永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
時深との一戦を終え、ユーフィーも負けはしたが、強くなったとお墨付きを貰った俺達は、皆と合流するために一度『出雲』へと戻ることとする。
転移門を抜けて出た俺達を出迎えたのは、『出雲』を守護する倉橋一族の当主、倉橋環。
「ただいま戻りました」と言う俺に対し、「お帰りなさいませ」と丁寧に返してくる環さん。
彼女は俺、ユーフィー、アネリス、綺羅と視線を動かした後、本来であればこの場に居ないはずであろう最後の一人でその視線を固定する。
「それで……貴女はそんな格好で何をしているのですか?」
その問いに「うっ」と一瞬唸った後、改めて今の服装の事を言われると恥ずかしいのだろう、俺の後ろに隠れる様に回りこむ時深。
「こ、これは仕方が無いんですっ! 祐さんが……」
「……祐さん?」
ちょっと意地悪かなーと思いつつも聞き返してみると、背後で「あぅ」と身を震わせる気配。
「ぅぅ……ご……ごしゅじんさま、が……」
「ご主人様っ!?」
うん、驚きますよねーなんて思いながら、何だかんだ言いつつ約束──と言うか罰ゲーム──を守って言い直す辺り、時深さんも律儀な人だなぁなんて考えに思わず「くくっ」と笑ってしまうと、「笑わないで下さいっ」と、ぎゅっと脇腹辺りをつねられた。
「……何でしょう……時深様が可愛く見えます」
「うー……確かにそうなんですけど……なんだか凄く複雑な気分です……」
そんな綺羅とユーフィーの声に、何度目になるか解らない小さな溜息が聞こえ、次いでぽつりとこうなった理由を説明し出す時深。
「……先日祐さ……ご、ごしゅじんさまを腕試しした際に、私が負けた事は報告しましたよね? それで、先程その……雪辱を晴らそうと再勝負をお願いしたのです。が……はぁ……その、勝負の前に祐……ご主人様が『負けた方は勝った方の言う事を一つきく』なんて条件を付けられまして。……うう……本当に、どうしてこうなったんでしょうか。そう、何もかもご主人様の
「……一体どんな負け方をした……って言いますか、何をされたんですか、貴女は?」
「裸にされて迫られたんですっ!! …………はっ! ……ぁぅ」
話しているうちにヒートアップしていったか、勢い込んで負けた理由を暴露した時深。相変わらず俺の後ろにいるので見えないが、直後の恥ずかしそうな声から察するに、きっと顔は真っ赤になっているんだろう。
それはともかく環さんから感じる空気が冷たい。それはもう途轍もなく。
「えっと……時深さん? その言い方だと俺が物凄く酷い事をした様に聞こえるんだけど」
「は、裸にしたのは事実じゃないですか!」
環さんの視線の圧力に耐え切れず、振り向いて言った俺の言葉に、勢い込んで反論してきた時深。んー……いや、確かにそれはそうなんですけどね。
「……はぁ……まぁ良いです。これも時深さんの綺麗な裸を見た対価だと思っておきますよ」
「っ! そ、そうやってすぐ上手い事言って誤魔化すんですから……もぅっ!」
時深が拗ねた様に、ぷぃっと横を向いて言った直後、背後からくすくすと笑い声が聞こえた。
何だと思って振り向くと、口元を押さえて楽しそうに笑う環さんの姿が。
彼女は俺達の視線に気付くと、「済みません」と小さく謝ってから、柔らかく微笑みを浮かべる。
「二人の様子を見てると……私の心配は杞憂の様で、何だか可笑しくなってしまいました。……青道様、時深をよろしくお願いします」
「……はい?」
「ふぇ……? ゆ、祐兄さん! それってどういう事ですか!?」
環さんの台詞に、何を言っているのか今一理解できなかった俺に、ぐいぐいと詰め寄るユーフィーってちょっと待て!
