永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
深々と下げていた頭を上げた時深が、俺の近くに居並ぶ皆を改めて見回し、きょとんとした顔でその動きを止める。その視線の先にあるのは、
「……え……? ユーフォリアが……二人?」
途惑った声を上げる時深の様子に、あー……やっぱりそうなるよなぁ……と苦笑いが浮かぶ。
どうなってるの? と言った表情の時深と、その表情と原因に気付いたか、ユーフィーが隣にいるアネリスへと一度視線を向ける。
「あ、こちらはアネリスさんと言いまして……」
「……悠人さんったら、いつの間にもう一人…………はっ! もしかして隠し子……!?」
だが、そんなユーフィーの紹介も時深の耳には届いていないようだ。……って言うか、彼女の頭の中ではどんな事態になってるってんだろうか。どうやら聞こえた台詞から察するに、何だか面白い想像をしているようだが。
「あの、時深様?」
「それにしても、見れば見るほど瓜二つ……これは、実は双子だった?」
時深の直ぐ側に駆け寄った綺羅が彼女の名を呼ぶが、それすら聞こえていない様子。いや何と言えば良いものか……。時深のような、ユーフィーを知っている人がアネリスを見れば戸惑うのも解るけど、彼女の反応は予想以上だ。
「……でも最初にユーフォリアに会った時は確かに一人だったし……ええ、やはり一度問い正さねばなりませんね……!」
「あの、時深様!」
「は! あ……あは、ゴホン、ええと、失礼しました」
更に強く綺羅に呼ばれて、漸く
「……青道祐さん、でしたね?」
「え、あ、はい」
だが、気を取り直した様に名を呼ばれ、返事をした途端、再び高まる緊張感。そこには、つい今しがたの緩んだ空気など既に無く、ピリピリと──空間そのものが震えるように、肌を焼く。
「……ふむ……やはり視えません……か」
「時深様……?」
ぽつりと漏らしたその声に、隣に居た綺羅が疑問の声を上げるが、時深はそれに答える事無く、その鋭い眼差しを俺へと向けてくる。
「青道祐。貴方は……
「……何者、とは?」
「……私にはある能力が備わっています。これから起こり得る出来事を視る力……未来視。だと言うのに、貴方の未来を視る事が出来ない」
そんな事を言われても困る。
彼女が俺を前にして、俺の未来を見ることが出来ない理由など、俺に判るはずも無い。そう思った所で、
(……ふん、その様な事は考えるまでも無かろう)
脳裏に、そんなアネリスの憮然とした声が響いた。
それを聞いてなるほど、彼女か、と納得行った。
(つまりは、俺がアネリスと契約したから、時深の未来視の力が届かなくなったと?)
(うむ。如何に本来の力が出せぬとは言え、妾の
「昨日感じられた膨大なマナ。それと貴方から感じられるマナが同じものである事は解っています」
アネリスと念話しながら掛けられた時深の言葉に「はて?」と首を傾げた。
時深が感じたマナってのは、アネリスがその真の姿を現した為に発せられたもののはず。それが俺から感じられるものと同じってのは……と思ったが、よく考えたら敵の反応を感知する時も、感じるのは“神剣の反応”だ。つまり、その担い手の気配なんて神剣に比べれば微々たるもの。であるが故に、マナや気配を察知して他者を認識する場合、基準となるのは神剣のものになる、と言う感じか。
……それにしても、この神社とものべーの間はかなり距離が開いているはず。だと言うのに個人のマナを識別できるほどだと言うのか。エターナル恐るべし。
……なんて思った所で、ふと時深の隣に居た綺羅と視線が合い、彼女は小さく笑みを浮かべ、「……私は、鼻が利きますので」と一言。
成程。狗神故に微細なマナの“匂い”の違いを嗅ぎ別けたって事か。
思わず「凄いな」と声に出してしまい、それが聞こえたらしい綺羅がちょっと照れた様に頬を染める。可愛いじゃないか。
「ここから離れた場所だと言うのに強烈に感じた、深く、強く、激しくも優しいあの力。あれは少なくとも、ただの神剣使いが発せられる力では無い。そう……ともすれば私達の『主』にすら並ぶのではとも思わせる様な力など、です。それゆえに……その強い力を貴方がどう振るうのか。それを私は知りたい」
「……それは、俺が“ロウ”に付くか“カオス”に付くか、ってことですか?」
訊いておいてなんだが、間違いなくそうだろうな。
