永久なるかな ─Towa Naru Kana─   作:風鈴@夢幻の残響

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74.管理神と、戸惑いと。

 その光景は、正に圧巻であった。

 エターナルである彼女──ユーフォリアは、もともとこの『旅団』と言う組織内において、群を抜いた実力を有していた。

 だがそれは『神名』によって押さえ込まれていたが故に、他の皆にとってもまだ着いて行ける程度のもの。だが、今はもう違う。

 先の『枯れた世界』での戦いを経て、彼女はその真の力の一端を取り戻し、更に言えば、一回りも二回りも成長すらしていた。

 ここ『理想幹』に配置されているミニオン達は、他の世界に居るミニオンとは一線を画している。『ハイミニオン』と称されるそれは、その基礎能力値からして他の一般のミニオンよりも高く、事実、望達は今までとは違い明らかにてこずっていた。

 されど、そんな望達を尻目に、ユーフォリアは当たる側から一刀の元に斬り捨てていく。

 戦場を縦横無尽に駆け巡り、誰も逃さんと言わんばかりに切り伏せる。

 ……否、事実ユーフォリアは、ハイミニオン達を一体たりとも逃す心算は無かった。さもありなん、自分達の後には、現在戦う力を殆ど持たない祐がここを通るのだ。ユーフォリアにとって、敵を取り逃がす訳にはいかないのである。

 祐は、彼女にとって“兄”の様な存在……だった。だがそれは、『枯れた世界』を経て、僅かに。でも確かに、何かが変わった。

 あの時、あの瞬間。彼のマナを感じ、想いを受け取り、力を貰って、心が跳ねた、あの瞬間。そう……確かに変わったのだ。

 今はまだ、明確にではないけれど。

 けれど、その“想い”に突き動かされる様に、蒼白の烈風は、更に加速する──。

 

 

 一方、実力は確かに及ばないまでも、気概は決してユーフォリアに負けない者達も居た。

 ゼゥとワゥである。

 彼女達クリストの巫女達にとって、『青道祐』と言う存在は“特別”である。

 彼はかつて『剣の世界』においては、ルゥとゼゥを助けるために神剣と契約し、彼が側に──“世界”が変わる程に離れてはだめだろうが──居る限りにおいて、彼女達が結晶体の外に出て行動出来るようにもしてくれた。

 『精霊の世界』においては、彼女達にとって忌々しい物の筆頭である、“大剣”を、その世界に痛打を与える事無く破壊せしめた。

 そして『魔法の世界』においては、仇敵ともいえるスールードの分体を倒し、一矢を報いる中心となった。

 そして、一つ前の『枯れた世界』。

 そこでの起きた出来事を、祐と共に行動していたルゥとの“同調”によって知った時、彼女が抱いた感情をもダイレクトに受け取ったのだ。

 彼女の代わりに敵の攻撃を受けた彼を見た時の、驚愕と悲哀を。

 負傷した彼を残して助けを求めに行っている時の、焦燥と、己への憤怒を。

 彼の元へ戻り、倒れ伏した彼を見た時の絶望と、それでも生きていてくれた事への歓喜を。

 そして、何としてでも彼を護りたいという強い願い。

 神剣の力に呑まれたとしても、必ず受け止める。そんな覚悟と想い。

 それらを共有したその瞬間、クリストの巫女達の中の、『青道祐』と言う存在は──無論、それまで積み重ねてきた物があればこそ、だが──“特別”になった。

 『剣の世界』で初めて共に行動してから今まで、とても深く、長く側に居た人物。それが彼女達の心を占める割合は、他の旅団メンバーと……例えそれがより古くからの付き合いがある者と比べたとしても、遥かに大きい。そう、かつて彼女達の世界である『煌玉の世界』を守る為に戦い、そして散っていった、クリストファー=タングラム──クリフォードと比べても、遜色がない程に。

 故に、ゼゥもワゥも、ユーフォリアに負けじと、前に出る。

 普段であれば、口喧嘩になる事も多い二人であるが、ことここに置いては、互いに互いをフォローし、戦場を駆け抜け、敵を切り伏せていく。

 その二人が叩き出した敵の撃破率は、ユーフォリアを除けば随一であった。

 赤き炎熱の巫女と黒き深遠の巫女が織り成す剣舞は、鮮烈さを極めて行く──。

 