「ユーフィー、落ち着け! 俺にも解らん!」
そう返す一方で、環さんには時深が「ね、ねね姉さん! 何を言ってるんですか!?」と声を荒げていた。
そんな俺達の様子に、環さんは「あら?」と首を傾げ、
「てっきり、時深が青道様の処へ行くのかと。その様な格好をしていますし」
「こ、これは今日一日だけですっ!」
どこか楽しそうに言う環さんに対する、時深の慌てた声が響いた。
いやはや……何と言うか、実際に会う前に抱いていた時深のイメージが崩れる崩れる。
(……どう考えてもマスターのせいですね)
……ごほんっ。
とりあえずナナシの念話はスルーしつつ、さていつまでもここでこうしている訳にもいくまいと、世刻達に合流しようと思った矢先だ。
部屋の外から、がやがやと、複数の人と神剣の気配がした。
「む……戻ってきてしまったようじゃの」
ぽつりと言ったアネリスの言葉に、びくりと身体を震わせる時深。
咄嗟に逃げ出そうとした彼女の腕を、思わず掴んで抑える。逃がしてなるものか。
「は、離して下さい! お願いします!」
「だが断る!」
必至に懇願する時深。だが、無情にもその時は訪れた。
「環、居る? 入るわよ」
そう声を掛けて入ってきたのは、ルプトナに良く似た──いや、ルプトナが彼女を元にされているんだったな──黒髪の美少女。
第一位神剣たる『叢雲』の意思にして化身。他者を寄せ付けぬ圧倒的な力を持ち、『マナ』に相克する物質たる『ナル』を内包するが故に、同じ第一位神剣たる『聖威』と『運命』に、この『時間樹エト・カ・リファ』に封印された存在……ナルカナ。
そしてそのナルカナと、時深の視線が合って、数秒。
ナルカナは視線を切り、もう一度時深の顔を見て、今度はその服装を見て、
「ぶっ……あははははははっ!! なに、なにその格好!?」
腹を抱えて大爆笑した。
時深がその場に崩れ落ちたのは言うまでもない。
…
……
………
環さんの部屋にて、ナルカナから永峰の状態が説明される。なるべく時深の方を見ないように、笑いを堪えながらだったと言うのはご愛嬌だが。
……ちなみに時深は、やはり俺の後ろに隠れる様に座っている。……うん、何か段々可哀想になってきた。ごめんなさい。尚、ミゥ達には「あとでちゃんと事情を説明してくださいね?」とにこやかに言われた。怖い。
……永峰に関してだが、現在彼女を支配しているのは『相克』の意志であり、それが身体を自由にするのを防ぐために、『ファイム』の意識を呼び覚ましていること。
『相克』の標的である『浄戒』である世刻が起きている間は『相克』の影響も強まるので、その間はファイムが前面に出てきて蓋をしている。そのため、世刻の意識が寝ている、『相克』の力の弱まる時に、永峰が出てきて手紙を書けたこと。
そして永峰を今の状況から何とかするためには──理想幹に行かなければいけないこと、なんて事がナルカナの口から説明された。
とは言え最後の部分は大分怪しい言い回しで、皆からいろいろ突っ込まれていたが。
何せ言っている事がなぁ……いや、理想幹に行かねばいけないのは解ったんだが、。
「理想幹に行ってあれこれして、諸々すれば……」
とか、
「がーっと理想幹に行って、だーっとすれば希美は元通り。ナルカナ嘘吐かない」
とかだからな。散々皆にツッコミ入れられた挙句キレるし。理不尽の塊か。
そんなナルカナの説明と突っ込みが一段落ついた時だった。
「くふっ」
アネリスが小さく哂った。
その瞬間、一気に場の空気が重く冷え込む。
「……ちょっとアンタ、何笑ってんのよ?」
「いや何……『最強の神剣』とやらが、何やら随分と低レベルな言い争いをしておると思うて、の」
一色触発。
二人の剣呑な様子を、ハラハラと見守る皆。
そんな中、「なんですってぇ?」とナルカナがその場にすっくと立ち上がり、アネリスを睨みつける。
……何だろう、ナルカナが妙に好戦的な気がする。アネリスの言い分程度のものだったら、先程から皆にも言われてるんだけどな。
と思った所で、アネリスから念話が届いた。
(……まあ、あ奴にとって妾は相性最悪の相手じゃからな。妾の正体に気付いておらぬとも、本能的に嫌がっておるのやも知れぬな)
言われて、アネリスの能力とナルカナの攻撃方法を思い浮かべ──なるほど、と思い至る。
