永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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91.『理想幹』へ、向けて。

 ナルカナ達に続いて環さんの部屋を後にし、ものべーに戻ろうとした、その時。ふと思い至った事があり「少し用を思い出した」と断って踵を返す。

 環さんに、時深、綺羅の三人は、突然戻ってきた俺に「どうしましたか?」と声を掛けてきて……そんな彼女達に、とある「相談事」を持ちかけた。

 話すことしばし。結果としては、「それならば、是非お手伝いさせていただきます」と色よい返事を頂いたわけで、ほっと一安心。

 環さんの答えに満足し、今度こそものべーに戻ろうと部屋を出た処に、どうやら待っていてくれたらしいアネリスにユーフィー、ミゥ達が居た。

 

「先に戻ってて良かったのに」

「ん……我々が待ちたかっただけだから、祐は気にするな」

 

 ルゥにそう言われ、まぁそう言う事なら、と歩き出す。

 それから直ぐにミゥが「どんな話をしていたんですか?」と訊いてきたが……別に隠し立てするような事でもなし、話してしまってもいいんだけど、どうせ後から説明するしなぁ……と言う事で、

 

「ものべーに戻ったら、ナーヤ達にも説明するからその時にね」

 

 そう言うと、「解りました」と言いつつもちょっと残念そうなミゥ。

 それからものべーに戻るまでの間、ナルカナの試練がどんなものだったのかを聞いた。どうやら俺の把握している“原作”と同じような内容だったようだ。

 

「ユーフィーもユウも居ないから大変だったよぉ……」

 

 とはワゥの談。お疲れ様、と、頭を強めに撫でてやると、ニパッと笑ってくれた。

 そんな話をしているうちにものべーに着き、真っ直ぐに生徒会室へ向かった。

 

「遅いぞ、祐。何をしておった、まったく……」

「すまん。実は、『理想幹』に向かうにあたって、皆に聞いて欲しいことがあるんだけど……」

 

 そう切り出した俺に、皆が視線を向けて来たのを受け、先程思い至った事を口にする。

 

「椿先生や学生達……戦う力を持たない皆にはこの世界に残ってもらって、『理想幹』には俺達だけで向かいたい」

「それは……」

 

 俺の発した言葉を受けて、世刻が複雑そうな表情を浮かべた。

 ……うん、言いたい事は解ってる。事ここに及んで、皆の……戦う力を持たなくとも、それでも固めた“決意”を踏みにじるような事を言っているんだから。

 

「……一般生徒にはこの世界に残ってもらう、ですか。……その考えに至った理由を訊いてもよろしいですか?」

 

 ぽつりと、話した俺の考えを反芻する様にカティマが言い、それに「ああ」と頷いて返す。

 

「前回の『理想幹』の戦いの折に、エトル達がものべーに直接兵を向けてきたのは覚えているだろ? 次は先の時より、確実に激戦になるだろうからな。流石にものべーの守護のために、戦力を割くのは得策じゃない。いくら前回よりも大幅にこちらの戦力がアップしているとしてもな」

 

 そこまで言った時に、タリアが不意に「ちょ、ちょっと待って!」と声を上げた。

 

「どうした?」

「えっと……サレス様と沙月が抜けた代わりに、希美とルゥが復帰。扱える属性から言ってもここまではいいわ。で、戦力アップって言う事は、貴方の復帰と、ナルカナの加入がそれに当たるんだろうけど……そんな、“大幅”って言うほどのものなの?」

 

 言いながら、タリアの視線の向かう先はナルカナとアネリス。その視線に対して、ナルカナは「ふんっ」不機嫌そうに鼻を鳴らし、アネリスは黙して語らずとも、やはりその表情は余り機嫌がよろしく無さそうで……俺としても、契約しているアネリスのことを軽く見られるのはやはり面白くはない。

 

「大幅かどうかと聞かれたら、間違いなく大幅……って言うか、今までと比べて雲泥の差だって言うぐらいの強化だよ。この時間樹じゃ神名とかで制限もあるけど、それを差し引いても、第一位とそれ以外の神剣じゃ、次元が違う」

「お、うんうん。流石は『調和』の担い手になるだけあって、アンタは解ってるわね!」

 

 タリアにした説明に機嫌を直したナルカナへ「そりゃどーも」と返し……やれやれ。

 

「とまあ、そんな訳で俺としては、戦う力の無い皆にはここに残って欲しいと思うんだよ」

 

