永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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76.力の、片鱗。

「理想幹の中枢からログ領域に行けば、『観望』を生み出した神剣に逢える」

 

 ここ、『理想幹』へと突入する前のブリーフィングにて、祐が言っていた言葉だ。そしてそれを覚えていたが故に、その光景(・・・・)を見ていた者達は皆、混乱した。

 そう、彼は確かに言ったのだ。逢う相手は『神剣』である、と。

 にも関わらず、彼が開いた空間の裂け目。そこから出てきたのは──髪と瞳、服の色が違うが──ユーフォリアと瓜二つの少女であったからだ

 祐にアネリスと呼ばれた──否、名付けられた少女は、祐と二、三言葉を交わした後彼に手をかざす。するとがくりと、祐の身体は糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。

 

「祐!」

「祐兄さん!」

 

 近くに居たルゥとユーフォリアが、慌ててその身体を支える。どうやら単に気を失っているだけのようで、ほっと安堵の息を漏らす二人。

 そして気付いた。今の今まで、活性化した『神剣の本能』に呑まれかけ、苦しんでいたその表情が安らいだものとなっている事に。

 思い当たる原因は一つしかない。アネリスが祐へと手をかざした事だ。

 祐の側に居たルゥとユーフォリアは、彼女が言った言葉を聴いていた。彼女は確かに、祐に向かって「後は任せて、今は休め」そう言っていたから、間違いないだろうと判断した。

 そして、祐の身体が崩れ落ちるのを切欠に、その様子を半ば呆然と見ていた皆は、慌てたように戦闘を再開する。アネリスが登場し、彼女を警戒してか様子を伺っていたミニオン達が再び動き出したからだ。

 既にかなりの数のミニオン達を倒したとは言え、もともとの絶対数が多かったために、殲滅するまでにはまだ時間がかかるであろう。

 だが、そうそうのんびりもしていられない。なぜならば、もう幾許かもしないうちに望達が『ログ領域』より帰還するだろうからだ。

 『ログ領域』で何が起こっているかは解らないし、そこに行った彼らに何が起きているかも定かでは無い。そのため、『ログ領域』から出てきたばかりの者達を、続けてミニオンとの戦闘に狩り出すわけにも行かない。

 そんな中、気を失った祐をルゥとユーフォリアに任せ、アネリスがふらりと前に出て来た。

 

「なっ……! ちょ、ちょっと貴女! 待ちなさい、危ないわよ!」

 

 慌てて制止するタリアであったが、アネリスはチラリと一度視線を送っただけで特に構う様子も見せず、最前線──誰よりも前へと進み出る。

 無論そのような行動を取れば、当然の如く、ミニオン達のターゲットは彼女へ移る。

 最初に行動に移ったのは、アネリスの一番近くに居た赤ミニオンだった。

 ミニオンはその身に宿すマナを練り上げると、間髪いれずにアネリスへ向けて解き放った。

 

「燃え尽きろ。……『ファイアボルト』」

 

 余りに無造作に進み出た彼女へ打ち込まれる、炎熱のマナ。

 放たれた炎弾は大気を焦がしながら、違うことなくアネリスへと襲い掛かる。

 ──直撃した。

 誰もがそう思った、その次の瞬間。それを見た者達の顔は、驚愕に染まる。そう、ミニオンすらも。

 

「……え?」

 

 誰が漏らした呟きであろうか、呆然とした声が響いた。

 それも無理はなかろうか。アネリスは、全く持って無傷であったからだ。

 とは言え、ただ無傷だっただけでは別に驚くに値はしないだろう。ナーヤやヤツィータ、ワゥであれば、魔法に対する抵抗力に重点を置いたブロックにより、ミニオンのファイアボルト程度であれば、無傷で防ぎきる事も出来る。タリアやルプトナであれば、アイスバニッシャー等のバニッシュスキルによって、敵の魔法を打ち消して無傷で居ることも出来よう。

 だが。

 アネリスは、何もしなかった(・・・・・・・)のだ。

 ブロックのためのマナを練り上げるでも、敵の魔法を打ち消すためにバニッシュスキルを放つでもなく、ただ悠然と歩いていただけ。『ファイアボルト』が撃ち込まれても、そのまま受け入れるかのごとく、無造作に喰らった……はずであった。

