永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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写しの世界
80.契ること、誓うこと。


「さて、祐。汝に問う。……妾と契約する意志は、在るか──?」

 

 ひたと眼を見据えられて問われた言葉に、思う。

 先の『理想幹』での戦いで、戦う力が欲しいとつくづく思った。

 アネリスを『世界の狭間』から出すことが出来た。そのアネリスのお陰で、『観望』からの悪影響も無くなった。だからあとは他の皆に任せて、後ろで見ている? ……冗談じゃない。そんなのは嫌だ。

 ……解っているんだ。アネリスと契約しない限り、最早俺にはまともに戦う術は無いってことは。

 アーツや魔法では決定力に欠ける。ミニオンが相手ならば良い。けど……そう、動向の見えないスールードや、まして……イャガが相手であれば、尚更。

 いや、本来であれば、『理想幹』から脱出する際に契約して、もっと確実に『障壁』を打ち壊すべきだったんだろう。

 だけど。

 そう、只一つの懸念が、俺の心を縛る。

 そんな俺の心境を見通したかの様に、不意にアネリスが、その表情をふっと和らげた。

 

「……あの時も言うたが、ぬしが不安に思う事は、解っておる心算じゃ。其れ故に、此の場に其の者──フィアも呼んだのだからのぅ」

 

 そう言って、アネリスはその視線をフィアへと向ける。

 

「では質問じゃ。フィアよ、ぬしとナナシ、そしてレーメ。ぬし等には“渡り”の影響は有ると思うか?」

 

 アネリスの口から出た問い。

 ……そう、これが俺の“懸念”。訊かねばと思いつつも、訊けなかった問い。

 フィアとナナシ、レーメの三人は、──今はそれにアネリスも加わったけれど──俺がこの『永遠神剣の世界』を出て行く時にも、確実に着いて来てくれるメンバーであるが故に、そんな彼女達に忘れられたらと、それが気がかりだった。

 けれど、フィアの口から出てきたのは、

 

「……いえ、私達は、恐らく影響を受ける事はないでしょう」

 

 そんな否定の言葉だった。

 フィアはにこりと微笑むと、言葉を続ける。

 

「……ナナシやレーメは、言うなればご主人様の“魂”と結びついた使い魔の様な存在ですし、私の場合は、そもそも最初からこの『永遠神剣の世界』の(ことわり)の“外”にある存在ですから

 

 もちろん絶対にとは言い切れませんけど。と続けて締めたフィアの言葉に、アネリスは安心半分、満足半分と言った様子で「うむ」と頷くと、再びその視線を俺に向ける。

 さあどうすると、その視線が問いかけてくる。

 ……けど何と言うか、ここまでお膳立てされたら答えは一つしかないよなぁ。

 正直言えば、エターナルであるユーフィーを除く他の皆から忘れられる事は、辛いし怖い。けどそれは、言ってしまえば“想定された”未来だから。最初から、そう言うものだと覚悟は出来ていた。

 そう、俺は、いつかユーフィーと話をした時に、いずれエターナルになるであろう事は覚悟していたんだ。……にもかかわらず、土壇場になってフィア達の事が引っ掛かって躊躇ってしまったのは……甘え、なんだろうな。

 けどそれも、背中を押されてしまった……否、押してもらった。ならば俺は、それに応えねばならないだろう。

 ……うん。

 だから、決めた。

 確りと、アネリスの眼を見つめて、俺は俺の意志を、口にする。

 

「アネリス。俺は、君と、契約を望む。俺は君に、いつかの約束を果たし数多の“世界”を見せよう」

 

 ──だから俺に、力をくれ。護りたいものを護れるだけの、力を。

 

「……良かろう。此の契約を持ちて、妾はぬしが力と為り、ぬしは妾の半身と為る──」

 

 その言葉と共にキンッと光を発し、アネリスの姿が光に包まれた。

 眩さに一瞬目を閉じ、再び開いたそこに在るは──純白の地に、黒のラインで紋様が描かれた、美しい一振りの、鞘。

 抜き放ち、振るう為の刃は無い。本来であれば、『刃』の納められていない『鞘』だけの存在など、頼りない所の話では無いだろう。

 けれど、“これ”は違う。寧ろこのままで在るのが正しいものであるかのような、強烈な存在感。感じるマナは強く、優しく、そして気高く。

 

