永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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75.繋がり、出逢う。

 中枢へと向けてひた走る俺達。

 予想外に皆と早く合流してしまったため、ここで別れるのは逆に危ない……と言うことで、俺とルゥも共に進む事になった。とは言え、最後尾でゼゥとワゥに護られているけれど。

 俺とルゥと言う護る対象が出来たためか、今までよりも進軍速度は落ちているようで、申し訳ないなぁと思いつつも、やはり周囲に皆が居るというのは心強い。

 恐らくルゥもそう思っているのだろう、眼が合って、互いに笑みを漏らした。

 

(……とは言え、油断はしないようにな)

 

 レーメからのそんな念話に、解ってるよと返す。

 当然だな。皆が共に居ると言うことは、すなわち最前線であると言うことなのだから。

 先程の永峰の状態を──恐らく『ファイム』の意識が協力して、『永峰』と『ファイム』の二人で『相克』の意志をねじ伏せ、正気を取り戻したのだろうと説明したところ、サレスはしばし考え込んだあと、小さく「なるほど」と呟いていた。

 ……まぁ、後は彼に任せておけば、何とかしてくれるだろう。そのためにも、今は永峰を助け出さないと。

 それにしても、今一番の疑問はやはりスールードだろうか。あいつが一体何を考えているのか、さっぱり意図が読めない。

 『枯れた世界』では管理神が永峰を連れ去る手助けをした、かと思えば、神剣の本能に苛まれる俺を助けた。

 そしてここでは、エヴォリアに俺達の状況を伝えて助けに来るように仕向けたかと思えば、ユーフィーが管理神を倒すのを邪魔し、その直後自らが攻撃を加えた。

 ……本当に、その目的が見えない。

 恐らくは『枯れた世界』で彼女が言ったという、「『法皇』に頼まれた」という言葉。これが関係しているのだろうとは思うけれど。

 

「祐……あいつは何を考えていると思う?」

 

 恐らく同じ様にスールードの事を考えていたのだろう、ゼゥがそう訊いて来た。けど、自分でも考えていたように、流石に解らん。

 「解らん。さっぱりだ」と伝えると、むぅと頬を膨らませながら、

 

「アナタが解らなかったら誰が解るのよ」

 

 何て理不尽な事を言われた。そう言われても困る。俺は別にスールードの友達でも何でもないっての。

 そんなやり取りをしているうちに、俺達の視界の先に中枢たる『幹』へ至る道が見える。

 そしてそこに見えたのは、横たえられた永峰と、その前に立ち、彼女に手をかざしているエトルとエデガの姿。

 エトル達は俺達の姿を認めると、手を止め、こちらへ身体を向けた。

 

「……くっ……もう来たか……ファイムの調整は間に合わぬな」

「うむ……致し方あるまい。かくなる上は我等自らが相手をせねばなるまいて」

 

 そう言って、錫杖型神剣をこちらへ向けるエデガ。

 彼等はやはりイレギュラーであり、奴らにとって最も脅威度が高いのだろう、ユーフィーを警戒しているのか、その視線はほぼ彼女に向けたままだ。

 

「希美は返してもらうっ!!」

「少しはやるようだが……それではどうにもならんぞ」

 

 開口一番、世刻がエデガへと斬り込んだ。

 だが、真っ先に彼がそう出る事は読んでいたのだろう、エデガの手前で張られたマナ障壁に世刻の攻撃は遮られ、届かない。

 

「このまま……次元ごと断ち切ってみせます! 『ルインドユニバース』!!」

「ぬぅっ!!」

 

 そこにユーフィーが、板状の飛行形態に変形した『悠久』に乗って突っ込んだ。

 世刻の『黎明』による一撃によって負荷のかけられていたマナ障壁は、ユーフィーの『ルインドユニバース』防ぐに叶わず、音を立てて砕け散る。

 その隙に世刻が永峰へ向かい、世刻に続いてソルラスカと暁が、エデガへ向けて疾走する。

 

「理解しろなどとは言わん……邪魔をするな。ここから、去れ!」

 

 それに対し、エデガが瞬時にマナを練り上げ、解き放った。

 解放された力は色取り取りのマナで出来た“剣”となり、光の帯を軌跡に残し、世刻達に降り注ぐ。

 咄嗟に防御する世刻達だったが、彼等の足は止められ、先に進む事が出来ない。

 その時、世刻達を左から迂回するようにエデガへ迫るユーフィーと、ユーフィーと対称の軌跡を描いて駆けるカティマ。

 

