永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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78.脱出、理想幹。

 焼け焦げ、抉れた大地。吹き飛んだ草花。ものべーの元へ戻った俺達を出迎えたのは、一目見て激戦の跡と解る光景だった。

 サレス達に合流した後、ものべーの方にも敵が現れた事を伝えはしたのだが、ここまで激しいものになっていたとは思っていなかったのか、誰かがゴクリと喉を鳴らす音がした。

 ものべー自身は無事であるようなのだが……ミゥ達は無事だろうか。そう思ってしまった途端、不安が心を覆っていく。

 知らず駆ける脚が早くなっていったところで、ものべーから人影が三つ、こちらに向かって来るのが見えた。

 互いの距離は直ぐに詰まり、それがミゥ達だと解ってホッとする。

 

「祐さん! ルゥ姉さん!」

「よかった、お二人とも無事でしたか……」

 

 そう言って安堵の笑みを浮かべる二人。ほとんど戦え無い俺達二人が別行動したからだろうけど……仕方なかったとは言え、心配かけたなぁと思うばかりである。

「そっちこそ無事でよかった」と返し、彼女達の後ろにいる人物へと視線を向ける。

 

「エヴォリア、改めて助けてくれてありがとう」

 

 俺達が助かったのは何よりも君のお陰だと、そう告げると、彼女は「気にしないでいいわ」と返して来た。

 次いで彼女達へ現状を説明し、『理想幹』より脱出する旨を伝えたところで、周囲にソルラスカの声が響いた。

 

「なっ……んだよ、あれ……」

 

 その声にソルの方を見れば、彼は上空へとその視線を向けており……そちらへ目をやれば、そこにあったのは、空一面に広がる淡い光の膜。

 

「……さっきまであんなもの無かったのに……」

「……っ! そうか、ここを護る為の『障壁』か!」

「どうやら、本格的に我々をここで滅する心算ですね」

 

 タリアと暁、そして暁のナナシの声。

 それを聞いて、“原作”での展開を思い出し……とりあえずユーフィーも居るし問題は無いだろう。彼女であれば特に俺から促すでもなく、障壁の破壊に動くだろうし。

 そう思った直後、先んじてカティマが己が神剣である『心神』を抜き放つのが見えた。

 

「ならば、打ち破るまでです!」

 

 彼女はマナを集中させ、それを空に見える障壁へ向け、一気に解放する。

 それに応じて、一泊遅れながらもタリアやソル、ナーヤ……他の皆も一斉に神剣からマナを撃ち、障壁を攻撃した。

 だが……。

 

「そんな……我々の攻撃ではかすり傷一つ付けられないと言うのですか……」

 

 カティマが力なく呟く。

 そう、その言葉通り、障壁は一瞬揺らいだだけで傷すらついた様子は無く、そこにあった。

 

「……無理もない。あれは『魔法の世界』で俺が放った『意念の光』も反射したんだ」

 

 なまじ意念の光を間近で見ていたがためにそう思うのだろうか、眼前に広がる事実に、諦観にもにた感情を乗せて呟く暁。

 俺達の背後……中枢の方からは、黒いマナがじわりじわりと、『理想幹』を侵食しながら迫ってくる。

 

「諦めちゃダメです!」

 

 そんな中、ユーフィーの凛とした声が響く。

 彼女は『悠久』を構え、そこにマナを集中させていく。

 

「あれを打ち破るしか手がないのなら、それを貫き通すまでです! ……やあああ!!」

 

 聞く所によると、『枯れた世界』におけるイャガとの攻防で、ユーフィーはまた随分と強くなったらしい。……いや正確に言うならば、本来の力を少しだけ取り戻した、と言うべきか。恐らくは彼女の力を封じる神名の一つでも打ち破り、抑圧を緩めたのだろう。

 それは偏に、“原作”と比べてこの時点での彼女の力は遥かに勝っていると言うことである。

 ユーフィーが撃ち放ったマナの一撃は、障壁へと突き刺さると共に、閃光と轟音を上げる。

 先の皆の攻撃を合わせたものよりも、遥かに大きな一撃。これならばあの『意念の光』すら迎撃できるんじゃないか、なんて思うような。

 ああ、これはやったかなと思っていた俺は、そこに衝撃的なものを見る。

 

「うそ……」

 

 呆然としたユーフィーの声。

 そう、空にはまだ──健在な姿を見せる、障壁があった。

 そんなばかな……今のは誰がどう見ても会心の一撃だったはず。普通に考えれば今ので破壊できないはずが……そう思った直後に、ああそうか、と思い至る。

 皆が居なくなった後のものべーへの襲撃。ログ領域へ入った後に現れたミニオン達の数。それらを踏まえても、明白だった。管理神達が“原作”以上にこちらを警戒していることは。

 ……障壁を強化することだって、考えられて当然じゃないか。

 背後から迫る黒いマナ。絶望に染まる皆の顔。ものべー。それでも尚、諦めないとユーフィーが剣を構えると、それに触発されて、皆も……そう、あの障壁の強固さを思い知らされて、一瞬でも絶望させられても。それでも尚諦めたくないと、剣を構える皆。

 ユーフィーが、皆が、もう一度全てを振り絞って撃ち放てば何とかなるかもしれない。けど、ダメかもしれない。そう、確実に上手く行く、なんて保障は無い。

 ふと視線を感じて隣を見ると、アネリスが俺を見つめていた。「どうする?」と言わんばかりに。

 

