永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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88.神剣の座す地、『出雲』。

「皆様、ようこそ御出で下さいました。皆様をナルカナ様の下へ案内する様に仰せつかっております、綺羅と申します」

 

 ものべーを降りた俺達を出迎えたそんな言葉。それを発した少女──綺羅は、ぺこりと頭を下げる。

 世刻達は初対面なのだろう、彼女に対して自己紹介をしようとするが、既に教えられています、と止められた。

 それに対して、自分を指差して「ボクのことも?」と問いかけるルプトナに、「はい」と頷く綺羅。

 

「ルプトナ様、ですね。皆様が精霊の世界と呼ぶ分枝世界で出会い、仲間になったと伺っております」

 

 その答えに、名前や特徴だけじゃなく、結構細かい事情まで聞いてそうだな、と驚く俺達。

 そんな俺達を一度ぐるりと見回し──目が合った。

 

「……ぁ」

 

 小さく声を漏らした彼女の頬が若干赤くなり、誤魔化すように小さく頭を下げてくる綺羅。

 その彼女の様子に、先日は少々調子に乗りすぎたかと反省……しつつも軽く手を振ってみると、一瞬微笑んで尻尾がぱたりと揺れた。

 

「それでは此方へ。ご案内いたします」

 

 そう言って、先導し歩き出した彼女に続いている最中、世刻達は綺羅の耳と尻尾が気になっている様で、ひそひそと話をしている。

 ちらりと聞こえてきた会話の流れは「ナーヤの親戚?」とか「犬っぽいのと一緒にするでないっ!」とか「似たようなものじゃない?」なんてものだったが。。

 一方で、俺の隣にすすっと寄ってきたヤツィータが、にやぁっとした笑みを向けてきた。何だその目は。

 

「ねえ祐君。さっきの彼女、なんとも意味深な反応だったけど……どんな関係?」

「けふっ」

 

 そんなヤツィータからの質問が飛んだ瞬間、先頭を歩いていた綺羅がむせる様に咳をした。

 ……聞こえたのか。結構小声だったんだけどな……と思ったが、彼女は狗神(いぬがみ)。きっと鼻だけじゃなく耳も良いのだろう。

 事実、他の誰もこちらを気にする様子も無く、突然咳き込んだ綺羅の様子を伺っている。

 カティマに「大丈夫ですか?」と問いかけられた綺羅は、少し慌てつつも、こくりと頷くに留まった。

 

「えーと……まあ、少し面識が」

 

 ヤツィータにそう返事をしてから、ちらりとこちらを見た綺羅に苦笑を返しておく。

 ヤツィータはそんな俺達の様子に何を思ったか、小さく「くくっ」と含み笑い。

 

「いやぁ……若いって良いわねぇ」

「ふむ……ヤツィータはオバサンっと……」

「何ですってぇ!?」

「自分から振っといてキレるなよ……」

 

 そんなやりとりをしつつ前方へと視線を向けると、丁度スバルが綺羅に「失礼ですが、その耳の事なんですけど」と訊ねたところだった。

 

「スバル君ってば、ストレートに訊くわね……」

 

 苦笑気味に発せられたヤツィータの言葉に、まったくだなと頷いて返す。

 まあ、綺羅は自分の姿──耳や尻尾──自体に忌避感は無いだろうから、大丈夫と言えば大丈夫なんだろうが。

 とは言え、さっきの俺とヤツィータの会話が聞こえてたってことは、他の皆の話も聞こえてたってことだろうからなぁ……余りいい気はしないんじゃないだろうか。

 

(……出会って間もない時に、おもむろにその尻尾にちょっかいを掛けた者の言えることでは無いと思うぞ)

 

 そんなレーメの念話が聞こえた気がするが、うん、気のせいだろう。

 

「これは狗神族の証です」

「わ、やっぱり犬なんだぁ」

「ふん。言うたじゃろ。わらわと一緒にするでないっ」

 

 案の定と言うか、特に躊躇う事無く答える綺羅に対して、ルプトナが楽しそうに、ナーヤと見比べて声を上げる。

 ってかナーヤ、自分が猫系だからって、そんな対抗意識燃やさなくてもいいじゃないか。

 ……って言うかお前ら、綺羅の尻尾は極上の一品だぞ。

 

「……ついてきてください。遅れた者は置いて行きますので」

 

 流石にむっと来たのだろう。スタスタと歩調を速める綺羅。

 やれやれ、後で謝っておくかと内心溜息を吐きつつ、少し慌てて彼女の後に続く。

 そして進むことしばし──。

 

「こちらへどうぞ」

 

 そう言って綺羅に通された一室。そこには一人の女性が俺達を待っていた。

 長い黒髪を後ろで一つに纏め、赤を基調とした服に身を包んだ、綺麗な女性。

 彼女は静かにこちらに礼をすると、良く通る声で言葉を紡いだ。

 

「ようこそ御出で下さいました。私はここ、『出雲』を守護する倉橋一族の当主、(たまき)と申します」

 

 

……

………

 

 

