永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
明けて翌日。
昨日はノーマの確認をした後、アネリスの……と言うか、アネリスの所持者となった俺の能力の確認を行った。
感想としては、上手く俺に使いこなせるかなぁ……と言う感じか。いや、使いこなさないといけないんだよな。弱気にならずに頑張ろう。
それはそれとして。
フィアとアネリスと共に食堂へ向かい、そこで朝食を取っていると、ユーフィーと、次いでミゥ達が俺の近くへ腰を降ろした。
「おはよう」とそれぞれに挨拶を交わした所で、「あの」と、ミゥとユーフィーに同時に声を掛けられた。
「あ……お先にどうぞ」
「いえ、そんな。ミゥちゃんから……」
そんな二人の様子を眺めていると、「一緒に外を見に行きませんか?」と、再び異口同音に声を掛けられた。
一瞬きょとんとした後、顔を見合わせてくすくすと笑い合うミゥ達。
──いずれ必ず、俺達の事は記憶から消え去る。そんな説明をした翌日とは思えない、和やかな雰囲気。
変わらず接してくれるミゥ達に内心感謝しつつ、そんな彼女達に是と返事を返した処で──ざわりと、周囲から感じる視線に殺気が混じる。
「くふふふ……いや何とも、人気者じゃな、主様」
それを感じたか、愉しげに笑いながらそう言いつつ、おもむろに、まるで周囲に見せ付ける様にしな垂れかかってくるアネリス。……マジで勘弁してくれ。
ああほら。案の定感じる殺気が膨れ上がった──嫉妬と言う名の殺気が。
その気配の波に、昨日初めてアネリスを連れて食堂へ入った時の事がまざまざと思い出される。
……わがことながら、いつも側に居る人のことを思い返してみると、確かに俺は恵まれていると思う。学内でフィアが俺の隣に居るのはもう既に当たり前になっているし、クリストの皆と一緒に居ることも多い。そしてユーフィー。彼女も何だかんだで側に居ることが多く、彼女が俺を『兄さん』と呼んでくれてるのもまぁ……最近は大分慣れたんだ。“俺”だけじゃなく、“周囲”も。けど、そこにアネリスが現れた。
そう、未だ「妹にしたいランキングナンバー1」をキープしているユーフィーに瓜二つな彼女居たからさあ大変。
大いにざわつく食堂内。そんな中、一人の生徒──まあ俺の同級生なんだが──が、果敢にも質問してきた。来なくていいのに。
「お、おい青道、そのユーフォリアちゃんそっくりな子は誰なんだ? ユーフォリアちゃんのお姉ちゃんか?」
確かに、アネリスの醸し出す雰囲気から察すれば、ユーフィーの姉と思っても可笑しなことはないのかもしれない。
そう言えば、アネリスがこの姿をしていることに対して、意外にもユーフィーは特に不満は無い様子である。
ユーフィーが言うには、「何となく、アネリスさんなら良いかなって思いまして。その……自分でも不思議なんですけど、余り違和感を感じないんですよ」とのこと。アネリスの母たる『調律』の転生体なだけに、アネリスとは相性が良いのかもしれないな。
ふとそんなことを思ってしまったばかりに、掛けられた問いに対して俺が答えるよりも早く、アネリスが自ら答えてしまった。答えなくていいのに。
「ふむ……妾の名はアネリスと言う。永らく閉じ込められて居た処を主様に助けて頂き、“主様のモノ”と成ったのじゃ。以後宜しくの」
くふふと笑いながらそう言って──あの時は左右にフィアとユーフィーが座っていたから──後ろから抱き着いてきやがりましたこの人。
