永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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8.置かれた現状、降した決断。

「……先輩、本当に良いんですか?」

 

 そう質問して来たのは永峰だ。

 と言うのも、俺がカティマの村には行かず、学校に残ると言ったから出た問いなのだが。

 ……招待を受けたとは言え、全員が全員向かうわけじゃなく、体調不良だとか、外に出るのはまだ怖いだとか、理由は様々だけどカティマの村に行かない生徒達もいたわけで。

 そんな生徒達がいる以上、椿先生は残るとは言っていたし、カティマや斑鳩達も、この周囲にはミニオンの反応はないし、永峰も「ちょっとでも異常があったら、ものべーがすぐ教えてくれますよ」とは言っていたんだけど……。

 

「ああ。安全とは言っても、一応仮にも戦える者が残った方が、学校に残る生徒達も安心だろうしな。俺じゃあ大して安全の保証にはならないって言ってしまえばそれまでなんだけど。……ま、気にせず行って来い」

 

 永峰の問いにそう応えて皆を送り出し、俺もものべーの中に入る……と、椿先生が出迎えてくれた。

 

「……青道君、本当に良かったの?」

「……先生、永峰と全く同じ事言ってますよ」

 

 なんとも、気を使ってくれる様子に、思わず苦笑が漏れた。……いや、何だかんだ言ってもやっぱりありがたいもんだなーって思ってさ。

 そんな事を思いながら、

 

「曲がりなりにも戦える人間が居た方が、残ってる連中も多少は安心できるでしょう?」

 

 先ほど永峰に答えたのと同じことを説明するも、それでもやはり申し訳なさそうな顔をする先生。

 そこに、「まぁ、あいつらが戻るまで、俺も羽を伸ばさせてもらいますよ」と重ねて述べると、「しょうがないわね」と小さく溜め息を一つ。

 

「……そう、解ったわ。じゃあ、それまでゆっくりしてて」

「はい、ありがとうございます」

 

 俺の返事に「それじゃあね」と返し、校舎へと向かう椿先生を見送り、しばしの時間を明けて、俺もその場を後にした。

 

 

……

………

 

 

 深夜、外に出てグラウンドが見える位置に座り込み、空を見上げる。

 校舎から漏れる光を除けば人口の光など無いからか、空には一面の星空。けれど、夜空に詳しくない俺が見ても明らかに知らない星座が輝き、模様の違う月が地面を照らしていた。

 

「……マスター、大丈夫ですか?」

 

 しばしぼうっと空を眺めていると、不意にそんな声が耳元に響いた。

 ふと肩を見ると、ナナシとレーメが姿を現していて。

 ……まあ夜中だし大丈夫かな、と思いつつも、二人を手に乗せ、体で隠すように前に持ってきて、膝の上に乗せる。

 

「……ん~……自分で思ってるより、結構キテルみたいだなー……戦ってる最中は目の前の事に精一杯だから大丈夫だったけど」

 

 言いながら、二人の頭を撫でる。……うん、いい手触り。癒される。

 実際のところ、我ながら今回の集団戦における精神的な疲労は、結構なものだったようだ。何と言っても晩飯が一切喉を通らなかった。

 目を瞑れば思い出すのは、迫り来る敵の刃と飛び交う魔法、そして敵の声無き断末魔の声。

 それでも何とか持っているのは、きっとこうして傍に居てくれる存在と、唯一あった“良い事”のお陰じゃないだろうか。

 良い事、なんて言っても、別にそう大したことじゃない。そう、ただ単に──数日前、初めての実戦の時、ミニオンに斬られそうになっていた女生徒。彼女が俺の前にやってきて、一言言ってくれた、ただそれだけなんだ。

 

 ──あの時は、ありがとう。

 

 そんな、一言。

 けどそれだけで、何となく気持ちが楽になった気がするんだから不思議なものだ。

 

「……ん……まぁ、無理も無い。アーツと言う物が有ったとはいえ、言ってしまえば一般人が戦場の只中に突っ込んだようなものだ。吾としては、よくやったと思うぞ?」

「私も同意見です。あの乱戦の中で、殺し合いの初心者であるマスターが、生き残った事自体誉められてしかるべき事です」

「……うん、二人とも、ありがとう」

「私も、そう思います。……ご主人様はもっと御自分を誇るべきですよ」

「……うん、フィアも、ありがとう……って」

 

 気遣ってくれるナナシとレーメに礼を言ったところで、不意に背後に感じた人の気配。

 その直後に掛けられた声に返事をしてから気づいたが、念話じゃなくて声だった?

