永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

90 / 115
89.時深、受難。

 振り下ろされる『悠久』の光の刃と、振り上げられる『時詠』がぶつかり合い、火花を散らす。

 その反動に弾かれるように距離を取った二人は、同時に前方に駆け出し、再びぶつかり合う。

 二合、三合、五合、十合と剣舞を踊る二人の姿に、知らず感嘆の息が漏れた。

 そして、幾度目かのぶつかり合いの後、再び離れる二人。

 練り上げられていくマナ。対峙する二人から感じられるそれは濃密で、否応無く高まって行く緊張感に、ゴクリと己の喉が鳴ったのを感じた。

 次の瞬間──

 

「ゆーくん、力を貸して! 『プチニティリムーバー』!」

 

 上段からの斬り下ろし。

 ダッと駆け出したユーフィーが『悠久』一閃させ──その一撃は、空を切る。

 ユーフィーの攻撃を軽やかに(かわ)した時深が『時詠』を横薙ぎに一閃。

 

「くっ!」

 

 少し慌てたようにユーフィーがたんっと横に飛んでそれを避けるも、時深はさらに追い討ちを掛けるように連撃を重ねる。

 

「経験の差を甘く見ない事です。……そこっ!」

 

 絶え間なく振るわれる『時詠』。美しさすら感じさせるその連撃は、正に舞の如し。

 対するユーフィーは、何とかその攻撃を捌きながら、一瞬の隙を突いてマナを練り上げる。

 

「収束する世界、極限の時よ、全てを見通せ! 『コンセントレーション』!」

 

 防御力を上昇させるスキルだったか。

 詠唱からすれば、回避力を高めることによって相対的に防御力を高めるって感じだと思うが。

 案の定と言うか、精霊光の加護はユーフィーの集中力を劇的に高めたのだろう、先程よりも時深の攻撃を余裕を持って躱している。

 それどころか──

 

「最大の力を、最高の速度で…… 最善のタイミング!!」

 

 肉薄するように懐に飛び込んだユーフィーは、『悠久』を掬い上げるように振り上げつつ跳躍。そして重力を加えた振り下ろしの一撃を加える。

 初手の斬り上げで動きを止めて、追撃の一撃で大ダメージを与える連撃。

 

「思い切りの良い攻撃です。ですが──」

 

 時深によって受け流すように張られたマナ障壁を『悠久』の刃が滑り、ズガンッとすさまじい音を立てて大地を叩いた、その瞬間。

 

「そこっ!」

 

 技後硬直を狙った時深が符を投げつけると、それはユーフィーに当たると同時に時深の分身体となってユーフィーの背後へ降り立った。

 そしてその時には既に、時間を加速させた時深がユーフィーの目の前に現れていて──。

 

 

……

………

 

 

「ユーフォリア、以前会った時よりも随分と成長しましたね?」

 

 地面に横になって荒い息を吐くユーフィーへ、にこりと微笑みながら言う時深に対し、まだ起き上がれないながらも、それでも声は元気良く、ユーフィーもまた笑みを返しながら「はいっ!」と頷く。

 そしてこちらをちらっと見て、「えへへ」とはにかむユーフィー。

 

「……ふふっ。どうやら、この時間樹に来て、良い経験を沢山積んでいる様でなによりです」

 

 そう言ってその場にしゃがみ込み、優しくユーフィーの頭を撫でる時深。

 それに対して、気持ち良さそうに目を細め、くすぐったそうに笑うユーフィー。

 ……時深にとっても、彼女は娘みたいなものなんだろう。厳しくも優しく、大切に思っているのが良く解る。

 そんな彼女達の様子を綺羅とアネリスと並んで見ていると、時深が撫でる手を止めて立ち上がり、おもむろに己の頬を軽く張り、何やら「よしっ」と気合を入れた。

 何だ? と思った矢先、つかつかと俺の前まで来ると、その真摯な視線を向けてくる。

 むう、何か俺に言いたいことでもあるのだろうか。

 それにしても……改めて見ると、時深って美人だよなぁ。見た目もそうだけど、何よりも内面──魂の力、とでも言えばいいのか……内からにじみ出る様な澄んだ気配。こうして目の前に居ると感じられるそれが、とても綺麗に思える。