「てやぁ!!」

「ハァ!!」

 

 裂帛の気合と共に繰り出される、挟み込むように斬り込まれたユーフィーとカティマの攻撃。しかしエデガは、その攻撃が届くよりも早く、見ようによっては大げさにとも取れる程の動きで後ろに跳んで避けた。

 それによって世刻達への攻撃は止められたが、その間にエトルは永峰の側へ──恐らくは人質としての意味を強調させているのだろうか──張り付く様に立ち塞がっていた。

 これではうかつに攻める事が出来ない、と、睨みあいによって出来た一瞬の間。その間隙を突いて、エトルとエデガ、そして永峰の身体が淡い光に包まれた。

 

「さて……我々はここで失礼させてもらうとしよう」

「追いたければ追ってくるがよい。……出来るものならな」

「何っ……!? この期に及んで……どこに逃げる気だ!」

 

 エトル達の言葉に激昂する暁が咄嗟に切りかかるが、その一太刀は、やはりまるで事前に用意されていたとすら思えるタイミングで現れた強固な障壁に防がれる。

 こちらの攻撃に対して迎撃するのがエデガだけだと思ったら……エトルは逃げる準備をしてやがったのか!

 やつらがここで逃げ込む場所、それは『原作知識』から引っ張ってくるまでも無く、唯一つしか思いつかなかった。

 

「まずい、『ログ領域』に逃げる気だ!」

「ほぅ!? 良く解ったな? まあ、解ったところで貴様等はここで終わりなのだが」

「その通り、最早容赦はせぬ。イレギュラーは須らく排除してくれるわ! では、さらばだ」

「っ! 待ちなさい!」

 

 俺の叫びに反応して今度はユーフィーが斬りかかるも、エトル達を包み込んだ光は輝きを増し、そのまま背後にある『幹』へと吸い込まれていく方が早く、その刃は虚空を薙ぐに終わってしまった。

 そして、連中が『幹』の中へと消えると同時に、俺達を取り囲むように現れる、大量のハイミニオン達。

 皆が周囲の敵に対して戦闘態勢を取る中、斑鳩がサレスへと詰め寄った。

 

「サレスっ! 私を『ログ領域』へ入れて! 貴方ならできるんでしょ!?」

 

 斑鳩のその言葉に、はっとしてサレスの顔を見る皆。

 そんな皆の視線を受けながら、サレスは小さく溜息を吐く。

 

「……『ログ領域』は言うなれば“情報”が寄り集まった場所。そこに入るには、ここにある装置で肉体はや精神をデータ化せねばならない。だが、『ログ領域』に集められたデータは膨大だ。……あそこでは常に強く己を意識していなければ、簡単に情報の海の圧力に飲まれ、消滅するぞ」

「なっ……ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃあ希美は? 希美もあの中に居るんだぞ!?」

 

 サレスの言葉に世刻が慌てた声を上げるも、それに返されるのは沈痛な無言。そこから、永峰も危ない状況だというのを悟ったのだろう、世刻もまたサレスに詰め寄る。

 

「サレス! 俺も先輩と一緒に中に入る。それなら良いだろう!?」

「望君!? 危険なのよ!?」

「そんな事は解ってる! けど、俺は希美に約束したんだ、絶対に助けるって!!」

 

 世刻のその魂からの叫びは、深く重く、心に響き──サレスは「わかった」と、ただ一言呟いた。

 

「時間が無い、手早く行くぞ」

 

 そう言いつつ、『幹』の側の端末と思わしきものを操作するサレス。

 すると、斑鳩と世刻の身体が、先のエトル達と同じように、淡い光に包まれ、『幹』の前に空間の裂け目──ゲート──が現れる。

 

「望、沙月、希美を頼むよ!」

「必ず助け出しなさい!」

 

 皆からの声を受け、それに世刻達が頷くのが見えると同時、彼等の身体はゲートへと吸い込まれていった。

 ……って、見送ってる場合じゃねえや。

 

「サレス」

 

 声を掛けると、解っているとばかりに頷いて返すサレス。

 これで駄目だとか言われたら洒落にならん。俺がここまで来たのはこのためなんだから。

 それに、入った付近で待っていれば、世刻達が戻った時に彼等の脱出の手伝いが出来る。そうすれば……斑鳩が『ログ領域』に置き去りになる事も防げるだろう。

 そんな事を考えながら、サレスによる転送を待っていると、不意にパチリと、まるで火花の弾けるような音が耳に届いた。

 それと同時に耳朶を叩く、ワゥの声。

 

「ユウ!」

 

 どんっと、突き飛ばされる感覚と、その直後に、それまで俺が立っていた所の地面から炎が吹き上がり、爆発を起こす。

 今のは……イグニッションか!

