片思い的な僕ら。   作:肩仮名

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迎春アミーゴ

 

 

 

 

 

 キーボードを打ち込む度、体中の血液を一ミリリットルずつ抜き取られているかのような錯覚に襲われる。ゆっくりと遠くなる意識とは対照的に仕事の速度だけは高速化されて、将来機械系の物質に就職した時の予行体験をした。惜しむらくは、現時点で僕が生物として生存しているため将来機械になるつもりはないということか。

 カタカタという乾燥した音が薄暗い部屋に重なって重苦しい雰囲気を演出する。事務仕事からの逃避を込めた伸びを周囲の仕事状況の確認と共にすると、見慣れた赤色の頭の接近を感じ取った。

 

「フィアッテ、終わったよ」

「ん、ああ。じゃあ、そこらに置いといて。後で僕がチェックするから」

「はい」

 

 そう言って返事をするエリオを、穴が空くほど見つめる。

 そして、顎を指で挟み、肘を手に置いて考えるポーズ。

 

「どうしたのさ、変な顔して」

「いやさ、エリオって僕に対して敬語使わないよねって。非難とかじゃなく、キャロとは対照的だなあ、と」

 

 逆だったら良かったのに、とか思ったことも一度や二度ではない。

 まあ敬語を使うキャロも可愛いけど。とか多分色々と恋の病の末期症状のようなことも思い浮かべて、固まった身体をバキバキと鳴らしながら背中を掻く。鉛と合成されたような筋肉が痛覚で身体の不調を知らせてくるが、事務処理をしているとよくあることだ。気にせずに意識をエリオに集中させる。

 

「あはは、まあ、そうだね。立場上はフィアッテの方が偉いけど、今更敬語を使うってのもちょっとよそよそしい気がするし」

「六課成立当時からだから、かれこれ十年になったんだっけ?初対面から」

「十年間一度も喧嘩してないってのも、ちょっと自慢かな」

「考えも好みも全然違ってるんだけどねえ」

 

 条件だけ見てみれば、ある日突然僕がとち狂ってエリオに殴りかかってもおかしくはないはずなのだが、今のところその兆候は見られない。これもエリオの人徳なのだろうか。はたまた僕が平和主義の温厚な……いや、うん。どうだろうね。

 

「あ、そういえばこれ、新婚祝いの代わりだ。受け取ってくれ」

 

 差し出した右手には仕事の書類。キャロに関するささやかな復讐じみた書類の束は、にこやかな笑顔のエリオにはたき落とされて地面に落下した。バラバラと床に散乱する書類の量を見て、やる気が急速になくなっていくのを感じる。やる気なんて元から無いにも等しかったが、こういうのは気分の問題だ。

 

「新婚……あー、そういえば新婚生活はどうだよ。ルーテシアとか、はっちゃけてそうだけど」

「いいや、案外そうでもないよ。何というか……案外ちゃんと新婚生活してる、というか……こう、お風呂にしたりご飯にしたり」

「それとも私?」

「うん、それ」

 

 ……まさかマジでやってる奴がいるとは思わなかった。しかもやってる奴が僕の友人だった。

 戦慄と感心を交互に繰り返しながらエリオの惚気に小刻みな相槌を打つ。実際どうなんだそれ、とか考えて、キャロがエプロン付けてはにかみつつそれを言う様子を想像中。「………………………………んが」妄想だけで、頭の中がお花畑になって頭皮にも満開の花が突き抜けてきそうになった。破壊力は根となって脳細胞を駆逐するかのごとくである。

 

 エリオが疑問符を含んだ表情でこちらを見てくるが、そんな現実よりも絵空事の夢を見ていたいと眼球が反応を拒否したため、気にせず目を明後日の方向に飛ばす。

 

「フィアッテ隊長、書類終わりましたー。……あ、エリオ君、フィアッテさんと何話してたの?飲み会するんなら私も混ぜてね?」

 

 瞬時に現実への帰還を果たした。キャロと話している時点で夢見心地なので夢うつつの判断が難しい気がするが、キャロがエリオとも僕とも結ばれていないことを考えるに、僕の妄想ではなさそうだ。つまり、何一つ上手くいかない僕の愛しい現実である。涙が出てくらあ。

 