 通された一室にて、環より説明を受ける俺達。

 彼女達が俺達のことを知っているのは、ナルカナがずっと──元々の世界の時から──見ていたからであり、また、サレスとも直接の知り合いであること。

 彼女達はナルカナにここを守護するよう命じられており、またそのナルカナの意志を遂行するために多数の世界へ渡るため、そのときにサレスとの協力関係が生まれたらしい。とは言え、彼女達の事は他の旅団メンバーには言っていなかったらしく……知らされていなかったことにタリアがショック受けてた。ご愁傷様である。

 そして、「で、結局ナルカナって何なのさ」と言うルプトナの問いに、環が答える。

 

「ナルカナ様は神剣の化身。神獣の様に神剣の一部が分離しているのではなく、神剣そのものが人の形を取っているお方です」

 

 その環の言葉に──バッと、一斉にアネリスの方を見る皆様。

 そんな俺達の様子に、きょとんとした顔で「どうしました?」と疑問を浮かべる環……あれ?

 

「えっと……時深さんや綺羅からは何も?」

 

 そう聞くと、彼女は「ああ」と言う顔をしたあと苦笑を浮かべ、

 

「時深からは……『直接会って、見て、感じた方が早い』と」

 

 そんな俺達のやり取りに、「先輩、どう言うことですか?」と問いかけてくる世刻。

 

「ああ、世刻達が会う前日に、時深さんに会ってたんだよ。……悪いな、お前の人となりを見たいからって、口止めされてたんだ」

 

 世刻にそう説明したところで、環がアネリスへ向き直り、

 

「では……貴女がアネリス様、でしょうか?」

 

 環の問いに、「うむ」と鷹揚に頷くアネリス。そして一歩前に出ると、抑えていたその『気配』を、少しだけ解放した。

 ごくりと、環の喉が鳴る音がした気がするほどに、緊張の度合いが伝わってくる。

 

「何、妾もまた『神剣の化身』であるに過ぎぬ。そう……ナルカナ……あ奴と“同じ”、のぅ」

「では、貴女様も……」

 

 「くふっ」と小さく笑みを漏らすアネリスと、緊張に身を強張らせる環。

 そんな彼女に、アネリスは「そう強張るでない」と言いながら『気配』を抑えた。

 

「ああ、あ奴には妾の事は伏せておく様にの。何……その方がきっとあ奴も驚くじゃろう」

 

 そのほうが面白いと、くつくつと笑いながら言うアネリスへ、環は小さく一度息を吐き、「わかりました」と仕方なさそうに言うと、再び世刻達の方へと意識を向けた。

 

「……では、皆様にはナルカナ様と会うために、試練を受けていただきます」

 

 説明された“試練”の内容は単純。この部屋の奥にある扉を出て、その先にある『奥の院』へ辿り着く事。ただし、道中には彼女達が『防衛人形(まもりひとがた)』と呼ぶ人形──ミニオンの様なもの──が配置されていると言う事。

 

「要するに、そいつら倒して抜けていけばいいんだろ?」

「でも何でそんな面倒なこと……」

 

 ぽつりと漏らしたタリアの言葉に、「ナルカナ様は、生半可な実力の神剣使いには逢いたくないと申しております。……気難しい方でして」と言葉を濁す。

 

「それと、青道祐様、アネリス様。お二方は試練を受ける必要はありません。時深よりすでに腕試しは終わっていると言われておりますので」

「終わってるって……どう言う事でしょうか?」

 

 そうカティマに聞かれて、先日会った時に戦わされたというと、「そうなのですか……」と一言。

 いや、結構大変だったんですよ? 本当に。

 

「それと、ユーフォリア様」

「ふぇ!? あ、あたしですか?」

 

 突如声を掛けられて驚いた声も上げるユーフィーに、環は優しく微笑み掛けながら、

 

「貴女様に、時深より言伝(ことづて)が。『もしも貴女が望むのでしたら、私が腕試しをしてあげましょう』……だそうですが、どうしますか?」

「え……時深さんが……えっと……」

 

 突然の展開に「どうしましょう……」と困惑気味のユーフィー。

 何で彼女だけに? と言った感じの皆に、ユーフィーと彼女の両親が、時深と知り合いだと説明してやると、

 

「ふむ。そう言う事なら……ユーフォリアよ、行ってきてはどうじゃ?」

 

 ナーヤがそう言って、皆にも「良いじゃろう?」と同意を求め、それに頷く世刻達。

 ユーフィーが環に「それなら是非!」と、世刻達に「ありがとうございます!」と笑みを浮かべる。

 

「解りました。……それでは綺羅。ユーフォリア様、青道様、アネリス様を時深の元へ。皆様は私に着いて来て下さい。試練の場へご案内致します」

 

 そう言って歩き出した環に着いて行く皆へ「頑張れよ」と声を掛け──ふとこっちを振り返った永峰……ファイムと視線が合ったので、「ファイムもな」と声をかけると、無言ながらもこくりと頷いて返してきた。。

 クリストの皆には、一緒に行けないのを残念そうにされた。──ワゥはあからさまに不満そうだったけど──そう思ってくれるのはやはり嬉しいものだ。

 「行ってきます!」と手を振るミゥ達へ、俺も手を振り返して見送った矢先、「祐兄さん、あたしたちも行きましょう!」とユーフィーに手を引かれ、綺羅に続いて部屋を後にした。


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