 慌てて周囲を見回せば、先程まではまだ遠くから包囲していたミニオン達が、いつの間にか随分と近くまでその包囲を狭めていて。

 ……どうやら、今は俺がターゲットにされて……って、

 

「ワゥ!? 無事か!?」

「うん、ボクは平気。ユウは大丈夫?」

 

 爆発のあった地点に声を掛けると、魔法防御の高い障壁で防いだのだろう、無傷のワゥが居た。

 その様子にホッとしつつ、ワゥのお陰で大丈夫だったと答えると、えへへ、嬉しそうに笑うワゥ。

 その間に他の皆は、ミニオンの迎撃に移っていた。

 

「祐、すまないが先にミニオン共を片付ける。ルゥと一緒に『幹』の方へ下がっていろ」

 

 一度俺の元へ来たサレスにそう言われ、仕方が無いと、ルゥと共に後ろに下がる。 そんな俺達の側では、ユーフィーが護る様に敵に睨みを効かせていた。

 こうなった以上、俺はただの足手まといに過ぎない。ワガママを言って他の皆をピンチに曝すなど持っての外。大人しく指示に従う以外は無いのだ……とは言え、ここまで来てコレとは、まったく……。

 そう考えたところで、不意に思い至る。この先って、まともに『ログ領域』に留まる時間があっただろうか、と。

 まずいかもしれない。

 そんな考えが頭を過ぎったところで、「くそっ! 何でこんなに多いんだよ、こいつら!!」と言う、苛立ちを含んだソルラスカの声で、思考を中断させられた。

 その声に周囲を見れば、確かにミニオン達の数は異様に多い。

 皆も奮戦しているが、じわじわとその包囲を狭められている程に。何故、これほどの数を掻き集めて来た?

 そう考えた末に思い出されるのは、先のエトルの言葉。

 

 ──イレギュラーは須らく排除してくれるわ!

 

 そう、か。ここに至るまでに、奴等に対して、奴等の想定外の事が有り過ぎたからか!

 話に聞いた『枯れた世界』でのこと。暁が既にこちらに組していたこと、世刻が思っていた以上にジルオルの力を使いこなしていたこと。それに、『理想幹』においても永峰の抵抗、スールードの介入と突然の攻撃、恐らくものべーの方にエヴォリアが来たことも知っているだろう。それにユーフィーやクリストの皆、そして、俺、か。

 一つ一つは大した誤差じゃないかもしれない。けど、積み重なれば思っていた以上に大きな誤差。

 “予測”と“予定調和”にこだわる奴等にしてみれば、看過できないものだった、か。

 

「ユーフィー。私達のことはいい、皆のところへ」

 

 戦況から、このままではまずいとルゥも踏んだのだろう。俺達の側に居たユーフィーへ掛ける声が聞こえた。

 対してユーフィーは、不安げな表情で俺とルゥの顔を見る。

 そんな彼女に「皆を頼む」と言うと、彼女は一瞬瞠目し、

 

「……解りました。けど、危なくなったら呼んで下さい! すぐに来ますから!」

 

 そう言って、敵に向けて駆けて行く。

 ユーフィーが参戦した以上、これであちらは大丈夫だろう。そう思った時、『ログ領域』とこちらを結ぶゲートから大気が揺らぐのを感じられた。

 

「くっ……エトル達め、ログ領域に何か干渉をしたな!」

 

 それに対して、戦いながらも『幹』にある端末を通して、『ログ領域』の中をモニターしていたサレスが忌々しげに声を上げる。

 中の様子を調べるサレスの表情は硬く、中の状況は余り良くないように思われる。

 

「……皆、私はこれから中に入り、三人を連れ戻す! ここは頼めるか!?」

 

 実際、搾り出すように言われたサレスの言葉がそれを照明しているだろう。予想通り……否、予想以上に、『ログ領域』の中がまずい状況になっているようだ。

 

「応よ!」

「お任せください、サレス様!」

「心得ました!!」

 