「ん、キャロ。いや、飲み会はしないけど……」

「でも、いいかもね、飲み会。何だったら、新婚のルーテシアも誘って……いや、どうせなら元六課の年少組全員誘ってみるか?」

「あ、いいかもしれませんね、元六課年少組同窓会!……ヴィータさんとリインさんは誘うべきなのかな」

「同窓会の趣旨を話さなければ誘ってもいいと思うけど」

「話したら絶対怒ると思うよ。特にヴィータさんとかは、自分がロリキャラをネタにするのはいいけど他人に言われるのは嫌だって公言してるし」

「それ、フィアッテが散々からかってたからなんじゃ……」

「若気の至りだ、許してやれ」

 

 現在進行形の過ちをさらっと流しながら、仕事をする部下を尻目に雑談を続ける。部下からの視線に多少の刃物が混じり始めた気がするが、こちとら奴らの三倍は仕事をしなくちゃならないのである。しかも、マルチタスクを全開にしても時間と手が増えるわけではないので、手間は正直あまり変わらない。敬えよこの野郎共とこの前部下に言ってみたら書類を投げつけられた。野郎共の中には女郎もいることを忘れるなという意味合いの抗議なのだろう。

 まあ、男女差別は僕の望むところではないし、異論はなかった。レディースデーとか女性割引とかも大嫌いだ。奴らはとにかく僕に安い値段で菓子を食べさせることを嫌う。局員かつ隊長格、さらに無趣味なので金には苦労していないが、出来る限り安い値段で物を買おうとするのは人間の本能だろう。

 

「……まあ、この前エリオとルーテシアの結婚式で集まったばっかだから、それほど新鮮味ないかもだけど」

「いえいえ、なのはさんたちがいないってのは結構大きいと思いますよ。嫌ってわけじゃないけど……こう、なのはさんやフェイトさんがいたらはっちゃけにくいですし」

「……ルーはどっちでも変わんないと思うけどね」

「ルーちゃんは毎日がエブリディだから」

 

 キャロが何を言っているかはわからなかったが、何を言いたいかは伝わってきた。

 ルーテシア。彼女は……うん、まあ、色々あった。具体的に言うと例えばヴィヴィオを士官学校に入れる際に色々協力して貰ったというか僕以上にやらかしてくれたというか。でも彼女は教会にさほど睨まれてないというのだから、世の中の理不尽を感じる。「仕事ぉしてくださいよぉー。隊長ぉたちだけ背筋伸ばして狡いですよぉー」世の理不尽を一身に背負ったような間延びした声が地の底から響いてきた。最近、脊椎後弯症を患っていることが発覚したという副隊長である。

 

 振り向いて雑な仕草で手を振る。長い付き合いである僕らに言葉はいらなかった。

 副隊長が天高く中指を突き立て、僕は親指を地面に向けた。

 

「……何やってんの?」

「パーフェクトコミュニケーション」

「いや……うん、完璧に意思疎通ができてるから正しいのかもしれないけどさ。仲が良いのか悪いのか……」

「僕は彼女にもっと仕事をしろと思っている。彼女も僕にもっと仕事をしろと思っている。心と心が重なっている僕と彼女は所謂親友では?」

「いえそれはどうでしょうね」

 

 キャロが半端に笑って僕の言葉を否定するが、その実そんなに仲良くはないし、だいたい合ってる。仕事を押しつけようとしたら断られるくらいの仲だ。無償の協力を前提とする友情にはほど遠い関係である。

 キャロの表情を見る。視線が若干エリオの方から遠ざかっていることを除けば、概ねいつも通りと表現できていた。挙動不審なのは目玉だけ。すいすい泳ぎ回る眼球にはそのうちヒレが付いて泳ぎ出さないかだけが心配だ。

 だがそんな忙しない眼球の動きも、結婚式の三日後の時点では顔自体がエリオを見ることを拒否していたことを鑑みるに、著しい進歩だとも思える。三歩戻って二歩進んだだけのようにも思えるけど、進歩は進歩だ。相手がキャロだということもあり、僕は素直に賞賛したかった。

 そして、渦中のエリオは台風の目も兼任しているようで、無風状態を維持しながら新婚の幸せオーラを放っていた。友人が幸せそうで喜ばしくもあるが、比較的独身の割合の多い自然保護隊内では目の毒となりうる光景だ。汚染状況によっては自然保護隊の一員として黙っていられないと、覚悟を拳に握り込んで毒物汚染の現状を見つめた。

 この前、昼に見かけたエリオの弁当の中身が犬も食わないほど糖分過多のバカップルに浸食されていたことを思い出す。急に熱が冷めるとも思えないし、しばらくは汚染が続きそうだった。

