永久なるかな ─Towa Naru Kana─ 作:風鈴@夢幻の残響
屋上を半ば追いやられる様に後にした俺を出迎えたのは、ナーヤとエヴォリアだった。どうやら俺が降りてくるのを待っていたらしい。
用件は……予想は付く。先程の屋上での件だろう。
「……って言うか、エヴォリア乗ってたんだな」
「ええ。だってあの状況から単独での脱出は流石に無理だもの。次元振動も酷かったしね。……とは言え、ベルバが居てくれているとは言っても妹が心配だから、明日にはお暇させてもらうけれどね」
なるほど。何にせよ彼女が居ることに関しては、俺に否は無い。聞けば先程も、皆の一番後ろから様子を覗いていたらしい。
いやまあこの際それはいい。それよりも、だ。
「……何故に制服?」
そう。エヴォリアは何故か学園の制服を着ているんだ。
俺の問いに、「何を言ってるのよ?」と小首を傾げる彼女。別に問題は……無い……のか?
「集団の中に居る以上、下手に目立たない様にするのは当然じゃない。それとも……似合ってないかしら?」
「あー、いや、思った以上に似合っていて正直驚いている。そのせいで余計目立つ気もするが」
スカートを軽く摘みながらそんな事を言うエヴォリアさん。これはレアな光景ではないだろうか。何気に順応してるなぁ……って言うか、その短いスカートでそう言う事をするんじゃない。
(……そう思うんでしたら、視線をそこから外してください)
そんなフィアの念話が飛んできた。
そうは言っても仕方が無いじゃないか。見るなと言う方が無理があるって思った所で、左を見てみろと言うレーメからの念話が聞こえる。
それに応じてちらりと左を見てみれば……むぅっと何処と無く不機嫌そうに、ぎゅっと俺の腕を抱き締めるユーフィー。
怖くはない……って言うか、むしろ可愛いぐらいだが、とりあえず話題を変えたほうが良いような気がする。
「ごほんっ。……えーと……それで、二人がここに居るのは……屋上での事か?」
そう問うと、くくっと笑いを堪えながら、こくりと頷くナーヤ。
ふむ、と唸る俺に対し、彼女はちらりと、俺の右腕を掴むユーフィーへ視線を一瞬向け、
「……今は落ち着いておるようじゃが、先程のユーフォリアの様子は明らかにおかしかったのでな。……サレス不在の今、代わりに旅団を預かる身としては、出来れば事情を知っておきたいのじゃ」
……参ったな。そう言われてしまっては、無碍には出来ないじゃないか……仕方ないか。
で、エヴォリアは? と視線を向けると、「気になったから」と言うお言葉。歯に衣着せぬ言い方に苦笑しつつ、まあ良いかと思いながら、二人へ先程ミゥ達にしたのと同じ説明をしていく。
案の定と言うかなんと言うか、話が進むうちに彼女達の表情は、段々と険しくなっていくのがよく解った。
「……なるほど……確かに現状の余裕の無さを考えれば……伏せておいて正解、じゃな」
「まあ絶対に秘密って訳じゃないから、ナーヤが必要だと思うんなら皆に話してくれて構わないけど」
そう言うと彼女は、「まったく……わらわに丸投げするでないわ」と苦笑いを浮かべつつ返してくる。
対してエヴォリアの表情は硬いままで、
「つまりは、私に関しての事も、貴方じゃなく“別の誰か”によって行われたって事になるのよね? ……冗談じゃないわ
「そうは言っても、もうどうしようも無いのじゃろう?」」
ナーヤの問いに首肯すると、エヴォリアは「気に入らないわね」と一言。
ナーヤはそれに苦笑しつつも「仕方が無かろう」と宥める。
「まあ良い、心に留めておこう」
「……悪いな、二人とも」
「うむ。それはそうと祐。先程街に出ていた学生達が戻ってきてな。やはり、この世界はおぬしらの世界では無いようじゃ」
話題を変える様に切り出してきたナーヤの言葉に、やっぱりかと頷く。
どうやら他の皆も、俺が事前に『元々の世界』ではないと言っておいたお陰か、動揺は少なかったようだが。