 だが、彼女に直撃したと思われた次の瞬間、ファイアボルトの魔法は文字通り消え失せた。火の粉の残滓すら残す事無く。

 最も困惑したのは、それを放ったミニオンであろうか。

 『ファイアボルト』、『ファイアボール』、『イグニッション』、『ライトニングファイア』、『インシネレート』……と、その次の瞬間には、まるでムキになったと言われても納得してしまいそうな程に、正に雲霞の如く、次々と魔法が撃ち込まれる。

 だが……やはりどれも、アネリスに当たる側から消えていく。

 

「……炎よ、降り注げ……『フレイムシャワー』」

 

 そして、ならばとばかりに放たれる範囲魔法。

 アネリスを中心に、炎が雨の如く降り注いだ。だが──。

 

「くふっ……ふふふふっ。もう、終わりかえ?」

 

 『フレイムシャワー』によって焼け焦げ、炎の集中した一部の箇所においては、地面がガラス状に変質するほどの灼熱の大地の中、悠然とした態度を崩す事無く、ミニオンたちを睥睨するアネリス。

 皆は見て、そして理解した。彼女の立つ地面、そして周囲の大地。その中において、彼女の陰になっていた部分の大地のみが、魔法の影響を受けていなかったのだ。つまりは──。

 

「まさか……魔法無効化能力か……?」

 

 ぽつりと、ナーヤが呟く。

 その声はアネリスにも届き──ちらりと、彼女はナーヤを一瞥すると、小さく笑みを浮かべながら、ゆっくりとかぶりを振った。

 

「ふむ……惜しい。そうよな……50点、と言ったところじゃな」

 

 アネリスがそう答え、違うのかと、誰もが疑問に思った時、

 

「……これならどう……? 『ダークインパクト』」

 

 黒ミニオンがそう言い放ってマナを解放すると共に、アネリスの足元の地面が黒く染まり、次いで爆発する様に湧き上がる、怨恨のマナ。

 アネリスの能力を魔法の無効化と、ミニオンも判断したのだろう。であるならばこの『ダークインパクト』のような、『アイスバニッシャー』や『エーテルシンク』と言った、相手の魔法を打ち消すバニッシュスキルが効かない、アンチバニッシュ能力を持った魔法であれば効果があるはずだ。

 だが。

 

「うそ……あれもなの?」

 

 驚くヤツィータの言葉の通り、アンチバニッシュ能力を持った魔法──『ダークインパクト』すらも、アネリスに当たると同時に消え失せ、アネリスに対して何の痛痒も与えずに終わる。

 驚いたのはミニオンも同じであろう。とは言え元より感情の薄いミニオン達であるが故に、次の行動に移るのは早い。

 魔法が効かないのであれば、直接攻撃にて倒せばよい。

 そう判断したのだろう、包囲網の中から踊りでる、青ミニオンと黒ミニオン。

 二体のミニオンが一気に肉薄し、その剣が振るわれる刹那、ミニオンに向けてすっと伸ばされたアネリスの手。そこから放たれた『炎弾』が極至近距離から二体のミニオンに直撃し、爆発すると共に吹き飛ばす。

 ナーヤを始めとした赤マナを扱う者は、それが何であるか、瞬時に理解した。そう、自分達も扱うものであるが故に。

 

「今のは……まさか『ファイアボルト』? え、けど」

「ふむ。正解じゃ」

 

 まさか、と言った風なヤツィータの言葉に、アネリスが答える。

 そしてそのアネリスの答えに対し、そのやり取りを聞いた者達の顔に浮かぶ表情はやはり驚愕であった。

 

「……有り得ない……」

 

 呻くようにタリアが言う。だが、無理も無かろうか。今のアネリスの言が本当だとするならば、彼女はいかなる予備動作も──詠唱も、マナを練るそぶりすら見せずに『ファイアボルト』を放ったということなのだから。

 ぽつりと言ったタリアの言葉はアネリスの耳にも届いたのだろう。タリアの顔をチラリと見たアネリスは、楽しげに小さく笑う。

 