 ……思い出したら何だか苛ついてきたな。

 今度エリオのお茶の中にこっそり砂糖を混入させてリンディさん仕様に変えてやろう。

 

「あ、そういえばフィアッテはこう、気になる人とか、いない」「いないが」

 

 唐突に放たれたエリオからの大暴投に、食い気味に平坦な言葉を返した。この手の質問の返答を一身に背負う脊髄君が頑張ってくれたのは嬉しいが、些か気合が入りすぎだ。自然さよりも先に冷たさが強調されて、何かあったのかと思われてしまいそうだ。

 多分、結婚ってのはいいものだぜと言いたかったのであろうエリオは出鼻を挫かれたように数度目を彷徨わせると、キャロにその矛先を移した。

 

「あ、キャロはどうなの?誰か、いい人とかい」「いないよ」「あ、うん……」

 

 食い気味かつ冷淡な返答は伝染するのか、キャロも同様の返し。

 若干空気が重く淀むが、今のはさすがにないかなって思ったのでフォローも投げかけない。突っ込んでいくとボロが出そうだし、無自覚とはいえエリオも残酷なことをするものだと、他人事のように思うだけに留めた。

 僕の場合は……うん、もう慣れてるし。

 好きな人から恋愛相談を受けることも日常茶飯事だった。僕の演技力とキャロの鈍感力。どちらが優れていると見るべきだろうか。

 

「まあ、誰か好きな人がいたら人生充実するだろうけど、いなくても別に幸せじゃないってことにはなるわけでもなかろうよ。僕は恋人伴侶がいないと寂しい人という風潮に異議を申し立てたいと思います!」

「思います思います!」

 

 この前、行き遅れは嫌だと言っていたキャロが僕の言葉に同調を示した。

 その華麗な手のひら返しには、感嘆を漏らすばかりである。

 

「うーん、二人がそれでいいならいいと思うけど……。あ、二人が付き合うってのはどう?」

 

 溢れ出る幸せが頭の中まで浸食してしまったかのように、尚も諦めの悪いエリオ。冗談風味の口調を携えて、無自覚に僕への精神攻撃を開始した。いつから君はこんなに空気の読めない男になってしまったのだねとか似非紳士口調で返したくなるのをぐっと堪える。

 ……まあ、新婚で頭の中も幸せになってしまっているのだろう。多分しばらくしたら治る。

 

 キャロがエリオの言葉にしばしの停止を見せて、僕の方に顔を向けた。恐ろしいまでの無表情だ。何かを発しようとした僕の口がぱくぱくと虚しく空を触る。無音の唇から何かが伝わってくれたのか、キャロの表情が多少軟化して、きょとんとした表情になった。最初から男として意識されていなかったのような反応に地味に傷付きながらも、それを表に出さないように努める。ついでに、結婚式の夜のキャロの異常行動にも深い意味がないとわかって、安堵と落胆が入り混じった複雑な感情を抱いた。

 

「う~ん……どうだろう。あんまり意識したことなかったし……」

「僕も諸々の事情から生涯独身を貫く予定だしね。ほら、幸せな結婚生活繰り広げてる自分よりは酒飲んでフェイトさんの愚痴聞いてる自分の方が想像付くから」

「あ、フェイトさんも結婚できないことは確定なんだ」

 

 語った言葉に、特に嘘はない。僅かな望みもオリヴィエが打ち砕いてくれて、可能性がなくなり選択肢が確定したことを喜べばいいのか悲しめばいいのか。元々半分諦めていたようなものだし、変な期待を持たなくて済むようになったから良かったのだろうか。平行世界を垣間見るような目を持たない僕には判断が付かなかった。

 

「……私はさすがに……やっぱり一生独身っていうのはちょっと。三十歳になるまでくらいには結婚したいですね。……まあ、今はそういうの考えられないけど」

 

 僕の独身貴族宣言を聞いて、キャロはうーむと顎を摘みながら角度浅めに小首を傾げ、独り言と会話を合体させたように呟く。仄かに笑うような痛々しい表情を見て、目を逸らしたくなった。

 距離にして三メートルもないというのに、キャロが遠い。

 自分勝手に惚れて、勝手に内心を類推して、共感して、慮って。そのくせ、何もできていない。

 自分でも馬鹿じゃねーのかと言いたくなる自己分析の結果に、ここでこうして彼女と話している自分がとても恥ずかしいもののように感じて、逃げ出したくなる。

 しかしここは恥知らずの面目躍如。そんな恥など知ったことかとばかりに顔の表面にニスを塗りたくり、内心を外側に漏らさないようにしながら自然を装った。

 