 そう言った俺に、なるほどと頷くカティマ。

 と、くいっと袖を引かれたので振り向くと、ユーフィーが「もしかして」と問いかけてくる。

 

「その、さっき一度戻ったのって、それに関係したことですか?」

「ああ。環さんには、もし皆が残る場合『出雲』で保護してもらえるように頼んで、了承も得ている」

「……それに、精神的な事もあるか。『魔法の世界』を発ってからここまで、『未来の世界』、『枯れた世界』、『理想幹』と彼等にとっては過酷な状況の連続だった。そんな時に辿りついた、この『元々の世界』にそっくりな世界……維持し続けていた緊張感も途切れてしまっているだろうし、そんな状況で再び戦場に連れて行くのは、流石に危ない……か」

 

 俺がユーフィーの問いに答えたのに続き、ルゥがそんな意見を述べて、それを受けてナーヤはこくりと頷いた。

 

「ふむ……状況が状況じゃからな、致し方あるまい。ではその方向で進める様にしよう」

 

 

……

………

 

 

 その後開かれた全校集会により、俺の考えが学生達へと通達された。

 正直なところ、大きな反論があるかと思っていたんだけど……思ったほど文句も出ず、了承してもらえたのは僥倖か。

 どうやら前回の『理想幹』において、ものべーの中からミニオンが来るのを見ていたからの様である……とは言えミニオンに臆した、と言うわけではない。いや、無論ミニオン達が怖かったのは確かだけど、とは言っていたが。

 それよりもミゥとポゥ、そして駆けつけてくれたエヴォリアが、自分達を守る為に、圧倒的不利な、退く事の出来ない戦いに身を投じねばならなかった姿を見ていたからだと言われたのが予想外で……彼等は彼等で、戦う力の無い自分達が歯がゆかったのだろう。悔しそうに語る声が、酷く心に残った。

 ミゥとポゥは、そんな風に思ってもらえるのが何より嬉しいと。そんな貴方達だからこそ、私達も護るために頑張れたんだ。そう答え……その言葉に、涙を浮かべる者も居て。

 

「……私達は、貴方達と共に戦えた事を、誇りに思います」

 

 そう言うミゥとポゥの顔には、本当に、心からそう思っているのだろう、柔らかで、そして誇らしげな笑顔が浮かんでいた。それを受けて、更にうれし涙を流す者が居たのはご愛嬌か。

 その後は、皆が降りるための準備と、『出雲』の方でも迎え入れる準備があるために、俺達の──神剣組の出発は三日後と定めて解散となった。

 それから出発の日までの間には、色々と有った。

 その一つが、世刻とナーヤがナルカナを通じて『ログ領域』にアクセスし、そこで斑鳩の存在を確認したこと。

 とは言え明確に存在していたわけではなく、分解された『情報』として存在しているのを感じた、と言うことだそうだが。それでもナルカナが言うには、『ログ領域』に入りさえすれば、100パーセント確実に助けられる、と言う事で、皆のテンションも大きく上がったのは言うまでも無い。

 俺としても、“原作”から見て大丈夫だろうとは思っていても、やはり実際に確認が取れるまでは不安もあったので一安心だ。

 そして、これも世刻が、エトル達のあの未来を見ているかの如き行動の原理を暴いた事だろうか。そう、『ログ領域』のログを参照しての未来予測である。

 エトル達はログに残された俺達の過去の行動から、次にどのように動くかを予測し、あたかも未来を視ているかの如く行動していた、と言うものだ。

 それに伴って作戦が決められた。と言ってもそう難しいものじゃなく、『ログ領域』に載っている情報の少ない、外部存在であるユーフィーが指揮を執る、と言うものだ。

 

「そ、それならアネリスさんの方が、もっと少ないじゃないですか?」

 

 とは、任命されて驚いたユーフィーの言。確かにと皆が頷きかけたところで、アネリスがユーフィーへ声を掛ける。

 

「ユーフォリアよ。臨時とは言え部隊の長として指揮を執るのは、ぬしにとっても良い経験になる。失敗を恐れず、ここは引き受けて見るが良かろう」

 

 対してユーフィーは、少し悩んだ後、決意に満ちた表情で「……わかりました。私でよければ、精一杯頑張りたいと思いますっ!」と宣言する。

 そんな見た目そっくりな二人のやり取りが、やはり感じられる雰囲気の違いから、まるで双子の姉妹の様に思えて、ついつい頬が緩んでしまったのは二人には秘密だ。

 

「頑張れよ。とは言え、余り肩に力を入れすぎないようにな」

 