 故に、サレスの意志は皆に伝わり、当然とばかりに皆がソレに応え、その頼もしい返事にサレスが満足げに頷き、『ゲート』の中に入ろうとした、その瞬間。

 サレスが離脱したことによって生まれた一瞬の隙を突き、こちらの防衛を突破してくる一人の黒ミニオン。

 サレスの表情が、しまったと、失態を悔やむ様に歪んで。

 ミニオンの矛先は真っ直ぐに、この場において、最も力の無い者──ルゥへ。

 彼女もそれを察して、身を躱そうとしているけれど、だめだ、このままじゃ──。

 浮かぶイメージは、その刃が、彼女の身体を、貫く、最悪な──。

 

「さ、せ、るかあああああああああ!!!!」

 

 マナを練り上げ、身体に巡らせ、全身を強化してルゥとミニオンの間へ割って入る。

 ズグリと、俺の中の“神剣の本能”が、蠢く。

 突き出される刃を、左腕で下からかち上げ、空いた胴へ身体をねじ込ませ──ズンッと、突き出された“神剣の腕”の手刀は、ミニオンの腹を貫いた。

 うめき声を上げながらマナへと還るミニオンの、そのマナを、吸い。喰らい。味わい。

 満ちていく。

 満たされる。

 声が響く。

 ああ。これを。もっと。もっと。もっと。

 鳴り響く。

 マナを、マナを、マナを、マナをマナをマナをマナをマナをマ、

 

「煩ぇえ!!! “本能(おまえ)”は、黙っ……てろっ!!」

 

 湧き上がる“神剣の本能”を、無理矢理押さえ込む。今は、これに、構っている暇はないんだよ!

 呑まれるな、己を強く持て……力を、絞り……出せ!!

 

「ゆ……う……?」

「マスター!?」

「ユウ、無理をするな!」

「だい、じょうぶ……だ」

 

 ぽつりと、絶句したようにルゥに呼ばれ、ナナシの、レーメの、声が聴こえて。それに答える声が上手く発せられなくもどかしい。

 だから、心配そうな表情の彼女の頭を、いつものように撫でてやる。

 ぎしりと、腕が、自分のものでないように、重い、気が、するけれど。

 大丈夫。まだ、いける。俺はまだ、俺でいるから。

 

「サレス! さっさと、あいつ等を……迎えにいけぇ!!」

 

 俺の叫びに、はっとしたように止まっていた身体を動かし、『ログ領域』の中へと入っていくサレス。

 

「済まない」

 

 その口がそんな風に動いた気がした。

 馬鹿野郎。そんなことはどうでもいいから、さっさと、三人を連れて来いってんだ。

 脳裏では、マナを、求める声が、響く。

 サレスが抜けた穴は、既に防衛網を狭めた他の仲間が塞いでいる。

 ユーフィーも奮戦してるし、きっと、もう、だいじょうぶ。

 疼く。

 ズクズクと。

 全身の、『観望』が、欲っする。

 マナを。

 マナを喰らえと。

 動けと。

 喰らうために。

 周囲にある。おいしそうな。まなを。

 ……呑ま……れる、な。

 身体をかき抱き、高ぶる“本能”を押さえつける。

 押し潰されそうになる“自分”を、保て。

 その時──ふわりと、身体がナニカに包まれたのを感じて。

 顔を、上げると、蒼銀の糸。

 頬の側には、いつもの、二つのぬくもり。

 ……ああ、皆が、側に居てくれているのか。

 けど、駄目だよ、ルゥ。

 離れないと。

 俺が呑み込まれたら、きっと、“俺”は、君を──。

 

「大丈夫」

 

 耳元で、囁く様に聴こえる声。

 

「きみは、いつも私を護ってくれる。だから……今度は、私が、私たちが、きみを護るから」

 

 四肢に力を篭める。

 心を、強く持て。

 大丈夫。

 大丈夫だ。

 ルゥの言葉が、嬉しかった。

 だけど、そんな彼女を。皆を。傷つけたくなんて、ないから。

 神剣の本能なんかに、負けてたまるか。

 だから──俺に、力を……。

 

 ──よう頑張ったな、祐。

 

 “声”が、聴こえた。

 

「ちょう……わ? どうして……」

 

 聞き覚えのある声。

 一瞬幻聴かと思ったそれに、思わず口を突いて出た言葉に答え、再び“声”が響く。

 

 ──『ログ領域』で起こった事によって、今あそこと“ゲート”が繋がっているそこも、非常に空間が不安定になっておるゆえに、な。さあ、祐よ。『扉』を開き、(わらわ)の名を呼ぶがよい。

 

 ……名前?