「……さて、何の話してたんだっけ」

 

 若年性健忘症を隠れ蓑にして、話題の転換を図る。また、今回の案件とは別に、僕の記憶力は非常に貧弱である。半分くらい本気で医者に掛かることも検討しているくらいだ。

 

「えーっと……?あ、同窓会」

「隊長!私はお寿司が食べたいです!」

 

 ミッションコンプリートです、ボス。うむ、よくやったアリネールよ。ターゲットの表情から切なさのようなものが消えたぞ。

 脳内に潜む架空の上司からお褒めの言葉を賜り、床に散らばる仕事から目を逸らしながら一仕事が終わった後の一杯だとばかりにお茶を流し込んだ。新人が入れたお茶は、何だか変な味がした。新人だから慣れていないだけなのか、雑巾の絞り汁が混入しているからなのかは悩ましいところだが、できれば前者を真実に推したい。本当に嫌われてないよな……?

 深遠な命題に想いを馳せている内に、話題は転換する。

 

「でもこの間のヒヨコを頭に乗せた赤色の動物はちょっと怖かったかも」

「まあ、辺境の特定危険魔法生物の一種だしね。怖いというか危ないというか……。密猟者が何かしらのアクションを起こさない限り、今後関わることはそんなにないだろうから大丈夫だよ」

「でもあんなに強いのに密猟者が狙わない未来が見えないよ……。うう、最悪、あの生物の無人世界への運搬をウチが担当するんだろうなあ……」

 

 過程が飛んでいてどこから派生した話なのかがわからないが、どうやらこの前の仕事で遭遇したよくわからない魔法生物についての話のようだった。

 

「はあ、仕事したくない」

「僕もしたくない。エリオ、ちょっと仕事手伝ってくれ」

 

 肩を竦めて拒否を示すエリオ。

 キャロを見る。氷と鋼鉄の笑顔で躱された。

 誰か手伝えという念を視線に込めて辺りを見回す。副隊長が下手くそな口笛を吹き始めた。というか、副隊長の肩書き持ってるくせに一般隊員と仕事量変わらないのは何でなんだお前は。上から回される書類に僕が書かなくちゃいけないやつが多すぎるのは副隊長の仕業なのではないかと邪推が元気よく自己主張を始めた。いやだって何かやたら怪しい外見と口調してるし。

 

「僕が手伝っても三倍の量の書類が二・五倍になるだけだよ。フィアッテがやらないといけない書類ばっかりなんでしょ、それ」

「そうだけどさ、ほら、友情パワー的な何かでなんとかなるといいなと」

「カリムさんと同じことを……」

「ただでさえ頭痛いのに嫌な名前言わないでよ。気が滅入る」

「あ、それもこの前カリムさんにフィアッテの名前出した時の反応そのままだ。仲悪いように見えるけど、もしかして本当は案外相性良い?」

「ぶち殺がすぞ」

 

 眼球裏返して吐きながら悶死しそうだ。憤死でも可。

 相性悪すぎて一回転してるから見せかけの位置は重なってるように見えるだけだ。

 ていうか、友情パワー云々とかとち狂ったこと言ってたのか、カリムさん。やっぱり教会関連で迷惑かけ過ぎたかなと、ありもしない反省を掘り起こしそうになった。

 

「あ、やっぱり仲は悪いんですね」

「いや、外見は一応好みと言っても差し支えないんだよ?人格も尊敬できるし、特に目立った欠点もないとは思ってる。でも生理的に無理。向こうも似たようなこと言ってたし、仲良くはなれないさ」

 

 映画俳優の魂を憑依させ、オーバーリアクション気味に両手を広げて無理であることをアピールする。

 何せ、初対面で失礼なことをしまいと気を付けている状況での第一声が、互いに「うげ」である。こうなってくるともう、仲良くなろうと思うこと自体が相手への失礼に当たるのではないんじゃないだろうか。関わり合いにならなければいい人だねうふふで済むんだから、もうそれでいいだろうよ。

 ……とは言ってもお互い立場があるし責任もあるから、中々そうもいかないんだけど。

 目下解決する予定のない悩みを膨らませながら、散乱した書類を回収する。一瞬だけ、この書類を全部紙屑に変えてゴミ箱に捨てたらどうなるのかとか考えたけれど、そうすると僕の職まで捨ててしまうことになりかねないと思い直した。