 そう言うと、「はいっ!」と満面の笑顔で返事が返って来た。なんと言うか、見ているだけで癒される娘だ。

 それから、校長室を掃除していたヤツィータが見つけた、サレスの置手紙。そこには『理想幹』再突入に当たっての手順が書いてあった。

 すなわち、再突入の際には一度『理想幹』を覆う障壁へ攻撃をぶつけ、それを合図にして60秒後、内と外から同箇所へ同時に攻撃を加え、障壁を破壊する、と言うもの。それを聞いてナーヤが、ふむ、と唸る。

 

「なるほど、内と外の両方から圧力を加えるのか。……しかしサレスがそれを書いたのは、前回『理想幹』へ突入する前じゃろう? つまりは、あの障壁の予想外の硬さが考慮されておらぬ」

 

 ナーヤのその言葉に、全員の表情が曇り──ああ、サレスからの伝言を伝えていなかったな。

 

「そういえば、サレスから伝言があった」

「何ですって!?」

 

 言った瞬間にタリアに詰め寄られた。怖いよおい。

 

「落ち着かんか、タリア。……それで、サレスは何と? と言うか、その伝言は何時受け取ったのじゃ」

「あ、ああ。ものべーで脱出する直前にな。サレスが言うには『二回目はそちらは波状攻撃にしろ』だそうだ」

 

 そう言うと、タリアに「もっと早く言いなさいよ!」と怒られた。ごめんなさい。

 ……ホント、サレスの事になると目の色が変わるなぁ……ともあれ、これでどうにか障壁を破る目処は立ったようだ。

 つまりは、内と外から衝撃と圧力を加えて障壁に大きな負荷を掛け、間髪居れずに大きな攻撃を加える事で、一気に打ち破るというもの。

 止めになるであろう一撃は俺が行うことになった。

 正直、アネリスがやった方がいいんじゃないかって思うけれど、その当の本人より「この機会に、妾との契約で自分の力がどれだけ上がっておるか、軽くでも把握しておくがよい」と言われたのだ。

 そんな理由で良いのかとも思ったが、アネリスが言うには俺の従来の『スピア・ザ・グングニル』でも問題なく突破出切るだろうとのこと。

 そして最後に、出発の前日にあった、ある出来事。

 これからの戦いには何の関係も無い、小さな、けれど、“彼女達”にとっては、とても、とても大きな出来事。

 その“報せ”が届いたのは、ミゥ達クリストの皆と一緒に、街に買出しに出てから戻った、その時。

 

「おお、戻ったか」

 

 街から戻り、校門をくぐったところで、そう声を掛けられた。声の方を向けば、ナーヤがぱたぱたと駆けて来ていた。

 「どうした?」と問うと、ナーヤは「それがじゃな」と前置きし、その視線をミゥ達へ向ける。

 

「実は先ごろ、ようやく『魔法の世界』と連絡が取れてな。まあこれも、『出雲』で座標を確認する事が出来たからなのじゃが……それでな、ミゥ達に言伝(ことづて)ある」

「私達に……ですか?」

 

 不意に出た自分達、と言う言葉に、きょとんとした顔で問い返すミゥ。

 そんな彼女にナーヤは「うむ」と頷くと、驚くべき内容を告げた。

 

「確かユーラと言ったか。言伝は彼女からじゃ」

「ユーラさんから? ……それで、何と?」

「うむ。……『クリフォードが見つかった。記憶喪失だけど、生きてる』だ、そうじゃ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミゥ達の動きが文字通り固まった。きっと余りに予想外の内容だったのだろう。「え…………?」と、異口同音に、五人ともが呆然とした呟きを漏らしていた。

 クリフォードと言うのは、確か……ミゥ達の『煌玉の世界』を守る為に戦った人物だったか。

 彼女達と共に戦い、当時のスールードの分体を滅ぼし、そして星の消滅に巻き込まれて散った……はずの人物。

 ……彼女達にとっての、本当の意味での『英雄』。そう、マガイモノなんかじゃない、本物の、主人公。

 

「ほん……とう、に?」

 

 余りの内容に力が抜けたか、崩れる様にその場に座り込んだミゥの、搾り出すような声に、「このような事で嘘を吐く訳がないじゃろう」とナーヤが返す。

 その瞬間──。

 

「……クリ、フォードさん……よかっ……よかった……」

 

