Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
ヤンがネグロポンティの前にいまにも辞表をたたきつけようと手を振り上げたとき、国防委員長の手元で緊急事態を告げるベルの音がけたたましく鳴り響いた。
「もしもし、わたしだ。なにごとかね?。」
ネグロポンティは、ヤンをにらみつけながら、いかにも不機嫌そうな声を送話器に向かって放った。
「国防委員長、緊急事態です。帝国軍が大挙してイゼルローン回廊に侵入し、戦闘が開始され苦戦中との連絡です。」
ネグロポンティは、愕然とし、蒼白になった。
「それは、本当か?」
電話の声は伝える。
「はい。4月10日に、帝国軍がイゼルローン回廊に、40兆トン規模の巨大移動式要塞をもって侵入して、最新情報によると帝国軍の要塞砲が数度にわたり発射され大きな被害が出ている、とのことです。」
「なぜこの時期になのだ。」
「それはわかりません。通信を傍受したいくつかの星系から同じ情報がもたらされています。帝国軍の陽動やガセとは考えにくいと判断されます。」
「続報があれば直ちにつたえるように。」
「はい。わかりました。」
ネグロンティは、受話器を置くと、その顔は蒼白で、ほおの筋肉はこわばった状態だった。査問官の面々に向け、
「一時、査問会は中止する。査問官の諸君は、別室に集合してくれ。提督はそのまままつように。」
容易ならざる事態が生じたことは明白に感じられた。査問官たちはあわただしく席を離れていく。ヤンはそれを無感動な視線で見送った。
別室にあつまった査問官たちは、ネグロンティから事の次第を知らされる。
「4月10日に、帝国軍がイゼルローン回廊に、40兆トン規模の巨大移動式要塞をもって大挙侵入し、戦闘が開始され、要塞砲の撃ちあいで大きな被害が出ているとの情報も入っている。」
「我々のなすべきことは、考えるまでもないだろうね。」
ホワン・ルイは冷静だった。この事態は放置できるものではないのは明白だった。
「査問会を中止してただちにヤン提督にイゼルローン回廊へ戻ってもらって、帝国軍を撃退させる、いや、していただくのさ。」
「しかし、それでは朝令暮改そのものではないか。たった今まで我々は彼を査問にかけていたのだぞ。」
「では、初志を貫徹して査問を続けるかね。帝国軍がここへ攻めてくるまで?」
「.....。」
「どうやら選択の余地はないようだな。」
「し、しかし、我々の一存では決められん。トリューニヒト議長のご意向をうかがわないと。」
ホワンは、ネグロポンティのひきつった顔を憐れむような視線で見やってつぶやいた。
「じゃあ、そうするがいいさ。5分もあれば済むことだし。」
ヤンはたいくつしのぎで、羊が一匹...と数え始めた。499、500...と数え終わったころ、
ヤンは数分前とは全く異なった深刻な雰囲気を感じた。
内心でみがまえるヤンに対し、ネグロポンティは告げた。
「提督、緊急事態だ。イゼルローン要塞が帝国軍の全面攻撃にさらされている。敵は、要塞に推進装置を取り付けて、大軍をもろともワープさせてきたというのだ。至急救援に赴かざるを得ない。」
「で、私に行けとおっしゃるのですか?」
「当然ではないか。君はイゼルローン要塞と駐留艦隊の司令官だ。敵の侵略を阻止する義務があるはずだ。」
「ですが、前線を遠く離れて査問を受ける身で、しかも態度が悪いので、くびになりかねません。査問会のほうはどうなるのでしょうか。」
「査問会は中止する。ヤン提督、国防委員長として、君の上司としての命令だ。ただちにイゼルローンに赴き、防衛と反撃の指揮をとれ。よいな。」
ネグロポンティの声は猛々しくも、語尾が内心の不安や怯えから震えていた。やっと自分たちが火薬庫の近くで火遊びしていたことに気が付いたのだ。幸いにも、まだ消火可能な見込みのようであったが。
「わかりました。イゼルローンに戻りましょう。」
ヤンの言葉にネグロポンティは、安堵の息をつき、それが査問会の会場の空気をささやかにふるわせる。
「あそこには、わたしの部下や友人がいますから。で、私は行動の自由を保障していただけるのでしょうね。」
「もちろんだ。君は自由だ。」
「では失礼させていただきます。」
すると査問官の一人が声をかけてきた。末席に座っていた男だ。
「どうだね。ヤン提督。勝つ見込みがあるのかね。いやないはずがない。君はなにしろ「奇跡のヤン」なのだからな。きっと我々の期待に応えてくれるはずだ。」
「できる限りのことはしますよ、」
ヤンは考え事をしつつも、わざとらしいくらいに大げさな身振りで服のほこりを払い、軍用ベレーをかぶりなおした。そして大股にドアの前まで歩いていくとふと気が付いたように振り向いて、
「ああ、大事なことを忘れていた。」
「帝国軍が侵攻してくる時期をわざわざ選んで小官を召還して査問にかけた件については、いずれ責任ある説明をしていただけるものと期待しております。むろん、イゼルローンが陥落せずに済めばの話ですが...では失礼。」
踵を返して、ヤンは不快で不毛な数日間を強制された部屋から出ていった。
査問官たちはヤンの出ていったドアを見つめていた。
「生意気な青二才め。自分を何様だと思っているのだ。」
「救国の英雄じゃなかったのかね。彼は?あの生意気な青二才とやらがいなかったら、いまごろ帝国に降伏して、よくて政治犯として監獄行きだ。こんなところで裁判ごっこにうつつを抜かしてなどいられなかっただろう。彼は我々の恩人さ。それをここ数日いびってきたわけだ。」
「しかし、あの態度は目上、我々政治家に対して礼をかくこと甚だしいではないか。」
「目上?政治家とはそんなに偉いものかね。我々は社会の生産に何ら寄与しているわけではない。市民の納める税金を公正かつ効率よく再分配するという任務を託されて給料をもらってそれに従事しているだけの存在だ。彼の言う通りよく言って社会の寄生虫にすぎないのさ。それが偉そうに見えるのは、宣伝の結果としての錯覚にすぎんよ。ただそんな議論よりも...。」
「もっと近いところで起きている火事を心配したらどうかね。ヤン提督が言ったように、彼を敵の攻勢直前に前線から遠ざけた責任、こいつを誰が取るかだ。辞表が1通必要になるだろうな。むろん、ヤン提督のものじゃない。」
複数の視線がネグロポンティに向けられた。ネグロポンティは、肉厚のほおをふるわせた。査問官たちは、ネグロポンティの肩書に「前」の一字を付け加えていた。それは彼らにとって認めたくない事実であった。その前国防委員長に、こっそり賄賂をおくったり、こびる態度で今の地位を得ていたからだった。