「これが──」

<そう、これが、妾じゃ。さあ──妾を手に取るがよい──>

 

 “声”が響く。

 それに導かれるように、俺は、目の前の“彼女”を手にした、その瞬間──力が──溢れるほどの力が、俺の中を満たし、“俺”と言う存在そのものを創り変えていく。

 俺と言う存在を、全てを、何もかもを創り変え、“世界”から切り離し、そして俺は“俺”と言うたった一つの“全”となる。

 

<解るか、祐? わが主よ>

 

 『調和』の──アネリスの問いに、頷いて返す。良く理解(わか)る。これが、第一位神剣の力。これが、“生まれ変わった”俺──。

 ──永遠にも似た数瞬の後、知らず閉じていた眼を開いた。

 

<今の妾は永き封印から解かれたばかり故に、大した力を振るう事はできぬ。とは言え、妾の“能力”とぬしの力を上手く使えば撃ち破れぬモノなど在りはせぬ。……さて、此れから幾久しく、宜しく頼むぞ。妾を上手く使ってみせるように、のう? 我が主様(あるじさま)

「ああ。俺の方こそ頼りないだろうが、よろしく頼むよ」

 

 そう返した所で、手の中の『調和』が再び光を発し、ふわりと浮き上がる様に俺の手の中から抜け出て、次いでその姿を再び「アネリス」へと変え、目の前に降り立った。

 その時、屋上の出入り口の辺りに感じる気配。

 振り向き、視線を送ったのと同じくして、扉が勢い良く開き、旅団の皆が駆け出てきた。

 何かあったのかと思った所で、俺達の姿を眼に留めたナーヤが、声を上げる。

 

「ゆ、祐か! 今ここに強烈な神剣反応があったが、何があった!?」

 

 その言葉で、皆が慌てて此処に来た理由が解った。アネリスがその姿を現した時、その時に発した強烈な気配を皆も感じてここに来たのか。

 とりあえず説明するかと、慌てる皆へ落ち着く様に宥め、「アネリスと……『調和』と契約した。今の気配はその時のだよ」と告げると、驚きつつもなるほど、と納得する皆。

 思ったよりもアッサリ納得したのは、『理想幹』突入前のブリーフィングで俺が言った、彼女が強い力を持つ神剣ってのを覚えていたのだろうか。

 

「へぇ……アネリスって、本当に神剣だったんだ」

 

 ルプトナがそんな感想をもらしたのが耳に届く。確かに見た目は黒ユーフィーだからな、と苦笑したところで、そのユーフィーの、「え……」と言う、どこか呆然とした様な声がした。

 

「そ、そんな! 何でですか! 何でそんなこと……!」

 

 声を荒げながら、ぶつかるように駆け寄って来たユーフィー。俺の顔を見上げる彼女の視線は、驚愕と、悲しみが篭められていて……旅団のメンバーの中では只一人、彼女だけが、俺が此の道を選ぶ事の意味を解っているからな。

 その視線の中に、俺のことを案じてくれている想いがひしひしと感じられて、済まなく思いながらも、嬉しく思ってしまう。

 他の皆は、ユーフィーの態度の意味が解らず、驚いたように固まっていたので、此処は大丈夫だから戻ってて、と手振りで簡単にだがメッセージを送っておく。……エターナルと言う存在はともかく、その特性なんてのは、今はまだ知らなくて良いだろう。話せばきっと、大なり小なり彼等の心に負担をかけるだろうから。だってそうだろう? “いずれ確実に忘れ去る相手”と、普通に接しなければいけないんだから。

 平時ならばまだ良かったかもしれない。けど、今は斑鳩の事やサレスの事等、気にしなければいけない事が沢山在るから。

 それが通じたか雰囲気を察したか、ナーヤが皆を促して屋上を後にしていくのを視界の端に捕らえつつ、ユーフィーへ声を掛ける。

 