 ぽろぽろと──零れ落ちる、透明な雫。

 純粋で、綺麗で、暖かな、喜びに満ちた涙。

 肩を抱き合い、大声を上げるでもなく、只喜びをかみ締める様に肩を震わせる彼女達。

 そんな彼女達の様子に、一瞬ちくりと胸の奥が痛むのは──寂しさと、羨ましさかと自分の心を自覚する。

 戦い始めてから、ほとんど常にと言って良いほど側に居た彼女達。

 その彼女達に、これほどまでに想われる──これから先、彼女達と共に居ることができるであろう“彼”のことが、羨ましく、この先の離別を実感してしまったことに対する寂しさ。

 ──けど、それを表に出しはしない。俺は、俺の選択を悔やみはしないと決めたのだから。この道を──アネリスと共に歩み、進む、永遠存在(エターナル)としての未来を選んだことに、後悔などはないのだから。

 ……雑念を振り払うように軽く頭を振り、しばしの間ミゥ達の姿を眺めていると、しばらくしてから落ち着いてきたのか、軽く目元を拭って皆が顔を上げる。

 

「……すまない。見苦しいところを見せてしまったな」

 

 若干恥ずかしそうに微笑むルゥに「気にするな」と返す。

 彼女達にとっての大切な人が無事だったことは、俺としても嬉しく思うのだから。それは確かに、先ほど心によぎったような若干の羨ましさや寂しさなんてのも有るけれど……安堵している部分もまた有って。

 俺とて、自分が彼女達に少なからず好意を持ってもらえていることは解っているし、俺の存在が彼女達にとって、多少なりとも支えになれているだろうことも。

 結局のところ、実際に“渡った”際に、彼女達の中の“俺”がどうなるかなんてのは解らないんだけど……最初から存在しなかったことに辻褄が合わせられるのか、それとも俺の代わりに“誰か”が置かれるのか。

 だから、例え“俺”が消えうせるのだしても──例え俺の代わりに“誰か”が添えられるのだとしても……俺の存在が“無くなった”としても、少なくともこれで、彼女達にとっての“心の支え”が無くなることはないのだから。

 彼女達の側に在って、彼女達を支えてくれる存在がいる。だから安堵した。

 

「……祐」

 

 そんな考えを遮るように、真剣な表情になったルゥが俺の名を呼んだ。

 

「きみは今何か好からぬ事を考えている様だが──」

 

 好からぬことって何だよと……って言うか、今しがた考えていたことが顔に出ていたのだろうか……なんて思っていると、立ち上がったルゥが──ルゥの周りにミゥ達が、俺のすぐ目の前まで歩み寄り、見上げてくる。

 

「確かにクリフォードは我々にとって掛け替えの無い相手だ」

「けど、祐さん。貴方も私達にとって、大切な人なんです。そう──少なくとも、クリフォードさんと同じぐらいに」

 

 ルゥに続いて言われたミゥの言葉に、一瞬思考が止まった。

 いや、そもそもなんで急にそんなことを? そう問い掛けた俺に、ゼゥがはぁとため息を吐いて、一歩詰め寄ってくる。

 

「貴方が考えてることなんて、顔見れば大体解るわよ。どうせ『これで自分が居なくなっても大丈夫』とか思ってたんでしょう?」

 

 そのものズバリな指摘に、返事に詰まった俺の様子に、ゼゥは「やっぱり」ともう一度ため息を吐いた。

 ……表には出さないようにしてた積りなんだが。

 

「──祐」

 

 その時、再びルゥが俺の名を呼ぶ。

 顔を向ければ、ひたと見つめてくる真摯な瞳と視線が絡む。

 

「あの時私が言った言葉、覚えているだろうか」

 

 ルゥに言われ、あの時の──屋上での会話が思い出される。

 ──例え忘れてしまったとしても、絶対に思い出す。思い出してみせる。だから、私は……きみの側で、きみと共に戦いたい。私は、きみの側に在りたい──

 

「あの想いは、私は決して違えない。この『凍土』(けん)に懸けて、あの時の誓いを破ったりはしない」

 

 ルゥの言葉に、他の皆も強く頷いて──嬉しい、と、思ってしまった。

 そしてそれと同時に、何となく気恥ずかしくなってしまって、思わず顔を逸らしてしまう。

 

「あー……えっと、ありがとう」

「ふふっ……どういたしまして」

 

 この先──この時間樹での戦いが終わった後に、俺達の旅路に彼女達も同道してもらう。そんな方法を探しても良いんじゃないだろうか。

 そんな考えが頭を過ぎり、我ながら現金なものだと思わず苦笑が漏れた。


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