ああ確かに間違っちゃいないさ。助け出したし契約したしそもそもアネリスは神剣だからな。それにしても“祐”じゃなくわざわざ“主様”なんて言いやがったり、顔の直ぐ横にある表情が何とも言いがたい位に愉しそうなものだったりする辺り確信犯だなこのヤロウ。野郎じゃないけど。そう思った矢先、アネリスの言葉を聞き、その行動を見た皆から上がったどよめき。
その後はもう言わずもがな、食堂……っていうか俺の周囲は阿鼻叫喚の坩堝と化した。……ああ、思い出したくない。
「……さん…………祐さんっ! えっと……大丈夫……ですか?」
「へ? あ、ああ。大丈夫」
ミゥに掛けられた声で我に返り、軽く周囲を見回してみると、何故か皆苦笑いを浮かべていて。
どうしたんだ一体、って思ったところで、
「あー……うむ、少々調子に乗り過ぎた様じゃ。済まぬ」
アネリスに神妙な顔で謝られた。……何なんだ一体。
そんなやり取りをしていると、ふと世刻が後ろに永峰を連れて入ってくるのが見えた。
昨日の昼間、シャワー室で見かけたように、今現在永峰の身体を動かしているのは、『永峰希美』ではなく、前世の意識である『ファイム』である。そのため──恐らくファイムがそう言う性格だったのだろう──常にぼんやりとした感じで、話しかけても録に返事もせず、じっとこちらを見つめてきたり、そもそも反応が無かったりと、『永峰希美』として見ていた場合、とてもすごく様子がおかしく感じられ、世刻達は当初は酷く混乱していたようだ。
俺は事前知識もあったし、そう言う物だと思っていたので、違和感は感じてもそこまで戸惑うことはなかったが。
昨日ファイムがシャワー室の前でああいった行動を取ったのは、その辺の雰囲気を察していたってのもあるのかもしれないな。
そうこうしているうちに、食堂に入ってきた世刻は、真っ直ぐにこちら──旅団メンバーの固まっている一角へ来ると、懐から一通の手紙らしきものを取り出しつつ、口を開いた。
彼によると、どうやら昨夜も夢の中で『ナルカナ』に逢ったらしく、早く逢いに来いと急かされたそうだ。
そして眼が覚めた時、自室の机の上に、今手に持っている手紙──『永峰希美』からの手紙を見つけたという。
手紙には、自分の身体の主導権は今、ファイムが握っていること。とは言え、皆が話しかけてくれたこととか、ファイムが見聞きしたことは全部永峰にも届いているのだそうだ。この手紙は、深夜に少しだけ身体の主導権が戻った時に書いたこと……それに、世刻を心配するようなことが書かれていたそうだ。
世刻の話を聞いて、早くナルカナを見つけて永峰を元に戻し、斑鳩とサレスを迎えにいこうと、皆のやる気も存分に上がったようである。
盛り上がる皆の様子を見ながら朝食を終えた後、外へ繰り出すために集まった校門前。世刻達は既にものべーを出て町へと向かっており、今此処にいるのは俺とフィア、アネリス、ユーフィー、クリストの皆、そして──
「んで、何故エヴォリアも居る?」
そう、何故かエヴォリア。
俺の問いに、彼女はきょとんとした顔で見返して来て。
「帰る前に、故郷の妹に土産話でも、と思って…………ダメかしら?」
そう言いつつ俺の前に移動すると、おもむろに俺の右手を両手で包み込むように取って胸元へ持っていくエヴォリアさん。“ふわり”と言うか“ふかっ”と言うか“ふにゃっ”と言うか、そんな感触が伝わってきて実に素晴らしい。とてもすごくやわらかいです。何と言う恐ろしい凶器。
「いやダメじゃないっていててててててっ」
不意に両耳を思い切り引っ張られた。
これから街に出るからって、姿を消していたナナシとレーメにやられたらしい。
仕方ないじゃないか。俺も男だ、嬉しいものは嬉しい。むしろ嬉しくない奴が居るだろうか。いや居ない。
「……むぅ」
