永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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86.戦い、終えて。

 戦い終わって社務所の奥に通された俺達は、綺羅の淹れてくれたお茶を飲みつつ待つこと約三十分。

 身を清め、色々とボロボロになってしまっていた巫女服を新しいものへと替えた時深が静々と入って来て、俺達の前へと優雅に腰を降ろす。

 ……こうして見ると、正に清楚で可憐って言葉の似合う女性(ひと)なんだけどなぁ……だと言うのに、先程はどうしてあんなことになったんだろうか。

 そんなことを考えていると、時深の隣へ移動した綺羅が腰を落ち着けたところで、時深がおもむろに俺達に向けて深々と頭を下げた……って何故に。

 

「まずはご無礼の段、お詫び申し上げます」

「えっと……倉橋さん? その、顔を上げてください」

 

 突然の行為に戸惑いつつ声を掛けると、「有難うございます」と言いつつ顔を上げる時深と綺羅。

 「一体いきなりどうしました?」との俺の問いに、小さくコホンと咳払いをしてから、「あ、青道さん。私の事は時深で結構ですよ。『倉橋』の名を持つ者は他にも居りますので」と言ってきた時深。

 

 それに対して「俺も祐で構いません」と返しといたが──言葉を続ける時深の表情は柔らかい。そう、それこそ戦いの前とは天と地ほどの差があるぐらいに。

 そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、

 

「……先程刃を交えて、貴方の強さと、その力の向かう先は解りましたから」

 

 どう言う事だと思った矢先、くすりと笑みを漏らす時深。

 

「恐らくは、戦闘による“揺らぎ”のせいだとは思いますが……間接的に、貴方の『未来』が視えました。そう、貴方に関わる者の未来が」

 

 その言葉になるほど、と納得する。俺に関わる者……誰かは解らないが、その視えた未来に俺の姿でもあったのだろう。それによって俺が彼女達の敵に回る事は無いとでも解ったんだろうか。

 

「誰の『未来』かは……訊かない方が良さそうですね」

「そうですね。……ただ……そう、『良い笑顔』でしたとだけ、申しておきましょう」

 

 そう言う時深の表情は、とても柔らかく、優しげな微笑で。それだけで……きっと『良い未来』なんだろうと感じられて。だから思う。彼女にこんな表情をさせることが出来た『誰かの笑顔』。それを実現させられるように頑張ろうと。その『未来』どんな流れの先にあるのかは解らないけれど。全ての人が、なんて大それた……欲張りな事は言わない。けど、せめて、出来る事なら、俺の周りの人たちの幸せの先にある『笑顔』であれば良い。

 そんな事を思った所で、時深が「それに……」と言葉を続ける。

 

「『本気を出せ』などと言っておきながら、随分と手加減された上にあっさりと負けてしまいましたね。そんな貴方とは、出来る事なら敵対はしたくありませんから」

 

 そんな事をおっしゃった時深さんへ、思わず「え?」と声を漏らし、その俺の様子に、彼女もまた「え?」と訝しげな表情を浮かべた。

 

「えっと……何故俺が本気ではなかったと思うんですか?」

「当然でしょう。貴方が担うは第一位神剣。“あの程度”が本気の訳がありません」

 

 時深のその回答に思い浮かぶのは、ローガスやミューギィに関する逸話。

 曰く、『運命』を鞘から抜く事無く、時深以上の時間操作能力を持つと言う第二位『無限』のボー・ボーの半身を吹き飛ばし、空間操作能力を持つ第二位『虚空』のトークォに致命的な一撃を加え、大剣型神剣、第三位『無我』の一撃を片手で受け止めたと言うローガス。

 曰く、所有者が“思った”ことを叶える力を持つ『宿命』。そのせいで世界そのものを滅ぼしてしまったと言うミューギィ。

 ……確かにそれを考えると、だけど。けどなぁ……。

 

「ん……別に俺は対して手加減したわけじゃ無いんですけどね。確かに、無闇に傷つけ合うよりはと思って、あんな方法を取りましたが」

 

 そう、別に俺は時深と戦った時に、手加減なんかをした覚えは無い。そりゃまあまだ出せる手は有ったが、それでも放った攻撃を加減してはいない。

 その俺の説明に、時深は「そんな馬鹿な」と言った顔をしたが、そんな顔されても俺が困る。

 と思ったところで、俺の左隣に座っていたアネリスが口を挟んだ。

 

「くふふっ。いや、祐の言う通りじゃ。確かにアレが全てとは言わぬが……然程力を隠している訳ではないぞ?」

 