「くふっふふふふふっ。残念じゃがな、小娘。ぬしにとっては有り得ぬことでも、妾にとっては有り得ることであった、それだけじゃ」

 

 タリアに対してそう言った後、その視線をミニオン達に戻してから、すっと右手を空へ掲げるアネリス。

 

「……さて……返す(・・)ぞ? 確りと受け取るがよい」

 

 その言葉に応じるように、掲げられた手の先の上空に、小さな炎の珠が生まれた。

 次の瞬間、それは瞬時に直径にして5メートル程にまで猛烈に膨らむ。それから感じられるマナは濃密にして、小型の太陽もかくやとばかりに炎が渦巻き、紅炎すら立ち上る。

 その巨大すぎる炎の塊。そして先程のアネリスの言葉。

 その二つが結びついたか、はっとした顔でアネリスを見るナーヤは、信じられないといった表情で、己の予想を口にした。つまりは──。

 

「その炎も、先程の『ファイアボルト』も……その前に撃ち込まれたミニオン達の『魔法』か!」

 

 その言葉に、愉しそうに笑みを浮かべるアネリスは、深く頷く。

 

「正解じゃ。妾は『鞘』ゆえに、な。そして……鞘に納められた刃は、再び抜かれるものであろう?」

 

 アネリスの言葉を正確に理解しているものは、祐が気を失っている今、彼に付き従い、ある程度の知識を共有する彼のナナシとレーメ以外には居ない。それでもその事象──話している間にも、彼女が掲げる炎熱の塊を打ち消し、妨害しようと、アイスバニッシャーや弱体化魔法が放たれるが、それら全てがアネリスに当たる側から消えていくと言う現象は、アネリスが持つ力の出鱈目さを周囲の者達へと知らしめるには充分であった。

 正しく『鞘』に向けられる刃は、その内に納められるが道理と言う様に。

 それに対しミニオン達は、魔法が駄目ならば再度物理攻撃にてと言うように、アネリスに向かって直接斬り捨てんと殺到する。なれどその(ことごと)くは、アネリスの展開した強力なマナのブロックによって阻まれていた。

 

「くふふふふっ……さあ、炎熱の中に消え失せよ……『ファイアボルト』」

 

 そして掲げられていたアネリスの手が振り下ろされると同時に握られると、その瞬間、火球は弾け、幾百……いや、それ以上の炎弾となって、包囲を展開しているミニオン達へと降り注いでいく。

 『ファイアボルト』とアネリスは銘打って放った物であるが、それは既に『ファイアボルト』の範疇を超えていた。

 青ミニオンは飛んでくる炎弾をバニッシュしようとするも、絶え間なく、そして大量に降り注ぐ炎を全てバニッシュする事など叶うはずもなく。そして赤ミニオンは、『イミニティー』や『ファイアクローク』と言った、魔法抵抗力の高いブロックを展開するも、余りの量に物理的圧力すら伴った炎の雨に、そのマナのブロックすらも撃ち貫かれていく。

 その光景に、炎熱の弾丸を幾状も撃ち放つと言うその形状は、確かに『ファイアボルト』であろう。だが、敵全体に向けて放たれる『ファイアボルト』が有るものか。威力で言えば、上位魔法の『アポカリプス』すらも超えているのではないか。そんな考えがナーヤやヤツィータの脳裏に浮かんだ程の物である。

 そして──着弾による炎と粉塵が晴れた時、そこに立って動いているミニオンは、一人として存在していなかった。

 それを生み出した人物であるアネリスは、余りの光景に呆然とする旅団メンバーへと向き直ると、ぐるりと、全員の顔を見渡し、先程までとはうって変わって柔らかな笑みを浮かべ、言い放った。

 

「さて、少々順番が前後してしまったが名乗っておこうか。……妾の名は『アネリス』。永遠神剣第一位『調和』が化身にして……くふふっ……そうよな、青道祐と共に歩む者、と言っておこうか」

 

 永遠神剣第一位。その強大なる力の片鱗を、その光景を見ていた者達の心に焼き付けながら。


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