 

「……さん……祐さんっ! 聴いていますか?」

 

 何てことを考えていたら、どうやら時深の言葉が右から左に抜けていたようである。

 「すみません」と言うと、はぁっと大きな溜息を吐かれてしまった。いかんいかん。

 

「人が目の前で話しかけてるのに、何を考え込んでいたのですか?」

 

 そう訊かれて、思わず俺の口から出たのは、先程の考えが集約したような一言だった。

 

「いや、時深さんって綺麗だなーと」

「っ! な、何を言うんですかいきなり!」

 

 ストレートに誉められるのは慣れてないのかなーなんて思える程に、ぼっと赤くなった時深の顔。こんな表情は中々見ないなと思いつつ見ていると、慌てた様にぶんぶんと首を振る時深。

 その間に、休んで回復したのだろう、その場に起き上がったユーフィーが、とととっとこちらに駆けて来て、おもむろに俺の腕を取った。

 どうした? と言おうとしたところで、むぅっと上目遣いに睨まれ、

 

「……祐兄さんは油断するとすぐそれなんですからっ」

 

 ぷくっと頬を膨らませるユーフィー。

 ごめん、全然怖く無い。

 むしろ可愛らしいその様子に、くくっと思わず笑みが漏れたところで、

 

「もう! じゃれてないで、もう一度言いますから、ちゃんと聴いて下さい!」

 

 時深に怒られた。ごめんなさい。

 彼女はコホンと一つ咳払いをし、

 

「ぅぅ……改めてとなると言い難いですね……えっとですね、私ともう一回戦っていただけないでしょうか?」

「えっと……前回の雪辱を晴らす機会をくれ、と?」

 

 こんな事を言ってくるなんて、やはり前回の負け方は納得がいかなかったのだろうか。

 そう思いつつ問い返したところ、はい、と頷く時深。

 

「出来れば、前回のあの……私の袖を凍らせて砕いた魔法、アレは無しだと嬉しいのですが」

 

 そんな事を付け加えて来る辺り、あの負け方にはやはり余り納得はしていないのだろう。……気持は解らなくもないけれど。けど、ここで素直に頷くのは面白くない。

 

「良いですよ……と言いたいところですが……そうですね、どうせなら罰ゲームでもつけましょうか。『負けた方は勝った方の言う事を一つ聞く』みたいな」

 

 それなら良いですよと言ってみると、「うっ」と言葉に詰まる時深。と、その時、それまで黙って俺達のやり取りを聞いていたアネリスが口を挟んできた。イイ笑顔で。

 

「これ主様よ、そう余り無茶を言うでない。……そもそも“受けると解っている”罰ゲームを受けて立つ者が居る訳がないじゃろ?」

 

 そう、チラリと時深の方を見ながら、わざわざ「受けると解っている」と言う部分を強調した挙句、口元を押さえて「くふっ」と哂って言う。

 いやいやアネリスさん。幾らなんでもそんな見え透いた──なんて思った矢先、時深の表情は一瞬にしてムッとしたものに変わり、

 

「い、良いでしょう! その条件、受けて立ちます!」

 

 ……何て言えばいいものか。時深にとってアネリスって、相性最悪なんじゃないだろうか。

 

 

……

………

 

 

 向かい合い、互いに構えた俺と時深の間に、緊張が走る。

 さて──きっと時深は怒るだろうなぁ。

 

(そう思うのでしたら自重してください)

(うむ。ナナシの言う通りだな)

 

 そんなナナシとレーメの念話に苦笑しつつも自重はしない。口中にて紡ぐ言葉は始まりの鍵。

 

「イン・フェル レイ・ウィル インフィニティ……」

 

 対する時深は、その手に『時詠』を構えつつ──

 

「……倉橋の戦巫女にして混沌の永遠者。『時詠のトキミ』、参りますっ!」

 

 そう言い放つと共に俺に符を投げて来て、それと同時に弾ける様に大地を蹴る。

 俺は先んじて飛んできた符を、アネリスから右手で引き抜いたオーラフォトンの刃で斬り払い、次いで接近してきた時深に、空いた左手を向ける。

 

風花(フランス)──」

「……っ!」

 

 時深は何かを感じたか、俺の直前にて『時詠』を振り抜く事無く、弾かれた様に後ろに跳び退る。

 だが甘い!