「それでな。のぞむが言うには、のぞむが“夢”の中で逢った『ナルカナ』と言う人物が、この世界でのぞむを待っていて、その『ナルカナ』に逢えば事態が何がしか動くはず、と言うのじゃ。よって、明日より神剣使い達で、手分けしてこの世界の様子見と、件の『ナルカナ』を捜すことにした」
「そうか……うん、わかった」
ナーヤの言葉を聞いて、やっぱり、世刻はナルカナと逢っていたかと思いつつ頷いて返す。
それを受けて、ナーヤは「うむ、よろしく頼む」と言いながら、エヴォリアは「少し考えを整理してくるわ」とこの場を後にし、それと入れ替わる様に、屋上からアネリスが一人降りてきた。
「む……なんじゃ、まだ此処に居ったのか?」
「ん、ああ。ナーヤとエヴォリアが居てさ。少し話してたんだ」
その一言で大体察したか、「成程」と一言呟いて頷くアネリス。
そんな彼女のにミゥ達の事を訊くと、彼女達だけで話したいとの事で先に降りてきたらしい。
「まあ、とりあえず食事でもしてはどうかの?」
アネリスに促され、そうだな、と、遅めの昼食を取るために食堂へ向かう。
ちらりと、屋上へと向かう階段を振り返り……先程彼女達に掛けられた言葉を思い出す。その表情が、心に過ぎる。嬉しくもあり、哀しくもあって。
そう……俺が思って良い様な事では無いのかもしれないけれど……願わくば、彼女達が進む道が、辿り着く未来が、幸せなものでありますように。
…
……
………
昼食を取った後、俺達は久々に──アネリスとユーフィーは初めてだが──『箱舟』の中へ入っていた。2つ程確認しておきたい事が有ったからだ。
「ふむ……随分と澄んだマナが満ちて居るの」
「本当に……あ、でもこのマナ、何処かで感じた事が……」
そう言うユーフィーへ「そりゃそうだ」と言うと、きょとんとした顔を向けて来たので、クリストの皆の事を教えてやり、ユーフィーが覚えがあるのは、彼女達の身体を取り巻くマナだな、と言うと「あぁ、そっか!」と声を上げた。
「それにしても……久しぶりに入ったな」
「仕方が無いかと。こういった集団生活の中で、そうそう頻繁に此処に入って姿を眩ますと言う訳にも行きませんから」
そんな会話をしつつ、入った直後に出る小さな小部屋から廊下を通り、洋館の前に広がる庭へ出る。
「さてユウよ。確認したい事とは何かの? まあ一つは、妾の“能力”であろうが」
向かい合って立った所でそう問いかけてくるアネリスに首肯する。
そう、一つはアネリスの……『調和』の所有者となった事によって、俺が出来る事について。要するに、今後の戦闘方法だな。
武器が変われば戦い方も変わる。今までのように『観望』を使えない以上は、新たな戦い方を模索しなければいけないんだから、当然だろう。とは言えそれは後で良い。今俺が一番確かめたいのは──。
「神獣……ノーマの事がどうなっちまったか確かめたい。『観望』がこんな事になってから、気が付いてすぐ理想幹に行ったりで、確認する時間が取れなかったからな。とは言え、『観望』本体に意志と呼べるものが無くなってしまったから……」
「ふむ。神獣事態が消えて無くなって居ればまだマシ。最悪神獣の方も本体のそれに準じて、呼び出したは良いが暴走して居る可能性が有る……と言う事じゃな? それ故に、態々此処に──他人の居ない場所へ来た、と」
アネリスの言葉に、その通りと頷くと、彼女はふっと、柔らかな笑みを浮かべる。
「心得た。安心せよ。もしもの時は、確りと妾が制御してやるからの」
「ありがとう……それと、よろしく頼む」
俺の言葉に「気にするでない」と返してきたアネリスの声を聴きつつ、意識を己の内へと埋没させ、初めてノーマを呼び出した時の様に、慎重に、ゆっくりと、精神を統一させていく。
そのうちに──俺の前方、俺とアネリスの間の空間に、マナが集まって行くのが感じられ、そしてそれは、一つの形を成す。
そこに現れる、双尾の雪豹。
「ほぅ……これが『観望』の神獣、か」
ぽつりと漏らしたアネリスの言葉が耳に届く。
ノーマが無事にその姿を現してくれた事にほっとしつつ、その動向を見つめていると、ノーマはその場から動く事無く、じっと俺の顔を見つめている。
