永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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79.懐かしき、風景。

『これよりものべーを発進させます。揺れることが予想されるので、皆、何かに捕まっていてください──』

 

 ものべーに乗り込み、保健室に連衡されてから少しして、カティマの声で放送がかかる。

 それに続いてズズッと小さな振動が起こり、丁度、俺の寝かされたベッドから見える窓の外、空が動き始めたのが解った。

 俺の隣のベッドには、気を失ったままの永峰が寝かされ、世刻が寄り添う中、ヤツィータが容態を見ている。

 ちなみに俺のベッドの横では、丁度俺がベッドに突っ込まれた時に来たフィアが、ゆっくりと俺にマナを流し込んでくれている。

 「別に動けないわけじゃないんだけど、念のためと言うか大事を取ってだな」と本当のことを言ったんだけど、「しょうがないなぁ」と言う顔をしながら「そうですね」とあしらわれた。どう見ても信じてないな。

 そこに、生徒会室の方の様子を見てきてもらっていたミゥ達が戻ってきた。

 話を聞くに、やはりサレスはものべーに乗らなかったらしい。

 

「サレスが……?」

 

 と、隣に居た為に話が聞こえたか、世刻がぽつりと漏らし、それに対してミゥはこくりと頷くと、

 

「はい。あれは乗り遅れたと言うよりも、あえて乗らなかったと言う感じでしょうか。……タリアは随分と取り乱していましたが……サレスの事ですから、何か考えがあるかと思います」

 

 俺が何かフォローをするでもなく、ミゥのその言葉に、皆「サレスならそうだろう」と納得したのだが。

 とりあえず当分のところは、ナーヤが臨時でリーダーとして行動する事になるようだ。

 ……そういや旅団の副団長って、ヤツィータだよな。なんて思った所でちらりと彼女の顔を見ると、

 

「私は良いのよ。トップに立つより横から支える方が性に合ってるしねー」

 

 俺の視線に気付いたのか苦笑を浮かべてそう言った。

 ん。まあその辺の事は彼女等の中で既に話はついてる事だろうから、良いんだが。

 そうこうしているうちに、段々と学園が……否、ものべー自体が、か。まるで地震のように揺れ出した。窓の外から見える空は、既に分枝世界外のものへと移っている。これは……

 

「この揺れは次元振動じゃな。恐らくは相当揺れるぞ。皆何かに捕まっておった方が良いじゃろう」

 

 アネリスの言葉に、皆思い思いに近くの、出来るだけしっかりとしたものに捕まった様だ。

 ……俺はと言えば、ベッドの上に寝てるからどうしようも無いわけで……それじゃあと起き上がって何かに捕まろうかと思ったところで、不意にユーフィーが「えいっ」と、飛びつくように覆いかぶさってきて下さいました。

 

「……って、ユーフィー、どうしたいきなり?」

「えっと、あたしがこうやって抑えておいてあげますっ」

 

 えへーっと笑いながら言うユーフィー。可愛いやつめと思わず笑みが漏れた……の、だが。

 それを見たワゥの目がキランと一瞬輝いた様に見えた、次の瞬間である。

 

「ボクもー!」

「ちょっ……げふっ!」

「ワゥー! 危ないからそんな勢い良く飛びついたらダメー!」

 

 ちょっと待てと言う言葉を発するより早く、てりゃーっと、ダイブする様なワゥの一撃が直撃した。鳩尾に。

 ワゥを叱るミゥの声が響く喧々囂々とした中、世刻が苦笑しながら立ち上がったのが見え、「ちょっと皆の様子を見て来るんで、希美をお願いします」と言い残して保健室を出て行った。

 そのしばし後だ、それまでの比じゃない揺れが襲ったのは。

 

 

……

………

 

 