今の神剣宇宙の大半のエターナル達にとっては、“天位”と“地位”の戦いよりも、“ロウ”と“カオス”の戦いの方に主眼が置かれている……と俺は思っている。
それは恐らく、“天位”と“地位”の戦いは『神剣』そのものに拠るものであるのに対し、“ロウ”と“カオス”の戦いは、『担い手』に拠るものであると言う違いだろう。
けど、それはあくまで“普通の神剣”の話。アネリスに関しては、また違ってくる。
彼女は“鞘”に連なるもの。“鞘”の役目は“天位”と“地位”の両方の力を抑え、『神剣宇宙』の崩壊を防ぐ事であり、アネリスもまたその思想を継いでいる。いやまあ今の彼女は、俺と共にこの『神剣宇宙』を出る気満々なわけだが。
それを踏まえるに、もし“ロウ”と“カオス”の戦いがこの『神剣宇宙』全土を巻き込み、激化するものなのだとすれば──その時まで俺達が“ここ”に居るかは別として──アネリスの、そしてその担い手である俺の役目は、どちらかに付くのではないのだろう。
「……そこまで知っているのならば話は早いですね」
「仮に──ロウに付く、と言ったら?」
「……未来の禍根は早いうちに摘むのが良いでしょうね」
──瞬間、まるで喉元に刃を突きつけられているかのような感覚に襲われる。
濃密な殺気。
ごくりと、誰かの喉が鳴る音が聞こえた気がする。
「──そんな、時深さん!」
「……ユーフォリア。こちらに来なさい」
こちらに鋭い視線を向ける時深に対して声を荒げたユーフィーへ、静かに、諭す様に話しかける時深。
けど、ユーフィーはぶんぶんと、大きく頭を振って、ぎゅっと、絶対に離さないと言わんばかりに俺の腕を抱き締めた。
「……い、嫌です! あたしは……祐兄さんと一緒に居るって、決めてますから!」
「…………そうですか。致し方ありません」
ユーフィーの言葉は、心の奥深くが温かいものに包まれるような感覚で、とてもとても嬉しく思う。
けど……そのためにユーフィーが、彼女が尊敬する相手と仲違いするのは不本意だよな。
「……はぁ。ユーフィーも倉橋さんも、さっきのは仮にの話で、俺はロウに付く気はありませんよ。……とは言え、カオスに付く気もないですけど」
自分の考えを述べながら、だから少し落ち着けと、空いてる左手でユーフィーの頭をぽんぽんと撫でてやる。……こっちだと感触が感じられないんだよなぁ。
そんな俺達の様子に「やれやれ」と溜息を吐きつつも、気配を緩める事無くその視線を俺に戻す時深。
「さて──それをどこまで信用してよいやら、ですね」
「証拠を示せるでもなし。信じてくれと言うしか無いですね、俺には」
俺の言葉に対して、時深は「ふむ」と小さく頷く。
「……良いでしょう。剣を取りなさい、青道祐。貴方の力、存在、その在り様、私が見極めて差し上げます。さあ、遠慮は要りません。全力で掛かってきなさい!」
時深の声が響き渡り、彼女がその手に持つ神剣──両刃の短刀という形状から察するに、『時詠』か──を抜き放ち、こちらに向けた。
直後──
「──くっ」
小さな含み笑いが、耳に届いた。
それは──俺の横に控える、アネリスの声。
「くふっ……くふふっくふふふふふふ」
不敵に、愉しそうに、けど若干どこか不機嫌そうに
「見極めてやる……そう申したか、小娘? …………知らぬとは言え、此の妾に対してよう言うた。良かろう、望み通り全力を持って相手してくれるわ!」
激昂するアネリスに対して、時深は困惑した表情を浮かべた。
俺に対して言った事なのに、当事者たる俺よりも遥かに速くアネリスが反応したからな。それもまるで自分の事のように。……俺としては、契約者たる俺が言われた事に対して、自分の事のように振舞ってくれるのは嬉しいけど。
それにしても、アネリスの言葉に困惑するって事は彼女が俺と契約している神剣である、とは気付いていないのだろう。……まあ、今のアネリスは力を──発するマナも抑えているっぽいから仕方ないんだろうが……って言うか、以前に俺が立てた予想が正しいのであれば、人型に化身することができるのは一位神剣のみ。である以上、アネリスが神剣であると考えられる方が可笑しいか。
そんなことを考えていると、時深の隣にいる綺羅がスンッと小さく鼻を鳴らし、「あ」と何かに気付いたかのように小さく口を開けるのが見えた。
そしてちらりとこちらに視線を向けてくる。
……ふむ。今の激昂時にアネリスの怒気と一緒に抑えていたマナでも漏れたか?