 

 ユーフォリアと、そしてゼゥとワゥ。彼女達に触発されるように、他のメンバー達の勢いもまた、苛烈さを増して行き、彼等は正に駆け抜ける様に、それでいて敵を一人として後ろに逃す事無く、『赤の島』を、そして『枯れた島』踏破した。

 そして舞台は、『理想幹』の中枢へと移り、しかして彼等の進軍は、そこでその歩を止める事になる。

 

 

◇◆◇

 

 

 皆が敵を排除してくれている、とは言え、ここは敵の本拠地。いつどこで、新たなミニオンが湧いて出てくるかなんて、解ったものではない。

 故に迅速、かつ、慎重に。

 歩を進める俺とルゥが皆に追いついたのは、赤の島、次いで枯れた島を無事に抜け、中心島に入り込んだ時だった。

 この中心島は、中央に大きな穴が開いたドーナツ状の形をしており、その穴を、遥か下に広がる雲海よりも更に下から、『幹』の様な物が貫き、さらに天へと伸びて言っている。

 その『幹』こそがここ『理想幹』の中枢であり、そこに至るには今居る位置からぐるりと回りこまねばならない。

 俺達が皆に追いつくのは、それこそその中枢に至った頃かとも思っていたのだが、その実は、ここに入った直後だった。

 何故か?

 その理由は、皆の前に立ち塞がった一人の少女にあった。

 花咲き乱れる美しき光景。エトルやエデガの本拠地でなければ、一等の庭園と言われても納得できてしまいそうな、彩られた箱庭。

 そこで目にした光景は、旅団の皆の前に立ち塞がるように向かい合うエトルとエデガ。そしてその二人の前に、彼等を護るように立ち、神剣を構える少女。

 見慣れた姿。

 黒のゴシック調のドレスに身を包み、ハルバード状の神剣を構える──永峰の姿がそこに有った。

 ……予想してしかるべき事だ。彼女の精神は今、『相克』の神名に支配されているのだから。

 『相克』はエトル達が作り出した神名。それ故に彼等は、『相克』に支配された永峰を操り、自分達の手駒とする事が出来ている。だからこそのこの状況だ。そしてそれは、こと世刻達にとっては、限りなく効果的な戦法だった。

 

「うおおおおおお!!!」

 

 裂帛の声を発しながら、管理神達に切りかかる世刻。だが、それを永峰が受け止め、弾き飛ばす。

 『相克』によってその身体能力の枷を外され、効果的に動く事のできる今の永峰は、世刻を凌駕する動きを見せる。

 

「良くやった、ファイムよ」

「くっ……希美ぃ!」

「希美ちゃん!!」

 

 世刻や斑鳩の呼び声にも眉一つ動かす事のない永峰。

 エトル達はそんな世刻達の様子に、無駄な事をと言わんばかりにその顔に嘲笑を浮かべる。

 だが──。

 

「希美ちゃん、しっかりしてください!!」

「希美!」

「そんな奴等に負けるなぁ!」

 

 ユーフィーと、ゼゥ、そしてワゥの声にだけは、ぴくりと、その表情を曇らせた。

 時間樹外から来たユーフィーと、転生体ではないゼゥとワゥ。……そう、理想幹神達の計画に含まれていない、イレギュラーたる存在。

 ならばこそ、『相克』によって張られた精神の壁の隙間を突き、永峰の精神に声を届かせる事ができるのだろう。

 

「ぬぅ……やはりイレギュラーに対する精神防壁は甘いか」

「うむ。早々に回収して調整をせねばなるまいて」

 

 永峰に向かって手をかざし、彼女と共に空間を転移しようとするエトルとエデガ。

 俺はそうはさせないと、皆の後ろから、彼等の前へ飛び出した。

 

「先輩!?」

「祐、いつの間にここに!?」

 

