Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
イゼルローン駐留艦隊とヤンの混成艦隊はようやく合流を果たした。
「メルカッツ提督、お礼の申し上げようもありません。」
ヤンは、ベレーをとって深々と一礼した。通信スクリーンには、いぶし銀の名将がおだやかで満足げな笑みをうかべている。その背後では、「勝った、勝った!」という歓声と軍用ベレーが無数宙に舞っていた。
「西住中将が苦しいところ戦線を支えてくれました。」
「!!彼女は戻っていたのですか。」
「はい。彼女が戻っていなければ、帝国軍に押しまくられていたでしょう。ガイエスブルグの駐留艦隊に加えて帝国軍からも次々に援軍がきていましたから。いわば薄氷の勝利といったところです。」
「そうですか...。」
「それはともかく、今回の挟撃戦の最大の功労者を紹介します。」
銀髪の老練な提督の隣に若い亜麻色の髪の少年が現れる。
「ヤン提督、お帰りなさい。」
「ユリアンか...。」
「ユリアン君は、帝国軍のタイムラグによる各個撃破策を看破したのです。たいしたものです。」
ブーツ、ブーツ、ブーツ
ヤン艦隊にも、イゼルローンにも駐留艦隊にも警報がなりわたる。
「何事かな?」
「ガ、ガイエスブルグが動き出しました!」
報告するオペレーターの声に畏怖の響きが混じる。
このとき同盟軍の空気は歓喜から氷点下にまでさがった。完全に勝ってはいなかったと思い知らされたのだ。一方のケンプはそれを見透かしたかのように静かな自信にあふれてほくそえんでいる。
「ガイエスブルグ要塞はイゼルローン要塞に向かって急速に接近しています。まさか、まさかとは思いますが衝突する気では...。」
「気づいたな...だが、遅かった...。」
フレデリカはヤンのつぶやきに同情めいた響きを感じた。
「大尉、わかっているとは思うが宇宙船のエンジン推進軸は厳密に船体の重心を貫いていなければならないのさ。」
フレデリカの顔は一瞬明るくなったものの、ヤンの真意をおもんばかって喜色を消した。
スクリーンに映るガイエスブルグはだんだん大きくなりその巨体は同盟軍の将兵を畏怖させる。
一方で、一秒ごとに大きく映し出されるイゼルローン要塞をみつめるケンプは、逆転勝利の確信が一秒ごとに強まっていくのを感じていた。
「要塞そのものに艦砲は通用しない。進行方向左端にある通常航行エンジンを狙え!」
同盟軍の砲術士官たちは、コンソールにとびついた。
「「「目標のエンジンに狙点固定!」」」
「撃て!」「撃て!」「撃て!」
数千に及ぶ光条がたった一基の通常航行用エンジンに集中した。
件のエンジンが爆発するとガイエスブルグはバランスをくずしてスピンを始めた。
ガイエスブルグは、周囲の帝国軍艦艇を巻き込み、爆発がくりかえされる。帝国軍の船内と通信網は悲鳴と絶叫にあふれる。繰り返される帝国軍艦艇の船体の爆発や衝突はガイエスブルグの装甲にも影響を及ぼさずにはおかなかった。
「トゥールハンマー発射!」
トゥールハンマーが二回にわたって撃たれると満身創痍のガイエスブルグの表面にひびが広がっていく。ガイエスブルグ要塞もその駐留艦隊もなすすべもなく衝突、爆発を繰り返している。
「みたか!ヤン提督の魔術を!」
同盟軍将兵は歓喜の叫びをあげていた。
ガイエスブルグ要塞の内部は、火災、爆発がくりかえされ、熱と煙が充満している。
生者は汗とすすにまみれてせき込みながらとぼとぼと歩く足もとに、死者となった僚友が出血多量で血まみれ、または引きちぎられた死体となって横たわっている。
「全員退去せよ。」
爆発による壁面の破片がケンプの背中と脇腹に突き刺さっていた。
「閣下...。」
フーゼネガー参謀長が声をかけるとケンプは苦しげにまさしく「苦笑」のうめきで答える。
「見ればわかるだろう。おれはもう助からん。」
脱出用シャトルの専用ポートは修羅場だった。我先に乗ろうとする兵士たちが、レーザーナイフで乗りももうとする兵士の腕を切り落としたり、ブラスターで僚友のはずの兵士を撃ち抜いたり、血が飛び散るパニック状態になっていた。強引に飛び立つシャトルをハンドキャノンが撃ち抜いて炎上したシャトルが殺し合いをする兵士たちの群れにつっこんだり、あるシャトルは壁面に衝突したり、すさまじい地獄絵図である。
血が飛び散る風景は、膨大な熱量を発する白一色に変わる。
ガイエスブルグの核融合炉がついに爆発し、超新星のような激烈な光量の輝きがイゼルローン回廊全体を照らした。漆黒の宇宙空間のはずが昼間のようだった。
イゼルローンでこの様子を見ていた同盟軍兵士たちもあまりの明るさに目をそむけ、その状態は一分以上は続いた。
爆発光はじわじわとおさまり、宇宙空間が漆黒の闇にもどると、ヤンは、軍用ベレーを脱ぎ、敗滅した敵に対し頭をたれた。輝かしい勝利のはずなのにヤンは有頂天になれなかった。胸中には、達成感と疲れと安堵と悲しみがないまぜになった気持ちであり、ただため息を吐き出すしかなかった。
爆発の衝撃波は、ミュラーの旗艦も襲った。ミュラーは艦内を数メートルとばされ、計器や部品がむき出しの場所にたたきつけられ、けがの上にさらにけがが加わった。
肋骨が折れて肺を圧迫して声の出ない副司令官に変わり、兵士たちが軍医を呼んでくる。軍医の姿をみて、息を少しづつ吸い込んで、肋骨を押し戻すと砂色の髪を持つ細面の若き副司令官は、ようやく声を出すことができた。
「全治にどれくらいかかる?」
「副司令官は不死身でいらっしゃいますな。」
軽傷であるもののあちこちを負傷している軍医は感心と敬意とこういうときこその快活さをこめて答える。ミュラーも苦笑して軽くうなづき、
「いい台詞だ。まだ死にたくはないが、わたしの墓碑銘はそいつにしてもらおう。で、実際全治はどのくらいかかるんだ?」
「肋骨が4本折れています。それを接合固定しなければなりません。あと数か所づつの裂傷、打撲傷、擦過傷、それにともなう出血と内出血がございます。三か月はみていただくことになろうかと考えます。閣下?」
医務室へ運ぼうとするそぶりをみせる軍医に
「軍医どの、わたしはここで指揮を執る。手当は艦橋で行ってくれ。」
「わかりました。」
医療用装備を備えた特殊ベッドが艦橋にはこびこまれる。
軍医は、電子治療と超低温保存血液による輸血をミュラーに施し、鎮痛剤と解熱剤を注射されて容体を安定させた。