 きっと時深の勘の良さからしてそうなるだろうと予測していた俺は、引き離されてたまるかと同じ方向へ踏み込んで肉薄し、己の内に篭めた魔力を解き放つ!

 

「──武装解除(エクサルマティオー)!!」

 

 次の瞬間、眩しい程の青空に舞い踊る多量の花びら。

 

「──……え?」

 

 カラン、と、石畳と吹き飛ばされた(・・・・・・・)『時詠』が、乾いた音を立てる。

 

「………………ぇ?」

 

 打ち込まれた魔法に堪える様に上げられた時深の手がゆっくりと降ろされ、そのまま視線も降ろされて。

 

「うむ。眼福」

 

 一瞬の静寂。

 

「き……きゃああああああ!!!」

 

 そして、悲鳴に次いで、パンッと乾いた小気味良い音が、俺の左頬から鳴り響いた。痛い。とは言えこれが対価と思えば安いものである。

 一方で、悲鳴を上げながら右手を振り抜いた当の時深は、きゃーきゃー言いながらその場にしゃがみこみ、身体を抱え込む様にして……その裸体を隠す。

 いやぁ、見事に決まったね。なんて思いながらその様子を見ていると、キッと見上げるように睨み付けてくる時深。

 

「あ、あれは使わないって言ったじゃないですか!」

 

 そしてそんな事を言ってきたので、俺はうん、と頷いてから、言葉を返した。

 

「使って無いですよ?」

「……え?」

 

 何言ってるのこの人? みたいな表情を浮かべ──ふと、何かに気付いたかの様に、その表情を強張らせる。

 そんな彼女の前に俺もしゃがみこんで視線を合わせ──一瞬びくっと、後ろに下がろうとして自分の状態を思いだしたか、その場に留まって涙目で見てくる時深へ、説明してやる。

 

「さっき時深さんが言ったのは、『あの時使った、私の袖を凍らせて砕いた魔法は使わないで』ですよね」

「ま、まさか……」

 

 たらりと冷や汗を垂らす彼女へ、にこりと微笑み掛け、

 

「あの時使ったのは、相手の装備を凍らせて砕く『氷結・武装解除』。で、今使ったのは……」

 

 俺の言葉を確認する様に、ギギッと、錆付いたおもちゃの様な動作で首を後ろに回す時深。そこに見えるのは──地面に落ちた『時詠』と……。

 

「相手の装備を花びらに分解して吹き飛ばす、『風花・武装解除』なもので」

 

 “あの時の”は使って無いですよ。

 俺と時深と、勝負の行方を見守っていたユーフィーと綺羅。その視線の先には、季節外れの花びらが風に舞っていた。

 

「……さて?」

 

 「そ、そんなのただの屁理屈です!」と抗議の声を上げる時深の、その露わになっている両肩にぽんっと手を置いてやると、びくりと身を震わせる。

 ……何だろう、凄くいぢめている様な感じがして……これはこれでイイな、うん。

 俺としてはこのまま続けても全然構わないのだが、なんて思いつつしばしそのまま、何も言わずにじっと見つめていると、「うぅ……」と唸る彼女。そして搾り出す様に、その言葉を口にしたのだった。

 

「……ま、参りました……」

 

 がくりとうなだれる時深に対し、俺は小さく「よしっ」とガッツポーズをとる。

 いやほら、やっぱりどんな形でも勝つのは嬉しいものですよ。はい。

 ……さて、それはそれとして本日のメインディッシュである。すなわち、勝負の前の約束事。『負けた方は勝った方の言う事を一つ聞く』。

 

「じゃあ、時深さん」

「……わ、解ってます。……うぅ、何を言われるのでしょうか……」

 

 未だ俺の目の前でしゃがみこみ、身体を隠しながら上目遣いで、不安そうに言う彼女に、俺が口に出すのは──。

 

 

……

………

 

 