 

 年を経るにつれて、色んなものにがんじがらめで、できないことが増えていく。

 昔は良かった、などと年配を気取るつもりは毛頭無いが、それでもしがらみがなかった昔は割と好き勝手動けてたよなあ、と懐古に耽る。具体的には、エリオを気にせずにキャロにアタックとかしてた。全く気付かれてなかったけど。昔も今も変わってないのはそんなところだけのような気もするから、何だか複雑な気持ちだ。

 

「────────」

 

 気だるさを隠さずに書類を整えていると、背中に視線を感じた。軽く頭を傾けて確認してみると、エリオが何かを言いたそうな目でこちらを見ていた。

 

「何かあるの?」

「いや、ちょっと……うん、これは余計かな。やっぱり、何でもない」

 

 おかしな奴だな、とは別に思わない。今のエリオは頭の中身が小春日和にハッピーな状態だから、どうせ余計なことでも言おうとして思い止まったのだろう。だが、思い止まったということはそろそろ春も終わりが近付いてるのかもしれない。口内から爽やかな南国の風を吹かせる常夏系エリオにならないことを切に願おう。

 

「何だよ、気になるな」

 

 会話に思考を介在させずに、完全に流れだけで切り返した。

 

「あー……?いや、よく考えたらここで言うことでもなかったかなとか。プライベートかつデリケートなことだし」

「ん、自分で言うのも何だけど僕って結構適当だし、僕が気にするような話題なんてほとんどないと思うんだけどな」

 

 キャロとカリムさんくらいだろうか。話だけで感情に直接アクセスしてくるようなものは。

 死んでもいいくらい好きな人と、死ぬほど合わない人。

 極端だよなあと頭を捻りながら、手首を上下に駆動させて気にしなくてもいいとジェスチャーで表現した。

 

「僕が気にするんだよ」

「…………おや」

 

 先ほどまで言葉のキャッチボールで危険球を連発していた色ボケ男の言葉とは思えない、気遣いと慈しみに溢れた言葉。これそんなに真面目な話題だったのかなとか思いながらも、エリオの瞳を凝視して視線の鍔迫り合いからの受け流しを試みる。当然、透過した視線に眼球を突き刺された。

 

「何さ、その気の抜けた声は。もしかして、僕が気を遣うのが意外だとか思ってる?」

「いや、桃色にボケてたエリオの脳細胞が急に元に戻りに出したんで、つい」

「色ボケしてたことは否定しないけどさ……」

「というかエリオ君、さっきまでは若干ウザキャラだったしね。こう……良く言えば幸せに満ち溢れてるというか、悪く言えば恋愛脳のスイーツというか」

「キャロまで!?」

 

 今までの鬱憤を晴らすかのようないい笑顔で、キャロが言い放つ。手は両方ともグッと握られ、音声をオフにすれば応援をしているのかと勘違いしてしまいそうだ。まさかキャロからも罵倒されるとは思ってなかったのだろう、孤立無援となったエリオは味方を探そうと目と首をしきりに動かしていた。

 そして、エリオの首がある一点で固定された。

 その目は静かに熱く燃え、ルーテシアに告白した日のエリオを思い出す様相となっている。話題が話題でなければ、思わずシリアスな雰囲気に飲まれてしまっていただろう。

 

「……副隊長!援護お願いします!」

 

 瞬間、室内の全員の視線が副隊長に向いた。不健康で脆そうな白い肌に数々の視線が突き刺さり、若干痛そうだ。あまりにも熱烈な視線が集まったものだから、彼女の顔面に日焼け止めクリームを塗りたくりたくなった。

 幽鬼みたいな形相でゆらりと副隊長が立ち上がり、曲がった背中を揺らしながらのそのそとエリオの隣まで歩いてくる。そしてしばらく風に揺れる柳のようにふらふら立ち尽くし、十分に注目が集まったところで副隊長が口を開いた。

 

「仕事ぉ、しろ」

 

 時刻は午前十一時二十三分。

 定時にはまだまだ遠いのだった。

 

 

 

 

 

 

 




Q.随分間隔が空いたけど?
A.一つ短編書こうとして断念したのと、あと普通に遅筆だから……

Q.エリオちょっとキャラ違くない?
A.ルーテシアが仕事帰りに週一くらいで裸エプロンで出迎えてくれたら浮かれる……浮かれない?





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