「まったく……きみと言うやつは……はぁ………………やはり大……良い……ろうか……?」
「いやぁ……うん、つい。ごめんなさい」
とは言え、ユーフィーに可愛らしく睨まれてた上にルゥにこう憮然とした様子で言われては、思わず謝ってしまうのも仕方ない……よな。
……後半はいまいち聞き取れなかったが……訊き返さない方が良いだろう。そんな気がする。
「ところで、祐兄さんには何かアテがあるんですか?」
気を取り直して出発しようかと思った矢先、ユーフィーからそんな疑問が上がった。
それを聞いてあれ? っと思った所で、そうか、知らないのかと思い至る。
だから、ユーフィーに向き直って「もちろんあるぞ」と頷きつつ、きっと驚くだろうな、なんて思いながらソレを訊いてみた。
まあこれを聞けば、彼女も俺の「アテ」が何かすぐに思いつくだろうけど。
「なあユーフィー。『ハイペリア』って、知ってる?」
その瞬間、「え?」と固まり──
「えええええええ!?」
想像以上に盛大に驚いてくれて、思わず小さく噴出してしまった。
他の皆は意味がわからず、推移を見守っている。
「あの、あのあのっ! それって、ここ……ここが
息せき切って訊ねてくる彼女に苦笑しつつ、「ああ、そうだよ」と頷いてやると、ユーフィーの表情は、驚きと、嬉しさに満ちたものに一瞬にして変わった。
ダッと、直ぐ側にある校舎を囲む塀の上へ飛び乗り、『悠久』を顕現させると、そう、まるで『悠久』に遠くが見えるように高く掲げてみせる。……きっと衝動的にすぐ近くに有る高い場所に登ったんだろうけど、学園の制服でそう言う行動はどうかと思うぞユーフィー。
なんて、上に居る彼女を見上げないようにしながら──見上げたら丸見えだ──俺の耳に、何故これほどまでにユーフィーが喜んでいるのか、誰もが良く解る言葉が、嬉しそうな声音で聞こえてきた。
「ゆーくん、ほら! ここがパパの産まれた世界なんだよ!!」
…
……
………
ものべーは今、町から少し離れた郊外の山林に隠されている。
そのものべーの直ぐ前。町に行こうと出た俺達の前に、一人の少女が立っていた。
腰の辺りまであろうか、流れるようなさらりとした銀髪の、巫女服姿の小柄な少女。
少女は俺達の姿を認めると、ちらりと一団を見渡した後、その視線を俺に向けて、ぺこりと深く頭を一度下げた。
まるで俺達が……否、俺が出てくるのを待っていたかのようにそこに居て──いや、先に世刻達が出たにも関わらず此処にいるって事は、俺を待っていたと言うので間違いはなさそうな雰囲気だが──それを裏付けるかのように頭を下げた少女の姿に、皆揃って俺の顔を見る。
その視線に篭められた言葉は……一言で現すならば、『誰?』だろうか。
本来なら、それは俺が知りたい……と言いたいところではあるが、残念ながら俺は彼女を『識って』いる。
そう──頭頂にその髪と同じ色の『犬耳』を生やし、腰元から、同じ毛並みの『尻尾』を生やした、銀髪の巫女。
カオス・エターナルの一員であり、ナルカナの部下である『出雲』の巫女たる、『
──
何故彼女がここにいる? 『原作』じゃ今は確か、怪我を負ったか何かで『出雲』で療養中……ってことだったと思うんだけど。いや、既にここに居る以上、その辺の事情は考えない方がいいか。
と言うか気にすべきはそんなことじゃない──何故、俺を待っていたかの様なそぶりを見せるのかと言うことだ。
疑問が渦巻き、言葉を発する事が出来ない俺の視線を受け、綺羅はそっとその口を開いた。
「……お初にお眼に掛かります。私の名は『綺羅』。我が主、『倉橋時深』の命によりお待ちいたしておりました。宜しければご同行願います、若きエターナルよ──」