 と思って首だけ振り返り後ろを見てみると、箱舟にいるはずのフィアの姿が。

 

「おぉう……出てきたのか。っていうか出られたのか。誰かに見られなかったか?」

「大丈夫です、抜かりはありません! それと、別にあそこに括られている訳ではないですから、出られますよー」

 

 明日になって『真夜中に現れる謎のメイド!』なんて噂が立ったら……それはそれで面白いかもしれないが。

 それから結構長い間、夜風に当たりながら四人でとりとめもない話をして過ごした。

 その間も、やはり脳裏には戦いの光景が浮かぶのだけど。その度に察した3人が、それとなく気を使ってくれたりして。そんな三人の励ましに、さっきよりも心が軽くなるのを感じた。

 ……我ながら単純だとは思うけど……うん、悪くない。

 

「……ご主人様、どうかしましたか?」

「ん?」

「いえ、今笑ってましたから」

「……いや、辛い時に側にいてくれる人が居る俺は、幸せだなって思ってさ」

 

 ……ホント、悪くない。

 

 明けて翌日。

 朝一で戻ってきた斑鳩達に、昨夜カティマの村で有った出来事に対する説明と意見を聴きたいとの事で、体育館に全員が呼び出された。

 そこで説明された、この世界の実情。

 反乱により滅ぼされたアイギア王家。滅ぼしたダラバ=ウーザと言う男──ものべーで遠見をしたあの時、村で虐殺を行っていた男だ──と、アイギア王家の生き残り達であるレジスタンス──カティマ達の戦い。

 それに協力して欲しいと言われたと言う事。

 一方で、この世界より脱出しようにも、世界が意図的に、恐らくは神剣使い──ダラバ=ウーザ──によって閉ざされている為に出られないという事。

 一通りの説明がなされた後に改めて問われた、カティマ達に協力するか否かの問い。

 それに対して学園の皆が降した決断は──戦うこと、だった。

 ハッキリ言えば、ダラバによって世界が閉ざされ、やつを倒す意外にその原因を除けないのであれば、俺達には選択肢なんか無いに等しい。

 でも。

 それでもやはり、“流される”のと“自ら進む”のでは雲泥の差があって。

 皆が、“戦う”と決断したのは、きっととても大きくて、きっととても凄い事なんだろう。

 

 

……

………

 

 

 学園の決定をカティマに伝えに行ったところ、世刻が感極まった彼女に抱きつかれていた。

 その光景は、その場に居る全員の前で行われたために、それを見た一部の者の、世刻を見る視線が厳しくなる。……まぁ、気持ちは解るけどな。羨ましい。

 特にこう、雰囲気があっという間に荒んで言ったのは永峰で。

 

「バーカ。望のバーカ」

 

 むっとしながら世刻に対して文句を言う永峰。

 嫉妬と言うか拗ねてると言うか、まぁ可愛いもんだが。……折角なので俺も便乗しておこう。

 

「世刻のバーカ」

「先輩まで止めてくださいよ……」

 

 そんな世刻のげんなりした声にひとしきり笑った後、肝心のダラバの情報をカティマに貰う。

 ……どうやら、反乱を起こす前は「アイギアの飛将」とも呼ばれた、老練の戦巧者(いくさこうしゃ)ってやつらしい。しかも神剣の使い手としても有能であるとか。……強い神剣使いだってのは覚えていたが……いやはや、なんとも強敵だ。

 そんなのが相手であると解った以上、ハッキリさせておかなければいけないことが一つ生じてくる。それは俺達全員の共通認識であり、一度皆で頷き合った後、世刻がカティマに対して「それと、もう一つ、俺達の仲間のことなんだけど……」と言葉をかける。

 

「はい、何でしょうか」

「私たちと手を組むってことは、非戦闘員である彼等も巻き込むことになるの。万が一の場合、彼等だけは逃がすから。そのつもりでいてね」

 

 ……『戦争』において何を甘い事を、と言われるかもしれないが、こればかりは譲る事は出来ない。戦えない連中を無駄に危険に晒すわけにはいかないのだ。

 世刻から言葉を次いで説明した斑鳩に対して、カティマは神妙に、しっかりと頷いた。

 

「わかっています。望たちの大切な仲間です。私たちが命を張ってお守りします」

 

 そして、事態は動く。

 レジスタンスが補給拠点としていた、『アズライール』が陥落したとの報告。それに対して、カティマ以下レジスタンス達は、すぐに奪還作戦の発動を宣言した。

 地下に潜って活動を続けていたレジスタンスが、大々的に表に出ての作戦を決行する。

 それは偏に、カティマ達が『レジスタンス』から『アイギア王国軍』として決起することに他ならず、ダラバ率いるグルン=ドレアス帝国への宣戦布告に等しいものでもあった。

 そう……俺たちの、本格的な『戦争』の始まりだ。


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