永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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83.綺羅と、時深。

 綺羅に連れられて歩を進める俺達。

 結局俺は、綺羅の申し出を受けて、倉橋時深──エターナル、時詠のトキミ──に会う事に決めた。

 このタイミングで、世刻ではなく俺に接触してきた意図……恐らく、と言うか十中八九間違いなく、昨日のアネリスとの契約だろう。

 あの時に発せられた、アネリスのマナ。荘厳にして威厳に満ちた、膨大なマナ。それを感知したのではないだろうか。

 それにしても、とりあえずざっと名を告げる程度の自己紹介はしたが、それ以降会話も無く、周囲の空気が何となく重い。まあ無理もないかなとは思うけど。

 俺としては時深に会うのに何等問題は無い。ユーフィーも居ることだし、タイミングは違えど元々会うつもりでいたからだ。ユーフィーに言った「アテ」ってのもそれだし。

 けど皆にとっては違う。久しぶりの新しい町にいざ行こうとした矢先、一部を除いて旅団の仲間にも言っていないのに俺をエターナルと呼ぶ、謎の犬耳巫女が現れ、会談を持ちかけてきたのだ。

 ユーフィーは「倉橋時深」の名前に警戒を解いているようだが、他の皆にとっては、得体の知れない相手に出鼻を挫かれたと言ったところ。今現在のこの何とも形容しがたい重い雰囲気はそのためだろう。

 けどなあ……流石にこのままってのはいただけないよな。

 ……だからと言って俺に何が出来るってわけでも……。

 そんなことを考えながら、ぼんやりと、自分の少し前を歩く綺羅の姿をみていると、ふと、その腰元から生えた尻尾が眼に止まる。

 ゆらゆら。ゆらゆら。

 そんな感じでゆっくりと振られるそれ。ソレを見ていると、何と言うか、無性にある衝動に襲われる。

 ……いやいや、怒られるっていうか、流石にダメだろう。

 ……なんて思いつつも見ていると、やはりこううずうずと。時たま茂みから飛び出した木の枝やらに当たった時に、ぴくんと大きく揺れたりするんだよな。

 

「……えっと、綺羅さん」

「何でしょうか?」

 

 視線だけをちらりと向けて答えてくる綺羅。

 

「……先に謝っておく。ごめん」

「え──?」

 

 彼女が何か言うよりも早く、速く。俺は──

 

「…………ていっ」

 

 衝動に負けた。

 そう、目の前で揺れる尻尾を根元の辺りから軽く掴み、そのまま先端の方へと手を滑らせながら、さわさわと。

 何これすっげえ良い手触り。

 さらっさらのふわっふわとでも言おうか。

 

「きゃあぅっ! ……ん、くっ……ふぁぁああ!?」

 

 …………こう何とも言えない素晴らしい声が上がった気がする。……ああ、尻尾は弱いんだっけか。

 うんうんと頷く俺を尻目に、当然と言うか、綺羅はばっと飛びのいて、こちらに振り向きながら後ろ手に尻尾を押さえ、涙目でキッと俺を見据えてきた。

 

「な、何をなさるんですか!?」

「えーと、目の前で振られてたものでつい」

「つい、で人の尻尾を撫で擦らないでください!」

 

 綺羅にそう言われ、ですよねーと思った直後、後頭部にゴンッと言う衝撃。

 

「ぐぉっ! ──……~~っつぅ……」

 

 思わず前につんのめりそうになったのをたたらを踏んで堪え、頭を抑えつつ振り返ると、『悠久』を振り上げたユーフィーが。

 

「祐兄さん! 何やってるんですか!」

 

 怒られた。

 

 

……

………

 

 

「祐さん……初対面の女の子に、あんな事したらだめですっ」

「何やってるのよ、バカじゃないの?」

「も~、ダメだよ、ユウってば!」

「祐……流石に同意も無しにあのような行為は感心しないな」

「マスター……流石にフォロー出来ません」

「まったくだ。第一あの理由は何だ、猫じゃあるまいし。バカもの」

 

 上からポゥ、ゼゥ、ワゥ、ルゥ、ナナシ、レーメと。とまあその後、案の定と言うか、全員から怒られた訳で。ああ、エヴォリアはそんな俺を見ながら笑ってたが。

 

「うちのご主人様が大変失礼致しました」

「ほら、もう……祐さんもちゃんと謝ってください」

「ごめんなさい」

 

 フィアとミゥに促されて謝罪した俺に対して綺羅は、身長差があるために、上目遣いにむーっと睨んできたあと「……はぁ」と小さく溜め息をついた。

 