 そんな神剣本人の言葉に、時深も綺羅も驚いた表情を浮かべた。

 それに対してアネリスは、その表情に少しだけ曇ったものを浮かべつつ、「当然、相応の理由はあるのじゃが」と言葉を続ける。

 

「妾の封じられて居た『世界の狭間』は、文字通り“何も無い”場所。そう、マナすらのぅ。斯様な場所に措いて、妾は己と言う存在を維持する為に、自身の内に在るマナを消費するより他に無い状態であった。加えて封じられる直前に、『運命』と『聖威』に大きく力を削がれての。……今だからこそ言えるが、祐に彼の場所から出して貰えなければ、そう遠くない未来に、妾と言う存在は此の世から消え失せておったであろうな」

「……そっか、間に合って良かった」

「それじゃあ、今のアネリスさんの力は、全盛期よりかなり落ちてるって事ですか?」

 

 安堵の息を漏らした俺に、アネリスは柔らかな笑みを向けて、くすりと小さく笑う。

 そして、信じられない、と言った雰囲気で訊いてきたポゥにはこくりと頷き、

 

「狭間より出て、徐々に力は戻って来てはいるがな。そうよな……強いて言うならば、妾の今の力は、せいぜいが二位神剣程度、と言った処か」

 

 情けない事では有るがな。と、小さく溜息を吐きながら言う。二位神剣を「程度」と言ってしまえる辺り。そこは矢張り第一位と言うところか。

 それに対して、アネリスの言葉を聞いた、時深と綺羅を除く皆が驚いた表情を浮かべた。

 

「あの……理想幹から脱出する時に使っていた『パンデモニウム』でしたか……あんな凄い威力の攻撃を撃てても、ですか?」

「あんなものは、単に黒マナに妾のマナを混ぜて力任せに放ったに過ぎぬ。大したものではないわ」

 

 ミゥの疑問にくっと笑って答えるアネリス。だが、今度は時深と綺羅が訝しげな表情を浮かべた。

 

「二位……ですか? ですが、昨日感じた力は……」

「む? それは当然じゃ。昨日は少々無理を押して力を出したからの」

 

 ぽつりと発せられた綺羅の疑問に、何の事はないと答えるアネリス。

 それに対して「何でまた?」と訊いた所、やれやれと溜息を吐きつつ、俺の顔に視線を向けてくる。

 

「阿呆。昨日は初めてぬしに……これから契約してもらおうと言う主様(ぬし)に、妾の真の姿を見せたのじゃぞ? であるならば、多少無理をしても、妾の力の一端を見せずして如何するか」

「……ふむ。つまりは祐に良い所を見せたかった、と」

「む……」

 

 くすくすと笑みを浮かべて言うルゥに、ふんっとそっぽを向くアネリス。

 そんな二人の様子に、時深がくすりと小さく笑った。

 

「……仲が良いのですね、皆さんは」

「……訊いても良いでしょうか?」

 

 感慨の篭った、小さな呟き。それに続いて発せられた綺羅の問に、頷いて返すと彼女は俺ではなく、ミゥ達の方へと視線を向ける。

 

「……皆様は、『エターナル』と言う存在について、どこまで……?」

 

 それは恐らく、“渡り”の事か。

 エターナルと、それ以外。いずれ消え去る、儚い関係。だが俺達は、こうして今も共に在る。

 きっと彼女がそんな疑問を持ったのは、その俺達の姿に、ミゥ達が“渡り”の事を知らないと思ったからか。

 だがミゥは、綺羅の顔をひたと見据える。

 

「それは……“渡り”と言いましたか。全てが『無かった事』にされると言う現象について、でしょうか?」

「知って……いるのですか……」

 

 それでも尚共に在るのかと、更に疑問を呈す綺羅に対し、当然だと言わんばかりに、思い思いに頷く皆。

 それに対して、綺羅は小さくその目を見開いた。

 そんな皆の様子を見ていた時深は、静かに微笑みを浮かべる。

 

「祐さん、ユーフォリア……良い仲間を持ちましたね」

「ええ、本当に」

「はいっ」

 

 そう……きっと俺は、この世の中で一番幸せなエターナルだと、心から思うよ。

 

 

……

………

 

 

 それからしばし後、鳥居の前に出てきた俺達は、時深と綺羅の見送りを受けていた。

 と言うのも、当初の予定通りこの世界……と言うか、街を見て回ろうと言うだけなのだが。

 その際に、念のため『出雲』──時深が所属する組織にして、此の世界での本拠地でもあり、ナルカナの居る場所だ──の場所を聞いておこうとしたところで、時深の方から待ったが掛かる。