 

 ──然り。以前に言うておいたであろ? 次に逢う時までに、妾のこの姿の時の名を考えておけ、と。……名を付ける、と言う行為は一種の契約じゃ。其れは、妾とぬしとの繋がりを強くする。妾はその絆を手繰り、ぬしの元へと馳せ参じよう。ゆえに、さあ、祐よ──。

 

「わかっ……た! ナナシ! レーメ!」

「はいっ!」

「うむ!」

 

 『調和』の言葉に頷き、軋む心を繋ぎ止めながら、ナナシとレーメを促すと、もう俺に余裕が殆ど無い事が解っている二人は直ぐに、行動へ移す。

 繋がれるナナシの右手と、レーメの左手。空いた手はそれぞれ前に伸ばされ、二人は朗々と、詠唱を、口にした。

 紡がれるは、扉を開く『合言葉』。まだ見ぬ世界と、世界を繋ぐ、『()言葉(コトバ)』。

 謳うように流れる旋律。

 その一語一語に力が宿り、理をねじ伏せ、世界を軋ませ、穴を穿つ。

 そして──延ばされたナナシの左手と、レーメの右手の間の空間に、黒く、細い、『線』が走った。

 それは一瞬にして、人が一人通れる程の、黒い大きな穴と化す。

 

「なに……あれ……?」

 

 そんな中、ダレカの声がした。

 朦朧とする意識の中では、それが誰が発した声かは解らないけれど。

 周囲では、収束に向かっているとは言え、未だミニオンとの戦いは続いている気配は感じられる。

 それでも尚、俺の起こした行動は、皆が思わず眼を向けてしまうような事だったのだろう。

 けど、今の俺には、其れを気にする余裕も無く。

 だから、手を伸ばし、叫ぶ。

 決めていた、その『名』を。

 “縁”よ、繋がれと。願いを篭めて。

 

「来い……『アネリス』!!!」

 

 その直後、延ばした手の先──世界を繋ぐ扉(ワールドゲート)に波紋が生まれ、本来こちらから向こうへの一方通行であるはずのそれの“向こう”から、ゆっくりと、にじみ出る様に、現れる──

 

「え…………あたし……?」

 

 気がつけば、いつの間にか直ぐ側に来ていたユーフィーが、驚愕の声を漏らした。

 そう。現れた“彼女”は、いつもの『夢』で見ていたままの姿だったから。

 

「くふっ……くふふ、ふふふふ……永い……永い刻であったわ」

 

 感慨深げに呟く『調和』は、一歩、俺に向けて足を踏み出したところで、それを止めた。

 俺と『調和』の間──然程離れていない、その隙間──に、ユーフィーが立ち、警戒するように『調和』を睨みつけたから。

 

「ふむ……案ずるでない、『悠久』の娘よ。妾は味方じゃ。祐から聞いておらぬか? この地の先において逢わねばならぬものがおる、と。それが妾じゃ」

「き、聞いています、けど……」

 

 目の前の、自分そっくり──違うのは、髪と瞳と服の色だけ──な少女が『神剣』といわれても、俄かには信じられないのだろう。

 俺は後ろから、戸惑うユーフィーの頭をぽんぽんと撫でてやり、

 

「ユーフィー……大丈夫。彼女は、味方だから」

 

 そう言って、『調和』の前に、歩み出る。

 

「『アネリス』。それが妾の名、じゃな?」

 

 皆の視線が集まる中、俺をひたと見つめる『調和』は、そっと、俺の手を取り、柔らかに、微笑んで。

 

「良かろう。妾の事はこれより『アネリス』と呼ぶように。……ぬしからの贈り物、(しか)と受け取った。後は妾に任せて、今は休むがよい」

 

 そっと延ばされた手。それは優しく、俺の視界を覆うと、今の今まで俺の心を喰わんと、響いていた“声”が……マナを求める、。全てを喰らえと、苛む声が、ぴたりと止んだ。嘘のように。

 それと同時に、がくりと、全身から力が抜けて。

 もう大丈夫だと。本当の意味で、大丈夫なのだと思ってしまったが故に。

 急速にブラックアウトする視界。

 

「祐兄さん!?」

「祐!」

 

 皆の声を耳に残し──俺が覚えているのは、そこまでだった。


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