 互いに互いを注視していたせいだろう、物陰に隠れて様子を窺っていた俺とルゥには気付いていなかったようで、突然後ろから来た俺に驚く皆を尻目に、俺は声を張り上げた。

 理想幹神たちは、『相克』による意志の支配を絶対視している節がある。確かに『相克』の力は強いだろう。だが、彼等は失念している。今『相克』に抗っているのは『永峰希美』だけではないのだと言う事を。

 俺もまた、イレギュラーなれば、この声はきっと“彼女”に届くと思うから。

 

「“ファイム”! 永峰に力を貸してくれ!!」

 

 きっと誰にも予想だにしていない言葉。

 事実──俺が声を上げた、その瞬間、虚ろだった永峰の眼に、光が灯る。

 恐らく、エトル達にとってより予想の付かないような言葉の方が届くかと思ったのだが……どうやら上手く行ったようだ。

 弾かれるように前に出て、エトル達の手から逃れる永峰。必至に『相克』に抗っているのだろう、その表情は苦しそうなれど、確かに彼女の意志を持って、エトル達に相対する。

 

「なんだと!?」

「馬鹿な!!」

 

 驚愕の声を上げるエトルとエデガ。その隙を逃さず、構えた『清浄』を突きこむ永峰。

 それを必至にエトルと共に障壁を張りつつ、体を捩って避けるエデガ。永峰はそこで力尽きたか、糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。

 他の皆は余りの急展開に咄嗟に反応できずに居た。

 そんな中、先んじて飛び出したのはやはりユーフィーだった。彼女は光の刃を出した『悠久』を構え、エトル達へと迫る。

 それに対し、色とりどりのマナで出来た剣を打ち出し迎撃するエデガだが、ユーフィーはそれをことごとく撃ち落とす。

 そしてさらに肉薄すると、その剣を振りかざし──

 

「っ!」

 

 咄嗟に飛び退る。

 ユーフィーが『悠久』を振り下ろす刹那、彼女とエトル達との間に、天空から一条の光が降り注いぎ、遮ったからだ。

 空を見上げると、そこには──鳳凰の翼をその背に羽ばたかせ、悠然と浮くスールードの姿があった。

 

 

◇◆◇

 

 

「覚醒しているとは言え、“前世”の方へと呼びかけて『神名』を押さえ込ませるとは……流石は祐さんですね」

 

 そう言ってクスリと笑ったスールードは、しかして直ぐに頭を振る。

 

「ですが……申し訳ありませんが、“まだ”彼らを討たせる訳にはいかないのです」

 

 ぽつりと、誰にも届かぬ言葉を紡ぐスールード。

 彼女は眼下を見据えながら、その手を振り上げる。

 

「理想幹神達よ。追い詰められた貴方達がする事は……ひとつしか、ないでしょう?」

 

 そして振り下ろすと共に打ち出される閃光。

 それは真っ直ぐに、“エトルとエデガへ向けて”降り注いだ。

 

「さあ、出しなさい、“切り札”を」

 

 

◇◆◇

 

 

 スールードによって再度撃ち込まれた閃光は、俺達の目の前で、予想だにしなかった軌跡を描く。

 それは真っ直ぐに、俺達の前、相対する二人へと降り注いだ。そう、エトルとエデガへと。

 

「ぐぁぁああああああ!!」

「ぬうううううう!!!」

 

 苦悶の声を上げるエトル達。

 

「おのれ、裏切ったかスールード!!」

 

 その声から感じる驚愕と憤怒は、決して演技とは思えず、エトル達にとっても彼女の行動は、予想外に過ぎるのだと言うのを如実に物語っていた。

 俺達は──今度は俺もだが──余りに予想外なこの展開に、呆然とその光景を見つめていることしか出来なかった。

 そして、降り注いでいた光が止んだ時、そこには──既に二人の姿は無く。

 

「希美は? 希美はどこだ!?」

「……空間転移で逃げたな。希美も連れ去られたか……」

 

 ぽつりと呟かれたサレスの言葉。

 はっとして再び空を見上げれば──そこにはスールードの姿も既に無い。

 

「どうなってやがんだよ、一体……」

「こっちが知りたいわよ……」

 

 ぽつりと呟かれたソルの言葉に、答えられる者など誰も居なかった。


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