「アネリス、もしも今──」

 

 俺が君と契約したら。そう言い掛けた俺を遮るように、「祐」とアネリスが一言俺の名を呼ぶ。

 仕方の無い奴だと言うように、彼女は俺の手をそっと取ると、小さくかぶりを振る。

 

「無理をするでない。ぬしにはまだ懸念材料(・・・・)が残っておるのじゃろ? それを解消せぬうちにそうしたいとは思わぬよ。何より……そのように強張った表情は好かぬ」

 

 そう言って少し困ったように微笑んだアネリスは、一度顔を伏せて「それに……」と呟く。

 

「……それに?」

「妾とて本調子には程遠いが、あの程度の障壁、穴を空けるなぞ造作もない」

 

 鸚鵡返しに問いかけた俺に対し、再び顔を上げたアネリスの表情は、今まで幾度も見てきたような不敵な笑みを浮かべていた。

 くふっと小さく笑ったアネリスは、右手を空──障壁へ向けて掲げる。

 その様子を俺も、そして俺達の会話が聞こえていたのだろう、他の皆もまた固唾を呑んで見ていると、アネリスの手の先に小さな、握りこぶしほどの大きさの黒い球体が出現した。

 「それは?」と問う俺に、アネリスから返って来たのは「ただの黒マナの塊じゃ」との言葉。

 

「これに妾のマナを混ぜ合わせ──圧縮する」

 

 その言葉に反応するように、一瞬膨れ上がった黒マナの塊が、瞬時に元の大きさより一回り大きいものへと収縮する。

 だが、それから感じる力は元のものとは比べ物になら無いほどに、強い。

 

「む……少々篭めすぎたか……まあよい」

「いやいや、まあよいって……大丈夫なのか?」

「うむ。黒マナに混ぜるに相応しいように、『運命』の担い手の小僧や『聖威』等への鬱憤を篭めてみたのじゃがな。少々力みすぎたわ」

 

 妾もまだまだじゃな、と笑いながら続けるアネリス。

 ……って言うか、アネリスって外に出てくるまでマナが枯渇寸前だったと思うんだが、そっちは大丈夫なんだろうか。

 そう思って訊いてみると、どうやら俺が気を失っている間の戦闘で、ある程度のマナは確保したらしい。それにこうして外に出てこれた以上、ほんの少しずつだけれど順調に回復しているので大丈夫だとか。

 アネリスはこちらの様子を伺っていた皆の顔をぐるりと見回し、その中でも先陣を切るであろうユーフィーで視線を止める。

 

「さて、『悠久』の担い手……ユーフォリアよ、上手く合わせよ?」

「は、はい!」

「……祐よ、妾の力の片鱗、しかと見よ。……喰らい尽くせ『パンデモニウム』」

 

 無造作に放られた黒マナの塊。

 それはある程度進んだところでパンッと弾け──その瞬間、膨大な量の怨恨のマナの奔流へと姿を変えた。

 以前『ダークインパクト』を喰らったときに、その怨恨のマナに篭められた“負”の力を感じたことはあるが、触っているでもないアレに篭められた力は、それと比べるべくも無いほどに強いと感じさせる。

 黒き砲撃はは障壁へと突き刺さり──一瞬の拮抗の後に、至極アッサリと食い破った。

 

「行くよ、ゆーくん!! てやああああああ!!!」

 

 その着弾点に向けてユーフィーの攻撃が放たれる。

 アネリスの砲撃にユーフィーの攻撃が接触した瞬間、巻き起こる爆発。

 咄嗟に目を伏せて抑えていても眩しいと感じる、凄まじいほどの閃光と爆音が巻き上がり──その余波が消えた頃に「やった! やりましたよ、祐兄さん!」と、嬉しそうなユーフィーの声が聞こえた。

 そう、今度こそ、障壁には確かな“穴”が開いていた。

 

「っ! 今じゃ、皆、あそこに向けて一斉に攻撃するのじゃ!」

 

 けど、ものべーが通るにはまだいささか小さい。それを見て取ったナーヤが、号令を下すと、それを受けて、皆がほぼ同時に攻撃を加えていく。

 流石な堅固な障壁と言えど、既にあいた穴……脆くなった部分に多量の攻撃を受けるとひとたまりも無いようで、確りとものべーが通れるだけの穴が開いた。

 

「よし、塞がれる前に脱出するぞ!」

 

 再びのナーヤの言葉に、俺達はものべーへと駆け出した。

 その途中、サレスに向かって、周囲に聞かれない様に問いかける。

 

「サレス、一人で大丈夫か?」

 

 それに対して一瞬驚いた顔をしつつも、すぐに頷くサレス。

 

「その代わり『二回目』の時は“そちら”は波状攻撃にしろ」

「今の障壁の様子からの判断か?」

「ああ。頼んだぞ」

 

 それだけ言って口を閉ざした彼に苦笑しつつ、わかったと答え、俺はものべーへと足を向けた。

 ……ちなみにものべーに入ってから、俺は結局保健室に直行となった。

 いや、安全なところに入って気が抜けてしまったか、中枢での無理が祟って一瞬ふらついてしまって。で、それを見たミゥ達に心配されて、大事を取って保健室に直行することになったと言うわけである。

 俺としては大丈夫だと思ったけれど、アネリスにも「妾が抑える前にやらかした無茶はどうにもならぬ。念のために休むがよい」と言われてしまっては反論のしようもない。


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