永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
綺羅に連れられて歩を進める俺達。
結局俺は、綺羅の申し出を受けて、倉橋時深──エターナル、時詠のトキミ──に会う事に決めた。
このタイミングで、世刻ではなく俺に接触してきた意図……恐らく、と言うか十中八九間違いなく、昨日のアネリスとの契約だろう。
あの時に発せられた、アネリスのマナ。荘厳にして威厳に満ちた、膨大なマナ。それを感知したのではないだろうか。
それにしても、とりあえずざっと名を告げる程度の自己紹介はしたが、それ以降会話も無く、周囲の空気が何となく重い。まあ無理もないかなとは思うけど。
俺としては時深に会うのに何等問題は無い。ユーフィーも居ることだし、タイミングは違えど元々会うつもりでいたからだ。ユーフィーに言った「アテ」ってのもそれだし。
けど皆にとっては違う。久しぶりの新しい町にいざ行こうとした矢先、一部を除いて旅団の仲間にも言っていないのに俺をエターナルと呼ぶ、謎の犬耳巫女が現れ、会談を持ちかけてきたのだ。
ユーフィーは「倉橋時深」の名前に警戒を解いているようだが、他の皆にとっては、得体の知れない相手に出鼻を挫かれたと言ったところ。今現在のこの何とも形容しがたい重い雰囲気はそのためだろう。
けどなあ……流石にこのままってのはいただけないよな。
……だからと言って俺に何が出来るってわけでも……。
そんなことを考えながら、ぼんやりと、自分の少し前を歩く綺羅の姿をみていると、ふと、その腰元から生えた尻尾が眼に止まる。
ゆらゆら。ゆらゆら。
そんな感じでゆっくりと振られるそれ。ソレを見ていると、何と言うか、無性にある衝動に襲われる。
……いやいや、怒られるっていうか、流石にダメだろう。
……なんて思いつつも見ていると、やはりこううずうずと。時たま茂みから飛び出した木の枝やらに当たった時に、ぴくんと大きく揺れたりするんだよな。
「……えっと、綺羅さん」
「何でしょうか?」
視線だけをちらりと向けて答えてくる綺羅。
「……先に謝っておく。ごめん」
「え──?」
彼女が何か言うよりも早く、速く。俺は──
「…………ていっ」
衝動に負けた。
そう、目の前で揺れる尻尾を根元の辺りから軽く掴み、そのまま先端の方へと手を滑らせながら、さわさわと。
何これすっげえ良い手触り。
さらっさらのふわっふわとでも言おうか。
「きゃあぅっ! ……ん、くっ……ふぁぁああ!?」
…………こう何とも言えない素晴らしい声が上がった気がする。……ああ、尻尾は弱いんだっけか。
うんうんと頷く俺を尻目に、当然と言うか、綺羅はばっと飛びのいて、こちらに振り向きながら後ろ手に尻尾を押さえ、涙目でキッと俺を見据えてきた。
「な、何をなさるんですか!?」
「えーと、目の前で振られてたものでつい」
「つい、で人の尻尾を撫で擦らないでください!」
綺羅にそう言われ、ですよねーと思った直後、後頭部にゴンッと言う衝撃。
「ぐぉっ! ──……~~っつぅ……」
思わず前につんのめりそうになったのをたたらを踏んで堪え、頭を抑えつつ振り返ると、『悠久』を振り上げたユーフィーが。
「祐兄さん! 何やってるんですか!」
怒られた。
…
……
………
「祐さん……初対面の女の子に、あんな事したらだめですっ」
「何やってるのよ、バカじゃないの?」
「も~、ダメだよ、ユウってば!」
「祐……流石に同意も無しにあのような行為は感心しないな」
「マスター……流石にフォロー出来ません」
「まったくだ。第一あの理由は何だ、猫じゃあるまいし。バカもの」
上からポゥ、ゼゥ、ワゥ、ルゥ、ナナシ、レーメと。とまあその後、案の定と言うか、全員から怒られた訳で。ああ、エヴォリアはそんな俺を見ながら笑ってたが。
「うちのご主人様が大変失礼致しました」
「ほら、もう……祐さんもちゃんと謝ってください」
「ごめんなさい」
フィアとミゥに促されて謝罪した俺に対して綺羅は、身長差があるために、上目遣いにむーっと睨んできたあと「……はぁ」と小さく溜め息をついた。
「仕方ありません。もうしないと言うのなら、特別に許してあげます」
散々怒られていた光景を見ていたからか、ふとその表情を少しだけ緩め、そう言って鉾を収めてくれるらしい綺羅。良い娘だ。
そんな彼女に「うん、もうしない」と約束すると、「解りました。……一応信じます」と返してくる。次いで場を仕切り直すように「コホン」と小さく咳払いをする。
「では行きましょう。もう直ぐそこですから」
そう言って再び歩き出した彼女に着いて行くと、隣に来たユーフィーが、おもむろに俺の右腕を抱きかかえる様に取ってきた。
いきなり何だと視線を向けると、にこりと笑みを返して来るユーフィー。
「祐兄さんがまた不届きな行動をしないように、抑えとこうと思いまして」
ユーフィーがそう言った直後、駆け寄ってきたルゥが、ユーフィーと同じように左腕を取る。
「では、私はこちらを。……ふふっ、まあ、大人しく捕まっていてくれ、祐」
そんな二人に、やれやれと溜息を吐きつつ「はいはい」と答えた所で、不意に脳裏にアネリスの声が響いた。
(くふふふっ人気者じゃな、主様)
(……どうした?)
