に向けて演説するから、全将兵は超光速通信を見るように、とのことです。」

「近いうちと思ったが明日か...。」

ヤンとみほはあからさまにげんなりしていた。華、沙織、優花里、麻子はそれをみて一瞬苦笑したものの、つぎの瞬間にはげんなりせざるを得なかった。

 

20日午後、中央指令室の大スクリーンにトリューニヒトの顔が大写しになる。

「同盟の全市民諸君、わたしは、最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトである。わたしは、全人類の歴史に大いなる転機が訪れたことをここに宣言する。わたしは、この宣言を行える立場にあることを深く喜びとし、かつ誇りとするものであります。先日一人の亡命者が身の安全を求めてわが自由の国の客人となりました。我が国は亡命者の受け入れを拒否したことはありません。多くの人々が専制主義の冷酷な魔手からのがれ自由の天地を求めてやってきました。しかし、この度の亡命者の名は特別な響きをもちます。」

ヤン、みほは、これほどまでにトリューニヒトの次の言葉を期待ををして待ったことはなかった。おそらく一生で最初で最後だろう。バグダッシュやイゼルローン司令部の面々もただらなぬ予感を感じ、かたずをのんでトリューニヒトの次の言葉を待った。

「すなわち、エルヴィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウム」

ヤンとみほは、すくなからずのけぞった。イゼルローンの司令部も130億とされる同盟市民も光も熱も音もないのに至近に落雷した感覚を覚えざるを得なかった。

画面に映った扇動政治家は、口元をかすかにほころばせながら、自分の言葉の効果を楽しむように数秒の沈黙を置いた。

ある者は呻きながら、ある者は声を出せずにスクリーンに映し出されている元首の顔を凝視していた。

「同盟の市民諸君。帝国のラインハルト・フォン・ローエングラムは、強大な武力をもって反対者を一掃し、いまや独裁者として権力をほしいままにしています。わずか七歳の皇帝を虐待し、欲望の赴くままに法律を変え、部下を要職につけて国家を私物化しつつあります。これは帝国内部の問題にとどまりません。彼の邪悪な野心は、我が国にも向けられています。全宇宙を専制的に支配し、人類が守り続けた自由と民主主義の灯を消してしまおうというのです。彼のような人物とは共存できません。われわれはここで過去の行きがかりを捨て、ローエングラムに追われた不幸な人々と手を携えてすべての人類に迫る巨大な脅威から我々自身を守らねばならないのです。この脅威を排してはじめて人類は恒久平和を現実のものとできるでしょう。」

ヤンはバグダッシュに言った。

「こんなにはやく中佐からの報告で感じた疑問の答えが出るとはねえ。」

そしてユリアンに言う。

「ユリアン、前から言ってるように人間恥を知らなければいけないよ。」

「提督、それってどういう意味ですか?」

「わが敬愛すべき国家元首殿はとんでもないババを引かされていることも気が付かずに得意げに演説をぶっているということさ。」

「同盟の情弱さをさらけ出したということですよ。私としても恥ずかしい限りですが...。」

バグダッシュが珍しく悔しそうな表情をする。

「提督、誰か映っています。」

ユリアンの声に振り向いてヤンとみほは再びふたたび画面に目を向ける。

画面に映し出された初老でやや細面で銀髪の人物は、次のように名乗った。

「わたしは、銀河帝国正統政府国務尚書ヨッヘン・フォン・レムシャイドです。このたび自由惑星同盟政府の人道的なご支援により祖国に正義を回復する機会と根拠地を与えていただき感謝にたえません。次にあげる正統政府閣僚である同志たちを代表して御礼申し上げます。」

そして閣僚名簿を読み上げ、画面上に映し出される。

「軍務尚書ウイリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将」

の名があげられたとき、イゼルローンの司令室では、いっせいに愕然とした視線が、亡命の客将に向けられ、視線の対象になった人物とその副官が自分たち以上に驚愕しているのを認めて

「閣下、これは...。」

シュナイダー大尉はおもわず上官の顔をみてつぶやいたが、自分たちに向けられた視線に気づいて無言の上官に代わって弁明した。

「どうか誤解しないでいただきたい。閣下も小官もこのことに対しては初耳なのです。なぜレムシャイド伯が閣下の名を出されたのかこちらが聞きたいほどです。」

「わかっている。誰もメルカッツ閣下がご自分で売り込まれたなどとは思っていないさ。」

ヤンの語調には、同盟政府やトリューニヒトを皮肉るときのそれが混じっている、シュナイダーをなだめると同時に、部下たちの心に沸き起こったメルカッツに対する不信感を牽制し、ふだんの空気に戻るよううながしたのである。

「わたしがレムシャイド伯とやらでも、メルカッツ提督に軍務尚書の地位を提供するだろう。ほかの候補など考えられないし、どうせこれだけの地位を与えれば異存ないと考えて一切話していないんだろう。」

「同感ですな。」「わたしもそう思います。」

いいタイミングでシェーンコップとみほが相槌をうってくれたのでヤンは安堵した。

ユリアンが怒った。

「提督のいうとおり、ほんとうに恥知らずですね。政府、いえトリューニヒト議長は。」

「うん、さっきは興奮して悪い見本を見せてしまったね。ユリアン。公の場で軍人は政府批判を慎まなければならないのにね。」

「そうですね。僕こそすみません。」

少年は、保護者の言葉で、我に返って冷静になった。


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