 余りの揺れに、どうやら意識を失っていたらしい。

 頭を振りつつ周囲の様子を見れば、辺りは物が散乱し、えらい有様になっていた。

 ……どうやら、他の皆も気を失っていたようだが、丁度皆も今しがた意識を取り戻したらしい。酷い揺れだったから、身体のどこかを打ちつけたか、所々から「うん……」と、呻き声が聴こえる。

 ……それにしても……いくら酷い揺れだったとは言え、全員が全員意識を失い、丁度タイミングよく眼を覚ます? ……余りにも出来すぎだろう。

 

「む、目覚めたか。くふふっ……良う眠っておったの」

 

 そんな声にそちらを見れば、いつの間に着替えたか、学園の制服を着たアネリスの姿。

 今の口ぶりからすると、彼女は気を失ってはいなかったのか。

 

「全く。妾達を呼び寄せるために次元振動も利用するとは……相変わらず無茶苦茶をする」

 

 ああそうか、ナルカナの干渉か。

 ぽつりと呟いたアネリスの言葉が耳に入り、揺れと意識の消失の関連性と、その原因に思い至る。

 確か今回ので、世刻は夢の中でナルカナに会ったんだったか。そんな事を思いながら、一度のびをして身体をほぐしてから起こし、ヤツィータの「皆大丈夫?」という言葉に頷きながら、窓の側へ行き、外を見る。

 ……やっぱり。

 一階にある保健室からは然程良くは見えないが、それでも解る、見慣れたような、そして懐かしいような気持ちを思い起こさせる町並み。

 “普通の”住宅があり、“普通の”ビルがあり、“普通に”車が走り、“普通に”人々が歩く。

 そう、それは、俺達にとっての普通。

 そう、まるで、『元々の世界』のような。

 だからだろうか。学校から飛び出して、ものべーの外へ出て行った生徒の一団が居た。

 ……流石に危険はない……だろうけど。

 

「気持ちは解りますが、もう少し慎重に動いて欲しいものです」

 

 耳元で、肩に乗ったナナシの声が聞こえ、それに苦笑しつつ「仕方ないさ」と返したところで、これからの事を話したいからとナーヤが呼びに来たので、未だ意識を失ったままの永峰と、彼女の様子を見ているヤツィータを残して、生徒会室へ向かった。

 生徒会室に集まって、少ししてから世刻が来たのだが、会議自体は直ぐに終わった。

 先程ものべーの外へ出て行った生徒の一団。彼等が戻るまではとりあえず待機し、その後この世界が『元々の世界』でないのならば、改めて神剣使いのみで探索しよう、と言う事だ。

 ちなみに皆には、ここが恐らく『元々の世界』では無い事は伝えた。

 とは言え『原作』でそうだったからと言うわけにも行かないので、ものべーをこの世界に呼び寄せるように干渉してくる力をアネリスが感じた、と理由付けたが。

 その際に世刻が「……ナルカナ?」と呟いていた。やはり夢の中で彼女と逢ったらしい。尤も本人は、なぜナルカナの事が浮かんだのか、自分でも良く解らない、と言った顔をしていたが。この時点ではナルカナの正体を知らされていないから仕方ないか。

 その後、とりあえずこの場は解散となり、皆と共に食堂へ向かおうとした所で、アネリスに「話がある」と呼び止められた。

 

 

……

………

 

 

 フィアとナナシ、レーメ、そしてアネリス。いずれ『この世界』を出て行く時に……いや、それ以降もずっと、ずっと一緒に居るであろう者達。

 アネリスに言われ、“身内だけ”を伴い、屋上へ上がる。

 屋上からだと良く見える、現代日本の街並み。

 今の“俺”が産まれた『元々の世界』ではないけれど、それでもやはり懐かしい。

 ひとしきり景色を眺めた後、改めてアネリスに向き直った。

 

「それで、話ってのは?」

「うむ。まずはぬしの『腕』のことじゃ」

 

 彼女の言葉に、包帯が巻かれた自分の『左腕』を見る。

 改めて言うって事は、間違いなくこれのことだろう。

 