「はぁ……もう、何だか祐さんと会ってからはペースを乱されまくりです。本当に……相性悪いのかしら。それに、ずるいですよ、服を脱がす魔法だ何て。有り得ません。悠人さんにしか見られた事無かったのに……第一、私の裸なんて見たところで大して良いものでも無いでしょう」

 

 その後、背後で服を着る衣擦れの音をバックミュージックに、そんな愚痴を聞かされる。いや、仕方ないっちゃ仕方ないんだが。

 とりあえず、憤懣(ふんまん)やるかたない、と言った時深の最後の言葉だけは「そんな事はないですよ」と否定しておく。

 

「またそんな調子の良い事言って……だって、その、私の……小さい……胸を見たって、楽しく無いでしょう? もうっ! 小さくて悪かったですね!」

「いやそんな、自分で言って自分でキレないでください……って言うか、時深さんみたいな綺麗な人の裸だったら幾らでも見たいですよ。男なら」

「っ! …………もう、まったく、仕方の無い人ですね」

 

 少々呆れ気味に──けれどどこか嬉しそうに──言われて、「も、もういいですよ」との声に振り返る。

 

「……いや何と言うか、トキミには同情するぞ」

「ですが……むぅ。マスターが望むのでしたら私も……っコホン」

 

 耳元で聞こえるレーメとナナシの会話に苦笑しつつ、時深の様子をじっと見ていると、彼女はおずおずと口を開いた。

 

「えっと……これで、宜しいのでしょうか…………その……えっと……ご、ごしゅじんさま」

 

 メイド服を着て。

 いやぁ、巫女服以外の格好の時深さんってのは新鮮だなぁ。

 ちなみに俺が言ったのは、時深の格好で解るだろうか。『一日メイド』。「今日一日俺のメイドさんになってね!」という警察署とかの『一日署長』とかと同じようなものだ。え、違う?

 レーメがいつも持ち歩いている『箱舟』──相変わらず、普段は何処にしまっているのか解らないのだが──の中にある屋敷には、フィアが普段来ているメイド服があるのでそれを借り受け、時深に着て貰った。

 流石に余り過激な事は出来ないしな。これぐらいが罰ゲームとしては妥当だろう。偶然にも彼女が着ていた巫女服が無くなってしまったことだし。いやあ、不幸な偶然だなあ。

 ……充分可哀想だって? はは、まあ良いじゃないか。

 

「あの、時深様?」

 

 なんともやるせない表情の時深に対して、綺羅がおずおずと声を掛ける。

 そんな綺羅へ時深が「何ですか?」と返すと、

 

「その、似合ってます、よ?」

「嬉しくありません!」

 

 一方でユーフィーは時深の様子を見ながら、ちらりと一度俺を見て、小さくぽつりと。

 

「……あたしも着てみようかな……」

 

 いや、止めないが。着たいなら着てもいいぞ? 俺は嬉しい。ユーフィーなら似合いそうだなぁ、なんて思っていると、疲れた様子の時深に一連の流れから『箱舟』の外に出ていたフィアが声を掛けていた。

 

「あの、時深さん?」

「……はい?」

「大丈夫です、そのうち慣れます!」

「慣れたくありません!!」

 

 ですよねー。

 ちなみにアネリスはさっきから笑いっぱなしである。酷いやつめ……まあ、俺も人の事は言えないだろうが。

 さて、トドメを刺しますか。

 

「時深さん」

 

 俺が声を掛けた途端、何を言われるのかと思ったのだろうか、ちょっとだけビクッとしてから「何でしょう?」と小首を傾げる時深。

 ……むぅ、何だか時深が可愛く見えるな。

 だがだからこそ、余計にいじめてしまいたくなるというのは、人間として当然ではないだろうか。

 そんな訳で、時深にとっての死刑宣告を口にする俺。

 

「それじゃ、ナルカナのところに行きましょうか?」

 

 瞬間、ぴしりと石化したように固まる時深。

 

「こ……この格好で?」

「はい、その格好で」

「絶対に嫌です!! ナルカナ様に三周期は笑われます!!」

「ははは。まあ良いじゃないですか。って言うか拒否権はありません」

「いやああ! 祐さんのバカぁ! 鬼ぃ!」

 

 ずるずると、手を引かれて引きずられる時深の声が、抜ける様な青空に木霊したのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。