まあ、時深が驚く顔を見てみるのも一興かと、俺は綺羅に対して「黙ってて」とジェスチャーを送ってみる。
彼女はそれに対して──「何でもありません」とばかりに口を閉じ、すまし顔で時深とアネリスの様子に意識を向けたようだ。中々に話が解るいい娘である。
「なぜ貴女がそこまで反応するんですか。……と言いますか、誰が小娘ですか誰が!」
そこに反応するんですか、時深さん。おばさん扱いされるよりも良いじゃないか。いや、そんなことは口が裂けても声には出せないけど。
そんな、本人に聞かれた消滅させられそうな事を考えているところに聞こえて来たアネリスの次の言葉は、
「ぬしに決まっておろうが。齢にせよ体型にせよ、どう見ても小娘じゃろうが」
「──っ!」
時深の心のマナ障壁を抜いてクリティカルヒットしたらしい。
正に絶句である。
「あ、貴女だって似たような大きさじゃないですか!」
「……あ、あたしはまだこれから大きくなるんです!」
そして声を荒げた時深に対して、反応したのはアネリスではなく。
「今度はユーフォリアですか!? 貴女に言った訳じゃありません!」
「アネリスさんに言うって事は、あたしに言うって事と同じです!」
いやまあ確かにな。とは言えそれを時深に言った所で彼女には解らないぞ、ユーフィー?
案の定、「どう言う事ですか?」と疑問を浮かべた様子の時深。
ソレに対して、まあそれぐらい言っても良いか、どうせすぐバレルだろうしと思い、アネリスの姿はユーフィーの姿を模したものだと説明しようと思った矢先である。
「そ、それに、その、えーと……あの、ゆ、祐兄さんは小さいのが好きだから問題無いんです!」
「ちょっと待てえええええ!! 誰だそんな事言ったのは!?」
「え……えっと……森さんとか、ソルラスカさんとか?」
「…………あの野郎共……」
ユーフィーが告げた名を聞くと共に、爽やかな笑みを浮かべながらサムズアップする二人の顔が脳裏に浮かんだ。鬱陶しい。ってかユーフィーに変な事を吹き込むんじゃねえ。
「…………」
鬱陶しい顔を振り払う様に頭を振ったところで、ユーフィーの言葉に何やら考え込んでいるらしいミゥが視界に入った。
そんな彼女に対して、「どうした、ミゥ?」とルゥが声をかけ、
「……その、小さいのが好き、と言うのは……“何が”小さい方がいいのかなって思っただけ」
「へ?」
一体ミゥは何を言っているんだ? そんな疑問と共に我ながら間の抜けた声を上げた俺の耳に、レーメの「なるほど」と言う声が届いた。
いや、なるほどって、今ので解るのかよ?
「ふむ。つまり『胸』か『背』か『年齢』か、と言う事であろう?」
何だその三択は。
だが、そんな馬鹿な、と思った俺の考えを否定する様に、ミゥが「はい」と頷く。おいおい合ってるんかよ。
「ん……胸だったらちょっと不利かも……」
「ミゥ……その発言は敵を作る。気をつけた方が良い」
ぽつりと呟いたミゥの言葉に即座に反応したルゥの、若干ジトッとした声音に「あ……あはは……」と、少々乾いた笑いを浮かべるミゥ。
クリストの皆は揃って背丈が低い。けど確かに、その割にミゥとかポゥとか大きいんだよな。何がとは言わないけど。
その時、そんなミゥの肩をエヴォリアがぽんっと叩いた。
「あら。それに関しては大丈夫よ?」
「……エヴォリアさん?」
「何が大丈夫?」と、きょとんとした表情でエヴォリアを見るミゥ。いや、ミゥのみならず他の者も、エヴォリアが何を言うのか固唾を呑んでみている……って何なんだこの状況は。
「彼は小さいの“が”好きなんじゃなくてぇ……小さいの“も”好きなのよ、ねぇ」
「……なるほど」
「オイコラ」
まて、納得するなルゥ。……いやまあ否定は出来ないけどさ。
……いやいや、俺だって健全な男だもの。むしろ否定した方が問題あるだろう。……とは言え、だ。
「もう勘弁してくれ……」
色々台無しである。
うん、どうしてこうなった。