「ユーフィー、有難う。けど、良いんだ。このまま何もせずに時間が経って、それで何かあったら、俺は絶対に後悔するから」

「でも! ……“こっち”に足を踏み入れるって事は、全部……全部断ち切るって事なんですよ!?」

「解ってる。けど……自分の力が無いばかりに、皆を傷つけるのは、嫌だからさ。それに……“全部”じゃないよ」

 

 今にも、ナニカが零れ落ちそうな彼女の頭に手をやってそう言うと、え? っと言う顔を浮かべる。

 

「俺の周りにはそれでも共に居てくれるヒトがいる。フィアが、ナナシが、レーメが、アネリスが。それに……ユーフィー、君だって、俺の事は覚えていてくれるだろう?」

「でも……でも!」

 

 他は全部、なくなってしまう。

 そう言いたげな彼女に思わず苦笑が漏れて、くしゃくしゃと、少し乱暴に撫でてやる。

 

「ユーフィー、いつか君に“思い出”を作ったように、俺も“ここ”で過ごした思い出がある。例え将来、全て無くなったとしてもさ。だから、大丈夫」

 

 それに、それは別に今すぐに、じゃない。少なくとも、この『時間樹』での事が片付くまでは大丈夫だしな。

 そう続けると、ユーフィーはもう何も言わずに、俯いて。ただ──彼女の真下の地面に、数滴の雫が落ちただけ。

 

「祐……全て無くなる(・・・・・・)とはどう言うことだ?」

 

 聞こえた問いに、慌ててそちらを見れば、ルゥが、そしてミゥ達クリストの皆が、俺をじっと見つめていた。

 ……あー、ナーヤ達と戻ってなかったのか。

 後ろを振り向くと、フィアとアネリス、それにフィアの両肩に移っていたナナシとレーメに、仕方ない、と頷かれた。……まあ確かに、ここまで聞かれて説明しないって訳にもいかんか。それに別に、絶対に秘密にしないといけないって訳でも無い……けど。……はぁ。

 そして俺は、ルゥ達に説明していく。エターナルと言う存在の事を。

 三位以上の神剣に認められ、契約した者は『永遠存在(エターナル)』と言う存在になること。

 エターナルになった者は、その瞬間“世界”から切り離され、その名の通り寿命が無くなること。

 世界から切り離されるから、“渡り”と言う行為によってその世界から外に出た瞬間、そのエターナルがその世界で行った事は、別の誰かや何かによって行われた事に置き換わり、その世界にとってその者の存在は「無かったこと」にされ、世界に存在する人たちの記憶の中からも、そのエターナルに関する事が消されること。

 そして──ユーフィーがエターナルで、俺もまた先程、エターナルになったと言うこと。

 全ての説明を終え……沈黙が落ちた。

 ルゥ達は、正に呆然と……いや、愕然とした様子で。

 

「……え……? そんな、嘘、よね?」

 

 搾り出されたようなゼゥの言葉を、俺は首を横に振って否定する。

 

「じゃ、じゃあ本当に……いつか、私達が……祐さん達の事を忘れてしまうって、言うんですか……?」

 

 戸惑い気味に言われたポゥの言葉に首肯すると、「そんな……」と、彼女は呟く。

 如何程の時間が流れただろうか。

 痛いほどの沈黙。一様に何かを考え込んでいるクリスト達。

 そんな折、“何か”を決心した様な表情を浮かべて、ルゥが言葉を紡ぐ。

 

「祐……アネリス殿に……いや、第一位神剣たる『調和』に、頼みがある」

「ふむ。……申してみよ」

「……祐が使っていた『観望』を生み出したのは貴女だと聴いた。……頼む、私に、神剣を……戦う力をくれないだろうか」

 

 一瞬の間。

 

「……ぬしが神剣を失った経緯は存じておる。故に良かろう、と言いたいが……“力”を得るには相応にして代価が要るものじゃ。ぬしは妾に何を差し出す?」

「私は、その力をもって、祐と共に在る事を誓う。例え何があったとしても。祐の為にその力を振るおう」

 