“原作”で見たナルカナの攻撃方法は、『剣で斬る』等と言った物理的なものではなく、基本的にマナの性質を変質させて攻撃に使用する方法だった
と言う事は──
立ち上がったナルカナに対して、アネリスは何も言わずに挑発する様に小さく笑う。それに対してナルカナは、その腕を大きく振りかぶった。
「このあたしに対してその態度。いい度胸じゃない? ……手加減してあげるから、とりあえず吹っ飛びなさい! 『ストームブリンガー』!!」
渦巻くマナは風の奔流となり、座ってナルカナを見上げるアネリスへと襲い掛かる。
彼女の周囲に居た皆は、俺を除いてざざっとその場を飛び退いた。うん、いい判断だ。
風の刃はアネリスと、その隣に居た俺を巻き込むように直撃し──
「ナルカナ様! 何をしているんですか!!」
「だって、アイツなんかムカつくんだも……ん?」
突然のナルカナの所業に声を荒げた環さんと、それに対してむぅっと頬を膨らませるナルカナだったが、その表情は驚愕のものへと変わった。
そう。
「……ふむ。どうやら本当に加減したようじゃの」
「なんっ……っ!?」
まるで何も無かったといわんばかりに、変わらずその場に座ってナルカナに視線を向ける、アネリスの姿があったから。
そしてナルカナは訝しげに、探るようにアネリスを見つめ──ひくっとその頬が引きつるのが見て取れた。
「……その能力、その言動、このマナの気配……あ、あんたもしかして…………」
「何じゃ、漸く解ったのか? くふふふっ……久しいのぅ、『
「ち、『調和』!? 何であんたがこんなところに居るのよ!?」
化身ではなく、わざわざ神剣の名前で呼ぶ辺りが何とも。
「“狭間”に封印されてたんじゃなかったの!?」と言うナルカナに対して、「此の者に出してもろうての」と、そっと俺の腕をとって言うアネリス。
ナルカナは俺の方へと視線を向け、「何よこいつ」と一言。そんな彼女へ、アネリスは不適に笑って言う。
「うむ。妾の
「な……なんでずっと封印されてたアンタに担い手が居るのよ!」
「くふっ……日ごろの行いと言う物じゃな。……羨ましいか、『ナルカナ』?」
「う、羨ましくなんて無い!」
何と言うか、この僅かの間に『吼えるナルカナ、いなすアネリス』と言う構図になっているのがよく解る。
……ナルカナにとってアネリスとの相性が最悪なのって、能力も去ることながら性格もそうなんじゃなかろうか。
その後、ナルカナの様子に「くふっ」と小さく笑いながら、「まあそう言う事にして置いてやるかの」と余裕綽々で言うアネリスに対して、
「い、いいから、とにかく理想幹に行けばいいの! ほら、
そう会話を切り上げて、部屋を出て行くナルカナ。対して今すぐ行くのかと、残念な気持になる俺。
「えー……っと?」
「どうなってんの?」と言いたげな、世刻の声がした。
そんな彼へ、「ナルカナも理想幹に一緒に行くってさ」と言ってやると、「そうなんですか?」と聞き返してくる。その直後、部屋の外からナルカナの声が響く。
「何やってるの、望! 早く来なさい!」
「本当だ」
ナルカナの様子に苦笑をしつつ、「今行く!」と返事を返し、立ち上がった世刻。
彼に続いて腰を上げ、環さんと綺羅の「ナルカナ様をよろしくお願いします」と言う声に──環さんは「考える事は我侭で、自己中心的ですが、戦闘になれば無類の強さを発揮します」。綺羅は「根はいい人なので」なんて言葉が続いたが──見送られて部屋を後に……する前に、くるりと振り向き、時深の正面に向き直った。
「どうしました?」と首を傾げる時深。
うん、どうせなら一日メイドを最後に味わっておこうと思いまして。
「行って来ます、時深さん」
言ったあと、期待した返事が返って来るかなーと思いながらじっと見つめてみると、始めきょとんとした表情であった彼女の顔が、「まさか」と言った風に変わる。
ちなみに──俺の周囲には、未だ他の皆が居て、どうしたのかとこちらの様子を伺っている。
「……もぅ……本当に、意地悪なひとです。……はぁ……えっと……うぅ……その、い、行ってらっしゃいませ、ごしゅじんさま……」
俺の言いたい事を的確に察してくれた時深に、うむうむと頷き──「何をやっているんですか」とミゥに怒られた。ごめんなさい。