余りに動かない為に、一瞬──『観望』から意志が消えてしまったために、ノーマの中に暴走する様な“精神”それ自体が無くなってしまったのかと、そんな考えが頭を過ぎった、その時。
「……グル……」
小さく唸り声を上げたノーマは、ゆっくりと俺の元へと近づいてきた。
その様子に、アネリスが少し身構えるのが視界に入り、小さく首を横に振って「まだ大丈夫」と制止したところで、俺の直ぐ側まで来たノーマは、小さくその喉を鳴らし──そっと、俺の身体へ、その頭を擦り付けてきた。
その瞬間、トクリと、俺の全身に広がる『観望』が、静かに脈動したのを感じて、ああそうかと──理解した。
『観望』は『観望』であり、『ノーマ』は『ノーマ』。されど、『ノーマ』もまた『観望』でもあるのだと。
──……我が意思は変わらず我が内に有り。……ふむ、どうやら我の意思と神獣との共存は出来たようだな。いや、その神獣もまた我であるのは変わりないのだが。……面白いものだ。
初めてノーマを呼び出したその時、『観望』が言っていた言葉が思い出され──
「……そうか。『
そんな言葉が、自然と口を突いて出た。
言ってしまえば、呆れる程にご都合主義な、そんな展開。……だけど……今はそれがひどく心地よい。
甘えるように摺り寄せてくるノーマの頭を撫でながら、俺はそんな想いに心を馳せた。
◇◆◇
もう日も暮れようか言う夕方、汗でも流そうかと、男子用に割り当てられているシャワールームへと向かったところで、その入り口に立ち尽くす世刻と永峰に鉢合わせた。
それにしても、この学校がものべーによって移動した時に、校舎だけじゃなくて、このシャワーのある部室棟やプールのような施設も一緒だったのは不幸中の幸いだな。
それはともかく。
世刻は俺に気付くと「あ」と声を上げるた。
「先輩もシャワーですか?」
「ああ。“も”ってことは世刻もか……って、ここに居るってことはそうだよな? こんな入り口で立ち止まってどうした?」
俺の答えに、世刻は「ええ、まあ」と曖昧な返事をしつつ自身の後ろ……に佇む永峰をチラリと見て、ハァと溜め息を吐く。
「実は……入ろうとすると希美も付いてきちゃうんですよ」
「それでさっき、中で騒ぎになりまして」と力なく説明する世刻。入るならば、他の皆が居なくなってから永峰を連れて入るしかない。けど流石にそれは……ならいっそ今日は諦めるか、としばらく悩んでいたとのこと。
それを聞いて、“原作”でもそんな話あったなーと思い出した。……仕方ない、助けてやるか。
「……
永峰の状態を思い出しつつ声を掛けると、
「世刻はシャワーを浴びてきたいそうだから、ここで待ってような?」
そう問いかけると、ファイムは「何で?」と言うように小首を傾げた。
「えーっとな……女の子に裸を見られるのは恥ずかしいんだよ」
理由を説明すると、ファイムは世刻の方へ顔を向け──世刻は「そうそう」と頷いて同意する。
するとファイムはしばらく考えるように黙ったあと、「……解った」と小さく一言呟いた。
それに心底ほっとした表情を浮かべる世刻。そんな彼に「良かったな」と言いつつ、それじゃあ行こうかと声を掛けて脱衣室へ向かおうとし──ファイムが俺の制服の裾を握って邪魔をした。
「……ファイムさん?」
「……ここで待ってる」
これはあれか。俺も一緒に待ってろと?
えぇー、と思いつつ世刻を見ると、「お願いしますっ!」と拝むように頼んでくる。
ファイムは無表情ながらも、俺の制服を離そうとしないし……ハァ。
「仕方ない、行ってこい」
なるべく早くなと続けると、「ありがとうございます!」と言いつつ脱衣室に駆け入る世刻。
多分、他の皆が『永峰』とか『希美』としか呼ばないのに、俺だけが『ファイム』と呼んだからなんだろうけど……やれやれ、さっさと出て来いよ、世刻。
そんなことを考えながら脱衣室の前の壁にもたれかかり、世刻が出てくるまでの間、全然喋らないファイムと一緒にぼーっと無言の時を過ごすハメになるのだった。