 彼女曰く、ナルカナが会いたがっている世刻望のことも、一度見ておきたいから。だそうだが。

 それならば世刻に任せようかと思い、さあ行こうとしたところで、ふと大事なことを伝えていない事に気付いた。

 

「……『最後の聖母』ですか? 彼女が時間樹(ここ)に?」

「ええ。目的は解りませんが、この時間樹を活動拠点にしているスールード、と言う存在が、『法皇』の名を漏らしていたらしいです。余り考えたくはありませんが、二人は繋がっている、と考えた方が良いでしょうね」

 

 そんな俺の考えを言うと、なるほどと頷く時深。

 

「では、私の方も警戒を強めておきましょう。……ロウ・エターナルは以前も『出雲』にある第一位神剣である『叢雲』を狙ってきた事がありますから……」

 

 そう言う時深に「お願いします」と返して、今度こそ、俺達は神社を後にした。

 ……世刻がここを訪れるのは、“原作”では……明日だったか? 流石にそこまで覚えていないが、少なくとも今日じゃないのは確かだったはず。まあ、それまでのんびりさせてもらいますか。

 

 

◇◆おまけ◆◇

 

 

 時深が身支度を整えるのを待っている間、約束通りに綺羅の尻尾をもふり倒させてもらうことにした。

 最初はまあ、勢いで言った事だから別にいいかなーとも思ったんだけど、部屋に通されてふと綺羅と視線が合ったときに、どうせ勝ったんだから折角だし──と思ったので言ってみた。

 

「ところで綺羅。約束を覚えているかい?」

 

 そう言うと、一瞬ビクリとした後、コクリと頷く綺羅。

 様子を見ていると、怯えた……と言うよりは、緊張している様子と言った方がいいだろうか。……ふむ。

 それならば早速と思った処で、慌てた様に顔を上げ、

 

「あ、あの……せめて、誰も居ない所でお願いします……」

 

 顔を真っ赤にしながら「恥ずかしいですから」と言う綺羅に、間髪いれずに頷いたのは言うまでも無い。破壊力抜群である。

 彼女に案内されて席を外すときに、周囲の視線がとてもすごく痛かった上に、雰囲気が怖かったので、少し……うん、少しだぞ? そう、少しだけ後悔した。

 だけどな。

 素晴らしかった。

 さらっさらでふわっふわでもっふもっふで何時まで触っていても飽きないと言うか癖になる素晴らしさ。何と言う魔性の尻尾。これぞ人類の至宝と言っても過言ではないだろう。そして触るほどに、律儀に文句も言わず、声を我慢してか、俺の胸に顔を押し付けながらふるふると震えてたまにビクッとなる綺羅。……その姿にこう、なんと言えばいいだろうか。胸に込み上げて来るこの想い。終いには目を潤ませながら荒い息遣いで上目遣いに「……もう、許して、くださぃ……」何て言われた日にはもう、うん。解ってくれ。

 思わず目の前の頭を撫でてやると、一瞬びくっとした後に少し気持良さそうに表情を緩ませるところもまた素晴らしい。

 その直後に犬耳をきゅっと触ってやると、「きゃあっ」と小さな悲鳴をあげて両手で左右の耳を押さえて抗議の視線を向けてくる綺羅。一々反応が可愛いんだけどこの娘。

 今の今まで尻尾をいじり倒していたからだろう、荒い息を吐きながら「み、耳はダメ、です」と涙目で訴えてくる綺羅の姿に、こう何と言うか、感極まって思わず尻尾をキュっと握ってしまった瞬間、

 

「………~~~~っ!! んっ……くっふぅぅうっ!」

 

 綺羅がやはり声を堪えようとしつつも、それでも堪えきれなかったらしい声にならない声を上げつつ、一際大きく痙攣した後ぐったりと脱力してもたれ掛って来た時には……ヤバかった。色々と。

 正直舐めていた。銀髪犬耳巫女の破壊力と言うものを。……うん、済まない。流石にやりすぎな感が拭えない。でも夢中になりすぎてしまっても仕方が無いよな? 無いと言ってくれ。

 ぐったりした綺羅を抱きかかえながら部屋に戻った時に、さっき以上に視線が痛かったりしたけれど。

 「……どうでした?」と訊かれた時に、思わず「最高でした」と答えてしまった直後、思い切り脇腹を抓られたししたけれど。

 うむ。後悔はしない。

 ……綺羅を持って帰れないだろうかと一瞬本気で悩んでしまった俺は、間違っていないと思う。


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