「祐よ、今現在でぬしが自由に動かせる『観望』は、その『腕』にしておる分のみであろう?」

 

 アネリスの問に頷く。

 そう。あの時のイャガとの戦いで、『観望』は俺の全身に同化するように散らばり、かつ、イャガの攻撃によって『観望』を構成していた群体の多くが『喰われた』ために、今俺が武器にしたり等、自由に形を変えられるのは、この『左腕』にしている分のみだ。

 つまり、神剣を『武器』として使うためには、この腕の形態を解かねばならないのだが……。

 

「ふむ、祐よ。その『左腕』は、決してその形を崩すでないぞ?」

 

 彼女の言葉に、俺も、側で話を聴いていたフィア達もまた、何故? と疑問の表情を浮かべる。

 しかし、次いでアネリスから発せられた言葉は、俺達の予想の斜め上だった。

 

「『理想幹』において『観望』を制御して解ったのじゃが、その『腕』。根元……肩口の辺りから、少しずつぬしの身体と同化していっておる。このままその状態を続ければ、そう遠くないうちにその『左腕』は、真実ぬしの左腕となるじゃろう」

 

 彼女の言葉に、思わず「は?」と間の抜けた声が漏れた。

 そんな俺の様子に、アネリスはくつくつと笑いながら、言葉を続ける。

 

「それもこれも、ぬしが『マナ存在』であるが故、じゃな。とは言え、本来であれば、神剣への依存度の低い四位以下の神剣使いでは、四肢を失おうものであれば、そうそう元に戻すなどはできぬのじゃがな。其れも此れも、今現在の『観望』とぬしの関係……全身に『観望』が同化する様に散っていると言う状態が(もたら)した奇跡とでも言うものか」

「……どう言う事だ?」

「ふむ。……そうよな……マナ存在とは、その身体をマナによって構成されているモノを言う。とは言え、ぬし等の様な低位の神剣使いでは、失われた四肢をマナで構築する、などと言った修復の仕方は出来ぬのじゃ。……詳しい理由等は知らぬ。恐らくは、通常の肉体から変異したマナ存在である、と言うのが大きいのじゃとは思うが。これが、例えばミニオンの様な一からマナで創られた様な存在や、より神剣やマナと繋がりの深いエターナルならば話は別であるがの」

 

 そこで一度言葉を区切り、「此処までは良いか?」と問いかけてくるアネリスへ頷くと、彼女は言葉を続ける。

 

「対して、現在のぬしの状態であるが……此処で鍵となるは、やはり『観望』じゃ。現在主の身体を……否、細胞を構成するマナの中には、それこそ全身に『観望』が、ほぼ同化する様な状態で入り混じっておる。そこに繋げられた、『観望』によって創られた左腕。……もう解るであろ? そう、ぬしの身体が、全身に散らばる『観望』を己が一部と認識している様に、その『左腕』もまた、己が一部と認識し、それに伴ってぬしの『左腕』を構成する『観望』が、徐々に、じゃが確実に、ぬしの肉体を構成するマナへと変質していっておる」

 

 「故に、その『左腕』は崩すなよ?」そう続けるアネリスへ「解った」と返し、想いを馳せる。

 共に戦い、そして俺の命を救ってくれて。今も尚、共に在り、俺を助けてくれている相棒に、感謝を。

 ふと気付くと、アネリスが凄く……何と言うか、優しげな微笑を浮かべていた。

 「どうしたのか」と訊ねると、自分の生み出した『観望』が示した、その誇り有る意志が嬉しいのだと言う。

 しばし後、アネリスは一瞬瞠目した後、真剣な面持ちで、俺の眼を見据えて来た。

 

「さて、祐。汝に問う」

 

 空気が張り詰め、その雰囲気に喉が鳴る。

 

「……妾と契約する意志は、在るか──?」


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