 試す様に言うアネリスへ、ルゥは迷う事無く、それを口にした。言われた俺自身、一瞬何を言われたのか解らなかったが。

 だってそうだろう。さっき彼女達に説明した通り、俺と共に在るなど出来るわけが無い。そう、出来るわけが無いんだ。だって、“渡り”を行えば──。

 けれど、俺が何か言う前に、ルゥが再び口を開く。

 

「……祐。きみがエターナルであるとか、きみの事を忘れてしまうだとか、それは理解した。けど、私は──私達は、きみの事を忘れない。例え忘れてしまったとしても、絶対に思い出す。思い出してみせる。だから、私は……きみの側で、きみと共に戦いたい。私は、きみの側に在りたい──」

「けどっ……」

 

 それでも、無理なものは無理だ、そう言おうとした俺の言葉を遮る様に、そっと右腕を掴まれて……振り向いたそこで、ユーフィーが苦笑しながら小さく首を横に振った。

 

「ダメですよ、祐兄さん。今のルゥちゃんは、あの時──『未来の世界』でルゥさんと同じ事をあたしに言った、祐兄さんと同じ顔してますから」

 

 そんなユーフィーの言葉に、俺が反論も出来なく口を噤んだその時、此の場にアネリスの愉しげな声が響いた。

 

「く……くふふふ……ふふふははははは!! いや、形無しじゃな、我が主様よ。……ぬしの負けじゃ、諦めるがよい。それにしても面白い。妾ではなく祐の為に、か。──良かろう。ルゥよ、ぬしに、妾からの贈り物じゃ」

 

 その言葉と共に、アネリは俺へ向き直ると、そっと手を翳した。

 

「祐、動くなよ? ぬしの中から『夢氷』を抜き出すゆえにな」

 

 次いで俺の中から、暖かいモノが出て行く感覚と共に、光の珠がアネリスの手の中に現れる。

 あれが──『夢氷』の欠片。

 

「今の妾に、一から神剣を生み出すほどの力は無い。永らく封印されていた故に、力が戻っておらぬ。故に、この『夢氷』の欠片を“核”にして神剣を構築する」

 

 そう言いつつ、『夢氷』へとマナを篭めていくアネリス。

 そして、『夢氷』の欠片が大きく光を放ち、その次の瞬間──アネリスの手の中には、『夢氷』に良く似た一振りの大剣が握られていた。

 アネリスはそれをルゥへと差し出し、その剣の名を告げる。

 

「これは第五位の永遠神剣『凍土』。さあ、受け取るが良い、ルゥよ」

「……有難う。……『凍土』……これから、よろしく頼む」

 

 ぽつりとその名を呟きながら、そっと、優しく刀身を撫でるルゥの表情は凄く優しげで……そんなルゥを満足げに見ていたアネリスは、彼女に向かって言葉を掛ける。

 

「ルゥよ、覚えておくがよい。想いの強さは力を(もたら)し、願いの力は奇跡を齎す。もしもぬしが先の言葉を違う事無く貫くのであれば──(いず)れ、凍れる大地にも華が咲こう」

「……それは……?」

「なに、何れ解る。言うた様に、ぬしがこれから先も祐の為に在るのであれば、な」

 

 どう言う意味だと疑問を浮かべるルゥへ、アネリスはくふふと愉しそうに笑いながら告げる。

 対して俺も、今のアネリスの言葉を考えていたところ、そのアネリスが不意に俺の背中を入り口に向けて軽く押してきた。

 

「……っておい、アネリス?」

「祐よ、妾は少々ミゥ達に話が在る故に、先に下に戻っておるがよい」

 

 一体なんだと言うより早く言われ、それに答える前に「まあまあご主人様」とフィアに右手を、「さ、行きましょう」とユーフィーに左手を引かれて連行される俺。皆して何なんだおい。

 

「祐さん。……私達も、ルゥと同じ気持ちです。貴方の事を忘れたくも、忘れるつもりも無いですから──」

 

 屋上から出る直前──背中からミゥのそんな言葉が聞こえて……強いな、皆。何よりも、心が強い。

 そう思う俺の顔を見たフィアに、くすりと笑われた。

 

「……何だよ?」

「いえ。……嬉しそうな顔、してましたから」

 

 ……そうかい。

 まったく、本当に適わない。


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