(……流石と言えば流石じゃが、もう少しスマートに出来ぬ物かの?)
態々念話で言う事でも有るまいに、と思いつつ返した言葉に返って来たのは、そんな台詞。
やれやれ、と言った感じのアネリスへ、「さて何の事やら」と返してやる。いや、実際別に“何か”を狙った──綺羅の尻尾を狙ったが──行動じゃなかったしな。うん。
(くっふふふふっ……うむ、そう言う事にしておこう。まぁ……先程迄の重苦しい空気が“偶然”にも無くなったのは僥倖と言うものよな)
そう言って、もう一度愉しげに笑うアネリス。……いやほんと、いったい何のことやら、な。
…
……
………
それから歩く事しばし、綺羅に連れられて着いた場所。そこは木々の開けた、小さな広場のような場所だった。
その広場の中央。そこには、人ひとりが通れる程度の、黒い“穴”が空間に開いていた。
「あれは……?」
「転移用の『
ぽつりと漏らすように発せられた、ルゥの疑問。それに答えた声は、エヴォリアのもの。
それに対して綺羅はすっとその“穴”の横に並び立つと、俺達に向き直り、コクリと頷く。
「はい。此れを通れば、時深様の待つ『神木神社』に行くことが出来ます」
「なるほど……ふむ。『理想幹』で祐が出した『扉』によく似ているな」
物珍しいのだろう、『門』の近くで観察するように見るルゥ。そんな彼女の姿に、ミゥの「まったく、ルゥってば……」と言う呟きが聞こえ、視線を向けたところで眼が合って、互いに苦笑を浮かべる。
さて、何時までもここに居ても仕方がない。皆に「行こうか」と声を掛け、俺は『門』へ向けて足を踏み出した。
……さて、この向こうでは、果たして鬼が出るか蛇が出るか。
──『門』を通った直後に感じる一瞬の浮遊感。
抜けた先に広がるのは、今までとは全く違った光景だった。
広く開けた空間。敷き詰められた玉砂利と、奥に見える拝殿へ続く参道。
俺にとっては見慣れた光景であるこういった風景でも、俺に次いで出てきた皆にとってはやはり珍しいのだろう、キョロキョロと視線を彷徨わせている。
そしてそんな俺達の目の前に立つは、一人の巫女。
醸し出す空気は清楚にして可憐。けれどその中に、凛とした強さを併せ持つ、美しき少女。
どこかあどけなさの残る顔立ちに浮かべるは、柔らかく、優しげな微笑みで──だと言うのに、俺は背中に、冷や汗をかくのが解った。
イャガの時は、互いの実力差が“有り過ぎた”為に、完全に呑まれてある意味感覚が麻痺してしまっていたけれど──アネリスと契約した今ならば、良く解る。これが……歴戦の猛者たるエターナルの凄みか。
……果たしてその彼女が一体俺に何の用なのか。
その視線を正面から絡ませたところで彼女が口を開いた。
「ようこそお越しくださいました。私の名は倉橋時深と申します。以後、お見知りおきを」
いざ、目の前にして感じる、圧倒的な存在感。
呑まれないよう内心気合を入れて、静かに頭を下げる彼女へと向き直った。
「俺は、青道祐──」