「仕方ありません。もうしないと言うのなら、特別に許してあげます」

 

 散々怒られていた光景を見ていたからか、ふとその表情を少しだけ緩め、そう言って鉾を収めてくれるらしい綺羅。良い娘だ。

 そんな彼女に「うん、もうしない」と約束すると、「解りました。……一応信じます」と返してくる。次いで場を仕切り直すように「コホン」と小さく咳払いをする。

 

「では行きましょう。もう直ぐそこですから」

 

 そう言って再び歩き出した彼女に着いて行くと、隣に来たユーフィーが、おもむろに俺の右腕を抱きかかえる様に取ってきた。

 いきなり何だと視線を向けると、にこりと笑みを返して来るユーフィー。

 

「祐兄さんがまた不届きな行動をしないように、抑えとこうと思いまして」

 

 ユーフィーがそう言った直後、駆け寄ってきたルゥが、ユーフィーと同じように左腕を取る。

 

「では、私はこちらを。……ふふっ、まあ、大人しく捕まっていてくれ、祐」

 

 そんな二人に、やれやれと溜息を吐きつつ「はいはい」と答えた所で、不意に脳裏にアネリスの声が響いた。

 

(くふふふっ人気者じゃな、主様)

(……どうした?)

(……流石と言えば流石じゃが、もう少しスマートに出来ぬ物かの?)

 

 態々念話で言う事でも有るまいに、と思いつつ返した言葉に返って来たのは、そんな台詞。

 やれやれ、と言った感じのアネリスへ、「さて何の事やら」と返してやる。いや、実際別に“何か”を狙った──綺羅の尻尾を狙ったが──行動じゃなかったしな。うん。

 

(くっふふふふっ……うむ、そう言う事にしておこう。まぁ……先程迄の重苦しい空気が“偶然”にも無くなったのは僥倖と言うものよな)

 

 そう言って、もう一度愉しげに笑うアネリス。……いやほんと、いったい何のことやら、な。

 

 

……

………

 

 

 それから歩く事しばし、綺羅に連れられて着いた場所。そこは木々の開けた、小さな広場のような場所だった。

 その広場の中央。そこには、人ひとりが通れる程度の、黒い“穴”が空間に開いていた。

 

「あれは……?」

「転移用の『(ゲート)』ね」

 

 ぽつりと漏らすように発せられた、ルゥの疑問。それに答えた声は、エヴォリアのもの。

 それに対して綺羅はすっとその“穴”の横に並び立つと、俺達に向き直り、コクリと頷く。

 

「はい。此れを通れば、時深様の待つ『神木神社』に行くことが出来ます」

「なるほど……ふむ。『理想幹』で祐が出した『扉』によく似ているな」

 

 物珍しいのだろう、『門』の近くで観察するように見るルゥ。そんな彼女の姿に、ミゥの「まったく、ルゥってば……」と言う呟きが聞こえ、視線を向けたところで眼が合って、互いに苦笑を浮かべる。

 さて、何時までもここに居ても仕方がない。皆に「行こうか」と声を掛け、俺は『門』へ向けて足を踏み出した。

 ……さて、この向こうでは、果たして鬼が出るか蛇が出るか。

 ──『門』を通った直後に感じる一瞬の浮遊感。

 抜けた先に広がるのは、今までとは全く違った光景だった。

 広く開けた空間。敷き詰められた玉砂利と、奥に見える拝殿へ続く参道。

 俺にとっては見慣れた光景であるこういった風景でも、俺に次いで出てきた皆にとってはやはり珍しいのだろう、キョロキョロと視線を彷徨わせている。

 そしてそんな俺達の目の前に立つは、一人の巫女。

 醸し出す空気は清楚にして可憐。けれどその中に、凛とした強さを併せ持つ、美しき少女。

 どこかあどけなさの残る顔立ちに浮かべるは、柔らかく、優しげな微笑みで──だと言うのに、俺は背中に、冷や汗をかくのが解った。

 イャガの時は、互いの実力差が“有り過ぎた”為に、完全に呑まれてある意味感覚が麻痺してしまっていたけれど──アネリスと契約した今ならば、良く解る。これが……歴戦の猛者たるエターナルの凄みか。

 ……果たしてその彼女が一体俺に何の用なのか。

 その視線を正面から絡ませたところで彼女が口を開いた。

 

「ようこそお越しくださいました。私の名は倉橋時深と申します。以後、お見知りおきを」

 

 いざ、目の前にして感じる、圧倒的な存在感。

 呑まれないよう内心気合を入れて、静かに頭を下げる彼女へと向き直った。

 

「俺は、青道祐──」


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